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薤露行(かいろこう)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-10-18 8:23:47  点击:  切换到繁體中文


     四 罪

 アーサーをきらうにあらず、ランスロットを愛するなりとはギニヴィアのおのれにのみ語る胸のうちである。
 北のかたなる試合果てて、行けるものは皆やかたに帰れるを、ランスロットのみは影さえ見えず。帰れかしと念ずる人の便たよりは絶えて、思わぬものの※(「金+(鹿/れっか)」、第3水準1-93-42)くつわを連ねてカメロットに入るは、見るも益なし。一日には二日を数え、二日には三日を数え、ついに両手の指をことごとく折り尽して十日に至る今日こんにちまでなお帰るべしとのねがいを掛けたり。
「遅き人のいずこにつながれたる」とアーサーはさまでに心を悩ませる気色けしきもなくいう。
 高きしつの正面に、石にて築く段は二級、半ばは厚き毛氈もうせんにておおう。段の上なる、おおいなる椅子いすに豊かにるがアーサーである。
「繋ぐ日も、繋ぐ月もなきに」とギニヴィアは答うるが如く答えざるが如くもてなす。王を二尺左に離れて、床几しょうぎの上に、ほそき指を組み合せて、ひざより下は長きもすそにかくれてくつのありかさえ定かならず。
 よそよそしくは答えたれ、心はその人の名を聞きてさえおどるを。話しの種の思う坪にえたるを、寒き息にて吹き枯らすは口惜し。ギニヴィアはまた口を開く。
おくれて行くものは後れて帰るおきてか」といい添えて片頬かたほに笑う。女の笑うときは危うい。
「後れたるは掟ならぬ恋の掟なるべし」とアーサーも穏かに笑う。アーサーの笑にも特別の意味がある。
 恋という字の耳に響くとき、ギニヴィアの胸は、きりに刺されしいたみを受けて、すわやと躍り上る。耳の裏にはと音がして熱き血をす。アーサーは知らぬ顔である。
「あのそでの主こそ美しからん。……」
「あの袖とは? 袖の主とは? 美しからんとは?」とギニヴィアの呼吸ははずんでいる。
「白き挿毛さしげに、赤き鉢巻ぞ。さる人の贈り物とは見たれ。繋がるるも道理じゃ」とアーサーはまたからからと笑う。
「主の名は?」
「名は知らぬ。ただ美しき故に美しき少女というと聞く。過ぐる十日を繋がれて、残るいくを繋がるる身は果報なり。カメロットに足は向くまじ」
美しき少女! 美しき少女!」と続け様に叫んでギニヴィアは薄きくつに三たび石のゆかを踏みならす。肩に負う髪の時ならぬ波を描いて、二尺余りを一筋ごとに末まで渡る。
 夫に二心ふたごころなきを神の道とのおしえは古るし。神の道に従うの心易きも知らずといわじ。心易きを自ら捨てて、捨てたる後の苦しみをうれしと見しも君がためなり。春風しゅんぷうに心なく、花おのずから開く。花に罪ありとはくだれる世の言の葉に過ぎず。恋を写す鏡のあきらかなるは鏡の徳なり。かく観ずるうちに、人にも世にも振りてられたる時の慰藉いしゃはあるべし。かく観ぜんと思い詰めたる今頃を、わが乗れる足台はくつがえされて、くびすささうるに一塵いちじんだになし。引き付けられたる鉄と磁石の、自然に引き付けられたればとがも恐れず、世をはばかりのせき一重ひとえあなたへ越せば、生涯のつきはあるべしと念じたるに、引き寄せたる磁石は火打石と化して、吸われし鉄は無限の空裏を冥府よみつる。わがわる床几の底抜けて、わが乗る壇の床くずれて、わが踏む大地のこく裂けて、己れを支うる者は悉く消えたるに等し。ギニヴィアは組める手を胸の前に合せたるまま、右左より骨もくだけよとす。片手に余る力を、片手に抜いて、苦しき胸のもだえを人知れぬかたらさんとするなり。
「なに事ぞ」とアーサーは聞く。
「なに事とも知らず」と答えたるは、アーサーを欺けるにもあらず、またおのれいたるにもあらず。知らざるを知らずといえるのみ。まことはわが口にせる言葉すら知らぬ間にのどまろでたり。
 ひくなみの返す時は、引く折の気色を忘れて、逆しまに岸をいきおいの、前よりはすさまじきを、浪みずからさえ驚くかと疑う。はからざる便りの胸を打ちて、度を失えるギニヴィアの、己れを忘るるまでわれに遠ざかれる後には、油然ゆうぜんとして常よりも切なきわれにかえる。何事も解せぬ風情ふぜいに、驚ろきのまゆをわが額の上にあつめたるアーサーを、わが夫と悟れる時のギニヴィアの眼には、アーサーはしばらく前のアーサーにあらず。
 人をきずつけたるわが罪を悔ゆるとき、傷負える人の傷ありと心付かぬ時ほどくいはなはだしきはあらず。聖徒に向ってむちを加えたる非の恐しきは、むちうてるものの身にね返る罰なきに、みずからとその非を悔いたればなり。われを疑うアーサーの前に恥ずる心は、疑わぬアーサーの前に、わが罪を心のうちに鳴らすが如く痛からず。ギニヴィアは悚然しょうぜんとして骨に徹する寒さを知る。
「人の身の上はわが上とこそ思え。人恋わぬ昔は知らず、とつぎてより幾夜か経たる。赤き袖の主のランスロットを思う事は、御身おんみのわれを思う如くなるべし。贈り物あらば、われも十日を、二十日はつかを、帰るを、忘るべきに、ののしるはいやし」とアーサーは王妃のかたを見て不審の顔付である。
美しき少女!」とギニヴィアは三たびエレーンの名を繰り返す。このたびは鋭どき声にあらず。去りとてはあわれを寄せたりとも見えず。
 アーサーは椅子に倚る身を半ばめぐらしていう。「御身とわれと始めて逢える昔を知るか。じょうに余る石の十字を深く地にうずめたるに、つたいかかる春の頃なり。みちに迷いて御堂みどうにしばしいこわんと入れば、銀にちりばむ祭壇の前に、空色のきぬを肩より流して、黄金こがねの髪に雲を起せるはぞ」
 女はふるえる声にて「ああ」とのみいう。ゆかしからぬにもあらぬ昔の、今は忘るるをのみ心易しと念じたる矢先に、忽然こつぜんと容赦もなく描き出されたるを堪えがたく思う。
「安からぬ胸に、捨てて行ける人の帰るを待つと、しおれたる声にてわれに語る御身の声をきくまでは、あまくだれるマリヤのこの寺の神壇に立てりとのみ思えり」
 けるは追えども帰らざるに逝けるとこしえに暗きに葬むるあたわず。思うまじと誓える心に発矢はっしあたる古き火花もあり。
「伴いて館に帰し参らせんといえば、黄金の髪を動かして何処いずこへとも、とうなずく……」と途中に句を切ったアーサーは、身を起して、両手にギニヴィアの頬をおさえながら上より妃の顔を覗き込む。新たなる記憶につれて、新たなる愛の波が、一しきり打ち返したのであろう。――王妃の顔はしかばねいだくが如く冷たい。アーサーは覚えず抑えたる手を放す。折から廻廊を遠く人の踏む音がして、ののしる如き幾多の声は次第にアーサーの室にせまる。
 入口に掛けたる厚き幕はふさに絞らず。長く垂れて床をかくす。かの足音の戸の近くしばらくとまる時、垂れたる幕を二つに裂いて、髪多くたけ高き一人の男があらわれた。モードレッドである。
 モードレッドは会釈もなく室の正面までつかつかと進んで、王の立てる壇の下にとどまる。続いてるはアグラヴェン、たくましき腕の、ゆるき袖を洩れて、あかくびの、かたく衣のえりくくられて、色さえ変るほど肉づける男である。二人のあとには物色するいとまなきに、どやどやと、我勝ちに乱れ入りて、モードレッドを一人ひとり前に、ずらりと並ぶ、数はすべてにて十二人。何事かなくてはかなわぬ。
 モードレッドは、王に向って会釈せるかしらもたげて、そこ力のある声にていう。「罪あるを罰するは王者おうしゃの事か」
「問わずもあれ」と答えたアーサーは今更という面持おももちである。
「罪あるは高きをも辞せざるか」とモードレッドは再び王に向って問う。
 アーサーは我とわが胸をたたいて「黄金の冠はよこしまの頭にいただかず。天子の衣は悪を隠さず」と壇上に延び上る。肩にくくの衣の、裾は開けて、白き裏が雪の如く光る。
「罪あるを許さずと誓わば、君がかたえに坐せる女をも許さじ」とモードレッドはおくする気色もなく、一指を挙げてギニヴィアの眉間みけんす。ギニヴィアはと立ち上る。
 茫然ぼうぜんたるアーサーは雷火に打たれたるおしの如く、わが前に立てる人――地をき出でしいわおとばかり立てる人――を見守る。口を開けるはギニヴィアである。
「罪ありと我をいるか。何をあかしに、何の罪を数えんとはする。いつわりは天も照覧あれ」とほそき手を抜け出でよと空高く挙げる。
「罪は一つ。ランスロットに聞け。あかしはあれぞ」とたかの眼を後ろに投ぐれば、並びたる十二人は悉く右の手を高く差し上げつつ、「神も知る、罪はのがれず」と口々にいう。
 ギニヴィアは倒れんとする身を、危く壁掛にたすけて「ランスロット!」とかすかに叫ぶ。王は迷う。肩にまつわる緋の衣の裏を半ば返して、右手めてたなごころを十三人の騎士に向けたるままにて迷う。
 この時館の中に「黒し、黒し」と叫ぶ声が※(「土へん+楪のつくり」、第4水準2-4-94)せきちょうひびきかえして、窈然ようぜんと遠く鳴る木枯こがらしの如く伝わる。やがて河に臨む水門を、天にひびけと、びたる鉄鎖にきしらせて開く音がする。室の中なる人々は顔と顔を見合わす。只事ただごとではない。

     五 舟

※(「(矛+攵)/金」、第3水準1-93-30)かぶとに巻ける絹の色に、槍突き合わす敵の目もむべし。ランスロットはその日の試合に、二十余人の騎士をたおして、引き挙ぐる間際まぎわに始めてわが名をなのる。驚く人のめぬを、ラヴェンと共にらちを出でたり。行く末は勿論もちろんアストラットじゃ」と三日過ぎてアストラットに帰れるラヴェンは父と妹に物語る。
「ランスロット?」と父は驚きのまゆを張る。女は「あな」とのみ髪にす花の色をふるわす。
「二十余人の敵と渡り合えるうち、何者かのやりを受け損じてか、よろいの胴を二寸さがりて、左のまたきずを負う……」
「深き創か」と女は片唾かたずを呑んで、懸念の眼を※(「目+爭」、第3水準1-88-85)みはる。
くらに堪えぬほどにはあらず。夏の日の暮れがたきに暮れて、あおゆうべを草深き原のみ行けば、馬のひづめは露にれたり。――二人は一言ひとことわさぬ。ランスロットの何の思案に沈めるかは知らず、われは昼の試合のまたあるまじき派手やかさをしのぶ。風渡るこずえもなければ馬のくつの地を鳴らす音のみ高し。――路は分れて二筋となる」
「左へ切ればここまで十マイルじゃ」と老人が物知り顔にいう。
「ランスロットは馬のかしらを右へ立て直す」
「右? 右はシャロットへの本街道、十五哩は確かにあろう」これも老人の説明である。
「そのシャロットのかたへ――あとより呼ぶわれを顧みもせでくつわを鳴らして去る。やむなくてわれも従う。不思議なるはわが馬を振り向けんとしたる時、前足を躍らしてあやしくもいななける事なり。嘶く声のはて知らぬ夏野に、末広に消えて、馬の足掻あがきの常の如く、わが手綱たづなの思うままに運びし時は、ランスロットの影は、と共にかすかなる奥に消えたり。――われは鞍をたたいて追う」
「追い付いてか」と父と妹は声をそろえて問う。
「追い付ける時は既に遅くあった。乗る馬の息の、やみ押し分けて白く立ち上るを、いやがうえにむちうって長き路を一散にけ通す。黒きもののそれかとも見ゆる影が、二丁ばかり先に現われたる時、われは肺を逆しまにしてランスロットと呼ぶ。黒きものは聞かざる真似まねして行く。かすかに聞えたるはくつわの音か。怪しきは差して急げる様もなきに容易たやすくは追い付かれず。ようやくの事あいだ一丁ほどにせまりたる時、黒きものは夜の中に織り込まれたる如く、ふっと消える。合点がてん行かぬわれはますます追う。シャロットの入口に渡したる石橋に、蹄も砕けよと乗り懸けしと思えば、馬は何物にかつまずきて前足を折る。るわれはたてがみをさかにいて前にのめる。かつと打つは石の上と心得しに、われより先にたおれたる人のよろいの袖なり」
「あぶない!」と老人は眼の前の事の如くに叫ぶ。
「あぶなきはわが上ならず。われより先に倒れたるランスロットの事なり……」
「倒れたるはランスロットか」と妹はたまゆるほどの声に、椅子のはじを握る。椅子の足は折れたるにあらず。
「橋のたもとの柳のうちに、人住むとしも見えぬ庵室あんしつあるを、試みに敲けば、世をのがれたる隠士のきょなり。幸いと冷たき人をかつぎ入るる。かぶとを脱げば眼さえ氷りて……」
「薬を掘り、草を煮るは隠士の常なり。ランスロットをよみがえしてか」と父は話し半ばに我句を投げ入るる。
「よみ返しはしたれ。よみにある人とえらぶ所はあらず。われに帰りたるランスロットはまことのわれに帰りたるにあらず。魔に襲われて夢に物いう人の如く、あらぬ事のみ口走る。あるときは罪々と叫び、あるときは王妃――ギニヴィア――シャロットという。隠士が心を込むる草のかおりも、煮えたるかしらには一点の涼気を吹かず。……」
枕辺まくらべにわれあらば」と少女おとめは思う。
一夜いちやのちたぎりたる脳の漸く平らぎて、静かなる昔の影のちらちらと心に映る頃、ランスロットはわれに去れという。心許さぬ隠士は去るなという。とかくして二日を経たり。三日目の朝、われと隠士のねむり覚めて、病む人の顔色の、今朝けさ如何いかがあらんと臥所ふしどうかがえば――らず。つるぎの先にて古壁に刻み残せる句には罪はわれを追いわれは罪を追うとある」
のがれしか」と父は聞き、「いずこへ」と妹はきく。

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