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落穴と振子(おとしあなとふりこ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-7 6:41:52  点击:  切换到繁體中文


 もう一度、まったく無感覚のときがあった。それは短いあいだであった。なぜなら、ふたたび我に返ったときに振子は眼につくほど下っていなかったから。しかしあるいは長いあいだであったかもしれない、――というのは、私の気絶するのに気をつけていて、振子の振動を思うままに止めることもできる悪魔どものいることを、私は知っていたから。正気づくとまた、私はひどく――おお! なんとも言いようもないほど――気分が悪く衰弱していることを感じた、ちょうど長いあいだの飢え疲れのように。その苦痛のあいだにさえ、人間の本能は食物を求めるのであった。私は苦しい努力をして左腕を紐の許すかぎり伸ばし、鼠が食い残しておいてくれた食物のわずかな残りを手に入れた。その一片を口のなかへ入れたとき、私の心には半ば形になった歓喜の――希望の――念がきあがった。しかしこの私が希望などになんの用があろう? それはいま言ったとおり、なかば形になった考えであった。――人はよくそんな考えを持つが、それは決して完成されるものではない。私はそれが歓喜の――希望の――念であることを感じた。しかしまたそれが形になりかけて消えてしまったことを感じた。それを仕上げようと――取りもどそうと努めたが無駄だった。長いあいだの苦しみは、私のあらゆる普通の心の能力をほとんど絶滅させてしまっていた。私は低能者になっていた、――白痴になっていた。
 振子の振動は私の身のたけと直角になっていた。私は偃月刀が自分の心臓の部分をよぎるように工夫してあることを知った。それは外衣のセルを擦り切るだろう、――それから返り、そしてまたその動作をくりかえすだろう、――二回――三回と。振幅がもの凄く広くなり(約三十フィートか、またはそれ以上)、しゅっしゅっと音をたてて降りてくる勢いが鉄の壁さえ切り裂くくらいであっても、数分間というものはそれのすることはやはり私の外衣を擦り切ることだけであろう。ここまで考えてくると私の考えはとまった。この考えより先へは行けなかった。私はしつこくこの考えに注意を集めた、――ちょうどそうすれば鋼鉄の刃の下降をそこでとめることができるかのように。私は偃月刀が衣服を切って通るときの音を――布地が摩擦されることが神経にさわる奇妙なぞっとするような感覚を、わざと考えてみた。こうしたくだらないことをいろいろと歯の根が浮くくらいになるまで考えてみた。
 下へ――じりじり下へ、振子はい降りてくる。私はその振子の横に揺れる速度と、下へ降りてくる速度とを照らしあわせて、狂気じみた快感を感じた。右へ――左へ――遠く広く――悪鬼の叫びをあげて! 私の心臓めがけて、虎のような忍び足で下へ! この二つの考えのどっちかが力強くなるにしたがって、私はかわるがわるに笑ったり叫んだりした。
 下へ――まちがいなく、無情に下へ、それは私の胸から三インチ以内のところを振動しているのだ! 私は左腕を自由にしようとしてはげしく――たけりくるって――もがいた。その左の腕はただひじから手首までだけが自由になっていた。手は非常な苦心をしてやっとかたわらの皿から口のところへ動かせるだけで、それ以上は動かせなかった。もし肘から上の紐を切ることができたら、私は振子をつかまえて止めようとでもしたことであろう。それは雪崩なだれを止めようとするのと同じようなことだ!
 下へ――なおも休みなく――なおも避けがたく下へ! それが振動するたびに私はあえぎ、もがいた。一揺れごとに痙攣的に身をちぢめた。眼はまったく意味のない絶望からくる熱心さで、振子が外の方へ、上の方へと跳びあがるあとを追った。そしてそれが落ちてくるときには発作的に閉じた、死は救いであったろうが。おお、なんという言うに言われぬ救いであろう! あの機械がほんの少しばかり下っただけであの鋭いきらきら光るおのを私の胸に突きこむのだ、ということを考えると、体じゅうの神経がみなうち震えた。この神経をうち震えさせ――体をちぢませるものは希望であった。宗教裁判所の牢獄のなかであってさえ死刑囚の耳にささやくものは希望――拷問台の上にあってさえ喜びいさむ希望――であった。
 もう十回か十二回振動すれば鋼鉄の刃が私の外衣にほんとうに触れるということがわかった。――そしてそれがわかると、ふいに、私の心には鋭い落ちついた絶望の静けさがやってきた。この幾時間ものあいだ――あるいはおそらく幾日ものあいだ――いま初めて私は考えた。すると、自分を巻いている革紐つまり上腹帯は一本だけだということが思いついた。私は何本もの紐で縛られているのではなかった。剃刀のような偃月刀の最初の一撃が紐のどの部分をよぎっても、その紐が切りはなされて、左手を使って体から解きはなすことができるにちがいない。だが、その場合には鋼鉄の刃のすぐ近くにあることがどんなに恐ろしいことだろう! ほんのちょっとでももがいたらどんなに危ないことになるだろう! そのうえに拷問吏の手下どもが、こんなことがありそうだと察して、それに備えておくということもありそうなことではなかろうか? 紐が私の胸の振子の通るところに巻いてあるということがありそうだろうか? このかすかな、そして最後と思われる希望が破られるのを恐れながらも、私は胸のところをはっきり見られるくらいにまで頭を上げてみた。革紐は手足も胴も縦横にぐるぐると堅く巻いてあった、――ただ人をうち殺すその偃月刀の通り路だけはのけて
 頭をもとの位置に下ろすとすぐ、前にちょっと言ったところの、そしてその半分が、燃えるような唇に食物を持って行ったときにぼんやり浮んだところの、あの救いという考えのまだ形をなさない半分、というより以上にうまく言いあらわせないものが、私の心にひらめいた。全体の考えがいまあらわれてきたのだ。――弱い、あまり正気でもない、あまりはっきりしないものであったが、――それでもとにかく全体であった。私はすぐに自暴自棄の勇気で、その考えの実行にとりかかった。
 もう幾時間も、私の臥ている低い枠組のすぐ近くには、鼠が文字どおり群がっていた。彼らは荒々しく、大胆で、がつがつして飢えていた。――彼らの赤い眼は、ただ私が動かなくなりさえしたら私を餌食にしようと待ちかまえているように、私の方を向いてぎらぎらと光っていた。「この井戸のなかであいつらはいったいどんな食物を食いつけてきたのだろう?」と私は考えた。
 彼らは、私がいろいろ骨を折って追い払おうとしたのに、もう皿のなかの食物をちょっぴり残しただけで、すっかり食いつくしてしまっていた。私はただ手を皿のあたりに習慣的に上げ下げして振っていたのだが、とうとうその無意識に一様な運動は効き目がなくなってしまった。貪欲どんよくにも鼠どもはちょいちょい鋭いきばを私の指につきたてた。私は残っている脂っこいよい香のする肉片を、手のとどくかぎり革紐にすっかりなすりつけて、それから手を床からひっこめて、息を殺してじっと臥ていた。
 初めはその飢えきった動物どもも、この変化に――運動の中止されたのに――驚きおそれた。彼らはびっくりして尻込みした。井戸の方へ逃げたやつも多かった。しかしこれはほんのしばらくのことにすぎなかった。彼らの貪欲をあてにしたのは無駄ではなかった。私が身動きもしなくなったのを見てとると、いちばん大胆なやつが一、二匹、枠の上に跳びあがって、革紐をいだ。これがまるで総突撃の合図のようであった。彼らは井戸から出てきて、新たに群れをなして駆け集まってきた。枠の木にかじりつき――それを乗りこえ、そして幾百となく私の体の上に跳びあがった。振子の規則正しい運動などはちっとも彼らの邪魔にはならなかった。彼らは振子に撃たれるのを避けながら、油を塗った革紐に忙しく群がった。彼らは押しよせ――群がって私の上に絶えず積みかさなった。咽喉の上でのたうちまわった。その冷たい唇が私の唇を探した。彼らの群がってくる圧迫のために私はなかば窒息しかかった。なんとも言いようのない不快な感じが胸に湧きあがり、じっとりとした冷たさで心臓をぞっとさせた。それでも一分もたつと、私はこの争闘もやがて終ってしまうだろうと感じた。私は革紐の緩むのをはっきりと悟った。すでに一カ所以上も切れているにちがいないことがわかった。超人間的の決心をもって、私はじっと横たわっていた。
 私の予想はまちがっていなかった、――忍耐も無益ではなかった。やっと私は自由になったのを感じた。革紐は幾すじかになって体からぶら下がった。しかし振子の刃はもう胸のところに迫った。それは外衣のセルを裂いていた。その下のリンネルも切っていた。またも二回揺れた。すると鋭い苦痛の感覚があらゆる神経に伝わった。しかし逃げ出る瞬間がきているのだ。手を一振りすると、私の救助者どもはあわてふためいてどっと逃げさった。じりじりと身を動かし――気をつけて、横ざまにすくみながら、ゆっくりと――革紐からすりぬけて、偃月刀のとどかないところへ身をすべらした。少なくとも当分は、私は自由になったのだ
 自由! ――宗教裁判所の手につかまれながら! 恐怖の木の寝台から牢獄の石の床に足を踏み出すとすぐ、あの地獄のような恐ろしい機械の運動がぴったりと止り、なにか眼に見えない力でするすると天井の上に引き上げられるのを私は見た。これは非常に強く身にしみた教訓であった。私の一挙一動がみな看視されていることは疑いがない。自由! ――私はただ苦悶の一つの形式による死をのがれて、なにか他の形式の、死よりもいっそう悪いものの手に渡されることになったにすぎないのだ。そう考えながら、私をとり囲んでいる鉄の壁をびくびくして見まわした。なにか異常なことが――初めははっきりと見分けることのできなかったある変化が――この部屋のなかに起ったことは明らかであった。何分間も夢み心地にわななきながら茫然ぼうぜんとして、私はただいたずらにとりとめのない臆測にふけっていた。そのあいだに、この監房を照らしている硫黄色の光の源を初めて知るようになった。それは幅半インチほどの隙間からくるのだ。その隙間というのは壁の下の方で牢獄をぐるりと一まわりしている。だから壁は床から完全に離れているように見えたし、またほんとうに離れていたのである。その隙間からのぞこうと骨を折ったが、もちろん無駄であった。
 この試みをやめて立ち上がると、この部屋の変化の神秘が急に理解されるようになってきた。私は前に、壁上に描かれている画の輪郭は十分はっきりしてはいるが、その色彩がぼんやりしていて明瞭ではないようだということを述べた。ところがその色彩がいまや驚くほどの強烈な光輝を帯びて、しかも刻一刻とその光輝を増し、その幽霊のような悪鬼のような画像を、私の神経より強い神経をさえ戦慄させるほどの姿にしたのだ。狂暴なもの凄い生き生きした悪魔の眼は、らんらんとして前にはなにも見えなかったあらゆる方向から私をにらみつけ、気味のわるい火の輝きでひらめくので無理にも想像力でそれを幻だと考えてしまうわけにはゆかなかった。


 

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