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邪宗門(じゃしゅうもん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-16 9:03:37  点击:  切换到繁體中文

底本: 芥川龍之介全集2
出版社: ちくま文庫、筑摩書房
初版発行日: 1986(昭和61)年10月28日
入力に使用: 1996年(平成8)7月15日第11刷
校正に使用: 1996年(平成8)7月15日第11刷


底本の親本: 筑摩全集類聚版芥川龍之介全集
出版社: 筑摩書房
初版発行日: 1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月

 

   一

 先頃大殿様(おおとのさま)御一代中で、一番人目(ひとめ)を駭(おどろ)かせた、地獄変(じごくへん)の屏風(びょうぶ)の由来を申し上げましたから、今度は若殿様の御生涯で、たった一度の不思議な出来事を御話し致そうかと存じて居ります。が、その前に一通り、思いもよらない急な御病気で、大殿様が御薨去(ごこうきょ)になった時の事を、あらまし申し上げて置きましょう。
 あれは確か、若殿様の十九の御年だったかと存じます。思いもよらない急な御病気とは云うものの、実はかれこれその半年ばかり前から、御屋形(おやかた)の空へ星が流れますやら、御庭の紅梅が時ならず一度に花を開きますやら、御厩(おうまや)の白馬(しろうま)が一夜(いちや)の内に黒くなりますやら、御池の水が見る間に干上(ひあが)って、鯉(こい)や鮒(ふな)が泥の中で喘(あえ)ぎますやら、いろいろ凶(わる)い兆(しらせ)がございました。中でも殊に空恐ろしく思われたのは、ある女房の夢枕に、良秀(よしひで)の娘の乗ったような、炎々と火の燃えしきる車が一輛、人面(じんめん)の獣(けもの)に曳かれながら、天から下(お)りて来たと思いますと、その車の中からやさしい声がして、「大殿様をこれへ御迎え申せ。」と、呼(よば)わったそうでございます。その時、その人面の獣が怪しく唸(うな)って、頭(かしら)を上げたのを眺めますと、夢現(ゆめうつつ)の暗(やみ)の中にも、唇ばかりが生々(なまなま)しく赤かったので、思わず金切声をあげながら、その声でやっと我に返りましたが、総身はびっしょり冷汗(ひやあせ)で、胸さえまるで早鐘をつくように躍っていたとか申しました。でございますから、北の方(かた)を始め、私(わたくし)どもまで心を痛めて、御屋形の門々(かどかど)に陰陽師(おんみょうじ)の護符(ごふ)を貼りましたし、有験(うげん)の法師(ほうし)たちを御召しになって、種々の御祈祷を御上げになりましたが、これも誠に遁れ難い定業(じょうごう)ででもございましたろう。
 ある日――それも雪もよいの、底冷がする日の事でございましたが、今出川(いまでがわ)の大納言(だいなごん)様の御屋形から、御帰りになる御車(みくるま)の中で、急に大熱が御発しになり、御帰館遊ばした時分には、もうただ「あた、あた」と仰有(おっしゃ)るばかり、あまつさえ御身(おみ)のうちは、一面に気味悪く紫立って、御褥(おしとね)の白綾(しろあや)も焦げるかと思う御気色(みけしき)になりました。元よりその時も御枕もとには、法師、医師、陰陽師(おんみょうじ)などが、皆それぞれに肝胆(かんたん)を砕いて、必死の力を尽しましたが、御熱は益(ますます)烈しくなって、やがて御床(おんゆか)の上まで転(ころ)び出ていらっしゃると、たちまち別人のような嗄(しわが)れた御声で、「あおう、身のうちに火がついたわ。この煙(けぶ)りは如何(いかが)致した。」と、狂おしく御吼(おたけ)りになったまま、僅三時(わずかみとき)ばかりの間に、何とも申し上げる語(ことば)もない、無残な御最期(ごさいご)でございます。その時の悲しさ、恐ろしさ、勿体(もったい)なさ――今になって考えましても、蔀(しとみ)に迷っている、護摩(ごま)の煙(けぶり)と、右往左往に泣き惑っている女房たちの袴の紅(あけ)とが、あの茫然とした験者(げんざ)や術師たちの姿と一しょに、ありありと眼に浮かんで、かいつまんだ御話を致すのさえ、涙が先に立って仕方がございません。が、そう云う思い出の内でも、あの御年若な若殿様が、少しも取乱した御容子(ごようす)を御見せにならず、ただ、青ざめた御顔を曇らせながら、じっと大殿様の御枕元へ坐っていらしった事を考えると、なぜかまるで磨(と)ぎすました焼刃(やきば)の※(「均-土」、第3水準1-14-75)(にお)いでも嗅(か)ぐような、身にしみて、ひやりとする、それでいてやはり頼もしい、妙な心もちが致すのでございます。

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