[#ページの左右中央に]
詩人薄田泣菫の君に捧げまつる
[#改丁]
絵画目次[#省略]
[#改丁]
詩目次[#底本では各項は、「君死に給ふこと勿れ」に合わせて均等割付]
白百合
みをつくし
曙染
君死に給ふこと勿れ
恋ふるとて
いかが語らむ
皷いだけば
しら玉の
冥府のくら戸は
[#改丁]
白百合
髪ながき少女とうまれしろ百合に
そは夢かあらずまぼろし目をとぢて色うつくしき靄にまかれぬ
日を経なばいかにかならむこの思たまひし草もいま蕾なり
射あつべし射あてじとても矢はつがへ
恋せじと書かせたまふか琴にしてともにと植ゑし桐のおち葉に
こがね雲ただに二人をこめて捲けなかのへだてを神もゆるさじ
手もふれぬ
何といふところか知らず思ひ入れば君に逢ふ道うつくしきかな
このもだえ行きて夕のあら海のうしほに語りやがて帰らじ
この塚のぬしを語るな名を問ふなただすみれぐさひとむら植ゑませ
ひとすぢを
わが
またの世は
袖たてて掩ひたまふな罪ぞ君つひのさだめを早うけて行かむ
うつつなく消えても行かむわかき子のもだえのはての歌ききたまへ
わすれじなわすれたまはじさはいへど常のさびしき道ゆかむ身か
われゆゑに泣かせまつりぬゆるしませよわき少女にいま秋のかぜ
わが胸のみだれやすきに針もあてずましろききぬをかづきて泣きぬ
狂へりや世ぞうらめしきのろはしき髪ときさばき風にむかはむ
裾きえて
うるはしき神の旅路と
をみなへしをとこへし唯うらぶれて恨みあへるを京の秋に見し (明治三十三年の秋)
にほひもれて人のもどきのわづらはし袖におほひていだく白百合
さらば君氷にさける花の
その涙のごひやらむとのたまひしとばかりまでは語り得れども
その浜のゆふ松かぜをしのび泣く扇もつ子に秋問ひますな
狂ふ子に狂へる馬の綱あたへ狂へる人に鞭とらしめむ
薄月に君が名を呼ぶ清水かげ小百合ゆすれてしら露ちりぬ
とことはに覚むなと蝶のささやきし花野の夢のなつかしきかな
聴きたまへ神にゆづらぬやは胸にくしきひびきの我を語れる
手づくりのいちごよ君にふくませむわがさす
里の夜を姉にも云はでねむの花君みむ道に歌むすびきぬ
紅梅にあわ雪とくる朝のかどわが前髪のぬれにけるかな
なにとなく琴のしらべもかきみだれ人はづかしく成れる頃かな
心なく摘みし草の名やさしみて誰におくると友のゑまひぬ
われ病みぬふたりが恋ふる君ゆゑに姉をねたむと身をはかなむと
髪あげて
野に出でてさゆりの露を吸ひてみぬかれし血のけの胸にわくやと
世は
ぬる蝶のなさけやさしみ瓜畑のあだなる花もひとめぐりしぬ
雲きれて星はながれぬおもふこと神にいのれる夕ぐれの空
かがやかに
かずかずの玉の小琴をたまはりぬいざうちよりて神をたたへむ (新詩社をむすび給へる初に)
指の環を土になげうちほゝゑみし涙の面のうつくしきかな
うるはしき[#「うるはしき」は底本では「うるはきし」]マリヤを母とよびならひわかき尼ずみ寺に年へぬ
誰がために摘めりともなし百合の花聖書にのせて祷りてやまむ
くちなはの口や狐のまなざしや地のうへ二尺君は
よわき子は
いもうとの
垣づたひ萩のしたゆくいささ水にはぢらふ頬をばひたしぬるかな
うけられぬ人の
くちぶえに
木屋街は
世のかぜはうす肌さむしあはれ君み袖のかげをとはにかしませ
いろふかくゑまひこぼるるこの花よたまひし人によく似たるかな
わが舞へる扇の風に
いかならむ遠きむくいかにくしみか生れて
地にひとり泉は涸れて花ちりてすさぶ園生に何まもる吾
虹もまた消えゆくものかわがためにこの地この空恋は残るに
君は空にさらば
待つにあらず待たぬにあらぬ夕かげに人の
今の我に世なく神なくほとけなし
燃えて/\かすれて消えて闇に入るその
帰り来む御魂と聞かば凍る夜の
おもひ出づな恨に死なむ鞭の
夕庭のいづこに立ちてたづぬべき葡萄つむ手に歌ありし君 (以上)
みてづからひと葉つみませこのすみれ君おもひでのなさけこもれり
花さかばふたりかざしにさして見むこのすみれぐさ色はうつらじ
あたらしくひらきましたる詩の道に君が名
わが手もて摘みてかざせるひと花も君に問はれて
いづこ踏みいかに帰らむちる花は山をうづみぬ我をめぐりぬ
誰がためにつくる花環とほほゑみて花の名をさへ問ひたまふかな
手づくりの葡萄の酒を君に強ひ都の歌を乞ひまつるかな
迎へ待つ君は来まさずわが駒に百合の花のせ綱ひく夕野
ほほゑみて
それとなく紅き花みな友にゆづりそむきて泣きて忘れ草つむ (晶子の君と住の江に遊びて)
くれなゐに金糸の襟の舞の子を
見じ聞かじさてはたのまじあこがれじ秋ふく風に秋たつ虹に
きぬでまりましろきなりに春のきてかがる
たてかけし琴の緒ひくくひびきたり御袖のはしも触れじと思ふに
てずさびにつなぎし路のいと柳誰れその上をまたむすびたる
ちる花に小雨ふる日の風ぬるしこの夕暮よ
春さむし紅き蕾の枝づたひ病むうぐひすの戸にきより啼く
夕顔に片頬あたへしおごりびと妬たしと星も今ちかう降れ
飢ゑていま血なきに筆もちからなし人よ魔と書く文字ををしへね
みいくさの
ふる鏡霜に裂けたるこだまなし
かたつぶりひさしに出でし雨ふつ日瓦にさきぬなでしこの花
たもち得ぬ才はたとへばうまざけの
ましら羽の鳥に
髪なでて鏡ゆかしむ夜もありぬ夢にや摘まむしろ百合の花
わが袖も春のひかりの帰らじや牡丹
雲に見る秋のうれひを葉に染めて泣くにしのぶに陰よき芭蕉
扇なす
おばしまの牡丹の花に
せめてただ
地にわが影
虹の輪の
戸によりてうらみ泣く夜のやつれ髪この子が秋を詩に問ふや誰
歌あらば海ゆく雨に添へたまへ山に夕虹なびくを待たむ (上総の浜辺に夏を過ぐせるまさ子の君に)
夕潮に
髪ながうなびけて雲はそぞろなり入日と風と恋をいどめる
百合牡丹
しら鳩も今むつまじく肩にきぬ君西びとの歌つづけませ
さりともとおさへて胸はしづめたれ夜を疑ひの涙さびしき
思あれば秋は袖うつひと葉にも涙こぼれて夕風
いつはりの濁るなみだのかかりなばこの袖たちてまた君を見じ
秋かぜに
ゆふばえやくれなゐにほいむら山に
ぬのぎれに瓦つつみて
おとなしく母の膝よりならひ得し心ながらの歌といらへむ
鋳られてはひとつ形のひと色の
ひとりにはあまりさびしき秋の夜と筆がさそひしまぼろしよ君
地にあらず歌にただ見るまぼろしの美くしければ恋とこそ呼べ
書よみて智慧売る子とは生れざり
いきづけば花とかをらむ思あり人のいのちの燃ゆる胸より
相ふれては花もうなづく浪も鳴る
おもひでを又はなやぎてかざらばや指さす人に歌ひ興ぜむ
歌よみて罪せられきと光ある今の世を見よ後の千とせに
師と友とわれとし読みてうなづかば足るべき
あなかしこなみだのおくにひそませしいのちはつよき声にいらへぬ
[#改丁]
みをつくし
しら梅の
恋やさだめ歌やさだめとわづらひぬおぼろごこちの春の夜の人
むつれつつ菫のいひぬ蝶のいひぬ風はねがはじ雨に
飛ぶ鳥かわがあこがれの或るものかひかり野にすと思ふに消えぬ
歌ひとつ君なぐさめむちからなし鬢の毛とりて風にことづてむ
母恋ふる心わすれてあこがれぬやさしおん手のひと花ゆゑに
みやこ
なさけ
かゝる夜の歌に消ぬべき
世にそむき人にそむきて今宵また相見て泣きぬまぼろしの神
われにまた山の鐘鳴るゆふべなり
似つかしと思ひしまでよ
あすこむと告げたる姉を
髪ときて秋の清水にひたらまし燃ゆる思の身にしきるかな
うらみわびこの世に痩せし少女子のひくきしらべをあはれませ君
みふみ得しその夕より黒髪のみだれおぼえて涙ぐましき
痩せ指に
人の名も仏の御名も忘れはて籠に色よき
しら梅の朝のしづくに墨すりて君にと書かば姉にくまむか
二十とせは亡き母しのぶ夢にのみ光ほのかにさすと覚えし
わりなくも琴にのぼせて恋得つと
つらき世のなさけいのらぬわれなれど夕となれば思あまりぬ
ねいき細きこのわがのどに
川くまのふたもと
わりなくも君が御歌に秋痩せてよわき胡蝶の
はかり得ぬ親のこころをかへりみずゆるせと君にものいひてける
わが
ちる花のしたにかさねてまかせたり君が扇とわが
紅梅の真垣のあるじ胸をいたみ泣くを隣りに小琴とききぬ
みなさけのあまれる歌をかきいだきわが世の夢は語らじな君
君によき
その御手にほそきかひなをゆるしませくづるる浪のはてしなくとも
京の春に桃われゆへるしばらくをよき水ながせまろき山々
夢に見し白き胡蝶の忘れ羽かあらず
泣きますな師をなぐさめむすべ知ると小百合つむ君うるはしきかな (以上二首は登美子の君に)
つらきかな袖に書きてもまゐらせむ逢はで別るゝ歌のみだれよ
なにとなきとなり垣根の草の名も知らばやゆかし春雨の宿