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旗本退屈男(はたもとたいくつおとこ)01 第一話 旗本退屈男

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-7 10:17:10  点击:  切换到繁體中文


       五

 かくして乗りつけたところは、粋客(すいきゃく)嫖客(ひょうきゃく)の行きも帰りも悩みの多い、吉原大門前です。無論もう客止めの大門は閉じられていましたが、そこへ行くと三とせ越しのお顔が物を言うのだから叶わない。
「早乙女主水之介、また罷り越すぞ」
 会所の曲輪役人共を尻目にかけながら、ずいとくぐりぬけて、さっさと登(あが)っていった家は意外と言えば意外ですが、先程宵のうちに待ち伏せていて、恋慕の口説(くぜつ)を掻きくどいたあの散茶女郎水浪のいる淡路楼でした。
 喜び上がったのは無論水浪です。小格子女郎のところへなぞはどう間違ったにしても、舞い降りて下さる筈もないお直参の旗本が、それを向うから登楼したので、悉く思い上がりながら仇めかしく両頬を紅(くれない)にぽっと染めて、ふるいつくように言いました。
「ま! よう来てくんなました。では、あの、わちきの願いを叶えて下さる気でありいすか」
「まてまて。叶える叶えないは二の次として、ちとその前に頼みたい事があるが、聞いてくれるか」
「ええもう、主(ぬし)さんの事ならどのようなことでも――」
「左様か、かたじけない、かたじけない。丸に丁の字を染めぬいた看板の持主はどこの太夫さんじゃったかな」
「ま! 曲輪がお家のような主さんでありいすのに。その紋どころならば、王岸楼の丁字花魁ではありいせぬか」
「おう左様か左様か。その丁字花魁の様子をこっそり探って来てほしいのじゃがな。いってくれるか」
「そしたら、わちきの願いも叶えてくんなますかえ」
「風と日和(ひより)次第、ずい分と叶えまいものでもないによって、行くなら早う行って来てくれぬか」
 喜び勇みながら出ていったと思うやまもなく色めき立って帰って来ると、おどろくべき報告をいたしました。
「いぶかしいお客様方ではありいせぬか、丁字さんのところには、由緒ありげな女子(おなご)のお客さんに、美しい若衆が御一緒で、ほかに六七人程も乱暴そうなお武家さんが御一座してざましたよ」
「なにッ、若衆に女子の客とな?――ご苦労じゃった。今宵は許せ。また会うぞ」
 颯爽として立ち上がると、例の宗十郎頭巾のままで、ただちに行き向ったところは揚屋町の王岸楼でした。
「主水之介じゃ。丁字太夫にちと急用があるによって、このまま通って行くぞ」
 言いすてながらずかずかと上がって行くと、言葉もかけずにさっと丁字太夫の部星の障子を押しあけました。と同時に目を射たものは、何たる沙汰の限りの光景でしたろう! そこの部屋の隅に、殆んど慄えるばかりに身体を小さく縮こまらせている美しいお小姓に向って、左右から二人の女が威嚇し、叱り、すかしつつ、呑めぬ茶屋酒を無理強いに強いつつあったからでした。ひとりの裲襠(うちかけ)姿であるのを見ると無論の事に、それが丁字太夫であるに相違なく、他のお部屋姿であるのを見ると、これまたお杉の方である事は言う迄もなく、よりもっと驚いた事は、何たる奇遇と言うべきか、その美々しい若者こそは、先刻宵の仲之町で赤谷伝九郎達から救い出してやったに拘らず、不審にも煙のごとく消え去ったあの若衆髷でしたから、さすがの退屈男も聊(いささ)か意外に思って、見るや同時に先ず呼びかけました。
「そなたが霧島京弥どのか」
「あっ! あなた様はあの……」
 頭巾姿でそれと知ったものか、恥じ入るようにもじもじと赤くなりながら言おうとしたのを、主水之介は言うなとばかり手で押さえておいて、ばらりと頭巾を払いのけると、蒼白秀爽なあの顔に無言の威嚇を示しながら、黙ってお杉の方をにらみつけました。
「ま! その三日月形の傷痕は……」
「身をかくそうとしても、もうおそうござるわ!」
 おどろいて逃げ出そうとしたお杉の方をずばりと重々しい一言で威嚇しておくと、京弥の方へ向き直ってきき尋ねました。
「先程、仲之町で消え失せたのは、菊路の兄がわしと知ってはいても、会ったことがなかったゆえに、見咎められては恥ずかしいと、それゆえ逃げなさったのじゃな」
「はっ……、御礼も申さずに失礼してでござりました」
「いや、そうと分らば却っていじらしさが増す位のものじゃ。もはやこの様子を見た以上聞かいでも大凡(おおよそ)の事は察しがつくが、でも念のために承わろう。一体いかがいたしたのじゃ」
 お杉の方に気がねでもあるかのごとく、もじもじと京弥が言いもよったので、退屈男は千鈞(きん)の重みある声音(こわね)で強く言いました。
「大事ない! 早乙女主水之介が天下お直参の威権にかけても後楯となってつかわすゆえ、かくさず申して見られよ」
「では申しまするが、お杉の方が久しい前から手前に――」
「身分を弁(わきま)えぬ横恋慕致して、言い迫ったとでも申さるるか」
「はっ……。なれども、いかに仰せられましょうと、君侯(との)のお目をかすめ奉って、左様な道ならぬ不義は霧島京弥、命にかけても相成りませぬ。それにまた――」
「ほかに契り交わした者があるゆえ、その者へ操を立てる上にもならなかったと、申さるるか」
「はっ……。お察しなされて下されませ」
「いや、よくぞ申された。それ聞かばさぞかし菊路も――いや、その契り交わした者とやらも泣いて喜ぶことでござろうよ。その者の兄もまたそれを聞かば、きっと喜ぶでござりましょうよ。だが、少し不審じゃな。お杉の方と言えば仮りにも十二万石の息のかかったお愛妾。にも拘らず、かような場所へそこ許(もと)を掠(さら)って参るとは、またどうしたことじゃ」
「別にそれとて不審はござりませぬ。こちらの丁字様は以前お屋敷に御奉公のお腰元でござりましたのが、故あってこの廓(さと)に身を沈めましたので、そのよしみを辿ってお杉の方様が、手前にあのような偽(にせ)の手紙を遣わしまして、まんまとこのような淫らがましいところへ誘(いざな)い運び、いやがるものを無理矢理に、今ごらんのようなお振舞いを遊ばされたのでござります」
 言ったとき――、物音で知ったものか、強刀(ごうとう)をひっさげて、突然そこに姿を見せた者は更に意外! まぎれもなき宵のあの赤谷伝九郎でしたから、退屈男の蒼白な面(おもて)にさッと一抹の怒気が走ると、冴えた声が飛んで行きました。
「さてはうぬが、この淫乱妾のお先棒になって、京弥どのを掠(さら)ってまいったのじゃな」
「よよッ、又しても悪い奴がかぎつけてまいったな! 宵の口にも京弥めを今ひと息で首尾よう掠おうとしたら、要らぬ邪魔だてしやがって、もうこうなればやぶれかぶれじゃ。斬らるるか斬るか二つに一つじゃ。抜けッ、抜けッ」
 愚かな奴で場所柄も弁えず、矢庭と強刀を鞘走らしましたものでしたから、退屈男はにんめり冷たい笑いをのせていましたが、ピリリと腹の底迄も威嚇するような言葉が静かに送られました。
「馬鹿者めがッ、この三日月形の傷痕はどうした時に出来たか存ぜぬかッ」
 だが伝九郎は、急を知ったと見えてどやどやとそこに門弟達が各々追ッ取り刀で駈けつけて来たので、にわかに気が強くなったに違いない。恐いものをも知らぬげに、ぴたり強刀を主水之介の面前に擬(ぎ)しました。さすがに一流の使い手らしく、なかなか侮りがたい剣相を見せていましたが、しかし退屈男の胆(きも)の太さはそれ以上でした。
「ウッフフ。並んでいるな。いや、御苦労じゃ。御苦労じゃ。では、京弥どの、今頃泣き濡れて生きた心持もせずに待ち焦れている者があるゆえ、先を急ごうよ。馬鹿者共の腐り血を見たとて、何の足しにもならぬからな。――それからお杉の方にひとこと申しておきますが、折角ながらこの可愛い奴は、手前が家の土産に貰って参りまするぞ。あとにて河原者(かわらもの)なと幇間(たいこ)なと、お気が済む迄お可愛いがりなさいませよ。では、そろそろ参るかのう」
 言いつつすっぽりと面(おもて)を包んで、京弥を後ろに随えると、不敵にも懐手をやったまま、刄(やいば)の林目がけてすいすいと歩み近づきました。だのに伝九郎の一党が、一指をさえも染める事が出来ないから奇態です。これが人の五体から放たれる剣の奥義のすばらしい威力と言うものに違いないが、退屈男の物静かな歩みがすいと一歩近よると、たじたじと二歩、剣の林があとへ引き、また一歩すいと行くと、三歩またたじたじとあとへ退(の)き、しかもとうとう一太刀すらも挑みかかり得ないうちに、両人の姿は悠揚と表の方へ行き去ってしまいました。
 しかしその表には、仇めいた強敵が今ひとり退屈男を待ち伏せしていたのでした。それはあの散茶女郎の水浪で、姿を見るや駈けるようにしてその袖を捕らえにかかりましたので、退屈男は女の言葉がないうちに言いました。
「許せ許せ。先程の約束を果せと言うのであろうが、わしは至って不粋(ぶすい)者でな。女子(おなご)をあやす道を知らぬのじゃ。もうあやまった。許せ許せ」
 言いすてると袖を払って、さっさと道を急ぎました。
 それだのに屋敷へかえりつくや、うなじ迄も赤く染めている菊路の方へ、これも一面の紅葉を散らしている京弥をずいと押しやるようにすると、至って粋(いき)な言葉をぽつりとひとこと、愛撫のこもった揶揄(やゆ)と共に言いました。
「わしの身体はごく都合がようてな、目に見て毒なものがあったり、耳に聞いて毒なものがあったりすると、じき俄盲目(にわかめくら)になったり、俄聾(にわかつんぼ)になったりするゆえ、遠慮せずこの目の前でずんと楽しめよ」
 ――こんな兄はない。ウフフという退屈男の清々(すがすが)しい笑いがはぜて、のどかに夜があけました。そうしてこの小気味のいい男の小気味のいい物語は、これから始まるのです。



底本:「旗本退屈男」春陽文庫、春陽堂書店
   1982(昭和57)年7月20日新装第1刷発行
   1997(平成9)年1月20日新装第8刷発行
※本作品中には、身体的・精神的資質、職業、地域、階層、民族などに関する不適切な表現が見られます。しかし、作品の時代背景と価値、加えて、作者の抱えた限界を読者自身が認識することの意義を考慮し、底本のままとしました。(青空文庫)
入力:大野晋
校正:皆森もなみ
ファイル作成:野口英司
2000年6月28日公開
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。


●表記について

本文中の※は、底本では次のような漢字(JIS外字)が使われている。

※――高い山から谷底見れば

第3水準1-3-28

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