誰れが子かわれにをしへし
露の路畑をまがれば君みえず
鳥と云はず
夏の日の
夕されば橋なき水の
君やわれや夕雲を見る磯のひと四つの
里ずみに老いぬと云ふもいつはりの歌と或る日は笑めりと
きざはしの
恋しき日や
ほととぎす岩山みちの
あやにくに
君によし撫でて見よとて引かせたり小馬ましろき春の夕庭
花とり/″\野分の朝にもてきたる
かしこうて蚊帳に
ふるさとやわが
ほととぎす
よき箱と文箱とどめていもうとは玉虫飼ひぬうらみ給ふな
この恋びとをしへられては
水にさく花のやうなるうすものに白き帯する浪華の子かな
春の池
夏花は
行く春にもとより堪へぬうまれぞと聞かば牡丹に似る身を知らむ
妻と云ふにむしろふさはぬ髪も落ちめやすきほどとなりにけるかな
われに遅れ車よりせしその子ゆゑ多く歌ひぬ京の湯の山
夕かぜや羅の袖うすきはらからにたきものしたる椅子ならべけり
わが愛づる小鳥うたふに笑み見せぬ人やとそむき又おもひ出ず
かへし書くふたりの人に文字いづれ多きを知るや春の
われぼめや
ふりそでの
かけものゝ牛の子かちし
酒つくる神と
われにまさる熱えて病むと云ひたまへあらずとならば君にたがはむ
菜の花のうへに二階の
あやまちて
河こえて
くれなゐの蒲団かさねし山駕籠に母と相乗る朝ざくら路
あゝ胸は君にどよみぬ紀の海を淡路のかたへ潮わしる時
まる山のをとめも比叡の
法華経の
いでまして夕むかへむ
歌よまでうたたねしたる
うれひのみ笑みはをしへぬ
紅梅や
しろ百合と名まをし君が
山の湯や
こゝろ懲りぬ
うへ二
きよき子を唖とつくりぬその日より瞳なに見るあきじひの人
春の夜の火かげあえかに人見せてとれよと云へど神に似たれば
明けむ朝われ
にくき人に
よしと見るもうらやましきもわが
酔ひ寝ては鼠がはしる肩と聞き寒き夜
兼好を語るあたひに伽羅たかむ京の法師の麻の
かくて世にけものとならで相逢ひぬ日てる星てるふたりの
春の夜や歌舞伎を知らぬ鄙びとの添ひてあゆみぬあかき灯の街
玉まろき桃の枝ふく春のかぜ海に入りては
春いそぐ手毬ぬふ日と
春の夜はものぞうつくし
駿河の山百合がうつむく朝がたち霧にてる日を野に髪すきぬ
伽藍すぎ宮をとほりて
霜ばしら冬は神さへのろはれぬ日ごと折らるるしろがねの櫛
鬼が栖むひがしの国へ春いなむ
髪ゆふべ孔雀の
廊ちかく
さは思へ今かなしみの酔ひごこち歌あるほどは弔ひますな
君死にたまふことなかれ
旅順口包囲軍の中に在る弟を歎きて
あゝをとうとよ、君を泣く、
君死にたまふことなかれ、
末に生れし君なれば
親のなさけはまさりしも、
親は
人を殺せとをしへしや、
人を殺して死ねよとて
二十四までをそだてしや。
親の名を継ぐ君なれば、
君死にたまふことなかれ、
旅順の城はほろぶとも、
ほろびずとても、何事ぞ、
君は知らじな、あきびとの
家のおきてに無かりけり。
君死にたまふことなかれ、
すめらみことは、戦ひに
おほみづからは出でまさね、
かたみに人の血を流し、
死ぬるを人のほまれとは、
大みこゝろの深ければ
もとよりいかで
あゝをとうとよ、戦ひに
君死にたまふことなかれ、
すぎにし秋を父ぎみに
おくれたまへる母ぎみは、
なげきの中に、いたましく
わが子を召され、家を
母のしら髪はまさりぬる。
あえかにわかき
君わするるや、思へるや、
少女ごころを思ひみよ、
この世ひとりの君ならで
あゝまた誰をたのむべき、
君死にたまふことなかれ。
恋ふるとて
恋ふるとて君にはよりぬ、
君はしも恋は知らずも、
恋をただ歌はむすべに
こころ燃え、すがたせつる。
いかが語らむ
いかが語らむ、おもふこと、
そはいと長きこゝろなれ、
いま相むかふひとときに
つくしがたなき心なれ。
わが世のかぎり思ふとも、
われさへ知るは難からし、
君はた君がいのちをも
かけて知らむと願はずや。
夢のまどひか、よろこびか、
狂ひごこちか、はた熱か、
なべて詞に云ひがたし、
心ただ知れ、ふかき心に。
皷いだけば
姉のこゑこそうかびくれ、
姉のおもこそにほひくれ、
桜がなかに
宇治の河見るたかどのに、
姉とやどれる春の夜の
まばゆかりしを忘れめや、
もとより君は、ことばらに
うまれ給へば、十四まで、
父のなさけを身に知らず、
家に帰れる五つとせも
わが家ながら心おき、
さては穂に出ぬ初恋や
したに焦るる胸秘めて
おもはぬかたの人に添ひ、
泣く音をだにも憚れば
あえかの人はほほゑみて
うらはかなげにものいひぬ、
あゝさは夢か、
二十八にてみまかりし
姉をしのべば、更にまた
そのすくせこそ泣かれぬれ。
しら玉の
しら玉の清らに
うるはしきすがたを見れば、
せきあへず涙わしりぬ、
しら玉は常ににほひて
ほこりかに世にもあるかな。
人のなかなるしら玉の
をとめ心は、わりなくも、
ひとりの君に
命みじかき、いともろき
よろこびにしもまかせはてぬる。
冥府のくら戸は
よみのくら戸はひらかれて
恋びとよよといだきよれ、
かの
かたみに
土にかくれし
皆よりあひて玉と凝れ、
わが胸こがす恋の
今つく熱きひと
底本:「恋衣 名著復刻 詩歌文学館」日本近代文学館
1980(昭和55)年4月1日発行
底本の親本:「恋衣」本郷書院
1905(明治38)年1月1日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字を新字にあらためました。固有名詞も原則として例外とはしませんでしたが、人名のみは底本のままとしました。
※変体仮名は、通常の仮名にあらためました。
※底本中で脱漏や誤りの可能性がある点については、「與謝野鉄幹・與謝野晶子集 明治文学全集51」筑摩書房、1968(昭和43)年、「與謝野寛 與謝野晶子 窪田空穂 吉井勇 若山牧水集 日本現代文学全集37」講談社、1964(昭和39)年を参照し、補訂しました。
入力:武田秀男
校正:kazuishi
2004年6月2日作成
青空文庫作成ファイル:
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- [#…]は、入力者による注を表す記号です。
- 「くの字点」は「/\」で、「濁点付きくの字点」は「/″\」で表しました。
- 「くの字点」をのぞくJIS X 0213にある文字は、画像化して埋め込みました。