您现在的位置: 贯通日本 >> 作家 >> 芥川 竜之介 >> 正文

偸盗(ちゅうとう)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-16 14:13:53  点击:  切换到繁體中文



       八

 羅生門(らしょうもん)の夜(よ)は、まだ明けない。下から見ると、つめたく露を置いた甍(いらか)や、丹塗(にぬ)りのはげた欄干に、傾きかかった月の光が、いざよいながら、残っている。が、その門の下は、斜めにつき出した高い檐(のき)に、月も風もさえぎられて、むし暑い暗がりが、絶えまなく藪蚊(やぶか)に刺されながら、酸(す)えたようによどんでいる。藤判官(とうほうがん)の屋敷から、引き揚げてきた偸盗(ちゅうとう)の一群は、そのやみの中にかすかな松明(たいまつ)の火をめぐりながら、三々五々、あるいは立ちあるいは伏し、あるいは丸柱の根がたにうずくまって、さっきから、それぞれけがの手当てに忙(いそがわ)しい。
 中でも、いちばん重手(おもで)を負ったのは、猪熊(いのくま)の爺(おじ)である。彼は、沙金(しゃきん)の古い袿(うちぎ)を敷いた上に、あおむけに横たわって、半ば目をつぶりながら、時々ものにおびえるように、しわがれた声で、うめいている。一時(ひととき)の間(あいだ)、ここにこうしているのか、それとも一年も前から同じように寝ているのか、彼の困憊(こんぱい)した心には、それさえ時々はわからない。目の前には、さまざまな幻が、瀕死(ひんし)の彼をあざけるように、ひっきりなく徂来(そらい)すると、その幻と、現在門の下で起こっている出来事とが、彼にとっては、いつか全く同一な世界になってしまう。彼は、時と所とを分かたない、昏迷(こんめい)の底に、その醜い一生を、正確に、しかも理性を超越したある順序で、まざまざと再び、生活した。
「やい、おばば、おばばはどうした。おばば。」
 彼は、暗(やみ)から生まれて、暗(やみ)へ消えてゆく恐ろしい幻に脅かされて、身をもだえながら、こううなった。すると、かたわらから額の傷を汗衫(かざみ)の袖(そで)で包んだ、交野(かたの)の平六が顔を出して、
「おばばか。おばばはもう十万億土へ行ってしもうた。おおかた蓮(はちす)の上でな、おぬしの来るのを、待ち焦がれている事じゃろう。」
 言いすてて、自分の冗談を、自分でからからと笑いながら、向こうのすみに、真木島(まきのしま)の十郎の腿(もも)のけがの手当をしている、沙金(しゃきん)のほうをふり返って、声をかけた。
「お頭(かしら)、おじじはちとむずかしいようじゃ。苦しめるだけ、殺生(せっしょう)じゃて。わしがとどめを刺してやろうかと思うがな。」
 沙金は、あでやかな声で、笑った。
「冗談じゃないよ。どうせ死ぬものなら、自然に死なしておやりな。」
「なるほどな、それもそうじゃ。」
 猪熊(いのくま)の爺(おじ)は、この問答を聞くと、ある予期と恐怖とに襲われて、からだじゅうが一時に凍るような心もちがした。そうして、また大きな声でうなった。平六と同じような理由で、敵には臆病(おくびょう)な彼も、今までに何度、致死期(ちしご)の仲間の者をその鉾(ほこ)の先で、とどめを刺したかわからない。それも多くは、人を殺すという、ただそれだけの興味から、あるいは自分の勇気を人にも自分にも示そうとする、ただそれだけの目的から、進んでこの無残なしわざをあえてした。それが今は――
 と、たれか、彼の苦しみも知らないように、灯(ひ)の陰で一人、鼻歌をうたう者がある。

いたち笛ふき
猿(さる)かなず
いなごまろは拍子うつ
きりぎりす

 ぴしゃりと、蚊をたたく音が、それに次いで聞こえる。中には「ほう、やれ」と拍子をとったものもあった。二三人が、肩をゆすったけはいで、息のつまったような笑い声を立てる。――猪熊(いのくま)の爺(おじ)は、総身(そうみ)をわなわなふるわせながら、まだ生きているという事実を確かめたいために、重い※(「目+匡」、第3水準1-88-81)(まぶた)を開いて、じっとともし火の光を見た。灯(ともし)は、その炎のまわりに無数の輪をかけながら、執拗(しゅうね)い夜に攻められて、心細い光を放っている。と、小さな黄金虫(こがねむし)が一匹ぶうんと音を立てて、飛んで来て、その光の輪にはいったかと思うとたちまち羽根を焼かれて、下へ落ちた。青臭いにおいが、ひとしきり鼻を打つ。
 あの虫のように、自分もほどなく死ななければならない。死ねば、どうせ蛆(うじ)と蝿(はえ)とに、血も肉も食いつくされるからだである。ああこの自分が死ぬ。それを、仲間のものは、歌をうたったり笑ったりしながら、何事もないように騒いでいる。そう思うと、猪熊(いのくま)の爺(おじ)は、名状しがたい怒りと苦痛とに、骨髄をかまれるような心もちがした。そうして、それとともに、なんだか轆轤(ろくろ)のようにとめどなく回っている物が、火花を飛ばしながら目の前へおりて来るような心もちがした。
「畜生。人でなし。太郎。やい。極道(ごくどう)。」
 まわらない舌の先から、おのずからこういうことばが、とぎれとぎれに落ちて来る。――真木島(まきのしま)の十郎は、腿(もも)の傷が痛まないように、そっとねがえりをうちながら、喉(のど)のかわいたような声で、沙金(しゃきん)にささやいた。
「太郎さんは、よくよく憎まれたものさな。」
 沙金(しゃきん)は、眉(まゆ)をひそめながら、ちょいと猪熊(いのくま)の爺(おじ)のほうを見て、うなずいた。すると鼻歌をうたったのと同じ声で、
「太郎さんはどうした。」とたずねたものがある。
「まず助かるまいな。」
「死んだのを見たと言うたのは、たれじゃ。」
「わしは、五六人を相手に切り合うているのを見た。」
「やれやれ、頓生菩提(とんしょうぼだい)、頓生菩提。」
「次郎さんも、見えないぞ。」
「これも事によると、同じくじゃ。」
 太郎も死んだ。おばばも、もう生きてはいない。自分も、すぐに死ぬであろう。死ぬ。死ぬとは、なんだ。なんにしても、自分は死にたくない。が、死ぬ。虫のように、なんの造作(ぞうさ)もなく死んでしまう。――こんな取りとめのない考えが、暗(やみ)の中に鳴いている藪蚊(やぶか)のように、四方八方から、意地悪く心を刺して来る。猪熊の爺は、形のない、気味の悪い「死」が、しんぼうづよく、丹塗(にぬ)りの柱の向こうに、じっと自分の息をうかがっているのを感じた。残酷に、しかもまた落ち着いて、自分の苦痛をながめているのを感じた。そうして、それが少しずつ居ざりながら、消えてゆく月の光のように、次第にまくらもとへすりよって来るのを感じた。なんにしても、自分は死にたくない。――

夜はたれとか寝(いね)む
常陸(ひたち)の介(すけ)と寝(いね)む
寝(いね)たる肌(はだ)もよし
男山の峰のもみじ葉
さぞ名はたつや

 また、鼻歌の声が、油しめ木(ぎ)の音のような呻吟(しんぎん)の声と一つになった。とたれか、猪熊(いのくま)の爺(おじ)の枕(まくら)もとで、つばをはきながら、こう言ったものがある。
「阿濃(あこぎ)のあほうが見えぬの。」
「なるほど、そうじゃ。」
「おおかた、この上に寝ておろう。」
「や、上で猫(ねこ)が鳴くぞ。」
 みな、一時にひっそりとなった。その中を、絶え絶えにつづく猪熊(いのくま)の爺(おじ)のうなり声と一つになって、かすかに猫の声が聞こえて来る。と流れ風が、始めてなま暖かく、柱の間を吹いて、うす甘い凌霄花(のうぜんかずら)のにおいが、どこからかそっと一同の鼻を襲った。
「猫も化けるそうな。」
「阿濃(あこぎ)の相手には、猫の化けた、老いぼれが相当じゃよ。」
 すると、沙金(しゃきん)が、衣(きぬ)ずれの音をさせて、たしなめるように、こう言った。
「猫じゃないよ。ちょっとたれか行って、見て来ておくれ。」
 声に応じて、交野(かたの)の平六が、太刀(たち)の鞘(さや)を、柱にぶっつけながら、立ち上がった。楼上に通う梯子(はしご)は、二十いくつの段をきざんで、その柱の向こうにかかっている。――一同は、理由のない不安に襲われて、しばらくはたれも口をとざしてしまった。その間をただ、凌霄花のにおいのする風が、またしてもかすかに、通りぬけると、たちまち楼上で平六の、何か、わめく声がした。そうして、ほどなく急いで梯子をおりて来る足音が、あわただしく、重苦しい暗(やみ)をかき乱した。――ただ事ではない。
「どうじゃ。阿濃(あこぎ)めが、子を産みおったわ。」
 平六は、梯子(はしご)をおりると、古被衣(ふるかずき)にくるんだ、丸々としたものを、勢いよくともし火の下へ出して見せた。女の臭(にお)いのする、うすよごれた布の中には、生まれたばかりの赤ん坊が、人間というよりは、むしろ皮をむいた蛙(かえる)のように、大きな頭を重そうに動かしながら、醜い顔をしかめて、泣き立てている。うすい産毛(うぶげ)といい、細い手の指と言い、何一つ、嫌悪(けんお)と好奇心とを、同時にそそらないものはない。――平六は、左右を見まわしながら、抱いている赤子を、ふり動かして、得意らしく、しゃべり立てた。
「上へ上がって見ると、阿濃め、窓の下へつっ伏したなり、死んだようになって、うなっていると、阿呆(あほう)とはいえ、女の部じゃ。癪(しゃく)かと思うて、そばへ行くと、いや驚くまい事か。さかなの腸(はらわた)をぶちまけたようなものが、うす暗い中で、泣いているわ。手をやると、それがぴくりと動いた。毛のないところを見れば、猫(ねこ)でもあるまい。じゃてひっつかんで、月明かりにかざして見ると、このとおり生まれたばかりの赤子じゃ。見い。蚊に食われたと見えて、胸も腹も赤まだらになっているわ。阿濃も、これからはおふくろじゃよ。」
 松明(たいまつ)の火を前に立った、平六のまわりを囲んで、十五六人の盗人は、立つものは立ち、伏すものは伏して、いずれも皆、首をのばしながら、別人のように、やさしい微笑を含んで、この命が宿ったばかりの、赤い、醜い肉塊を見守った。赤ん坊は、しばらくも、じっとしていない。手を動かす。足を動かす。しまいには、頭を後ろへそらせて、ひとしきりまた、けたたましく泣き立てた。と、齒のない口の中が見える。
「やあ舌がある。」
 前に鼻歌をうたった男が、頓狂(とんきょう)な声で、こう言った。それにつれて、一同が、傷も忘れたように、どっと笑う。――その笑い声のあとを追いかけるように、この時、突然、猪熊(いのくま)の爺(おじ)が、どこにそれだけの力が残っていたかと思うような声で、険しく一同の後ろから、声をかけた。
「その子を見せてくれ。よ。その子を。見せないか。やい、極道(ごくどう)。」
 平六は、足で彼の頭をこづいた。そうして、おどかすような調子で、こう言った。
「見たければ、見るさ。極道とは、おぬしの事じゃ。」
 猪熊の爺は、濁った目を大きく見開いて、平六が身をかがめながら、無造作につきつけた赤ん坊を、食いつきそうな様子をして、じっと見た。見ているうちに、顔の色が、次第に蝋(ろう)のごとく青ざめて、しわだらけの眦(まなじり)に、涙が玉になりながら、たまって来る。と思うと、ふるえるくちびるのほとりには、不思議な微笑の波が漂って、今までにない無邪気な表情が、いつか顔じゅうの筋肉を柔らげた。しかも、饒舌(じょうぜつ)な彼が、そうなったまま、口をきかない。一同は、「死」がついに、この老人を捕えたのを知った。しかし彼の微笑の意味はたれも知っているものがない。
 猪熊(いのくま)の爺(おじ)は、寝たまま、おもむろに手をのべて、そっと赤ん坊の指に触れた。と、赤ん坊は、針にでも刺されたように、たちまちいたいたしい泣き声を上げる。平六は、彼をしかろうとして、そうしてまた、やめた。老人の顔が――血のけを失った、この酒肥(さかぶと)りの老人の顔が、その時ばかりは、平生とちがった、犯しがたいいかめしさに、かがやいているような気がしたからである。その前には、沙金(しゃきん)でさえ、あたかも何物かを待ち受けるように、息を凝らしながら、養父の顔を、――そうしてまた情人(おとこ)の顔を、目もはなさず見つめている。が、彼はまだ、口を開かない。ただ、彼の顔には、秘密な喜びが、おりから吹きだした明け近い風のように、静かに、ここちよく、あふれて来る。彼は、この時、暗い夜の向こうに、――人間の目のとどかない、遠くの空に、さびしく、冷ややかに明けてゆく、不滅な、黎明(れいめい)を見たのである。
「この子は――この子は、わしの子じゃ。」
 彼は、はっきりこう言って、それから、もう一度赤ん坊の指にふれると、その手が力なく、落ちそうになる。――それを、沙金(しゃきん)が、かたわらからそっとささえた。十余人の盗人たちは、このことばを聞かないように、いずれも唾(つ)をのんで、身動きもしない。と、沙金が顔を上げて、赤子を抱いたまま、立っている交野(かたの)の平六の顔を見て、うなずいた。
「啖(たん)がつまる音じゃ。」
 平六は、たれに言うともなく、つぶやいた。――猪熊(いのくま)の爺(おじ)は、暗(やみ)におびえて泣く赤子の声の中に、かすかな苦悶(くもん)をつづけながら、消えかかる松明(たいまつ)の火のように、静かに息をひきとったのである。……
「爺(おじ)も、とうとう死んだの。」
「さればさ。阿濃(あこぎ)を手ごめにした主(ぬし)も、これで知れたと言うものじゃ。」
「死骸(しがい)は、あの藪中(やぶなか)へ埋めずばなるまい。」
「鴉(からす)の餌食(えじき)にするのも、気の毒じゃな。」
 盗人たちは、口々にこんな事を、うす寒そうに、話し合った。と、遠くで、かすかに、鶏の声がする。いつか夜の明けるのも、近づいたらしい。
「阿濃は?」と沙金が言った。
「わしが、あり合わせの衣(きぬ)をかけて、寝かせて来た。あのからだじゃて、大事はあるまい。」
 平六の答えも、日ごろに似ずものやさしい。
 そのうちに、盗人が二人三人、猪熊(いのくま)の爺(おじ)の死骸(しがい)を、門の外へ運び出した。外も、まだ暗い。有明(ありあけ)の月のうすい光に、蕭条(しょうじょう)とした藪(やぶ)が、かすかにこずえをそよめかせて、凌霄花(のうぜんかずら)のにおいが、いよいよ濃く、甘く漂っている。時々かすかな音のするのは、竹の葉をすべる露であろう。
「生死事大(しょうじじだい)。」
「無常迅速。」
「生き顔より、死に顔のほうがよいようじゃな。」
「どうやら、前よりも真人間らしい顔になった。」
 猪熊の爺の死骸は、斑々(はんぱん)たる血痕(けっこん)に染まりながら、こういうことばのうちに、竹と凌霄花との茂みを、次第に奥深く舁(か)かれて行った。

上一页  [1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] 下一页  尾页


 

作家录入:贯通日本语    责任编辑:贯通日本语 

  • 上一篇作家:

  • 下一篇作家:
  •  
     
     
    网友评论:(只显示最新10条。评论内容只代表网友观点,与本站立场无关!)
     

    没有任何图片作家

    广告

    广告