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踊る地平線(おどるちへいせん)09Mrs.7 and Mr.23

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-27 7:01:08  点击:  切换到繁體中文


     5

 専売皮の靴のさきで星がギタノの舞踏を踊っていた。カスタネットはモナコの夜の海岸が鳴らしていたのだ。オテル・ドュ・パリとCASINOのあいだに、食卓布のように明るい灯火の小川と人々の笑い声があった。私と彼女は、理髪師のようなつめたいにおいを発散させながら礼装の肩をくらべた。私には固い洋襟カラアが寒かった。
 カフェ・ドュ・パリから音譜が走り出て来た。白絹を首へ巻いた紳士が、その白絹を外してシルクハットと一しょに入口の制服の男に渡してるのが芝居のように見えた。女たちは金銀のケエプをしっくりと身体からだに引き締めて、まるでりんうろこを持った不思議な魚のようだった。彼女らの夜会服の裾は快活に拡がっていて、そうしてうしろの一部分は靴にまで長かった。流行は絶えず反覆するものであると賢人が言った。あれほど批評の声のやかましかった短袴スカアト時代はすでに過去へ流れて、世はスカアトだけがヴィクトリア朝へ返ったのだ。しかし、やはり膝頭の見える女もいた。が、今もいうとおり流行は絶えず繰りかえすものである。だからこれは、遅れているのではなくて、現下の長袴ジョゼット流行の一つ先を往ってるのだ。つまりこのほうが早いのだ。とは言え、そのライヴァルに当る長袴ジョゼット連中はそのまた短袴スカアト時代の次ぎに来るであろう長袴ジョゼット時代を生きているのかも知れなかった。すると、いまの短袴スカアト組はそれを通り過ぎたまたまた一つ未来の時期を掴んでいるのだと主張するのである。
 賭博場キャジノの建物は航空母艦のように平たく長かった。正面ファサアドに赤い満月が懸っていた。それは大型電気時計のように出来ていて、針が動いていた。
 大玄関を這入ると、私たちはすぐ左手の広間へ行かなければならなかった。そこは一応入場者をしらべて切符を発行するところだった。その部屋は合衆国高等法院のように出来ていて、ポウル・ボウの税関吏のような疑い深い、そしていつも突発事を待っている眼をした役員たちがとまり木の上に止まっていた。彼らは低声に出入りの女達の身体つきに関して際限のない冗談を交換するよりほか用もない様子だった。そこで私たちは旅行券の検査を受けた。役人は私達に入場を許可するかしないか長いこと相談したのち、はじめから解っていたとおりに、許可することに決定した。
 私は網膜のなかで光線と色調とアリアン人種と、demi-mondaines の游弋ゆうよく隊とが衝突して散った。麺麭パン屋の仕事場のような温気のなかを饒舌と昂奮と美装とが共通の興味のために集合し、練り歩き、揺れ動いていた。そこにはヴァテカン美術館のそれにも劣らない一面の壁彫刻が微細に凹凸おうとつしていた。垂れ絹ドレイパリイはすべて五月の朝のSAVOY平野の草の色だった。壁画が霞んで、円天井の等身像は聖徒の会合のように空に群れ飛んでいた。いたるところに大笠電灯と休憩椅子があった。大笠電灯は王冠形の水晶と独創とで出来ていた。そして、金の鎖をつるに持ったフロリダ黄蘭のように宙乗りをして、そこから静かに得意の夢をうたいつづけていた。休憩椅子は海老茶えびちゃ天鵞絨ビロードの肌をひろげて、そばへ来る女の腰をしっかり受取ろうと用意していた。ケルンの大伽藍だいがらんの内部を祭壇のうえの奥の窓から彩色硝子ステンド・グラスをとおして覗くような、この現世離れのした幽艶なきらびやかさが刹那の私から観察の自由を剥奪した。が、私の全身の毛孔けあなはたちまち外部へ向って開いて、そのすべてを吸収しはじめたのである。私は駐外武官ミリタリ・アタシエのようにタキシードの胸を張った。
 La Salle Schmit はルウレットの部屋だ。Salle Louzet は「三十トランテ四十キャラント」だ。そして La Salle M※(アキュートアクセント付きE小文字)decin は「鉄の路シュマン・ドュ・フェル」の賭博室である。そのいずれにも礼装の人々が充満して、このモンテ・カアロの博奕場キャジノを経営している「海水浴協会ソシエテ・デ・バン・ドュ・メル」――何と遠くから持って来た名であろう! が、それも、多くの「フィッシュ」をおよがせるという意味でなら実に妥当だと言える――の常雇いの世話係りブリガアド・デ・ジュウや、自殺と不正を警戒している探偵や、初心者にゲイムを教える手引役インストラクタアや、卓子テーブルへ人を集める客引きラバテュウル――この成語はナポレオン当時募兵員が巴里パリーの街上に立って通行人に出征を勧誘した故事から来ている――やがて、開会のベルを聞いた代議士のように、急にめいめい自分たちの重大さを意識して人を分けていた。
 それは大停車場のような堅実な広さだった。どこにでも明光が部屋の形なりに凝り固まっていた。自殺を担ぎ込む「墓のサロン」のドアが口を結んでいた。すると私の耳にちょっと静寂が襲って来た。そのなかで一つ上釣うわずった女の声が走った。
『Rien n'pa plus !』
 女は台取締人クルピエの顔を見て言った。彼女はいまの廻転タアニングに負けて無一文になったのだ。この頃は「運が背中」で、今夜でとうとう財産のすべてをくしてしまった。彼女は早口にそう口説くどいて卓子テーブルの人の同情を求めているふうだった。

まるけ・むっしゅう!
まるけ・むっしゅう!
ら・ぼうる・ぱっす!
 眠そうな顔と声の台取締クルピエが、こうつぶやきながら片手で円盤を廻して同じ手で「丸薬ピル」をはじいた。
『Un cochon――豚!』
 女は卓子テーブルを叩いてち上った。みんな知らん顔して盤から眼を放さなかった。女は出口へ急いだ。彼女はこれからどうするだろう! きっと今着ているあのおれんじ色のドレスを「木の枝へ懸けて」――質に置いて――帰って来て、その金でもう一度運命を試験するに相違ないと私は思った。この月夜の果樹園のような空気を呑んで陶酔を覚えたものにとって、「緑色の羅紗らしゃ」の手ざわりは一生峻拒しゅんきょ出来ない魅惑なのだ。恐らくそのうちに彼女は女性の誇りまで「木に引っかけ」たのち、ルウレット台の一つで勇壮に自殺することであろう。今のように「豚!」と大声に叫びながら!――しかし、そのためにこのキャジノでは、自殺者に対するあらゆる人員と設備を調えて待っているのではないか。Tra-la-la !
まるけ・むっしゅう!
まるけ・むっしゅう!
ら・ぼうる・ぱっす!
 退屈で、そして冷やかな台取締クルピエの声だ。
Quatorze rouge, pair et manque
『十四! 十四! 赤、偶数、小!』
『三十一! 三十一! 黒、奇数、大!』
 あちこちにこの呼び声アナウンスが転がっていた。そのたびに台取締クルピエの棒の先で負けた賭札ブウルポアき集められ、勝った賭けステイキへはそれぞれの割合いで現金代りの札が配られた。どの卓子テーブル廻円盤ルウレットはたいがい最低十フランの規定だった。幾つもの台が整然と並んで、そのすべてが顔いろを変えた紳士淑女で一ぱいだった。肩から背中まで裸の夜会服デコルテにタキシイドと燕尾服が重なり合って盤を覗いていた。長方形のルウレット台には緑いろの羅紗が敷き詰めてあった。これが歴史的に、そして物語的に有名な「モンテ・キャアロの緑の LURE」なのだ。この金銭の遊戯をつかさどって、幾多の悲劇と喜劇が衝突するのを実験して来た証人である。卓子テーブルの中央は両側からくびれていて、そこにふたりの取締人クルピエ―― Croupier が向い合って座を占める。その手元には出納の賭札ブウルポアが手ぎわよく積まれてある。二人のクルウピエの中間に廻転盤、それを挟んで左右に、線と数字の入った賭けステイキ面がふたつ続いている。人はぐるりとその両方を取りまいて、つまり一つの卓子テーブルで同じゲームが一時に二つ進行しているわけだ。クルウピエの一人は右側を支配し、他は左を処理する。客は両替シャアンジュで換えて来た「灰色の石鹸サボン」――大きな金額の丸札――をそのまま賭けてもよし、細かいのが欲しければクルウピエが同額だけの小さな「ぼたん」に崩してくれる。廻転盤とステイキ面には一から三十六までの数が仕切ってある。卓子テーブルステイキ面のほうは一二三・四五六と三つずつ一線に縦に進んでいるが、廻転盤のは一・三三・一六・二四といったぐあいに入り混っている。この円盤がクルウピエの手によってまわされるのだ。同時にそこに白い玉を放す。すると盤の数字には一つごとに穴がある。玉はいろいろに動いた末そのうちいずれかの数へ落ちる。これで勝負が決する。賭けブウルポア卓子テーブルの面のその数字へ張ってあるのだ。
まるけ・むっしゅう!
まるけ・むっしゅう!
ら・ぼうる・ぱっす!
 賭け方と増戻ましもどしの歩合ぶあいとはじつに複雑をきわめている。みんな鉛筆と記録用の紙片を持って陣取り、一々番号のレコウドを取って統計を作り、それによって可能性の多い数字、言わば「その台の傾向・癖」を探り当てようと眼の色をかえているのだ。数字はまた赤と黒と二つの色に別れている。いわゆる Rouge et Noir の運命の分岐だ。だからこの「赤か・黒か」に賭けることも出来るし、そのほか偶数奇数、それから三十六のうち十八までを落第マンケ、十八以上を及第パスとしてこれらにも張り得る。そして、たとえ当っても、冒した危険の率によって一倍から三十五倍まで返ってくる金の割合が違う。赤のところへ百フラン――十円――置いて赤が出たとしたところで、勝金はその一倍、すなわち百フランの儲けにしかならないが、仮りに十一へ真正面アン・プランに百フラン抛り出して十一へ玉が落ちたとすれば百法の三十五倍と元金の百法と、つまり総計三千六百法――三百六十円――というものが転がり込む。賭けたのが百円なら三千六百円だ。しかし、こうなると私も、四角キャレだの馬乗りア・シュヴァルだの横断線トランスヴァサルだのコラウムだのダズンだのと色んな専門的な細部や、他の二種の chemin de fer と trente et quarante のゲイムにまで言及したい衝動を感ずるのだが、いまここで私はその煩瑣はんさな事業に着手してはならない。要するにただ、白い「丸薬ピル」一つの気まぐれによって「灰色の石鹸」と「扣鈕ぼたん」がさまざまに動き、そのたびに或る人の財布はトランクのように大きくなり、ある人のぽけっとは夏の住宅区域のようにからになり、自殺する女や発狂する男や、製粉工場を手離してもう一番と踏み止まったり、勝った金で逸早くピアリッツのうちを買って勇退したり、とうとうホテルを夜逃げして、来る時は自動車の窓から見て通ったコルニッシュ道路に長い月影を引きずるものも出てくれば、それをまた途上に擁して毎晩「卓子テーブル」で見た顔が拳銃ピストルを突きつけるやら――「みどり色の誘惑」は時として意外な方向と距離にまで紳士淑女をあやつってまない。
まるけ・むしゅう!
まるけ・むしゅう!

 博奕においては夫婦といえどもふところは別である。
 で、軍資と祝福を分け合ったのち、私達はその人混みのルウレット室で銘々の信ずる道に進むことにした、五時間後に出口で落ちあう約束。

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