私たちは個人として、国民として、世界人としてという三つの面を持ちながら、それが一体であるという生活を意識的に実現したい。誰も無意識的には、また偶然的にはこの三面一体の生活の中に出つ入りつしているのですが、それを明らかに意識すると共に、出来るだけ完全にその三面が一体である生活を築いて行きたいと思うのです。
どうしてこういうことを思うかというと、私たちにはあくまでも幸福な生活を建てようとする要求があります。この要求は強力な一つの本能である上に、今一つの強力な本能である理性がこれを支持し助長しようとします。全く私たちの人生の内部から発した所のこの要求ほど確かな真実はありません。私はこれが絶対に合理的であることを信じます。
あくまでも幸福な生活を建てたいとするのは、従来の生活が十分に幸福なものでないということが不満を感じさせるからで、そうしてその理由は個人、国民、世界人という三つの面が矛盾し、衝突し、破裂しているからだということを今は私たち婦人も知る時機が来ました。即ち個人生活に利のあることは国民生活に害があり、国民生活に利のあることは世界生活に害があるという矛盾した状態に置かれているからだと思います。例えば戦争という人生の事実が
私たちの本能はどの生活をも享楽することを要求します。三つの生活のどの一つをも欠こうとは思いません。私たちは現に一日の中にも個人本位の生活をして他の二つの生活を
右のような場合には、個人生活という中に他の二つの生活が自然に包容され、国民生活という中に個人生活も世界生活も摂取され、世界生活という中に同じく他の二つの生活が内含されていて、何の
例えば戦争というような場合は、国民と国民とが――その代表である国家と国家とが――戦争するので、それが個人及び世界人類の幸福となる結果は既往にも甚だ
これまで分裂しやすく矛盾しやすかった三つの生活の融合をどう意識的に企画すれば好いでしょうか。私は私自身の必要からこれをこう考えております。その扞格と矛盾とを除き、その分裂と衝突とを避ける方法としては三つの生活を貫いて共通の幸福となる性質を持った生活事実を全生活の価値標準とし、これに背馳する生活事実をすべて排除する外はないということです。具体的にいえば、共通の幸福となるものは愛を第一とし、経済、学問、芸術、科学等は悉く国境を超えて平等に世界人類の幸福となる性質を持っております。これらは個人をも利し、国民をも利するものでありながら、或個人または一の国民の利益のために独占して、他の個人や他の国民との間にこれがために衝突するようなことを許されない性質のものであることはいうまでもありません。
この方法を実現しようとすれば、第一に愛の世界的協同が必要になります。博愛的世界主義というか、人道的世界主義というか、名はいずれにもせよ、人類が相互に愛し合い扶助し合う実行が起らねばなりません。今度の戦争で、協商国側にも連合国側にも或国民との相互扶助が行われました。それを今一段進めて世界人類の相互扶助を実現せねばなりません。西部の戦線においては敵味方の間にさえ、独仏の兵士同志は攻撃のない日に
国民と国民、国家と国家の名に由って軍事上、政治上にのみ同盟し扶助し合っていることは、結局、世界の上に二大強国、もしくは三大強国を作り、それらが互いに
私たちは歴史的、地理的、生産的、政治的の差別の自然的必要から、国民としての協同自治機関である国家を尊重し擁護します。しかし人種的の差別は最早国民の協同生活の上に何の条件にもならない事を認めます。私たちは世界いずれの人種の帰化をも拒まず、現に朝鮮人の全部と支那人の一部とを包容した国民生活を営んでおります。私たちの愛する国家は、他の国家と他の国民を峻拒しもしくは敵視するような排他的の目的を少しも持たず、歴史的、地理的、生産的、政治的の特殊な差別関係によって集団生活を持続している日本国民のために専らその自治改造の確実な機関たる外に何の目的もないものでありたいと思います。国民生活がこの目的の範囲を越えて排他的征服的の目的を国家の上に加え、他の国民と国家との生活を危くして顧みず、この第二の目的のために国民自身の他の二つの生活――個人的及び世界的生活――をも犠牲にする事になれば、それは愚かにも国民生活を偏重して唯一絶対の価値あるものとし、それが或限定された正当な目的を持った容器であることを忘れて、その中に一切の人間生活を収めよう、圧搾しようとする無理な仕方である以上、世界の平和は勿論、結局、国民自身の平和をも破らずには置きません。私はこの意味から、純正個人主義と世界人類主義とを背景としない国家主義、言い換れば個人の愛(個人の道徳)と世界人類の愛(世界人類の道徳)とを裏切った国家主義に反対します。
愛の世界的協同と共に必要なことは経済の世界的協同であると思います。この事の必要は今度の戦争において現に暗示されております。協商国側も連合国側も軍事上政治上の協同だけでは戦争の出来ないことを知りました。米国が戦争に参加して連合国側に偉大な強味を与えたことも、その兵力よりは、その豊富な財力に
愛と経済との世界的協同さえ主として成立すれば、その他の学問、芸術、科学等は
以上述べたような、人類生活の内容として最も幸福な共通の標準として世界の連帯協同生活を建設することが出来れば、人は最も健全にして最も雄大な第一義生活――世界的生活の上に安座しているのです。これを基礎とし背景として必要な範囲で国民生活を営み併せて個人生活を営む事は、これまでの矛盾の一切を撤去することが出来て私のいわゆる三面一体の生活が完成されるものであろうと思います。人生は個人生活、国民生活、世界生活のいずれに偏しても幸福でありません。一体の生活の中にこの三つの生活が流動し融合して、少しも矛盾のないものであることが最上の生活の理想です。
今度の戦争は、この人道的な生活理想の覚悟を、敵味方いずれの国民にも、その抽象的知識的の考案からばかりでなくて、幾百万の同胞の霊と血とを犠牲にし、幾百万の財力を濫費したことの絶大な悲痛の中の実験から促進しつつあります。彼らはなお、古風な名誉と外面的体裁の行掛りのためとで悲壮なる戦争を継続しているだけで、彼らの内心は敵味方とも戦争の愚かさと悲惨と罪悪とについて明白に悔悟しているに違いありません。私は新たに戦争に加入した米国が欧洲の戦場で恐らくその百万の兵士の幾万人をも殺さないで済ますであろうと想像します。最も遅く加入しただけに、戦争の害毒に対して最も冷静な判断がウィルソン大統領以下の米国識者階級に徹底しているはずです。前年の
三面一体の生活へ(さんめんいったいのせいかつへ)
作家录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语
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