| 底本: | 現代日本文学大系 43 芥川龍之介集 |
| 出版社: | 筑摩書房 |
| 初版発行日: | 1968(昭和43)年8月25日 |
| 入力に使用: | 1968(昭和43)年8月25日初版第1刷 |
一 霹靂一声
一九二六年四月二十日水曜日の朝端しなくも東京に発表せられしロイテル電報は政治社会及商業社会に少なからぬ畏懼と激動とを与へぬ 報は火曜日の夜日本領
仏国の水兵は遂に街路に押出され後には端艇迄追ひやられたり 聞くところによれば仏兵は小銃を発射せし由にて仏国方には二三名の死者さへ出せし趣なりされど当地の人心の激昂せると警官の非常なる沈黙を守れると四辺に厳重なる非常線の張られたるとによりて毫も信ずべき確報に接せず 我香取艦長は直に仏国の旗艦ジヤンヌ号を訪へり 其の目的は事の説明を求めん為なるべく或は説明を与ふる為なりとも云ふ 其再び上陸したる後も一の公報を発せざれば精確なる事情は更に知れず 事の形勢は重大と云ふ程には非るも何時重大に変ずるや知る可からず 仏国東洋艦隊司令官は今やサイゴンと電信の往復頻繁なり(四月十九日瓜哇ホノルヽ港発電)
此の驚くべき飛電に次で更に更に驚くべき事件は吾人の最信頼せる時事日報に依て伝へられたり 曰く
ホノルヽ騒擾の報伝ると共に東京又騒擾の巷となれり 号外電信は乱雲の如く東西南北に飛び市民は都下各所の新聞社前に群集して数分毎に張出さるべき掲示を見んとひしめきあへり 一日過ぎ二日過ぎぬ 新聞紙上の声は益
高まりて果は此為に発行停止の災を蒙りしものさへ出来ぬ 市民は比較的穏にして只二三の暴漢の仏国公使館外に暴言放ち瓦礫を飛して其玻璃窓を破りしのみ然れども政談演説会は殆絶間なく開かれ愛国的演説の大道に行はるゝもの亦多数を極めたり 突如にして中央新報号外を放て曰く
此三四日来飛電の驚くべきもの続々として来れり其重大なるものを上れば
風説によれば仏国東洋艦隊は昨日争闘中日本水兵の為に殺傷せられし被害に対し十分の要償を得る迄は日本太平洋艦隊の出発を防圧すべき訓令を受けて日本艦隊の解纜と共に港外に出でたりと云ふ 危機正に迫れり 日本公使の引払は明に平和の破れしを証するもの也
キールン発 今朝旅客船太平号は例の如くサイゴン向けて出発せしに仏領海岸を去る四浬の所にて仏艦スチツクス号に捕へられ船長につぐるに日仏間平和の破れたるを以てす依て不得止太平号は当地に引還せり其他二三の汽船も同じ取扱をうけたり
アントワープ発 仏国政府は昨日ホノルヽなる東洋艦隊司令に訓令を与へたり この訓令は昨日の争闘に関し必日本艦隊の出港を防圧せよと云ふにあり仏国にては既に非常の戦争熱を生ぜりと云ふ
ブラツセル発 仏国北海艦隊は緊急出港の命をうけて其根拠地を出発せり 目的地点は知るを得ず
同上発 仏国にては同国製造の新造巡洋艦五隻及八隻の潜航水雷艇を今月下旬迄に進水せしむべき由猶其他建造中の巡洋艦六隻あり
ボルドー発 仏国大西洋艦隊入港せり 潜航艇五隻附随
アントワープ発 ベルギーは仕義によりて兵を出し仏国との国境を守るべし
ブラツセル発 一大変報は東より来れり
曰く日仏艦隊ホノルヽ港外に於て衝突を始めたり其詳報は接する由なし 開戦の宣告は疑なく東京に向て発せられたる也 そは午後なるものゝ如し仏京に於ける人心の激昂は非常也
一九二六年四月二十三日宣戦の大詔下り(日本は)自由行動をとる旨を各国に発表せり 太平洋艦隊本国政府の命をうけて正に帰航せんとす仏国東洋艦隊亦本国政府の訓令をうけて其出港を防圧しこゝに於て日仏両国の海戦は開かれたる也 情報屡至れども確報未不至 東京の市民ひとしく疑念を以て之を待ちしが程なく疑念は変じて悲痛となりしこそ口惜しけれ
二
一九二六年四月二十四日東京に達せし日本太平洋艦隊司令官の報告に曰く
一
午前五時四十分我艦隊は当港を抜錨す
我は二列縦陣をとり三時間程は十八節の速力を持続せり此日朝来霧深く波荒し 九時五十分遙か右方の海上に仏国東洋艦隊をのぞむその追尾の目的なるや疑なし
二
十時二十分彼我の距離漸に近く両艦隊相並行して進めり十時三十分敵艦隊は突然進路を左に転じ我中腹をさして進むと共に俄然猛撃を開始せり 敵艦隊の右舷速射砲は悉々発砲せられ我は多大の損害を被りたり
三
我艦隊は進路を右に転じ敵の後に向て進み彼相反対の方向に向て進みぬ 此時我艦隊は一斉に右舷砲を以て砲撃せしもさしたる損害を
四
砲撃正に酣にして「石狩」大破をうけて沈む 両艦隊は転じて同方向に向て走り彼我相並行して進みつゝ互に砲丸を交ゆ 此時「淡水」の放ちし巨丸ジヤンバールに命中し火災を起し遂に沈めり 砲撃は五時(午後)二十分を以て漸くに完り我艦隊は全力を挙げて敵の重囲を破り西北に向て逃走せり 敵艦隊の追撃頗急なりしも殿艦「天草」よく戦ひ之を撃退せり右不敢取報告す
一九二六年四月二十二日
悲むべき哉 開戦劈頭の一戦見事我大敗に
時事日報に掲載せられし海戦の実験談てふもの比較的明細にして海戦の詳説とも見るべければ茲に下に掲ぐ
『自分は今米国の郵船バダゴニヤ号に救れて今このバンクーバーに上陸した之は深く同船長に謝するところである 自分は今日の早朝 我太平洋艦隊の奮闘を貴社に打電しようと思ふ 之は自分の深く悲むところである
自分は帝国一等装甲巡洋艦石狩の乗員であつたが四月二十二日の朝五時四十分至急の出艦でこのホノルヽを出た 我艦隊は旗艦「立山」を先鋒として二列縦陣を作り殿艦は桜山と弥彦とであつた
此日は非常に霧が深く其上昨夜来の大風は未静まらないで波は三十呎程も高く艦の進行には頗困難であつた
強風荒濤を犯して艦隊は約十八節の速力を以て進行したが何分前に云た様な仕義で進行がはかどらない
兎こうしてゐる中に遙か右側の海上に艦影が二つ三つ見へ出した見ると仏国東洋艦隊それである三色旗の片々として翻へるのも見へる 艦員一同の肩は昂た血は沸た肉は躍た骨は鳴た しかし此処で戦ふ訳には行かぬ我艦隊は至急帰航と云ふ任命をうけてゐる避けるだけ避けねばならぬ 否々決して逃れるのではない任務の為に避けるのである [#1字アキか改行か判然せず]我艦隊は全速力を以て○○○の方面に進だが敵も又全速力で我艦隊と同方向に進み・形をなして進だ 敵は早くも陣形を変じて我中腹に向て進行して来たので彼我正に一大コムパス形になつた続て一大コムパス形は一大T字形となつた我は横に走り敵は縦に進む我軍にとつては非常な不利である 我司令官もそれを見て急に右折して又一大コンパス形になつてこゝで最激烈な砲火が開かれた
敵はT形になつた時もうこの機に乗じて右舷速射砲を乱射したので我軍の損害は非常であつて自分の乗艦「石狩」抔はハツチを微塵にうちくだかれ檣楼も破られる甲板もうちぬかれると云ふ仕末である 此時最も大多数の死傷者を出した 見ると端艇も只一艘をのこす外は悉うち砕かれ甲板は一面の碧血で傷者の呻吟の声が砲声の絶間絶間に聞へるのである
彼我共に無煙火薬ではあるし且石炭も純良な英炭を使用するから硝煙煤煙は左のみ烈しくはないがその爆声の凄じい事天地振動する様な響である
程なく夕張が沈み続て桜山が沈だ
砲丸は雨よりもはげしい 自分は前部十二吋砲の掛りであつたが敵弾はひし/\と我艦に命中する見る間に後部甲板が打ぬかれた 次で巨弾はブリツヂに命中してその上に立てゐた艦長始二三の士官をいづこへか奪ひさつた 更に次で一弾は機関室をつらぬいた 最後に一発の巨弾は前部甲板をうち竜骨を貫て深く水に入たからたまらない艦は艦首の方から徐に沈みはじめた 弾は漸くに尽きんとし士卒は一人として傷かぬはない今や我石狩の最後である 自分の艦に最接してゐるジヤンバールは信号を以て降参せよとせまる もし降参しなければ一撃の下に撃沈される事は必常であるしさは云へ降参抔とは男子として忍ぶべからざる屈辱でもある
自分は応ずるに「否」なる信号を以てした その信号の完るか完らぬに敵の水雷は半沈みかゝつてゐる石狩の左舷舷側に爆発した もう多く云ふに忍びぬ 艦の運命はそこで完た云々』
時事日報は此識者は石狩分隊長少佐清水昌彦氏なる旨附記せり
三
一九二六年四月二十九日の時事日報は吾人に喜ぶべき報道を与へたり 曰く
如何な砲弾にをも堪へ得べき一種の金属を発明せる人あり 之は先年上滝式無煙火薬を製造して其名海内に嘖々たる上滝嵬氏にして之を上滝式防弾鉄と名づけたり 夫と同時に又驚くべき強力の巨砲を発明せる軍人あり 之先に海外に留学し来りし陸軍少将斎藤秀郷君なり この巨砲はよく五里以上十里以下のものを粉砕する事を得べく斎藤砲の名あり云々 兎に角喜ぶべき報知ならずや吾人は刮目して其将来を眺めん哉
* * *
中央新報号外を出して曰く
日仏戦史
憎むべき仏探
空前の大発明
大軍医吉田春夫氏 あらゆる病患を癒すべき薬品を発見す原名ヨークオツコルと云ふ由空前の大発明也
「をゝをゝ快哉」我と我声に驚て見れば之南柯の一夢春風面を撫でゝ庭前の梅花のちる事雪の如し(おはり)
底本:「現代日本文学大系 43 芥川龍之介集」筑摩書房
1968(昭和43)年8月25日初版第1刷発行
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1999年1月17日公開
2004年3月13日修正
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