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落穴と振子(おとしあなとふりこ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-7 6:41:52  点击:  切换到繁體中文


 幻どころか! ――呼吸をするときでさえ、灼熱しゃくねつした鉄の熱気が鼻をついてくるのだ! 息のつまるような臭いが牢獄に満ちた! 私の苦悶をにらんでいる眼は一刻ごとにらんらんとした光を強くした! 血の恐怖の画の上には真紅のもっと濃い色がひろがった! 私はあえいだ! 息をしようとしてあえいだ! 私の迫害者どもの計画についてはなんの疑いもない、――おお、人間のなかでもいちばん無慈悲な! おお、いちばん悪魔のような者ども! 私はその真っ赤に熱した鉄板から監房の真ん中の方へあとじさりした。眼の前にさし迫った火刑の死を考えると、あの井戸の冷たさという観念が、苦痛をやわらげる香油のように心に浮んできた。私はその恐ろしい井戸のふちへ走りよった。眼を見はって下の方を見た。燃えたった屋根のぎらぎらする光が井戸の奥そこまで照らしていた。それでもしばらくは、私の心は錯乱していて自分の見たものの意味を理解しようとはしなかった。やっとそれが私の心に入ってきた、――無理に押し入った、おののき震える理性に焼きつけた。おお、ものを言う声が出たらいいのだが! ――ああ、恐ろしい! ――ああ、このほかの恐ろしさならなんでもよい! 鋭い叫び声をあげて私はそのふちから駆けもどり、両手に顔をうずめた、――はげしく泣きながら。
 熱は急速に増した、私はおこりの発作のようにぶるぶる震えながら、もう一度眼をあげた。監房のなかには二度目の変化が起っていた、――そして今度の変化は明らかにに関するものであった。前と同様に、初めのうちは起りつつあることを感知し理解しようと努めたが、無駄だった。だが、疑念のなかにとり残されているのも長くはなかった。二回も私がのがれたので、宗教裁判所は復讐ふくしゅうを急いでいた。そして懼怖おそれの王(6)とこのうえふざけているわけにはゆかなくなったのだ。部屋は前には四角形であった。私はいまその鉄の四隅のなかの二つが鋭角をなしているのを――したがって当然ほかの二つは鈍角をなしているのを認めた。この恐ろしい角度の違いは、低くごろごろいうような、またはうめくような音とともに急速に増した。またたくまに部屋はその形をかえて菱形となった。しかしこの変化はそれでやみはしなかった、――私はそれがやむのを望みもしなければ願いもしなかった。その灼熱した壁を私は、永遠の平和の衣服として胸にぴったり着けることができるのだ。私は言った、「死――この落穴の死でさえなければどんな死でもいい!」ばかな! この落穴のなかへ私を駆りたてるのが、この燃える鉄板の目的であることを知らなかったのか? その灼熱に耐えることができるか? あるいはもしそれに耐えることができるとしても、その圧力に逆らうことができるか? そしていまや菱形は、なにも考えるひまを与えないくらいの速さでますます平たくなってきた。その中心、つまりその幅の広いところは、大きく口を開いているあの深淵の真上であった。私はたじろいだ、――が迫ってくる壁は抵抗できないように私を前へ押しすすめた。とうとう焼けこげてもだえくるしむ私の体には、もう牢獄の堅い床の上に一インチの足場もなくなった。私はもうもがかなかった、が私の苦悶は、一声の高い、長い、最後の、絶望の絶叫となってほとばしった。私は自分が落穴のふちへよろめきよったのを感じた、――私は眼をらした――
 がやがやいう人声が聞えた! 多くの喇叭らっぱの音のような高らかな響きが聞えた! 百雷のような荒々しいきしり音が聞えた! 炎の壁は急にとびのいた! 私が失神してその深淵のなかへ落ちこもうとした瞬間に、一つの腕がのびて私の腕をつかんだ。それはラサール将軍(7)の腕であった。フランス軍がトレードに入ったのだ。宗教裁判所はその敵の手に落ちた。


(1) 十二世紀ごろから始まりその後数世紀にわたって、ローマ教会の教権擁護のために、異端その他宗教に関する罪悪を摘発撲滅するために行われた、歴史上有名な裁判。――フランス、イタリア、ドイツ、スペイン、ポルトガル、その他ヨーロッパの諸国においてさかんに行われて、異教徒の迫害に利用され、ことにスペインにおける宗教裁判はその糺問きゅうもん峻烈しゅんれつで処刑が残酷なので有名であった。第十八世紀にいたってようやくやみ、スペインでは最も遅く、一八三四年まで行われた。
(2) ポルトガル語で「信仰の行為」の意。宗教裁判所の異教徒処刑の判決宣告式、およびその処刑、ことに火刑を言う。ここではその火刑の意味である。――宗教裁判において有罪と決定されたものは、異端の帽と異端の服とをつけさせられ僧侶の行列に囲まれて、跣足はだしで市街をひきまわされ、最後に聖壇の前に立って死刑を宣告され、刑吏の手によって生きながらき殺されるのであった。
(3) Toledo――スペイン中央部のトレード州の町。マドリッドの南西にある。
(4) 普通よく見られるとおり、大鎌を肩にし、砂時計を手にしている老人の画。
(5) 一インチの十二分の一の長さ。
(6) 「死」のこと。――旧約ヨブ記第十八章第十四節、「やがて彼はそのたのめる天幕より曳離ひきはなされて懼怖の王もとおいやられん」
(7) Antonie Charles Louis Colinet Lasalle(一七七五―一八〇九)――ナポレオン一世の部下の有名な将軍。彼がスペインに攻め入ったのは一八〇八年である。



底本「モルグ街の殺人事件」新潮文庫、新潮社
   1951(昭和26)年8月15日発行
   1977(昭和52)年5月10日40刷改版
   1998(平成10)年12月25日78刷
※本文中の(1)~(7)は訳注番号です。底本では、直前の文字の右横に、ルビのように小書きされています。
入力:江村秀之
校正:鈴木厚司
2005年1月17日作成
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