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薤露行(かいろこう)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-10-18 8:23:47  点击:  切换到繁體中文

世に伝うるマロリーの『アーサー物語』は簡浄素樸そぼくという点において珍重すべき書物ではあるが古代のものだから一部の小説として見ると散漫のそしりは免がれぬ。まして材をその一局部に取ってまとまったものを書こうとすると到底万事原著による訳には行かぬ。従ってこの篇の如きも作者の随意に事実を前後したり、場合を創造したり、性格を書き直したりしてかなり小説に近いものに改めてしもうた。主意はこんな事が面白いから書いて見ようというので、マロリーが面白いからマロリーを紹介しようというのではない。そのつもりで読まれん事を希望する。
 実をいうとマロリーの写したランスロットは或る点において車夫の如く、ギニヴィアは車夫の情婦のような感じがある。この一点だけでも書き直す必要は充分あると思う。テニソンの『アイジルス』は優麗都雅の点において古今の雄篇たるのみならず性格の描写においても十九世紀の人間を古代の舞台におどらせるようなかきぶりであるから、かかる短篇を草するにはおおいに参考すべき長詩であるはいうまでもない。元来なら記憶を新たにするため一応読み返すはずであるが、読むと冥々のうちに真似まねがしたくなるからやめた。

     一 夢

 百、二百、むらがる騎士は数をつくして北のかたなる試合へと急げば、石にりたるカメロットのやかたには、ただ王妃ギニヴィアの長くころもすそひびきのみ残る。
 薄紅うすくれないの一枚をむざとばかりに肩より投げ懸けて、白き二の腕さえ明らさまなるに、もすそのみはかろさばたまくつをつつみて、なお余りあるを後ろざまに石階の二級に垂れて登る。登り詰めたるきざはしの正面には大いなる花を鈍色にびいろの奥に織り込める戸帳とばりが、人なきをかこち顔なる様にてそよとも動かぬ。ギニヴィアは幕の前に耳押し付けて一重向うに何事をかく。聴きおわりたる横顔をまた真向まむこうえして石段の下を鋭どき眼にてうかがう。こまやかにを流したる大理石の上は、ここかしこに白き薔薇ばらが暗きをれてやわらかきかおりを放つ。君見よとよいに贈れる花輪のいつくだけたる名残なごりか。しばらくはわが足にまつわる絹の音にさえ心置ける人の、何の思案か、と立ち直りて、ほそき手の動くと見れば、深き幕の波を描いて、まばゆき光り矢の如く向い側なるしつの中よりギニヴィアのかしらいただける冠を照らす。輝けるは眉間みけんあたる金剛石ぞ。
「ランスロット」と幕押し分けたるままにていう。天をはばかり、地を憚かる中に、身も世もらぬまで力のこもりたる声である。恋に敵なければ、わが戴ける冠をおそれず。
「ギニヴィア!」とこたえたるは室の中なる人の声とも思われぬほど優しい。広き額を半ばうずめてまたき返る髪の、黒きを誇るばかり乱れたるに、ほおの色はり合わず蒼白あおじろい。
 女は幕をひく手をつと放して内にる。裂目さけめを洩れて斜めに大理石の階段を横切りたる日の光は、一度に消えて、薄暗がりの中に戸帳の模様のみ際立きわだちて見える。左右に開く廻廊には円柱まるばしらの影の重なりて落ちかかれども、影なれば音もせず。生きたるは室の中なる二人のみと思わる。
「北のかたなる試合にも参り合せず。乱れたるは額にかかる髪のみならじ」と女は心ありげに問う。晴れかかりたるまゆに晴れがたき雲のわだかまりて、弱きわらいいてうれいうちより洩れきたる。
「贈りまつれる薔薇のいて」とのみにて男は高き窓より表のかたを見やる。折からの五月である。館をめぐりてゆるく江に千本の柳が明かに影を※(「くさかんむり/(酉+隹)/れんが」、第3水準1-91-44)ひたして、空にくずるる雲の峰さえ水の底に流れ込む。動くとも見えぬ白帆に、人あらば節面白き舟歌も興がろう。河を隔てて隠れに白く※(「てへん+施のつくり」、第3水準1-84-74)く筋の、一縷いちるの糸となってけむりに入るは、立ちのぼる朝日影にひづめちりを揚げて、けさアーサーが円卓の騎士と共に北のかたへと飛ばせたる本道である。
「うれしきものに罪を思えば、罪長かれと祈るき身ぞ。君一人館に残る今日を忍びて、今日のみのえにしとならばうからまし」と女は安らかぬ心のほどを口元に見せて、珊瑚さんごの唇をぴりぴりと動かす。
「今日のみの縁とは? 墓にかるるあの世までもかわらじ」と男は黒きひとみを返して女の顔をじっと見る。
「さればこそ」と女は右の手を高くげて広げたるてのひらたてにランスロットに向ける。手頸てくびまと黄金こがねの腕輪がきらりと輝くときランスロットの瞳はわれ知らず動いた。「さればこそ!」と女は繰り返す。「薔薇のに酔える病を、病と許せるは我ら二人のみ。このカメロットに集まる騎士は、五本の指を五十度繰り返えすとも数えがたきに、一人として北に行かぬランスロットの病を疑わぬはなし。つかの間に危うきをむさぼりて、長きふちと変らば……」といいながら挙げたる手をはたと落す。かの腕輪は再びきらめいて、玉と玉と撃てる音か、戛然かつぜんと瞬時の響きを起す。
「命は長き賜物ぞ、恋は命よりも長き賜物ぞ。心安かれ」と男はさすがに大胆である。
 女は両手を延ばして、戴ける冠を左右より抑えて「この冠よ、この冠よ。わが額の焼ける事は」という。願う事のかなわばこの黄金、この珠玉たまの飾りを脱いで窓より下に投げ付けて見ばやといえるさまである。白きかいなのすらりと絹をすべりて、抑えたる冠の光りの下には、渦を巻く髪の毛の、珠の輪には抑えがたくて、頬のあたりになびきつつ洩れかかる。肩にあつまる薄紅の衣のそでは、胸を過ぎてより豊かなるひだを描がいて、裾は強けれどもかたからざる線を三筋ほどゆかの上まで引く。ランスロットはただ窈窕ようちょうとして眺めている。前後を截断せつだんして、過去未来を失念したる間にただギニヴィアの形のみがありありと見える。
 機微のふかきを照らす鏡は、女のてるすべてのうちにて、もっとも明かなるものという。苦しきに堪えかねて、われとわがかしらを抑えたるギニヴィアを打ち守る人の心は、飛ぶ鳥の影のきが如くに女の胸にひらめき渡る。苦しみは払い落す蜘蛛くもの巣と消えてあますはうれしき人のなさけばかりである。「かくてあらば」と女は危うきひまに際どくり込む石火の楽みを、とこしえにづけかしと念じて両頬にえみしたたらす。
「かくてあらん」と男は始めより思い極めた態である。
「されど」と少時しばしして女はまた口を開く。「かくてあらんため――北の方なる試合に行き給え。けさ立てる人々の蹄のあとを追い懸けて病えぬと申し給え。この頃の蔭口かげぐち、二人をつつむうたがいの雲を晴し給え」
「さほどに人がこわくて恋がなろか」と男は乱るる髪を広き額に払って、わざとながらからからと笑う。高きしつの静かなる中に、常ならず快からぬ響が伝わる。笑えるははたとやめて「このとばりの風なきに動くそうな」と室の入口まで歩を移してことさらに厚き幕を揺り動かして見る。あやしき響は収まって寂寞じゃくまくもとに帰る。
よべ見し夢の――夢の中なる響の名残か」と女の顔にはたちまこう落ちて、冠の星はきらきらと震う。男も何事か心さわぐ様にて、ゆうべ見しという夢を、女に物語らする。
「薔薇咲く日なり。白き薔薇と、赤き薔薇と、黄なる薔薇の間にしたるは君とわれのみ。楽しき日は落ちて、楽しき夕幕の薄明りの、尽くる限りはあらじと思う。その時に戴けるはこの冠なり」と指を挙げて眉間をさす。冠の底を二重にめぐる一ぴきの蛇は黄金こがねうろこを細かに身に刻んで、もたげたるかしらには青玉せいぎょくがんめてある。
「わが冠の肉にい入るばかり焼けて、頭の上にきぬる如き音を聞くとき、この黄金の蛇はわが髪をめぐりて動き出す。頭は君のかたへ、尾はわが胸のあたりに。波の如くに延びるよと見るに、君とわれはなまぐさき縄にて、断つべくもあらぬまでに纏わるる。中四尺を隔てて近寄るに力なく、離るるにすべなし。たといいまわしききずななりとも、この縄の切れて二人離れ離れにおらんよりはとは、その時苦しきわが胸の奥なる心遣こころやりなりき。まるるともさるるとも、口縄の朽ち果つるまでかくてあらんと思い定めたるに、あら悲し。薔薇の花のくれないなるが、めらめらと燃えいだして、つなげる蛇を焼かんとす。しばらくして君とわれの間にあまれる一尋ひとひろ余りは、真中まなかより青き烟を吐いて金の鱗の色変り行くと思えば、あやしきにおいを立ててふすと切れたり。身も魂もこれ限り消えてせよと念ずる耳元に、何者かからからと笑う声して夢はめたり。醒めたるあとにもなお耳を襲う声はありて、今聞ける君が笑も、よべの名残かと骨をゆるがす」と落ち付かぬ眼を長きまつげの裏に隠してランスロットの気色けしきうかがう。七十五度の闘技に、馬のすべるは無論、あぶみさえはずせる事なき勇士も、この夢をしとのみは思わず。快からぬ眉根はおのずかせまりて、結べる口の奥には歯さえ喰いばるならん。
「さらば行こう。おくせに北のかたへ行こう」とこまぬいたる手を振りほどいて、六尺二寸のからだをゆらりと起す。
「行くか?」とはギニヴィアの半ば疑える言葉である。疑える中には、今更ながら別れの惜まるる心地さえほのめいている。
「行く」といい放って、つかつかと戸口にかかる幕を半ば掲げたが、やがてするりとくびすめぐらして、女の前に、白き手を執りて、発熱かと怪しまるるほどのあつき唇を、冷やかに柔らかき甲の上につけた。暁の露しげき百合ゆり花弁はなびらをひたふるに吸える心地である。ランスロットはあとをも見ずして石階を馳け降りる。
 やがて三たび馬のいなながして中庭の石の上に堅き蹄が鳴るとき、ギニヴィアは高殿たかどのを下りて、騎士の出づべき門の真上なる窓にりて、かの人のいづるを遅しと待つ。黒き馬の鼻面はなづらが下に見ゆるとき、身を半ば投げだして、行く人のために白き絹の尺ばかりなるを振る。頭に戴ける金冠の、美しき髪を滑りてか、からりと馬の鼻をかすめて砕くるばかりに石の上に落つる。
 やりの穂先に冠をかけて、窓近く差し出したる時、ランスロットとギニヴィアの視線がはたと行き合う。「忌まわしき冠よ」と女は受けとりながらいう。「さらば」と男は馬の太腹をける。白きかぶと挿毛さしげのさとなびくあとに、残るは漠々ばくばくたるちりのみ。

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