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二人小町(ふたりこまち)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-17 14:49:56  点击:  切换到繁體中文

底本: 芥川龍之介全集5
出版社: ちくま文庫、筑摩書房
初版発行日: 1987(昭和62)年2月24日
入力に使用: 1995(平成7)年4月10日第6刷
校正に使用: 1996(平成8)年7月15日第7刷


底本の親本: 筑摩全集類聚版芥川龍之介全集
出版社: 筑摩書房
初版発行日: 1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月

 

    一

 小野おの小町こまち几帳きちょうの陰に草紙そうしを読んでいる。そこへ突然黄泉よみ使つかいが現れる。黄泉の使は色の黒い若者。しかも耳はうさぎの耳である。
 小町 (驚きながら)誰です、あなたは?
 使 黄泉の使です。
 小町 黄泉の使! ではもうわたしは死ぬのですか? もうこの世にはいられないのですか? まあ、少し待って下さい。わたしはまだ二十一です。まだ美しい盛りなのです。どうか命は助けて下さい。
 使 いけません。わたしは一天万乗いってんばんじょうの君でも容赦ようしゃしない使なのです。
 小町 あなたはなさけを知らないのですか? わたしが今死んで御覧なさい。深草ふかくさ少将しょうしょうはどうするでしょう? わたしは少将と約束しました。天に在っては比翼ひよくの鳥、地に在っては連理れんりの枝、――ああ、あの約束を思うだけでも、わたしの胸は張りけるようです。少将はわたしの死んだことを聞けば、きっとなげじにに死んでしまうでしょう。
 使 (つまらなそうに)歎き死が出来れば仕合せです。とにかく一度は恋されたのですから、……しかしそんなことはどうでもよろしい。さあ地獄へおともしましょう。
 小町 いけません。いけません。あなたはまだ知らないのですか? わたしはただの体ではありません。もう少将のたねを宿しているのです。わたしが今死ぬとすれば、子供も、――可愛いわたしの子供も一しょに死ななければなりません。(泣きながら)あなたはそれでもいと云うのですか? やみから闇へ子供をやっても、かまわないと云うのですか?
 使 (ひるみながら)それはお子さんにはお気の毒です。しかし閻魔王えんまおうの命令ですから、どうか一しょに来て下さい。何、地獄も考えるほど、悪いところではありません。昔から名高い美人や才子はたいてい地獄へ行っています。
 小町 あなたはおにです。羅刹らせつです。わたしが死ねば少将も死にます。少将のたねの子供も死にます。三人ともみんな死んでしまいます。いえ、そればかりではありません。年とったわたしの父や母もきっと一しょに死んでしまいます。(一層泣き声を立てながら)わたしは黄泉よみの使でも、もう少し優しいと思っていました。
 使 (迷惑めいわくそうに)わたしはお助け申したいのですが、……
 小町 (生き返ったように顔を上げながら)ではどうか助けて下さい。五年でも十年でもかまいません。どうかわたしの寿命じゅみょうを延ばして下さい。たった五年、たった十年、――子供さえ成人すればいのです。それでもいけないと云うのですか?
 使 さあ、年限はかまわないのですが、――しかしあなたをつれて行かなければ代りが一人入るのです。あなたと同じ年頃の、……
 小町 (興奮こうふんしながら)では誰でもつれて行って下さい。わたしの召使めしつかいの女の中にも、同じ年の女は二三人います。阿漕あこぎでも小松こまつでもかまいません。あなたの気に入ったのをつれて行って下さい。
 使 いや、名前もあなたのように小町と云わなければいけないのです。
 小町 小町! 誰か小町と云う人はいなかったかしら。ああ、います。います。(発作的ほっさてきに笑い出しながら)玉造たまつくり小町こまちと云う人がいます。あの人を代りにつれて行って下さい。
 使 年もあなたと同じくらいですか?
 小町 ええ、ちょうど同じくらいです。ただ綺麗きれいではありませんが、――器量きりょうなどはどうでもかまわないのでしょう?
 使 (愛想あいそよく)悪い方がいのです。同情しずにすみますから。
 小町 (生き生きと)ではあの人に行って貰って下さい。あの人はこの世にいるよりも、地獄に住みたいと云っています。誰もう人がいないものですから。
 使 よろしい。その人をつれて行きましょう。ではお子さんを大事にして下さい。(得々とくとくと)黄泉の使もなさけだけは心得ているつもりなのです。
 使、突然また消え失せる。
 小町 ああ、やっと助かった! これも日頃信心する神や仏のおはからいであろう。(手を合せる)八百万やおよろずの神々、十方じっぽう諸菩薩しょぼさつ、どうかこのうそげませぬように。

        二

 黄泉よみの使、玉造たまつくり小町こまち背負せおいながら、闇穴道あんけつどうを歩いて来る。
 小町 (金切声かなきりごえを出しながら)どこへ行くのです? どこへ行くのです?
 使 地獄へ行くのです。
 小町 地獄へ! そんなはずはありません。現に昨日きのう安倍あべ晴明せいめい寿命じゅみょうは八十六と云っていました。
 使 それは陰陽師おんみょうじの嘘でしょう。
 小町 いいえ、嘘ではありません。安倍の晴明の云うことは何でもちゃんと当るのです。あなたこそ嘘をついているのでしょう。そら、返事に困っているではありませんか?
 使 (独白どくはく)どうもおれは正直すぎるようだ。
 小町 まだ強情ごうじょうを張るつもりなのですか? さあ、正直に白状はくじょうしておしまいなさい。
 使 実はあなたにはお気の毒ですが、……
 小町 そんなことだろうと思っていました。「お気の毒ですが、」どうしたのです?
 使 あなたは小野おの小町こまちの代りに地獄へちることになったのです。
 小町 小野の小町の代りに! それはまた一体どうしたんです?
 使 あの人は今身持みもちだそうです。深草ふかくさ少将しょうしょうたねとかを、……
 小町 (憤然ふんぜんと)それをほんとうだと思ったのですか? 嘘ですよ。あなた! 少将は今でもあの人のところへ百夜通ももよがよいをしているくらいですもの。少将の胤を宿すのはおろか、ったことさえ一度もありはしません。嘘も、嘘も、真赤な嘘ですよ!
 使 真赤な嘘? そんなことはまさかないでしょう。
 小町 では誰にでも聞いて御覧なさい。深草の少将の百夜通いと云えば、下司げすの子供でも知っているはずです。それをあなたは嘘とも思わずに、……あの人の代りにわたしの命を、……ひどい。ひどい。ひどい。(泣き始める)
 使 泣いてはいけません。泣くことは何もないのですよ。(背中から玉造の小町をおろす)あなたは始終この世よりも、地獄に住みたがっていたでしょう。して見ればわたしのだまされたのは、かえって仕合せではありませんか?
 小町 (みつきそうに)誰がそんなことを云ったのです?
 使 (ず)やっぱりさっき小野の小町が、……
 小町 まあ、何と云う図々ずうずうしい人だ! 嘘つき! 九尾きゅうびの狐! 男たらし! かたり! 尼天狗あまてんぐ! おひきずり! もうもうもう、今度顔を合せたが最後、きっと喉笛のどぶえみついてやるから。口惜くやしい。口惜しい。口惜しい。(黄泉よみの使をこづきまわす)
 使 まあ、待って下さい。わたしは何も知らなかったのですから、――まあ、この手をゆるめて下さい。
 小町 一体あなたが莫迦ばかではありませんか? そんな嘘をに受けるとは、……
 使 しかし誰でも真に受けますよ。……あなたは何か小野の小町にうらまれることでもあるのですか?
 小町 (妙に微笑する)あるような、ないような、……まあ、あるのかも知れません。
 使 するとその恨まれることと云うのは?
 小町 (軽蔑するように)おたがいに女ではありませんか?
 使 なるほど、美しい同士でしたっけ。
 小町 あら、お世辞せじなどはおよしなさい。
 使 お世辞ではありませんよ。ほんとうに美しいと思っているのです。いや、口には云われないくらい美しいと思っているのです。
 小町 まあ、あんな嬉しがらせばっかり! あなたこそ黄泉には似合わない、美しいかたではありませんか?
 使 こんな色の黒い男がですか?
 小町 黒いほう立派りっぱですよ。男らしい気がしますもの。
 使 しかしこの耳は気味が悪いでしょう。
 小町 あら、可愛いではありませんか? ちょいとわたしにさわらして下さい。わたしはうさぎが大好きなのですから。(使の兎の耳を玩弄おもちゃにする)もっとこっちへいらっしゃい。何だかわたしはあなたのためなら、死んでもいような気がしますよ。

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