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老嫗面(ろううめん)

底本: 坂口安吾全集 02
出版社: 筑摩書房
初版発行日: 1999(平成11)年4月20日
入力に使用: 1999(平成11)年4月20日初版第1刷
校正に使用: 1999(平成11)年4月20日初版第1刷

底本の親本: 文芸通信 第四巻第一〇号
初版発行日: 1936(昭和11)年10月1日

 

初夏のうららかなまひるであつた。安川はタツノの着物をつめこんだ行李を背負つて我家へむかつた。安川のうしろには、タツノが小さな手荷物をさげ、うはづつた眼付をしてぼんやり歩いてゐた。タツノのうしろには彼女の三人の朋輩が、一人はあくどい紫色の女持トランクをぶらさげ、あとの二人は異体えたいの知れない大包のみそれぞれ一端をつるしあげながら、からみあつてねり歩いてきた。露路の奥から子供の群が駈けだしてきて声援しながら見送るほどの盛大な引越であつた。

 小さな酒場の女主人が駈落した。誰知らぬうちに店の権利を売つてゐたので、翌日から主人が変り、三人の女給が難なく居残ることになつたが、駈落した前主人の姪にあたるタツノの処置に人々は困つた。
 タツノは肺を病んでゐた。二十一才であつた。癇癖が強く、我儘で気まぐれだつた。ひとつのことに長く注意のつづかぬたちで、話の途中にぷいと席を立つてしまふし、腹を立てると食事を摂らずに部屋の暗い片隅に一日坐りとほしてゐた。鞠のやうにはずみきつた時間のあとでは、馴れた人も見破れないまことしやかな嘘をついて人々に迷惑をかけ、自分は半日泣きつづけてゐる習慣だつた。
 新しい女主人はタツノを見ると一目から嫌ひになつた。胸の病が分つたときには、運わるく疫病神に出会つたやうに目をつぶつて逃げのびて、三日のうちに出ていつてくれと隣の部屋から金切声できやん/\喚いた。タツノに恋人のなかつたことが、今となつては人々の頭痛の種になるのであつた。
 安川はかねてからこの酒場の常連で、タツノの事情を知つてゐた。戸の隙間から風がふらふら流れこんできたことと同じやうな様式で、ひとつこの娘を引取つて養つてやらうといふ凡そ無意味な考へが安川の頭一杯にふくらみきつてしまつた晩、彼は妻君の松江の前で、途方もなく立派なことをするやうな勇みきつた愉しさで自分の決意をまくしたててゐたのであつた。「勝手におしよ」と妻君は言つた。蓋し名言。安川も苦笑を洩した。そのくせ「そんなら勝手にするよ」と早速きめてしまつたのは、子供同志の諍ひで相手の揚足をとるでんであるが、五尺の男児みすぼらしい様子であつた。まさかに之が実現しようと思はなかつた松江は、異様な行列が門前にとまり、近所合壁の連中が裏木戸へ走りだして首をつきのばした瞬間も、自分も同じ高見の見物であるかのやうな好奇心を忘れなかつた。然し派手な着物をきて鼻先から額に汗をにぢませた女共が遠慮会釈もなくかまちの上へどつこいしよと荷物を投げ込み、犬屋の店先であるかのやうに口々に吠え、而して遂にわが良人おつとなる人物が汗にまみれて疲労のどん底にありとはいへ、真剣なることアトラスのごとき重々しさで大きな行李をかつぎこんでくる様を認めた時に、松江は思はずきやッと叫んで台所へと退散した。無意識のうちに下駄をつつかけ、ただフラ/\と外へでた。半分は餓鬼共の遊び場であり、半分は塵芥棄場でもあるところの異臭芬々ふんぷんたる広場へでると、あたかも青空の広さをめがけて突き走るもののやうに熱い涙がこみあげてきたのであつた。

 安川夫妻は母の家に寄食してゐた。正確には兄の家と言ふべきであるが、兄は死に、嫂も死に、三人の子供のみが残された家では、母が金をまもつてゐた。安川は自分の母をおたき婆あとよんでゐた。はじめ松江がおたき婆あとよんだのである。おたきは松江をきらつてゐたので、松江はおたきを憎んでゐた。安川は松江の立場が可哀さうだと思つたので、自分も忽ちおたき婆あとよぶのであつた。
 安川と松江がまがりなりにも一戸を構へてゐた時のこと、窮迫のさなかに折悪しく安川は盲腸炎にかかつた。心当りの金策に失敗した松江は、万策つきておたき婆あを訪れた。自分と不和であるにしても、実の子供の盲腸炎を見棄てるはずはないと思つた。おたき婆あは兄の子供にのこされた多少の貯財のほかに、それより多額の臍繰りをたくはへてゐた。
 おたきは老眼鏡をかけて新聞を読んでゐた。松江の話の最中も、話の終つた後も、同じやうに眼に新聞を寄せつけて口をへの字に結んでゐた。同じ頼みを松江は三度くりかへした。おたきはいくらか気色ばんで立上ると、奥の部屋から富山の売薬袋をもちだしてきて、入用の薬をこの袋から探しだして持つて帰れと早口に言つた。堪へうる限りの忍耐の結果が、一円の金ですらなく、売薬にすぎないことが分つたとき、逆上のあげく失神しさうな自分を感じ、一時も早く鬼の前から逃げ去ることを希ひながらひたすら道を歩いてゐる自分の姿に松江はやうやく気付いたのだつた。
 その後安川がおたきに会ふと、それごらん、誰の世話にならなくとも丈夫な身体になつたぢやないか、人の力をたよつては立派な男になれませんと、まづ第一におたきは教訓を垂れたのだつた。
 安川はその後いよいよ食ひつめて、おたきのもとへころがりこんできたのであつた。子供が母にすがりつく素直な気持はみぢんもなかつた。仇敵に食を恵まれても恐らく温情は感じるだらう、刑務所へぶちこまれてまんまと食にありついたら一切くだらぬ傷心に心をみだされるうれひなく食事々々を空気の如く虚心自然にくひうるであらう。おたきの家に起居することは即ち刑務所に起居する際の刺戟なきこと白雲のごとき絶対平和な日常をぬすみうることと同じである。おたきの与へる食事ほど物質的な食ひ物を、刑務所の弁当を外にしては想像することができなかつた、誰の世話になるといふひけめもいらない。おたきが彼等を養ふために苦労と迷惑を重ねるにしても彼等はてんで平気であつたし、然しおたきは恐らく苦労も迷惑もしないであらう。まよひこんだ野良猫に魚の骨をくれてやる気持であらう。さうしたら、彼等が野良猫であればいい。野良猫のやうに飯を食ひ、なまじひに人間なみの過分に多感な飯の食ひ方をしないだけでも幸せだ。利用する気持のほかには情も愛もないのであつた。これを換言すれば、利用する気持のほかに愛も情も起させない、これほども見事に精神にひつかかりのない避難所は、刑務所の外に想像の余地がなかつたのである。
 安川が子供のときの話であつた。台所から茶の間まで飯櫃を運ぶことを命じられた。子供には重すぎたので、一足毎がひきずられて行く形であつたが、運悪く敷居に爪さきを引つかけたので、飛び込むやうな激しさで前へのめつた。飯はどつと畳の上へ流れでたが、彼は生爪をはがしたために、悲鳴をあげてころげまはつた。おたきの眼には四散した飯のほかには子供の怪我も映らなかつた。一途の憎悪が稜角をたてて盛りあがり、少年の一生に拭ふべからざる悪鬼の印象を与へたのだつた。おたきは子供の後襟をいきなり掴んで物置の中へひきずりこんだ。奥へめがけて力一杯押しとばしておき、遮二無二錠を下すのだつた。おたきのいつわらざる本心が咄嗟にあらゆる計算をふみはづしてその全貌を暴露してゐた。一日の米に価ひしない子供であつた。頭のしんへ突きぬける傷の痛さに泣き狂ひながら、子供は母の心を知り、茫然己れを失ふやうな竦む思ひを感じつづけた。こぼれた飯の惜しさにも価ひしない見棄てられた傷が、自分にかくも堪へがたい苦痛を与へてゐることが、奇妙な皮肉に思はれて、自虐的な滑稽感とめくるめく憤怒を覚えた。
 その後子供は憎しみにも倦み疲れはてて生長した。憎しみの代りに倦怠だけがあるほどだつた。母の問ひに答へる時ほどつッけんどんな場合はなかつた。同じ問ひを路傍の人にかけられた時は、まだ親しさと温かさとを心にこめて答へるのだつた。たとへば十年会はなかつたおたきに会つて、会はない時のくらしぶりを話してごらんと言はれるのだつた。すると彼はその問ひに答へることほど自分を卑しくすることはないと思ふのだつた。会はなかつた十年間どんな暮しをしてゐようと大きなお世話だ、どんな暮しをしてゐようとおよそ脈絡はないのだから。赤の他人が通りいつぺんの挨拶で同じ問ひを浴びせるなら通りいつぺんの気軽さで答へる手段もあるだらう。同じものを母の形でやられては腹が立つてくるばかりだ。顔の血の気も消えうせて、舌ざはりまで言葉が砂であるやうに空虚になる。十年ぶりに会つた子供は、そこで一語も答へずに、ぷいと立つて庭を眺めに行くのであつた。
 そんな冷酷な仕打ちを受けてもおたきの顔色は動かなかつた。同じ冷酷な仕打ちを子供に向つて加へるときと同様に、仕打ちを受けてもその顔色は動かないのだ。おたきの不動の表情が安川にとつて最も苦痛な恐の対象になるのであつた。おたきの不動の表情と母なることの事実とに、どういふ秘密のつながりが隠されてゐるのであらう? それを思ふと、子供の心に、ひたすらな盲目な恐怖がわいた。
 安川がおたきのもとへころがりこんで間もない時のことであつた。おたきがいつもと変らない無気味な静かさを宿した声で、牛乳配達は朝の早い商売で、朝起きは三文の得といふとほり早朝の澄んだ空気は身体にも良く、疲れた心にも爽やかだから、人間商売を選ぶなら彼等ほど恵まれたものはないだらうと言ふのであつた。それはどういふ意味だらうと安川は思つた。恵まれた商売だからお前も牛乳配達になれといふ意味であらうか? もともと安川は牛乳配達であらうと自由労働者であらうと商売に軽重をつける気持はもたない男で、生来の怠け癖と非力からさういふ働きを愛さなかつたまでであるが、いよいよ仕方のない時はさういふ仕事をしていいと考へてゐた。然し金に困らない母の口から同じ言葉をきかうとは! それは我慢がならないし、まさかにそれは有り得ないと彼は思つた。屈託した毎日をくらす母だから、色々気まぐれな思ひもあつて、さういふ思ひの無意味なひとつにすぎないだらうと考へたのだ。有耶無耶うやむやな事迄にお茶濁して、その日はそれですんだのだつた。
 翌る日の夕方だつた。散歩にでようとして門をでると、折から車をひいてくる牛乳配達に行き会つた。彼は変な親しさを見せて笑ひかけてくるのであつた。昨日のことは忘れてゐたので、安川は気にもとめずに顔をそらして歩きだした。とつぜん牛乳配達は追ひつくやうに急ぎながら声をかけた。君はこの家の書生かね居候かね、と。安川はうんと答へた。君はうちの店に働くのだらうと男は言つた。いや、ほかの仕事があつたから、君の店はよすことにしたと安川は答へた。そして二人は別れたのだつた。
 安川は怒りと悲しみにむしろ茫然としたのであつた。昨日話をもちだす前に、母はすでに牛乳屋と殆んど確定的な契約を結んでゐたに相違なかつた。しかも何気ないあの空々しい話ぶりよ! しかも更に妖怪的な凄味のあるのは、安川が有耶無耶のうちにおたきの意志をうち消しててんで相手にならないのに、強ひてすすめもしなければ反対もせず同意もせず、あへて悲しみも見せなければ絶望もせぬあの白々しい無表情な顔付だつた。さりげないあの顔付の背後には牛乳屋との思ひもうけぬ契約が秘められてゐたと分つたいま、更に無限の思ひもうけぬ実力を予想せずにはゐられなかつた。それは古い物語の妖婆の業を思はせた。それと母との脈絡を空しく探しあぐねるとき、ただ単に母なる名前に打ちひしがれた五才の幼児であるかのやうな、無残に非力な絶望を思ひあてずにゐられなかつた。
 安川は母への復讐を考へた。これみよがしに牛乳屋との契約を破つてみせても、あの白々しい無表情の顔の前では、単に敗北を強めることにすぎないだらう。安川の怒りと憎しみは大きすぎたし、これを「おたき」と言ひきつては当らぬうらみがあるのだが、「母」に甘える幼児のやうな理智を越えた我儘もあつた。その夜彼は家宝のひとつの大雅の軸をもち出して五百円の金に代へた。これみよがしにさうすることが、むしろ復讐であるよりも、復讐の名前に隠れて悔いるつらさを免れようとするためだつた。彼が連夜の耽溺を、しかも母はなほ冷然たる無表情でむかへつづけた。
 その後彼は屡々しばしば家宝を公然と金に代へて遊興にでかけた。もはや大義名分はなかつた。彼は遊びの虫だつた。それをも母はなほ冷然たる動かぬ顔で見流しつづけてゐたのであつた。それは母なる恐怖を超えて、神か悪魔の審判を思ひつかせる冷めたさと凄さがあつた。もとより神の審判といへ、遊びの虫をとめるよすがになる筈もない。
 かうして最後にきたものが、肺病やみの娘をひきとる気まぐれな一件だつた。

 さてタツノ等の行列が鳥類のそれであるかの如く喚きちらしておたきの面前を通りすぎても、おたきは古沼であるかのやうな無表情のひややかさで、一語の怒りをもらすでもなく、庭の景色に見入つてゐた。

 松江は良人に愛想をつかしてゐたのであつた。今にはじまることではなかつた。貧乏暮しもいやであつたし、貧乏をぬけきる見込みもなささうな、安川の弱気な性格が鼻についてきたのであつた。おたきの家へころがりこむときまつたときには、つくづく情けない思ひがした。人の気苦労も知らぬげに、世の憂鬱を一人占めにしたかのやうな思ひ入れも憎かつたし、実は欲望にすぎないものを身勝手な手数をかけて深刻めかし、連夜の耽溺がはじまつてからは、松江の屡々思ふことはたゞ復讐といふことだつた。復讐の手段に思ひつくのは、ほかの男と幸福にくらし、安川に思ひ知らしてやることだつた。
 松江は日中の多くの時間、ほとんど昼夢に耽つてゐた。何も知らない娘のとき結婚を申出でた男があつた。男に不足があるわけではなく結婚に興味がないので拒絶した。その後安川と知り合つて親の許さぬ同棲をしたのだ。男は著名な会社に務めて地位も上り、今も独身でゐるといふ噂であつた。その噂を松江は確信するのであつた。松江の昼夢は描くのだ、男が自分を奪ひにくる、自分の幻の生々しさが男に独身を通させたのだ、強奪してもと男は思ふ、もはや我慢ができないのだ。そして二人は幸福になる。――然し松江は気付くのだつた。どの空想も二人の幸福を結びにしてめでたし/\に終ることはないのである。われ知らず昼夢に沈み、はたと自分に返る時は、それは必ず逞しいまで憎しみをこめて安川に思ひ知らしてゐる時だつた。新婚の幸福の図は稀薄であり記号の如く痩せてゐるのに、安川に思ひ知らせる憎しみの図は肉感の逞しさ生々しさに溢れてゐた。所詮は夢であることの虚しさ。彼女はそれに気付くとき、心静かな日は安堵し、心に波の騒ぐ日は狂気の如く現実を憎んだ。
 安川の親しい友に遠山といふ男があつた。安川は彼をまことの悪党とよんだ。それは一種の愛称だつた。己れを愛すことのほかには誰を愛しもできない男。己れに向ける厳しさのために、彼は孤独を得たのであつた。自己のみ一人の人間で、他人は物にすぎなかつた。さういふ意味の冷血を意味するところの悪党だつた。
 遠山の苛烈な姿が松江の苛酷な現実へ影絵のやうにやがて移り住んできた。日毎々々の松江の昼夢に彼女自身も過程に気付かぬ変化がきて、古い男のそらごとのやうな幻想は消え、遠山を描く秘密の夢が育つのだつた。松江はそれを恋であるとは思はなかつた。なぜなら恋はやさしいものだ。さうして恋は清らかなものだ。百合や薔薇がふさはしいのだ。彼女はそれを信じてゐた。それだのに自分の描く二人の夢はみだらで汚く息がつまつた。肉体だけがのたうちまはつた。それを思ふと松江は無性に口惜しくなるのだ。盗まれた、何もかも、乙女も生活も金も恋も清らかさも。それをみんなあの男安川がしたのであつた。安川は悪者悪党悪魔だつた。あの悪党がわたしをこんなにしてしまつたのだ。わたしの睡つてゐるうちに汚い魂にすりかへたのだ。

 タツノ一行の襲来にはじきだされた松江は、雑草の繁みをよけながら、広場の中をぐるぐるまはつて口惜し泣きに泣いてゐた。あの悪党はひとをどこまで虐めつけたら気がすむといふのだらう。昔は人を死刑にしても憎み足りない気持の時は屍体に侮辱を加へたといふが、安川が自分に与へる侮辱にはまさしく自分の×××××××××××××××××××××××××××××、蛇にいちばんふさはしい残忍さだけ感じられて、その恐しさにぶるぶる顫へてしまふのだつた。
 逃げださう、と松江は思つた。どこへ逃げてもどうせ目当はないのだから、夜が落ちればいやでも帰らねばならないのだが、逃げたいといふ気持だけは追はれるやうに激しかつた。とにかくそれを処理しなければ我慢がならないのであつた。遠山のところへ逃げて行かう。行つてみんな話してやらう、あの悪党のしたことを、と松江は思つた。彼女に元気と悲しさが、ふと改めて流れてきた。
 遠山の住む汚い下宿は土足で階段を登るのだつた。その階段はどんなにソッと歩いても、気の遠くなる思ひがするほど金属質のたまらぬ音がひびくのである。その跫音あしおとのうるささが、松江に一生忘れることのできないやうな怖い思ひを感じさせた。
 遠山は不在だつた。はりつめた気がいちじに弛んだ思ひがした。それでよかつたと自分に言つた。とにかく此処まで来たことで気持は充分済んでゐると思ふのだつた。然し手紙を書き残さねばならないやうな心残りが、ぼんやり頭にからみついて離れなかつた。松江は廊下の窓に凭れて、外の景色を眺めてゐた。そこへ遠山が帰つてきた。
 松江は遠山に会つてみると、その時までとはまるで違つた自分自身を見出した。彼女は泣きもしなかつた。一部始終を語りながら、ひとごとのやうに時々苦笑をもらすのだつた。けれども時々薄い涙が瞳を掩ふた。
「その女なら知つてますよ」と遠山は言つた。「その酒場なら僕も一緒に時々飲みに行きましたから」
 そして彼はさとすやうに語りはじめた。
「それは御二人の夫婦生活を乱すやうな重大性をもつものではありません。あの女は安川の恋愛の対象でなく、性欲の対象ですらないでせう。第一これが恋人だつたら遮二無二隠す才覚に耽るでせうから、公然とうちへ引取るといふことが、つまりそれだけでしかないことを明瞭に語つてゐます。安川のさういふことをやらかしさうな危なさは、僕も前から感じてゐました。安川はあせりすぎてゐるのです。あの男の性格には英雄主義的な熾烈な生き方をもとめる傾向が人並すぐれて強く働いてゐますから、あの男の人生観、もろもろの抽象的煩悶は結局政治的関心へまで発展せずにはすみません。彼はずつと古くから共産主義に心を動かされてゐるのですが、彼を育てた個人主義的な教養と内省とが行動に走ることの一面の欺瞞を許さないため、いまだにぶすぶす内攻してゐるていたらくです。彼はまた富や名誉を手にいれたいと欲しながら、早くも富貴の虚しさに絶望するだけの苛酷な批判精神を植ゑつけられてゐますので、また恋をもとめてゐるくせに、その恋を実際掴みもせぬうちから已に恋のくだらなさに絶望もしてゐる退屈もしてゐるといふ状態です。いはばあの男は理智と本能の渾沌たる矛盾撞着の中に棲みくたくたに疲れきつてゐるやうなもので、たよるべき一つの信念とか真実を探りあてることができないのです。彼はまた文学に生きようといふ狂気にちかい情熱すらもつてゐますが、何を書くべきかといふ疑ひのために、さめる筈のないその情熱をさめたやうに感じることしかできないほど絶望もしてゐるのです。つまり彼は、僕とて同じことですが、まづ何よりも生きる意味が分らぬといふ状態なんです。そこで彼は生きてゐる自分自身を見出すために、何事かやりださずにはゐられないと焦せるのです。それは焦慮にすぎないながら、生存の本質を賭けたもので、殆んど必死でもあれば盲目的な激情を駆り立てさせもするでせう。そのくせ彼の最もやりたいこと、やる意味もあり値打もあること、やらねばならぬこと、つまり政治や文学は、それのもつ意味や値打に対する混乱と懐疑があるために、実は最もやりにくいといふ皮肉な状態にあるのです。もともとその混乱と懐疑から、この焦躁も生れてきたわけですから。そこで彼は、さういふ彼の混乱や懐疑にてんで引つかかる筈のない凡そ愚劣であり無意味である課題だけを、それが無意味であり無価値であるためにれいれいと自分におしつけることができ、又情熱の最後の一滴まで傾注して行ふこともできるといふ奇妙な状態にあるわけなんです。彼はタツノにてんで惚れてやしませんよ。恐らく殆んど関心すらもたないでせう。不用の時には犬ころのやうに投げ棄てたつて悔いも感傷もおこらないほど無関心のタツノの筈です。いはばタツノを引取ることは、ひとつの無意味を引取ることにほかなりません。つまりそこが彼自らも気付かざるこの行動の急所であり鍵でもあります。彼は自分に無意味な課題をおしつけやうとしてゐるのです。それによつて生存する自分自身の姿を見たり、または自分の生命とでもいふものを意識しようといふのですよ。無意味によつて意味らしきものをつくりだすこの惨めなカラクリのほかに、我々はさう易々と自分自身の生存を生命を意識する方法をもとめることができないのです。しかも彼には仲のわるい母親もあり、あなたもあります。あなたや母親がタツノに親切な筈はないから、彼はタツノを養ふために家庭といふ古い秩序と戦つたり、とにかく大きな努力を払ふ必要があります。家庭の破壊を賭け、ひいては自身の破壊すら賭けることの苦痛と混乱によつて、生きる意味と情熱を認識しようといふ、これも亦彼自らの気づかざる、あるひはむしろ知りすぎるほど知りぬいた、悲惨なカラクリのひとつでせう。最も無意味な課題によつて秩序や習慣と争ひ、ただ情熱と混乱をもたらすことが必要だつたにすぎないのです。軌道を忘れた浪曼精神の魔術ですよ。然しこんな情熱や浪曼的心緒が永続する筈はありませんから、むしろ彼に逆らはずほつたらかしておいたなら、情熱のやりばに困つて悲鳴をあげてしまふでせう。さうすることが賢明です」
 遠山の説く分析が思ひあたらぬことはなかつた。否むしろ遠山の語つた程度の良人の心理は知りすぎるほど見抜いてゐる松江だつた。たとへばタツノが安川の愛の対象でないことは、安川がタツノに就て彼女に語つたそもそもの日から、語る口ぶりからだけで充分わかるのであつたし、タツノを一目見たときにそれが裏書きされてゐた。安川はタツノを愛してゐないのだ、それは松江の確信だつた。
 遠山の語る長い分析をきいてしまふと、それが全然耳新しくないばかりか、自分の方がもつとはつきり知つてゐたのに松江は始めて気がついたのだ。さうして松江はさつき広場を泣きよろめいてさまよつたことも、一途に逃げたい激しさに駆られたことも、それが良人の姦淫を憎む気持であつたことに却つて吃驚びつくりするのであつた。ありもしない姦淫を! それの分つた今となつても、然し憎さは変らなかつた。
「だつて安川は卑怯です。変な女をつれこむことが恋愛に無関係であるにしても、わたしをいぢめるためなんです。いゝえ、わたしは分つてゐます。わたしを辱しめるためなんです」
 と松江は言つた。そして溢れる涙をふいた。松江は自分の喋つた事実に口惜し涙を流しながら、喋つた事実が思ひ違ひにすぎないことをはつきり気付いてゐる気がした。
「それは思ひ違ひです」と、再び松江に分りきつてゐることを、遠山は言ふのであつた。
「それはあなたの我儘です。かういふ出来事があなたにとつて口惜しいことは分つてゐますが、口惜しさをさうまで甘やかすのはあなたのためにとりません。自らの手で自分を不幸にすることですから。安川は、要するに、そんな女を引取つたりしなければどうにも足掻きのつかないどん底まで追ひつめられてゐるのです。勿論あなたに、それをいたはる義務や責任はないでせうけど」
「ええ、わたしいたはるなんて真つ平です。わたしがしたいと思ふのは復讐することだけですわ。だつてわたし、いぢめぬかれてきたんですもの。一生を棒にふつてしまつたのですわ」
「そのことだつて責任の一半はあなたにもあります。なぜつて、二人が一緒にくらしてゐるうちは、とにかく一方を全的に許容してゐる理窟以上の事実だからです。とにかく余り、神経をたかぶらせないのが得策ですよ」
 と、遠山は笑ひながらつけたした。
 結局松江は遠山を訪ねて、知りきつてゐることだけを、彼の口からたしかめたにすぎなかつた。救ひも慰めもある筈がなかつた。然し松江はまるで役目を果したやうにホッとしてゐるのであつた。たしかに役目も果してはゐた。なぜなら家へ帰ることが、もはやそんなに苦痛ではなかつたのだから。

 松江は毎日タツノのことで安川と言ひ争つた。安川がタツノを愛してゐるといつて責めるのだつた。二人の間に醜行があつて、引取るほかにどうにも仕方がないやうな破目になつてゐるのだらうと問ひつめるのだ。さういふ松江の顔色は血の気が失せてまつさをだつた。思ひつめた半狂乱の様子であつて、安川の些細な言葉に激動を受け、食ひつくやうに詰め寄せてきた。あまり執拗であるために、安川は神経的な嫌悪を感じて、彼も亦半狂乱に苛立つた。さういふ結果が安川は力一杯松江の頬をなぐりつけ、益々松江が気違ひめいた気の強さで、わんわん泣き、拳をふるつて殴り返してくるのを見ると、もう安川も夢中であつた。彼は松江に馬乗りになつて頸を絞め、足をあげて蹴倒した。松江は全く狂乱しきつて抵抗した。
 そのくせ松江は安川がタツノを愛してゐないこと、肉体の関係もないことを知りすぎるほど知りぬいてゐた。遠山にも同じことを指摘されたし、よしんば誰の助けもない自分一人の判断だけでも、恐らくなんの疑惑もなく同じ確信がもてた筈だ。二人に醜行のないことを知りすぎるほど知つてゐながら、そのくせ自分の神経は休むまもなく苛々と二人の醜行を怒つてゐる、どういふわけだか分らないと松江自身が呆れるのだ。これが嫉妬といふものだらうか? それにしても嫉妬の根拠であるものが事実無根にすぎないことを自分ではつきり知つてゐるのが滑稽だつた。そんな風に思つてゐても、もののはずみで安川にタツノのことをなじりはじめた段になると、もはや夢中で半狂乱になつてゐた。これもみんな日頃自分をいぢめぬいてきたせゐだ、その憎しみの激しさがこんな形で現れるのだ、今に気違ひになるんぢやないかと松江は頻りに思ふのだつた。
 然し松江は気付かないのだ。二人に関係のないことを知りすぎるほど知つてゐながら、その関係があるやうな強迫観念にせめられるのは、実は松江が遠山に不倫の恋をしてゐるからだといふことを。
 松江は自分の不倫の恋を自分でせめてゐるのであつた。安川が同じ不倫を犯してゐれば松江の自責の圧迫は軽くなるのだ。

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