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運命論者(うんめいろんしゃ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-11-26 8:51:03  点击:  切换到繁體中文

     一

 秋の中過なかばすぎ、冬近くなるといずれの海浜かいひんとわず、大方はさびれて来る、鎌倉かまくらそのとおりで、自分のように年中住んでる者のほかは、浜へ出て見ても、里の子、浦の子、地曳網じびきあみの男、あるいは浜づたいに往通ゆきかよ行商あきんどを見るばかり、都人士とじんしらしい者の姿を見るのはまれなのである。
 或日あるひ自分は何時いつものように滑川なめりがわほとりまで散歩して、さて砂山に登ると、おもいの外、北風が身にしむのでふもとおり其処そこら日あたりのい所、身体からだのばして楽にほんの読めそうな所と四辺あたり見廻みまわしたが、思うようなところがないので、彼方此方あちらこちらと探し歩いた、すると一個所、面白い場所を発見みつけた。
 砂山が急にげて草の根でわずかにそれをささえ、そのしたがけのようになってる、其根方ねかたに座って両足を投げ出すと、背はうしろの砂山にもたれ、右のひじは傍らの小高いところにかかり、恰度ちょうどソハにったようで、まことに心持の場処ばしょである。
 自分はもって来た小説をふところから出して心長閑のどかに読んで居ると、日はあたたかに照り空は高く晴れ此処ここよりは海も見えず、人声も聞えず、なぎさころがる波音の穏かに重々しく聞えるほか四囲あたり寂然ひっそりとして居るので、何時いつしか心を全然すっかり書籍ほんに取られてしまった。
 しかるにふと物音のたようであるから何心なく頭を上げると、自分から四五間離れたところに人がたって居たのである。何時此処へ来て、何処どこから現われたのかすこしも気がつかなかったので、あだかも地の底から湧出わきでたかのように思われ、自分は驚いてく見ると年輩としは三十ばかり、面長おもながの鼻の高い男、背はすらりとした※(「月+叟」、第4水準2-85-45)やさがた衣装みなりといい品といい、一見して別荘に来て居る人か、それとも旅宿やどを取って滞留して居る紳士と知れた。
 彼は其処そこにつッ立って自分の方をじっと見て居るそのつきを見て自分は更に驚きつ怪しんだ。かたきを見るいかりの眼か、それにしては力薄し。人を疑う猜忌さいぎの眼か、それにしては光鈍し。たゞ何心なく他をながむる眼にしてははなは[#「甚」は底本では「其」]凄味すごみを帯ぶ。
 妙なやつだと自分も見返して居ることしばし、彼はたちまち眼を砂の上に転じて、一歩一歩、静かに歩きだした。されどもこの窪地くぼちの外に出ようとはないで、たゞ其処らをブラブラ歩いて居る、そして時々すごい眼で自分の方を見る、一たいの様子が尋常でないので、自分は心持が悪くなり、場所を変るつもりで其処をち、砂山の上まで来て、うしろかえりみると、如何どうだろうあやしの男は早くも自分の座って居た場処に身体からだを投げて居た! そして自分を見送って居るはずが、そうでなくたてひざの上に腕組をして突伏つッぷして顔を腕の間にうずめて居た。
 余りの不思議さに自分は様子を見てやる気になって、ある小蔭こかげに枯草を敷ていつくばい、ほんを見ながら、折々頭を挙げての男をうかがってた。
 彼はやゝしばらく顔をあげなかった。けれども十分とは自分をまたさなかった、彼のたちあがるや病人のごとく、何となく力なげであったが、ったと思うとそのままくるり後向うしろむきになって、砂山のがけに面と向き、右の手で其ふもとを掘りはじめた。
 取り出した物は大きなびん、彼はたもとからハンケチを出して罎の砂を払い、更に小な洋盃コップ様のものを出して、罎のせんぬくや、一盃いっぱい一盃、三四杯続けさまに飲んだが、罎を静かに下に置き、手に杯を持たまゝ、昂然こうぜんこうべをあげて大空をながめて居た。
 そしてまた一杯飲んだ。そしてはしなくまなこを自分の方へ転じたと思うと、洋杯コップを手にしたまゝ自分の方へ大股おおまたで歩いて来る、其歩武ほぶの気力ある様は以前の様子と全然まるで違うて居た。
 自分は驚いて逃げ出そうかと思った。しかぐ思い返してそのまゝ横になって居ると、彼は間もなく自分のそばまで来て、あやしげな笑味えみを浮べながら
貴様あなたは僕が今何をたか見て居たでしょう?」
と言った声は少ししわがれて居た。
「見て居ました。」と自分は判然はっきり答えた。
「貴様は他人ひとの秘密をうかがっていと思いますか。」と彼はますます怪げな笑味えみを深くする。
いとは思いません。」
「それなら何故なぜ僕の秘密をうかがいました。」
「僕は此処ここ書籍ほんを読むの自由をもって居ます。」
「それは別問題です。」と彼は一寸ちょっと眼を自分の書籍ほんの上に注いだ。
「別問題ではありません。貴様がにをようと僕が何をようと、それが他人ひとに害を及ぼさぬ限りはお互の自由です。貴様あなたに秘密があるならみずからず秘密にたらいでしょう。」
 彼は急にそわ/\して左の手で頭の毛をむしるようにきながら、
「そうです、そうです。けれどもれが僕のし得るかぎりの秘密なんです。」と言ってしばらく言葉を途切とぎらし、気をめて居たが、
「僕が貴様を責めたのは悪う御座ございました、けれども何乎どうか今御覧になったことを秘密にて下さいませんかお願いですが。」
「おたのみとあれば秘密にします。別に僕の関したことではありませんから。」
難有ありがとう御座います。それで僕も安心しました。イヤまことに失礼しました匆卒いきなり貴様をとがめまして……」と彼は人をおしつけようとする最初の気勢とはうって変り、如何いかにも力なげにわびたのを見て、自分も気の毒になり、
「何もそう謝るには及びません、僕も実は貴様が先刻僕の前に佇立つったって僕ばかり見てた時の風がなんとなくあやしかったから、それで此処ここへ来て貴様あなたることをうかごうて居たのです。矢張やはり貴様を覗がったのです。けれどもの事が貴様の秘密とあれば、堅く僕はその秘密を守りますから御安心なさい。」
 彼は黙って自分の顔を見て居たが、
「貴様は必定きっと守って下さる方です。」と声をふるわし、
如何どうでしょう、一つ僕のさかずきを受けて下さいませんか。」
「酒ですか、酒なら僕は飲ないほうがいのです。」
「飲まないほうが! 飲まないほうが! 無論そうです。もう飲まないで済むことなら僕とても飲まないほうが可いのです。けれども僕はのむのです。それが僕の秘密なんです。如何でしょう、僕と貴様とこうやって話をするのも何かの運命です、あやしい運命ですから、不思議な縁ですから一つ僕の秘密の杯を受けて下さいませんか、え、如何でしょう、受けて下さいませんか。」という言葉の節々、その声音こわね、其眼元、其顔色はおおいなる秘密、いたましい秘密を包んでるように思われた。
「よろしゅう御座います、それでは一ついただきましょう。」と自分の答うるやぐ彼は先にたって元の場処ばしょへと引返えすので、自分も其あとに従った。

      二

「これは上等のブランデーです。自分で上等も無いもんですが、先日上京した時、銀座の亀屋かめやへ行って最上のをれろと内証ないしょうで三本かって来て此処ここかくして置いたのです、一本は最早もうたいらげ空罎あきびん滑川なめりがわに投げ込みました。これが二本目です、だ一本この砂の中にうずめてあります、無くなれば又買って来ます。」
 自分は彼の差したさかずきを受け、すこしずつすすりながら彼の言うところきいて居たが、聞くに連れて自分は彼を怪しむ念の益々ますますたかまるを禁じ得なかった。けれども決して彼の秘密に立入たちいろうとは思なかった。
「それで先刻僕が此処ここへ来て見ると、意外にも貴様あなたが既にこの場処を占領して居たのです、驚きましたね、しからん人もあるものだ僕の酒庫を犯し、僕の酒宴のむしろを奪いながら平気で書籍ほんを読んで居るなんてと、僕はそれで貴様を見つめながら此処を去らなかったのです。」と彼は微笑して言った、その眼元めもとには心の底にひそんで居る彼のやさしい、正直な人柄の光さえ髣髴ほのめいて、自分には更にそれいたましげに見えた、其処そこで自分もわらいを含み、
「そうでしょう、それでなければあんな眼つきで僕を御覧になる訳は御座いません。さも恨めしそうでした。」
「イヤ恨めしくは御座いません、情なかったのです。オヤ/\乃公おれは隠して置いた酒さえも何時いつ他人ひとしりの下にしかれてしまうのか、と自分の運命をのろったのです。詛うと言えばすごく聞えますが、実は僕にはそんなすご了見りょうけんた気力もありません。運命が僕を詛うてるのです――貴様あなたは運命ということを信じますか? え、運命ということ。如何どうです、もひとつ」と彼はびんを上げたので
「イヤ僕は最早もういただきますまい。」とさかずきを彼に返し「僕は運命論者ではありません。」
 彼は手酌てしゃくで飲み、酒気を吐いて、
「それでは偶然論者ですか。」
「原因結果の理法を信ずるばかりです。」
「けれどもその原因は人間の力より発し、そして其結果が人間の頭上に落ち来るばかりでなく、人間の力以上に原因したる結果を人間が受ける場合が沢山ある。その時、貴様は運命という人間の力以上の者を感じませんか。」
「感じます、けれどもそれは自然の力です。そして自然界は原因結果の理法以外には働かないものと僕は信じて居ますから、運命というごとき神秘らしい名目をその力に加えることは出来ません。」
「そうですか、そうですか、わかりました。それでは貴様あなたは宇宙に神秘なしと言うおかんがえなのです、要之つまり、貴様にはこの宇宙に寄する此人生の意義が、極く平易明亮めいりょうなので、貴様の頭は二々ににんで、一切いっせつが間に合うのです。貴様の宇宙は立体でなく平面です。無窮無限という事実も貴様には何等なんら、感興と畏懼いくと沈思とをび起す当面の大いなる事実ではなく、数の連続をもってインフィニテー(無限)を式で示そうとする数学者のお仲間でしょう。」と言って苦しそうな嘆息をもらし、ひややかな、あざけるような語気で、
「けれども、実は其方が幸福なのです。僕の言葉で言えば貴様は運命に祝福されて居る方、貴様の言葉で言えば僕は不幸な結果を身に受けて居る男です。」
「それではこれで失礼します。」と自分は起上たちあがった、すると彼は狼狽あわてて自分を引止め、「ま、ま、貴様怒ったのですか。し僕の言った事がお気に触ったら御勘弁を願います。ついの自分で勝手にくるしんで勝手に色々なことを、馬鹿な訳にも立たん事をかんがえてるもんですから、つい見境もなく饒舌しゃべるのです。いいえだれにもんなことを言った事はないのです。けれども何んだか貴様あなたには言って見とう感じましたから遠慮もなく勝手な熱を吹いたので、貴様には笑われるかも知れませんが。僕にはやはりあやしの運命が僕と貴様を引着ひきつけたように感ぜられるのです。不幸ふしあわせな男と思って、もすこしお話し下さいませんか、もすこし……」
「けれども別にお話しするようなことも僕には有りませんが……」
「そう言わないで何卒どうかもすこし此処ここて下さいな、もすこし……。ああ! 如何どうしてう僕は無理ばかり言うのでしょう! よったのでしょうか。運命です、運命です、う御座います、貴様にお話がないなら僕が話します。僕が話すから聞いて下さい、せめてきいて下さい、僕の不幸ふしあわせな運命を!」
 この苦痛のさけびを聞いて何人なんびとか心を動かさざらん。自分はそのままとどまって、
「聞きましょうとも。僕がいてお差支さしつかえがなければ何事でもうけたまわりましょう。」
「聴いて下さいますか。それならお話しましょう。けれども僕の運命の怪しき力にまどうて居る者ですから、其つもりで聴いて下さい。し原因結果の理法と貴様あなたが言うならそれでもう御座います。たゞ其原因結果の発展が余りに人意のそとに出て居て、其ため一人ひとりの若い男が無限の苦悩に沈んで居る事実を貴様が知りましたなら、それを僕が怪しき運命の力と思うのも無理の無いことだけは承知下さるだろうと思います、で貴様に聞きますが此処ここに一人の男があって、其男が何心なくみちを歩いて居ると、何処どこからとも知れずひとつの石が飛んで来て其男の頭に命中あたり、即死する、そのために其男の妻子はうえに沈み、其為めに母と子は争い、其為に親子は血を流す程の惨劇を演ずるという事実が、此世に有り得ることと貴様あなたは信ずるでしょうか。」
「実際有ることか無いことかは知りませんが、有り得ることとは信じます、それは。」
「そうでしょう、それなら貴様は人の意表に出た原因のために、ふとした原因のために、非常なる悲惨がやゝもすれば、人の頭上に落ちてくるという事実をしたたむるのです、僕の身の上のごとき、まったくそれなので、ほとんど信ずからざるあやしい運命が僕をもてあそんでるのです。僕は運命と言います。僕にはそうほかには信じられんですから。」と言って彼はほっ嘆息ためいきき、
「けれども貴様いてれますか。」
きますとも! 何卒どうかお話なさい。」

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