您现在的位置: 贯通日本 >> 作家 >> 国木田 独歩 >> 正文

運命論者(うんめいろんしゃ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-11-26 8:51:03  点击:  切换到繁體中文


 僕は成るべく母を見ないようにして居ます。母も僕にうことを好みません。母のには成程僕が怨霊の顔と同じく見えるでしょうよ。僕は怨霊のですもの!
 僕には母を母として愛さなければならんはずです、しかし僕は母が僕の父を瀕死ひんしきわに捨て、僕を瀕死の父の病床に捨てて、密夫みっぷと走ったことを思うと、言うべからざる怨恨えんこんの情が起るのです。僕の耳には亡父なきちち怒罵どばの声が聞こえるのです。僕のには疲れはて身体からだを起して、何も知らない無心の子をいだき、男泣きに泣きたもうた様が見えるのです。そしてこの声を聞き此さまを見る僕には実に怨霊の気が乗移のりうつるのです。
 夕暮の空ほの暗い時に、柱にもたれてた僕が突然、まなこを張り呼吸いきこらして天の一方をにらむ様を見た者は母でなくとも逃げ出すでしょう。母ならば気絶するでしょう。
 けれども僕は里子のことを思うと、うらみいかりも消えて、たゞ限りなき悲哀かなしみに沈み、この悲哀の底には愛と絶望が戦うて居るのです。
 ところこの九月でした、僕は余りの苦悩くるしさに平常ほとん酒杯さかずきを手にせぬ僕が、里子のとめるのもきかず飲めるだけ飲み、居間の中央に大の字になって居ると、なんと思ったか、母が突然鎌倉から帰って来て里子だけをその居間に呼びつけました。そして僕は酔って居ながらもぐ其理由わけの尋常でないことを悟ったのです。
 一時間ばかりつと里子は眼を泣きらして僕の居間に帰て来ましたから、『如何どうしたのだ。』と聞くと里子は僕のそば突伏つっぷして泣きだしました。
母上おっかさんが僕を離婚するとったのだろう。』と僕は思わず怒鳴りました。すると里子は狼狽あわてて、
『だからね、母が何と言っても所天あなた[#「所天」は底本では「所夫」]決して気にしないで下さいな。気狂きちがいだと思って投擲うっちゃって置いて下さいな、ね、後生ですから。』と泣声を振わして言いますから、『そういうことなら投擲うっちゃって置く訳に行かない。』と僕はいきなり母の居間に突入しました。里子は止めるひまもなかったので僕に続いて部屋に入ったのです。僕は母の前に座るや、
貴女あなたは私を離婚すると里子に言ったそうですが、その理由わけを聞きましょう。離婚するなら仕ても私は平気です。あるいむしろ私の望むところで御座います。けれども理由わけ被仰おっしゃい、是非の理由を聞きましょう。』とよいまかせて詰寄つめよりました。すると母は僕の剣幕の余り鋭いので喫驚びっくりして僕の顔を見てるばかり、一言も発しません。
『サア理由わけを聞きましょう。怨霊おんりょうが私に乗移って居るから気味が悪いというのでしょう。それは気味が悪いでしょうよ。私は怨霊のですもの。』と言いはなちました、見る/\母の顔色は変り、物をも言わず部屋へやの外へけ出てしまいました。
 僕は其まゝ母の居間に寝て了ったのです。めるや酒の酔もめ、頭の上には里子が心配そうに僕の顔を見てすわって居ました。母はぐ鎌倉に引返したのでした。
 その僕と母とは会わないのです。僕は母にかわって此方こちらに来て、母は今、横浜の宅に居ますが、里子は両方をかわる/″\介抱して、二人ふたりの不幸をば一人ひとりで正直に解釈し、たゞ/\怨霊おんりょうわざとのみ信じて、二人の胸のうちまこと苦悩くるしみ全然まるきり知らないのです。
 僕は酒を飲むことを里子からも医師からも禁じられて居ます。けれども如何どうでしょう。のような目にって居る僕がブランデイの隠飲かくしのみをやるのは、はたして無理でしょうか。
 今や僕の力は全く悪運の鬼にひしがれて了いました。自殺の力もなく、自滅を待つほどの意久地いくじのないものと成りはてて居るのです。
 如何どうでしょう、以上ザッと話しました僕の今日までの生涯の経過を考がえて見て、僕の心持になってもらいたいものです。これがだ源因結果の理法にすぎないと数学の式に対するような冷かな心持でられるものでしょうか。うみの母は父のあだです、最愛の妻は兄妹きょうだいです。これが冷かなる事実です。そして僕の運命です。
 この運命から僕を救い得る人があるなら、僕はつつしんでおしえを奉じます。その人は僕の救主すくいぬしです。」

      七

 自分は一言を交えないで以上の物語を聞いた。聞き終ってしばらくは一言も発し得なかった。成程悲惨なる境遇に陥った人であるとツク/″\気の毒に思ったのである。けれどもむなくんばと、
「断然離婚なさったら如何どうです。」
「それは新らしき事実を作るばかりです。既に在る事実は其めに消えません。」
「けれどもそれやむを得ないでしょう。」
「だから運命です。離婚したところうみの母が父のあだである事実はきえません。離婚したところで妹を妻として愛する僕の愛は変りません。人の力をもって過去の事実を消すことの出来ない限り、人は到底運命の力よりのがるゝことは出来ないでしょう。」
 自分は握手して、黙礼して、この不幸なる青年紳士と別れた、日は既に落ちて余光華かにゆうべの雲を染め、顧れば我運命論者はさびしき砂山の頂に立って沖をはるかながめて居た。
 その後自分は此男にあわないのである。





底本:「日本の文学6 武蔵野・春の鳥」ほるぷ出版
   1985(昭和60)年8月1日初版第1刷発行
底本の親本:「運命」左久良書房
   1906(明治39)年3月18日発行
      「國木田獨歩全集 第三卷」学習研究社
   1964(昭和39)年10月30日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※疑問点の確認にあたっては、「國木田獨歩全集 第三卷」1964(昭和39)年10月30日発行を参照しました。
入力:Mt.fuji
校正:福地博文
1999年5月13日公開
2004年6月28日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。



●表記について
  • このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
  • [#…]は、入力者による注を表す記号です。
  • 「くの字点」は「/\」で、「濁点付きくの字点」は「/″\」で表しました。
  • 「くの字点」をのぞくJIS X 0213にある文字は、画像化して埋め込みました。
  • 傍点や圏点、傍線の付いた文字は、強調表示にしました。

上一页  [1] [2] [3] [4] [5]  尾页


 

作家录入:贯通日本语    责任编辑:贯通日本语 

  • 上一篇作家:

  • 下一篇作家:
  •  
     
     
    网友评论:(只显示最新10条。评论内容只代表网友观点,与本站立场无关!)
     

    没有任何图片作家

    广告

    广告