ある晩大学士の小さな
「貝の火
赤鼻の支配人がやって来た。
「先生、ごく上等の
大学士は葉巻を横にくはへ、
斜めに見上げて聴いてゐた。
「たびたびご迷惑で、まことに恐れ入りますが、いかゞなもんでございませう。」
そこで楢ノ木大学士は、
にやっと笑って葉巻をとった。
「うん、探してやらう。蛋白石のいゝのなら、
「ははあ、そいつはどうもとんだご災難でございました。しかしいかゞでございませう。こんども多分はそんな
「それはもうきっとさう行くね。たゞその時に、僕が何かの都合のために、たとへばひどく疲れてゐるとか、
「それでは何分お願ひいたします。これはまことに軽少ですが、当座の旅費のつもりです。」
貝の火兄弟商会の、
鼻の赤いその支配人は、
ねずみ色の状袋を、
上着の
「さうかね。」
大学士は別段気にもとめず、
手を延ばして状袋をさらひ、
自分の
「では何分とも、よろしくお願ひいたします。」
そして「貝の火
赤鼻の支配人は帰って行った。
次の日諸君のうちの
きっと上野の停車場で、
途方もない長い
変な灰色の袋のやうな
七キログラムもありさうな、
素敵な大きなかなづちを、
持った紳士を見ただらう。
それは
宝石を探しに出掛けたのだ。
出掛けた
野宿といふことも起ったのだ。
三晩といふもの起ったのだ。
野宿第一夜
四月二十日の午后四時
例の楢ノ木大学士が
「ふん、
とひとりぶつぶつ言ひながら、
からだを深く折り曲げて
足もとの砂利をねめまはしながら、
大きな河原をのぼって行った。
両側はずゐぶん
大学士はどこまでも
けれどもたうとう日も落ちた。
その両側の山どもは、
一生懸命の大学士などにはお構ひなく
ずんずん黒く暮れて行く。
その上にちょっと顔を出した
遠くの雪の山脈は、
さびしい銀いろに光り、
てのひらの形の黒い雲が、
その上を行ったり来たりする。
それから川岸の細い野原に、
ちょろちょろ赤い野火が
鋭く風を切って
まだどこまでも川を溯って行かうとする。
ところがたうとう夜になった。
今はもう河原の石ころも、
赤やら黒やらわからない。
「これはいけない。もう夜だ。寝なくちゃなるまい。今夜はずゐぶん久しぶりで、愉快な露天に寝るんだな。うまいぞうまいぞ。ところで草へ寝ようかな。かれ草でそれはたしかにいゝけれども、寝てゐるうちに、野火にやかれちゃ
その石は実際柔らかで、
又敷布のやうに白かった。
そのかはり又大学士が、
腕をのばして
ごろりと横になったときは、
外套のせなかに白い粉が、
まるで一杯についたのだ。
もちろん学士はそれを知らない。
又そんなこと知ったとこで、
あわてて起きあがる性質でもない。
水がその広い河原の、
向ふ岸近くをごうと流れ、
空の
山どもがのっきのっきと黒く立つ。
大学士は寝たまゝそれを
又ひとりごとを言ひ出した。
「ははあ、あいつらは
そこで大学士はいゝ気になって、
仰向けのまゝ手を振って、
岩頸の講義をはじめ出した。
「諸君、手っ取り早く
それは実際その通り、
向ふの黒い四つの峯は、
四人兄弟の岩頸で、
だんだん地面からせり上って来た。
「ははあ、こいつらはラクシャンの四人兄弟だな。よくわかった。ラクシャンの四人兄弟だ。よしよし。」
注文通り岩頸は
丁度胸までせり出して
ならんで空に高くそびえた。
一番右は
たしかラクシャン第一子
まっ黒な髪をふり乱し
大きな眼をぎろぎろ空に向け
しきりに口をぱくぱくして
何かどなってゐる様だが
その声は少しも聞えなかった。
右から二番目は
たしかにラクシャンの第二子だ。
長いあごを両手に載せて
次はラクシャン第三子
やさしい眼をせはしくまたたき
いちばん左は
ラクシャンの第
夢のやうな黒い
じっと東の高原を見た。
四人を見ようと起き上ったら
雷のやうに怒鳴り出した。
「何をぐづぐづしてるんだ。
楢ノ木大学士はびっくりして
大急ぎで又横になり
いびきまでして寝たふりをし
そっと横目で見つゞけた。
ところが今のどなり声は
大学士に云ったのでもなかったやうだ。
なぜならラクシャン第一子は
やっぱり空へ向いたまゝ
素敵などなりを続けたのだ。
「全体何をぐづぐづしてるんだ。砕いちまへ、砕いちまへ、はね飛ばすんだ。はね飛ばすんだよ。火をどしゃどしゃ噴くんだ。
しづかなラクシャン第三子が
兄をなだめて
「兄さん。少しおやすみなさい。こんなしづかな夕方ぢゃありませんか。」
兄は構はず又どなる。
「地球を半分ふきとばしちまへ。石と石とを空でぶっつけ合せてぐらぐらする紫のいなびかりを起せ。まっくろな灰の雲からかみなりを鳴らせ。えい、意気地なしども。降らせろ、降らせろ、きらきらの熔岩で海をうづめろ。海から
ラクシャンの若い第
「大兄さん、あんまり
それからこんどは低くつぶやく。
「あんな銀の冠を僕もほしいなあ。」
ラクシャンの狂暴な第一子も
少ししづまって弟を見る。
「まあいゝさ、お前もしっかり支度をして次の噴火にはあのイーハトブの位になれ。十二ヶ月の中の九ヶ月をあの冠で飾れるのだぞ。」
若いラクシャン第四子は
兄のことばは聞きながし
遠い東の
雲を
星のあかりに透し見て
なつかしさうに
「今夜はヒームカさんは見えないなあ。あのまっ黒な雲のやつは、ほんたうにいやなやつだなあ、今日で四日もヒームカさんや、ヒームカさんのおっかさんをマントの下にかくしてるんだ。僕一つ噴火をやってあいつを吹き飛ばしてやらうかな。」
ラクシャンの第三子が
少し笑って弟に云ふ。
楢ノ木大学士の野宿(ならのきだいがくしののじゅく)
作家录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语
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