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紫紺染について(しこんぞめについて)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-10-29 15:59:36  点击:  切换到繁體中文

 盛岡(もりおか)の産物(さんぶつ)のなかに、紫紺染(しこんぞめ)というものがあります。
 これは、紫紺という桔梗(ききょう)によく似(に)た草の根(ね)を、灰(はい)で煮出(にだ)して染(そ)めるのです。
 南部(なんぶ)の紫紺染は、昔(むかし)は大へん名高いものだったそうですが、明治(めいじ)になってからは、西洋(せいよう)からやすいアニリン色素(しきそ)がどんどんはいって来ましたので、一向(いっこう)はやらなくなってしまいました。それが、ごくちかごろ、またさわぎ出されました。けれどもなにぶん、しばらくすたれていたものですから、製法(せいほう)も染方(そめかた)も一向わかりませんでした。そこで県工業会(けんこうぎょうかい)の役員(やくいん)たちや、工芸(こうげい)学校の先生は、それについていろいろしらべました。そしてとうとう、すっかり昔のようないいものが出来るようになって、東京大博覧会(だいはくらんかい)へも出ましたし、二等賞(にとうしょう)も取(と)りました。ここまでは、大てい誰(だれ)でも知っています。新聞にも毎日出ていました。
 ところが仲々(なかなか)、お役人方(やくにんがた)の苦心(くしん)は、新聞に出ているくらいのものではありませんでした。その研究中(けんきゅうちゅう)の一つのはなしです。
 工芸(こうげい)学校の先生は、まず昔(むかし)の古い記録(きろく)に眼(め)をつけたのでした。そして図書館(としょかん)の二階(かい)で、毎日黄いろに古びた写本(しゃほん)をしらべているうちに、遂(つい)にこういういいことを見附(みつ)けました。
「一、山男(やまおとこ)紫紺(しこん)を売りて酒(さけ)を買い候(そうろう)事(こと)、
山男、西根山(にしねやま)にて紫紺の根(ね)を掘(ほ)り取(と)り、夕景(ゆうけい)に至(いた)りて、ひそかに御城下(ごじょうか)(盛岡(もりおか))へ立ち出(い)で候(そうろう)上(うえ)、材木町(ざいもくちょう)生薬商人(きぐすりしょうにん)近江屋源八(おうみやげんぱち)に一俵(いっぴょう)二十五文(もん)にて売り候(そうろう)。それより山男、酒屋半之助方(さかやはんのすけかた)へ参(まい)り、五合入程(ごういりほど)の瓢箪(ひょうたん)を差出(さしだ)し、この中に清酒(せいしゅ)一斗(と)お入れなされたくと申(もう)し候。半之助方小僧(こぞう)、身(み)ぶるえしつつ、酒一斗はとても入り兼(か)ね候と返答(へんとう)致(いた)し候処(ところ)、山男、まずは入れなさるべく候と押(お)して申し候。半之助も顔色青ざめ委細(いさい)承知(しょうち)と早口に申し候。扨(さて)、小僧ますをとりて酒を入れ候に、酒は事(こと)もなく入り、遂(つい)に正味(しょうみ)一斗と相成(あいな)り候。山男大(おおい)に笑(わら)いて二十五文を置(お)き、瓢箪をさげて立ち去(さ)り候趣(おもむき)、材木町総代(そうだい)より御届(おとど)け有之(これあり)候。」
 これを読んだとき、工芸学校の先生は、机(つくえ)を叩(たた)いて斯(こ)うひとりごとを言いました。
「なるほど、紫紺(しこん)の職人(しょくにん)はみな死(し)んでしまった。生薬屋のおやじも死(し)んだと。そうしてみるとさしあたり、紫紺についての先輩(せんぱい)は、今では山男だけというわけだ。よしよし、一つ山男を呼(よ)び出して、聞いてみよう。」
 そこで工芸(こうげい)学校の先生は、町の紫紺染研究会(しこんぞめけんきゅうかい)の人達(ひとたち)と相談(そうだん)して、九月六日の午后(ごご)六時から、内丸西洋軒(うちまるせいようけん)で山男の招待会(しょうたいかい)をすることにきめました。そこで工芸学校の先生は、山男へ宛(あ)てて上手(じょうず)な手紙を書きました。山男がその手紙さえ見れば、きっともう出掛(でか)けて来るようにうまく書いたのです。そして桃(もも)いろの封筒(ふうとう)へ入れて、岩手郡(ぐん)西根山(にしねやま)、山男殿(どの)と上書きをして、三銭(せん)の切手をはって、スポンと郵便函(ゆうびんばこ)へ投(な)げ込(こ)みました。
「ふん。こうさえしてしまえば、あとはむこうへ届(とど)こうが届くまいが、郵便屋(ゆうびんや)の責任(せきにん)だ。」と先生はつぶやきました。
 あっはっは。みなさん。とうとう九月六日になりました。夕方、紫紺染に熱心(ねっしん)な人たちが、みんなで二十四人、内丸西洋軒に集(あつ)まりました。
 もう食堂(しょくどう)のしたくはすっかり出来て、扇風機(せんぷうき)はぶうぶうまわり、白いテーブル掛(か)けは波(なみ)をたてます。テーブルの上には、緑(みどり)や黒の植木(うえき)の鉢(はち)が立派(りっぱ)にならび、極上等(ごくじょうとう)のパンやバターももう置(お)かれました。台所(だいどころ)の方からは、いい匂(におい)がぷんぷんします。みんなは、蚕種取締所(さんしゅとりしまりじょ)設置(せっち)の運動(うんどう)のことやなにか、いろいろ話し合いましたが、こころの中では誰(だれ)もみんな、山男がほんとうにやって来るかどうかを、大へん心配(しんぱい)していました。もし山男が来なかったら、仕方(しかた)ないからみんなの懇親会(こんしんかい)ということにしようと、めいめい考えていました。
 ところが山男が、とうとうやって来ました。丁度(ちょうど)、六時十五分前に一台の人力車(じんりきしゃ)がすうっと西洋軒(せいようけん)の玄関(げんかん)にとまりました。みんなはそれ来たっと玄関にならんでむかえました。俥屋(くるまや)はまるでまっかになって汗(あせ)をたらしゆげをほうほうあげながら膝(ひざ)かけを取(と)りました。するとゆっくりと俥から降(お)りて来たのは黄金色(きんいろ)目玉あかつらの西根山(にしねやま)の山男でした。せなかに大きな桔梗(ききょう)の紋(もん)のついた夜具(やぐ)をのっしりと着込(きこ)んで鼠色(ねずみいろ)の袋(ふくろ)のような袴(はかま)をどふっとはいておりました。そして大きな青い縞(しま)の財布(さいふ)を出して、
「くるまちんはいくら。」とききました。
 俥屋はもう疲(つか)れてよろよろ倒(たお)れそうになっていましたがやっとのことで斯(こ)う云(い)いました。
「旦那(だんな)さん。百八十両(りょう)やって下さい。俥はもうみしみし云っていますし私はこれから病院(びょういん)へはいります。」
 すると山男は、
「うんもっともだ。さあこれだけやろう。つりは酒代(さかだい)だ。」と云いながらいくらだかわけのわからない大きな札(さつ)を一枚(まい)出してすたすた玄関にのぼりました。みんなははあっとおじぎをしました。山男もしずかにおじぎを返(かえ)しながら、
「いやこんにちは。お招(まね)きにあずかりまして大へん恐縮(きょうしゅく)です。」と云いました。みんなは山男があんまり紳士風(しんしふう)で立派(りっぱ)なのですっかり愕(おど)ろいてしまいました。ただひとりその中に町はずれの本屋(ほんや)の主人(しゅじん)が居(い)ましたが山男の無暗(むやみ)にしか爪(つめ)らしいのを見て思わずにやりとしました。それは昨日(きのう)の夕方顔のまっかな蓑(みの)を着(き)た大きな男が来て「知って置(お)くべき日常(にちじょう)の作法(さほう)。」という本を買って行ったのでしたが山男がその男にそっくりだったのです。
 とにかくみんなは山男をすぐ食堂(しょくどう)に案内(あんない)しました。そして一緒(いっしょ)にこしかけました。山男が腰(こし)かけた時椅子(いす)はがりがりっと鳴りました。山男は腰かけるとこんどは黄金色(きんいろ)の目玉を据(す)えてじっとパンや塩(しお)やバターを見つめ〔以下原稿一枚?なし〕

どうしてかと云(い)うともし山男が洋行(ようこう)したとするとやっぱり船に乗(の)らなければならない、山男が船に乗って上海(シャンハイ)に寄(よ)ったりするのはあんまりおかしいと会長さんは考えたのでした。
 さてだんだん食事(しょくじ)が進(すす)んではなしもはずみました。

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