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散歩(さんぽ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-10-26 16:57:30  点击:  切换到繁體中文


「歩きませうよ。」
 二人は肩を並べるために、忙しく行き違ふ人をけながら、片側の家並やなみ[#「家並やなみみ」はママ]を銀座の方へと歩き出した。
「ねえ。」
「ん。」
「今電車の中で、わたしの直ぐ向ひに腰かけてた女があつたでせう?」
「うむ。」
「随分いやなやつね、傲慢な顔をして。」
「だけど、別嬪だつたねえ。」
 妻はちらりと夫の顔を見た。
「あなた、あんなのがお好き?」
「僕は好き嫌ひを言つてるんぢやないよ、一寸美人だつたつていふのさ。」
 妻は再び夫の顔を見て黙つた。「男つてものはどうしてあんな女を好くのだらう?」と、すぐに物事をかたよせて考へてしまつて、その男つてものは――に、夫を非難する意味も含めて、心密かに思つた。何よりも妻には、今の夫の言葉の調子が気に喰はないのであつた。
 歩いても/\、明るい灯と賑かな店が続いた。軽々しい淡々しい夏めいたものはみな取りのけられて、早くも冬の仕度をうながすやうな気分が、その店々の装飾にみられた。
「あゝ、すつかり秋だねえ。」と、夫は消息ためいきをつくやうにして言つた。
 すきを窺ひ寄るやうに、なんとはない不安が、その胸のうちに入りくんで来るやうなのを覚えてゐた。漠然としたものではあるが、男子の志といつたやうなものゝ焦慮が、事新しく世の中といふことを思はせた。そんなことをぼんやりと考へてゐたので、
「まあ、随分思ひ切つたやうないゝ柄!」と立ちどまつた妻の言葉を遙かに遠いものでも眺めるやうな心持ちで聞いた。そして一寸はそれが何のことだかわからなかつた。
 妻は美しい新柄でかざされた呉服屋の飾り窓にとかく気をひかれて、なくてならない自分達の冬着を揃へる時のことを空想しながらしきりに胸算用をして歩いてゐるうちに、メリンス屋の店に下げてある友禅形に目をとめて、思はず嘆美するやうに声を放つたのであつた。そしてそれについて別段夫の言葉や態度は予期してゐなかつたのだけれど、今ぼんやりと振向いた夫の顔をみて、急に我にかへつたやうになると共に、不思議に反抗するものがその心のうちに沸きかけて来た。その夫の顔は、自分とはなんの交渉もなささうに、澄んで引緊つてゐた。
 二人はお互に離れ/″\になつた心持ちを感じ合つた。そしてそれを引返さうと試みれば試みるほど、益々あらぬかたに反れてくやうであつた。
「わたしはあの人の為めにこんな苦労をしてゐるのだ、そして不如意な生活に別段悪るい顔も見せないでゐるのをいゝことにして、当り前だといはぬばかりに、そこのところをちつとも考へてくれやしない。わたしのこの身なりの見窄みすぼらしさはどうだらう? これが私の身上ありだけのものだつて言つたなら、世の中の女達はまあどんなにわたしを憐むことだらう? 僅かばかり持つてゐたものは、今のところみんなお米の代にかはつてしまつたんだもの。」と妻がおもへば、
「女つてものはどうしてあゝ物質的なもんだらう。気持ちがせまくて、偏つてゐて、わがまゝで、自分のことより外は何も考へてゐないんだ、きさま達に男の心持ちなんてものが解るもんか。著物きものが出来ないといふことを最大の条件にして、さも/\おれを意気地なしだと思つてゐやがる! 飛切りいゝ柄がぶら下つてゐたつてそれがどうなんだい! へんそれがおれへ当てつけの積りなんかい?」と夫は心に呟いた。
 お互に黙りあつて歩いてるうちに、二人はいゝ加減くたびれて来た。それでもやう/\のことで目的の銀座に近づいた時には、そこに二人とも何かを期待するやうな心持ちであつた。
 人の往き来は一層繁く、灯影ほかげはまた一段と輝かしく、暗いけれど高い空にほんのりと余光をあげてゐた。風を切つて行きちがふ電車のあおりを喰つて、街樹の柳がすうと枝を靡かせて行く。
 活々いきいきとした雑閙ざっとうと、華々しい灯の飾りの中にその姿を現はせば現はすほど、妻は自分の体から光りなり色彩なりを吸ひ取られて行くやうなのを確かに覚えた。自惚れはいつか影もなく去り、自ら足り、自ら満足を感じた心も姿を隠して、たゞぐわん/\するやうな物の響きに、散歩を楽しまうとした心もめちやくちやに掻き乱されてしまつた。そしてたゞなんともいへぬ不思議なものゝ圧迫を感じるばかりであつた。
 知らず/\台湾喫茶店の前まで来た時、夫は一寸たちどまつて、ぐん/\行きすぎやうとする妻に声を掛けた。
「おい、寄らないのかい?」
 妻は夫から眼を外らして黙つてゐた。そして夫が咎めるやうな顔をしてそばに寄つて来た時、
「お金もないのに止しませうよ。」と言つた。
 しかしそれは今の今まで思ひも寄らなかつたことで、そこの前を通り過ぎる時軽く投げた一と目に、美しい女下駄をちらと入口に見てから、急に入るのが厭になつたのであつた。どのやうに綺麗な立派な女がそこにゐようかと、それが怖しかつたのだ。
 最後の希望のぞみは切れた。それをいくらか楽しみにもし、そこでなるべく気持ちを直して帰る積りでもあつたのだけれど、今言ひ切つた言葉は丁度戦ひを挑んだやうなものであつた。二人の心の保ち合ひは破れた。妻は決して夫の顔を振り向きはしなかつたけれど、その眼がちらと光つたのを感じ、勝手にしろと言つたやうに足早に歩き出したのを知つた。
 いよ/\、休むことが出来ないのを知つた足は、非常な速力をもつて疲労つかれを訴へて来た。何物をも見、何物をも考へずに二人はたゞ歩いた。
 やがて、
「帰らう。」
「えゝ。」
 かう簡単な会話が交はされた。
 夫はつか/\と赤い灯の柱の下につき進んで行つた。
 間もなく、夫は前から、妻は後から、お互にお互を心のうちに非難しあひながら電車に乗つた。
 二人とも此上もない不快な心持ちを、神の罰に受けながら。





底本:「水野仙子 四篇」エディトリアルデザイン研究所
   2000(平成12)年11月30日発行
初出:「中央文学」二巻九号
   1914(大正3)年9月発行
※底本の凡例に「ルビは新仮名遣いとした」と書かれていましたので、ルビの拗促音は小書きしました。
入力:林 幸雄
校正:多羅尾伴内
2004年4月29日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。




●表記について
  • このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
  • [#…]は、入力者による注を表す記号です。
  • 「くの字点」は「/\」で、「濁点付きくの字点」は「/″\」で表しました。
  • この作品には、JIS X 0213にない、以下の文字が用いられています。(数字は、底本中の出現「ページ-行」数。)これらの文字は本文内では「※[#…]」の形で示しました。

    「齦」の「齒」に代えて「歯」    11-7

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