| 底本: | 日本文学全集28芥川龍之介集 |
| 出版社: | 集英社 |
| 初版発行日: | 1972(昭和47)年9月8日 |
「――
ある秋の
南田
「いや、見たことはありません。あなたはご覧になったのですか?」
大癡老人
南田はこう言いながら、かつて見た
「さあ、それが見たと言って
「見たと言って好いか、見ないと言って好いか、――」
南田は
「
「いや、模本を見たのでもないのです。とにかく
王石谷はまた茶を啜った
「ご退屈でなければ話しましょうか?」
「どうぞ」
南田は
* * *
「いや、見るどころか、名を聞いたこともないくらいです」
煙客翁はそう答えながら、妙に
「では機会のあり次第、ぜひ一度は見ておおきなさい。
「そんな傑作ですか? それはぜひ見たいものですが、いったい誰が持っているのです?」
「
ところが潤州へ来て
すると間もなく煙客翁は、
主人はすぐに
「これがお望みの秋山図です」
画は
煙客翁はまるで放心したように、いつまでもこの画を見入っていました。が、画は見ていれば見ているほど、ますます神妙を加えて行きます。
「いかがです? お気に入りましたか?」
主人は微笑を含みながら、
「
煙客翁はこういう
「そうですか? ほんとうにそんな傑作ですか?」
翁は思わず主人のほうへ、驚いた眼を転じました。
「なぜまたそれがご不審なのです?」
「いや、別に不審という訳ではないのですが、実は、――」
主人はほとんど
「実はあの画を眺めるたびに、
しかしその時の煙客翁は、こういう主人の弁解にも、格別心は止めなかったそうです。それは何も秋山図に、
翁はそれからしばらくの
が、どうしても忘れられないのは、あの眼も覚めるような
そこで
それからまた一年ばかりの
ところがその
「前にお話するのを忘れたが、この二つは秋山図同様、
煙客翁はすぐに張氏の家へ、急の使を立てました。使は元宰先生の
金
* * *
「これまでは
「では煙客先生だけは、たしかに秋山図を見られたのですか?」
南田
「先生は見たと言われるのです。が、たしかに見られたのかどうか、それは誰にもわかりません」
「しかしお話の
「まあ先をお
王石谷は今度は茶も
々
* * *