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薤露行(かいろこう)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-10-18 8:23:47  点击:  切换到繁體中文


「いずこと知らば尋ぬる便りもあらん。茫々ぼうぼうと吹く夏野の風の限りは知らず。西東日の通う境はきわめがたければ、ひとり帰り来ぬ。――隠士はいう、やまい怠らで去る。かの人の身は危うし。狂いて走るかたはカメロットなるべしと。うつつのうちに口走れる言葉にてそれと察せしと見ゆれど、われはしかと、さは思わず」と語り終ってさかずきに盛る苦き酒を一息に飲み干してにじの如き気を吹く。妹は立ってわが室に入る。
 花に戯むるるちょうのひるがえるを見れば、春にうれいありとは天下を挙げて知らぬ。去れど冷やかに日落ちて、月さえやみに隠るるよいを思え。――ふる露のしげきを思え。――薄き翼のいかばかり薄きかを思え。――広き野の草の陰に、琴のつめほどちいさきものの潜むを思え。――畳む羽に置く露の重きに過ぎて、夢さえ苦しかるべし。果知らぬ原の底に、あるに甲斐かいなき身を縮めて、誘う風にも砕くる危うきを恐るるはさびしかろう。エレーンは長くは持たぬ。
 エレーンは盾を眺めている。ランスロットの預けた盾を眺め暮している。その盾には丈高き女の前に、一人の騎士がひざまずいて、愛と信とを誓える模様が描かれている。騎士の鎧は銀、女の衣は炎の色に燃えて、は黒に近き紺を敷く。赤き女のギニヴィアなりとは憐れなるエレーンの夢にだも知る由がない。
 エレーンは盾の女を己れと見立てて、跪まずけるをランスロットと思う折さえある。かくあれと念ずる思いの、いつか心のうちを抜け出でて、かくの通りと盾の表にあらわれるのであろう。かくありて後と、あらぬいしずえを一度び築ける上には、そら事を重ねて、そのそら事の未来さえも想像せねばやまぬ。
 重ね上げたる空想は、また崩れる。児戯に積む小石の塔をかえす時の如くに崩れる。崩れたるあとのわれに帰りて見れば、ランスロットはあらぬ。気を狂いてカメロットの遠きに走れる人の、わがそばにあるべき所謂いわれはなし。離るるとも、ちかいさえかわらずば、千里を繋ぐつなもあろう。ランスロットとわれは何を誓える? エレーンの眼には涙があふれる。
 涙の中にまた思い返す。ランスロットこそ誓わざれ。一人誓えるわれの渝るべくもあらず。二人の中に成り立つをのみ誓とはいわじ。われとわが心にちぎるも誓にはれず。この誓だに破らずばと思い詰める。エレーンの頬の色はせる。
 死ぬ事の恐しきにあらず、死したる後にランスロットに逢いがたきを恐るる。去れどこの世にての逢いがたきに比ぶれば、未来に逢うのかえってやすきかとも思う。罌粟けし散るをしとのみ眺むべからず、散ればこそまた咲く夏もあり。エレーンは食を断った。
 衰えは春野焼く火と小さき胸をかして、うれいは衣に堪えぬ玉骨ぎょっこつ寸々すんずんに削る。今までは長き命とのみ思えり。よしやいつまでもとむさぼる願はなくとも、死ぬという事は夢にさえ見しためしあらず、つかの春と思いあたれる今日となりて、つらつら世を観ずれば、日に開くつぼみの中にもうらみはあり。まるく照る明月のあすをと問わば淋しからん。エレーンは死ぬより外の浮世に用なき人である。
 今はこれまでの命と思い詰めたるとき、エレーンは父と兄とを枕辺に招きて「わがためにランスロットへのふみかきて玉われ」という。父は筆と紙を取り出でて、死なんとする人の言の葉を一々に書き付ける。
あめしたに慕える人は君ひとりなり。君一人のために死ぬるわれを憐れと思え。陽炎かげろう燃ゆる黒髪の、長き乱れの土となるとも、胸に彫るランスロットの名は、星変る後の世までも消えじ。愛の炎に染めたる文字の、土水どすいの因果を受くることわりなしと思えば。まつげに宿る露のたまに、写ると見れば砕けたる、君の面影のもろくもあるかな。わが命もしかく脆きを、涙あらばそそげ。基督キリストも知る、死ぬるまで清き乙女おとめなり」
 書き終りたる文字は怪しげに乱れて定かならず。年寄の手のふるえたるは、おいのためともかなしみのためとも知れず。
 女またいう。「息絶えて、身の暖かなるうち、右の手にこのふみを握らせ給え。手も足も冷え尽したる後、ありとある美しききぬにわれを着飾り給え。隙間すきまなく黒き布しき詰めたる小船こぶねの中にわれを載せ給え。山に野に白き薔薇ばら、白き百合ゆりを採り尽して舟に投げ入れ給え。――舟は流し給え」
 かくしてエレーンは眼を眠る。眠りたる眼は開くなし。父と兄とは唯々いいとして遺言のごとく、憐れなる少女おとめ亡骸なきがらを舟に運ぶ。
 古き江にさざなみさえ死して、風吹く事を知らぬ顔に平かである。舟は今緑りむる陰を離れて中流にづる。かいあやつるはただ一人、白き髪の白きひげおきなと見ゆ。ゆるくく水は、物憂げに動いて、一櫂ごとに鉛の如き光りを放つ。舟は波に浮ぶ睡蓮すいれんの睡れる中に、音もせず乗り入りては乗り越して行く。うてな傾けて舟を通したるあとには、かろく波足と共にしばらく揺れて花の姿は常のしずけさに帰る。押し分けられた葉の再び浮き上る表には、時ならぬ露が珠を走らす。
 舟は杳然ようぜんとして何処いずくともなく去る。美しき亡骸なきがらと、美しききぬと、美しき花と、人とも見えぬ一個の翁とを載せて去る。翁は物をもいわぬ。ただ静かなる波の中に長き櫂をくぐらせては、くぐらす。木に彫る人をむちうってたしめたるか、櫂を動かす腕のほかにはきたる所なきが如くに見ゆる。
 と見れば雪よりも白き白鳥が、収めたる翼に、波を裂いて王者の如く悠然ゆうぜんと水を練り行く。長きくびの高くしたるに、気高き姿はあたりを払って、恐るるもののありとしも見えず。うねる流を傍目わきめもふらず、へさきに立って舟を導く。舟はいずくまでもと、鳥のに裂けたる波の合わぬしたがう。両岸の柳は青い。
 シャロットを過ぐる時、いずくともなく悲しき声が、左の岸より古き水の寂寞じゃくまくを破って、動かぬ波の上に響く。「うつせみの世を、……うつつ……に住めば……」絶えたる音はあとを引いて、引きたるはまたしばらくに絶えんとす。聞くものは死せるエレーンと、ともに坐る翁のみ。翁は耳さえ借さぬ。ただ長き櫂をくぐらせてはくぐらする。思うにつんぼなるべし。
 空は打ち返したる綿を厚く敷けるが如く重い。流をはさむ左右の柳は、一本ごとに緑りをこめて濛々もうもうと烟る。娑婆しゃば冥府めいふさかいに立ちて迷える人のあらば、その人の霊を並べたるがこの気色けしきである。に似たる少女おとめの、舟に乗りて他界へ行くを、立ちならんで送るのでもあろう。
 舟はカメロットの水門に横付けに流れて、はたと留まる。白鳥の影は波に沈んで、岸高くそばだてる楼閣の黒く水に映るのが物凄ものすごい。水門は左右に開けて、石階の上にはアーサーとギニヴィアを前に、城中の男女なんにょことごとく集まる。
 エレーンのしかばねすべての屍のうちにて最も美しい。涼しき顔を、雲と乱るる黄金こがねの髪にうずめて、笑える如くよこたわる。肉に付着するあらゆる肉の不浄をぬぐい去って、霊その物の面影を口鼻こうびの間に示せるは朗かにもまた極めて清い。苦しみも、憂いも、恨みも、憤りも――世にいまわしきもののあとなければ土に帰る人とは見えず。
 王はおごそかなる声にて「何者ぞ」と問う。櫂の手を休めたる老人はおうしの如く口を開かぬ。ギニヴィアはつと石階をくだりて、乱るる百合の花の中より、エレーンの右の手に握るふみを取り上げて何事と封を切る。
 悲しき声はまた水を渡りて、「……うつくしき……恋、色や……うつろう」と細き糸ふって波うたせたる時の如くに人々の耳を貫く。
 読み終りたるギニヴィアは、腰をのして舟の中なるエレーンの額――透きとおるエレーンの額に、ふるえたる唇をつけつつ「美くしき少女!」という。同時に一滴の熱き涙はエレーンの冷たき頬の上に落つる。
 十三人の騎士は目と目を見合せた。





底本:「倫敦塔・幻影の盾 他五篇」岩波文庫、岩波書店
   1930(昭和5)年12月20日第1刷発行
   1990(平成2)年4月16日第23刷改版発行
   1997(平成9)年1月16日第29刷発行
※校正には、1997(平成9)年9月5日発行の第30刷を使用した。
入力:鈴木厚司
校正:藤本篤子
1999年3月6日公開
2004年2月26日修正
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