| 底本: | 芥川龍之介全集 第十二巻 |
| 出版社: | 岩波書店 |
| 初版発行日: | 1996(平成8)年10月8日発行 |
| 入力に使用: | 1996(平成8)年10月8日発行 |
あなたがたはゼライイドの話を知つてゐますか? ゼライイドは美しい王女です。何でも文献に徴すれば、足は蝋石の如く、腿は象牙の如く、臍は真珠貝の孕める真珠の如く、腹は雪花石膏の甕の如く、乳房は百合の花束の如く、
第一号。印度の王子。体格は頗る堂々としてゐる。が、余り聡明ではない。一度などは象を山と間違へ、もう少しで踏み殺されやうとしたと言ふことである。
第二号。ペルシアの王子。女のやうに美しい代りに荒淫も亦甚しいさうである。現在でも妃六百人、姫嬪二千三百人、女奴隷――女奴隷は何万人あるか、誰一人見当さへつかないらしい。
第三号。ゼライイド自身の国の宰相の子。年のまだ若い癖に学問と才智とに富んでゐる。しかし背むしに生まれついたのは如何にも残念と言はなければならぬ。
第四号。バビロニア王。金銀珠玉を貯へてゐることは或は世界第一であらう。唯憾むらくは残虐を好み、屡侍女の耳などを削いでは玉葱と一しよに食ふさうである。
第五号。支那の王子。ペルシアの王子に勝るとも劣らぬほどの好男子らしい。けれども大の無精ものと見え、
第六号。リディア王の宰相の子。別にこれと言ふ欠点はない。が、先妻や側室の子が二十五人あり、その中の一人は両脚とも鶏になつてゐると言ふ怪物である。
第七号。メディア王の宰相の子。武勇に富んでゐると言ふ評判である。しかし今は借金の為に父親の首も売り兼ねないらしい。
第八号。ユダヤ王の宰相の子。詩や音楽に巧みださうである。けれども男色を好んでゐるから、到底結婚などはしないであらう。
第九号。エヂプトの王子。容貌も美しいし、学問にも富んでゐるし、その上弓を引かせては誰も並ぶもののないと言ふことである。この王子と結婚するのならば、沙漠の長旅も楽しいかも知れない。あしたにも早速両陛下に、――今しがた聞いた所によれば、王子は生憎水浴中に鰐に食はれてしまつたさうである。
第十号。
勿論候補者は必しもこれだけと言ふ訳ではありません。現に「東洋文庫」のアラビアの部の「Z」の百三十八号文書は実に二百八十人の候補者の名を挙げてゐます。が、畢竟どの候補者もゼライイドの希望に
君の恋人は幸ひなるかな!
君は君の恋人の杖、
君は君の恋人の歯、
君の恋人は恵まれたるかな!
おう、ゼライイドよ! 沙漠の泉よ!
「君の恋人の杖」や「君の恋人の歯」は多少妙に聞えるかも知れません。が、美しいゼライイドの恋人は――あなたがたはどんな男だつたと思ひますか? 行年七十六とか言ふ、醜い黒ん坊の奴隷だつたのです。
底本:「芥川龍之介全集 第十二巻」岩波書店
1996(平成8)年10月8日発行
入力:もりみつじゅんじ
校正:松永正敏
2002年5月17日作成
2003年5月11日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
●表記について
- このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。