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天鵞絨(びろうど)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-21 16:24:00  点击:  切换到繁體中文



 ふと目が覺めると、消すを忘れて眠つた枕邊まくらもとの手ランプの影に、何處から入つて來たか、蟋蟀こほろぎが二匹、可憐な羽を顫はして啼いてゐる。遠くで若者が吹く笛の音のする所から見れば、まだ左程夜が更けてもゐぬらしい。
 と櫺子れんじの外にコツコツと格子を叩く音がする。あ之で目が覺めたのだなと思つて、お定は直ぐ起上つて、こつそりと格子をはづした。丑之助が身輕みがるに入つて了つた。
 手ランプを消して、一時間許りつと、丑之助がもう歸準備かへりじたくをするので、これも今夜きりだと思ふとお定は急に愛惜の情が喉に塞つて來て、熱い涙が瀧の如く溢れた。別に丑之助に未練を殘すでも何でもないが、唯もう悲さが一時に胸を充たしたので、お定は矢庭に兩手で力の限り男を抱擁だきしめた。男は暗の中にも、遂ぞ無い事なので吃驚びつくりして、目を圓くもしてゐたが、やがてお定は忍び音で歔欷すゝりなきし始めた。
 丑之助は何の事とも解りかねた。或は此お定ツ子が自分に惚れたのぢやないかとも思つたが、何しろ餘り突然なので、唯目を圓くするのみだつた。
どうしたけな?』と囁いてみたが返事がなくて一層歔欷すゝりなく。と、平常ふだんから此女のおとなしく優しかつたのが、俄かに可憐いじらしくなつて來て、丑之助は又、
『怎したけな、ほんとに?』と繰返した。『俺ア何が惡い事でもしたげえ?』
 お定は男の胸に密接ぴつたりと顏を推着おしつけた儘で、強く頭を振つた。男はもう無性にお定が可憐いぢらしくなつて、
『だからどうしたゞよ? 俺ア此頃少し急しくて四日許り來ねえでたのを、うなおこつたのげえ?』
うそだ!』とお定は囁く。
『嘘でねえでヤ。俺ア眞實ほんとに、うなアせえ承知してえれば、夫婦いつしよになりてえど思つてるのに。』
『嘘だ!』とお定はまた繰返して、一層強く男の胸に顏を埋めた。
 暫しは女の歔欷すゝりなく聲のみ聞えてゐたが、丑之助は、其漸く間斷々々とぎれ/\になるのを待つて、
うな頬片ほつぺた、何時來ても天鵞絨びろうどみてえだな。十四五の娘子めらしこと寢る樣だ。』と言つた。これは此若者が、殆んど來る毎にお定に言つてゆく讃辭ことばなので。
『十四五の娘子供めらしやどども寢でるだべせア。』とお定は鼻をつまらせ乍ら言つた。男は、女の機嫌の稍直つたのを見て、
『嘘だあでヤ。俺ア、酒でも飮んだ時アほかの女子さもぐども、※(「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2-94-57)そんなに浮氣ばしてねえでヤ。』
 お定は胸の中で、此丑之助にだけは東京行の話をしても可からうと思つて見たが、それではお八重に濟まぬ。といつて、此儘何も言はずに別れるのも殘惜しい。さてどうしたものだらうと頻りに先刻さつきから考へてゐるのだが、これぞといふ決斷もつかぬ。
『丑さん。』稍あつてから囁いた。
『何しや?』
『俺ア明日あした……』
『明日? 明日の晩も來るせえ。』
『そでねえだ。』
『だら何しや?』
明日あしたおれア、盛岡さ行つて來るす。』
『何しにせヤ?』
『お八重さんが千太郎さんとこさ行くで、一緒に行つて來るす。』
うが、八重ツ子ア今夜こんにや、何とも言はながつけえな。』
『だらお前、今夜こんにやもお八重さんさ行つて來たな?』
『然うだねえでヤ。』と言つたが、男は少し狼狽うろたへた。
『だら何時いづ逢つたす?』
『何時ツて、八時頃にせ。ホラ、あのお芳ツ子のとこの店でせえ。』
『嘘だす、此人このしとア。』
どうしてせえ?』と益々狼狽うろたへる。
『怎してもうしても、今夜こんにやヤ暮れツとがら、俺アお八重さんとり歩いてだもの。』
『だつて。』と言つて、男はクスクス笑ひ出した。
『ホレ見らせえ!』と女は稍聲高く言つたが、別に怒つたでもない。
明日あした汽車で行くだか?』
『權作老爺おやぢの荷馬車で行くで。』
『だら、朝早かべせえ。』と言つたが、『小遣錢こづげええべがな? ドラ、手ランプけろでヤ。』
 お定が默つてゐたので、丑之助は自分で手探りに燐寸マツチを擦つて手ランプに移すと、其處に脱捨てゝある襯衣かくしの衣嚢から財布を出して、一圓紙幣を一枚女の枕の下に入れた。女は手ランプを消して、
餘計よげえだす。』
『餘計な事アえせア。もつと有るものせえ。』
 お定は、平常いつもならば※(「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2-94-57)こんな事を餘り快く思はぬのだが、常々添寢した男から東京行の錢別を貰つたと思ふと、何となく嬉しい。お八重には恁※(「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2-94-57)事が無からうなどゝ考へた。
 先刻さつき蟋蟀こほろぎが、まだ何處か室の隅ツこに居て、時々思出した樣に、哀れな音を立てゝゐた。此夜お定は、どうしても男を抱擁めた手をゆるめず、夜明近い鷄の頻りに啼立てるまで、厩の馬の鬣を振ふ音や、ゴトゴト破目板を蹴る音を聞きながら、これといふ話もなかつたけれど、丑之助を歸してやらなかつた。

      六

 其翌朝は、グツスリ寢込んでゐる所をお八重に起されて、眠い眼をこすり/\、麥八分の冷飯に水を打懸けて、形許り飯を濟まし、起きたばかりの父母や弟に簡單な挨拶をして、村端れ近い權作の家の前へ來ると、方々から一人二人水汲の女共が、何れも眠相な眼をして出て來た。荷馬車はもう準備が出來てゐて、權作は嚊に何やら口小言を言ひながら、脚の太い黒馬あをを曳き出して來て馬車に繋いでゐた。
『何處へ』と問ふ水汲共には『盛岡へ』と答へた。二人は荷馬車に布いた茣蓙の上に、後向になつて行儀よく坐つた。傍には風呂敷包。馬車の上で髮を結つて行くといふので、お八重は別に櫛やら油やら懷中鏡やらの小さい包みを持つて來た。二人共木綿物ではあるが、新しい八丈まがひの縞の袷を着てゐた。
 軈て權作は、ピシャリと黒馬あをの尻を叩いて、『ハイハイ』と言ひながら、自分も場車に飛乘つた。馬は白い息を吐きながら、南を向けて歩き出した。
 二人は、まだ頭腦あたまの中が全然すつかり覺めきらぬ樣で、呆然ぼんやりとして、段々後ろに遠ざかる村の方を見てゐたが、道路の兩側はまだ左程古くない松並木、曉の冷さが爽かな松風に流れて、叢の蟲の音は細い。一町許り來た時、村端れの水汲場の前に、白手拭を下げた男の姿が見えた。それは、毎朝其處に顏洗ひに來る藤田であつた。お定は膝の上に握つてゐた新しい※※はんけち[#「巾+分」、182-上-8][#「巾+税のつくり」、182-上-8]を取るより早く、少し伸び上つてそれを振つた。藤田は立止つて凝然じつ此方こつちを見てゐる樣だつたが、下げてゐた手拭を上げたと思ふ間に、道路は少し曲つて、並木の松に隱れた。と、お定は今の素振そぶりを、お八重が何と見たかと氣がついて、心羞うらはづかしさと落膽がつかりした心地でお八重の顏を見ると、其美しい眼には涙が浮んでゐた。それを見ると、お定の眼にも遽かに涙が湧いて來た。
 盛岡へ五里を古い新しい松並木、何本あるか數へた人はない。二人が髮を結つて了ふまでに二里過ぎた。あとの三里は權作の無駄口と、二人が稚い時の追憶談おもひでばなし
 
 理髮師とこやの源助さんは、四年振で突然村に來て、七日の間到る所に驩待くわんたいされた。そして七日の間東京の繁華な話を繰返した。村の人達は異樣な印象を享けて一同多少づつ羨望の情を起した。もう四五日も居たなら、お八重お定と同じ志願を起す者が、三人も五人も出たかも知れぬ。源助さんは滿腹の得意を以て、東京見物に來たら必ず自分の家に寄れといふ言葉を人毎に殘して、七日目の午後に此村を辭した。好摩かうまのステーションから四十分、盛岡に着くと、約の如く松本といふ宿屋に投じた。
 不取敢とりあへず湯に入つてると、お八重お定が訪ねて來た。一緒に晩餐めしを了へて、明日の朝は一番汽車だからといふので、其晩二人も其宿屋に泊る事にした。
 源助は、唯一本の銚子に一時間もかゝりながら、東京へ行つてからの事――言語ことば可成なるべく早くあらためねばならぬとか、二人がまだ見た事のない電車への乘方とか、掏摸すりに氣を附けねばならぬとか、種々いろ/\な事をくどしやべつて聞かして、九時頃に寢る事になつた。八疊間に寢具が三つ、二人は何れへ寢たものかと立つてゐると、源助は中央まんなかの床へ潜り込んで了つた。仕方がないので二人は右と左に離れて寢たが、夜中になつてお定が一寸目を覺ました時は、細めて置いた筈の、自分の枕邊まくらもと洋燈ランプが消えてゐて、源助の高いいびきが、どうやら疊三疊許り彼方あつちに聞えてゐた。
 翌朝は二人共源助に呼起されて、髮を結ふも朝飯を食ふも夙卒そゝくさに、五時發の上り一番汽車に乘つた。

      七

 途中で機關車に故障があつた爲、三人を乘せた汽車[#「車」は底本では「軍」]が上野に着いた時は、其日の夜の七時過であつた。長い長いプラットホォーム、潮の樣な人、お八重もお定も唯小さくなつて源助の兩袂に縋つた儘、漸々やう/\の思で改札口から吐出されると、何百輛とも數知れず列んだ腕車、廣場の彼方は晝を欺く滿街の燈火、お定はもう之だけで氣を失ふ位おッ魂消たまげて了つた。 
 腕車くるまが三輛、源助にお定にお八重といふ順で驅け出した。お定は生れて初めて腕車に乘つた。まだ見た事のない夢を見てゐる樣な心地で、東京もなければ村もない、自分といふものも何處へ行つたやら、在るものは前の腕車に源助の後姿許り。唯※(「りっしんべん+「夢」の「タ」に代えて「目」」、第4水準2-12-81)ぼんやりとして了つて、別に街々の賑ひを仔細に見るでもなかつた。燦爛たる火光あかり、千萬の物音を合せた樣な轟々たる都の響、其火光がお定を溶かして了ひさうだ。其響がお定を押潰して了ひさうだ。お定は唯もう膝の上に載せた萠黄の風呂敷包を、生命よりも大事に抱いて、胸の動悸を聽いてゐた。四邊あたりを數限りなき美しい人立派な人が通る樣だ。高い高い家もあつた樣た。
 少し暗い所へ來て、ホッと息を吐いた時は、腕車が恰度ちやうど本郷四丁目から左に曲つて、菊坂町に入つた所であつた。お定は一寸振返つてお八重を見た。
 軈て腕車が止つて、『山田理髮店』と看板を出した明るい家の前。源助に促されて硝子戸の中に入ると、目が眩む程明るくて、壁に列んだ幾面の大鏡、洋燈ランプが幾つも幾つもあつて、白い物を着た職人が幾人も幾人もゐる。れが實際の人で何れが鏡の中の人なやら、見分もつかぬうちに、また源助に促されて、其店の片隅から疊を布いた所に上つた。
 上つたはいが、何處に坐れば可いのか一寸周章あわてて了つて、二人は暫し其所に立つてゐた。源助は、
『東京は流石に暑い。腕車くるまの上で汗が出たから喃。』と言つて突然いきなり羽織を脱いで投げようとすると、三十六七の小作こづくりな内儀おかみさんらしい人がそれを受取つた。
どうだ、俺の留守中何も變りはなかつたかえ?』
『別に。』
 源助は、長火鉢の彼方あつちへドッカと胡坐あぐらをかいて、
『さあ/\、お前さん達もおすわんなさい。さあ、ずつと此方こつちへ。』
『さあ、何卒どうぞ。』と内儀おかみさんも言つて、不思議相に二人を見た。二人は人形の樣に其處に坐つた。お八重が叩頭おじぎをしたので、お定も遲れじと眞似まねをした。源助は、
『お吉や、この娘さん達はな、そら俺がよく話した南部の村の、以前非常えらい事世話になつた家の娘さん達でな。今度是非東京へ出て一二年奉公して見たいといふので、一緒に出て來た次第だがね。これは俺の嚊ですよ。』と二人を見る。
『まあうですか。ちよつとお手紙にも※(「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2-94-57)そんな事があつたつて、新太郎が言つてましたがね。お前さん達、まあ遠い所をよくお出になつたことねえ。ほんとに。』
何卒どうかハア……』と、二人は血を吐く思で漸く言つて、おとなしく頭を下げた。
『それにな、今度七日遊んでるうち、此方の此お八重さんといふ人の家に厄介になつて來たんだよ。』
『おや然う。まあ※(「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2-94-57)どんなにか宅ぢや御世話樣になりましたか、ほんに遠い所をよく入來いらつしやつた。まあ/\お二人共自分の家へ來た積りで、ゆつくり見物でもなさいましよ。』
 お定は此時、ちつとも氣が附かずに何もお土産を持つて來なかつたことを思つて、一人胸を痛めた。
 お吉は小作りなキリリとした顏立の女で、二人の田舍娘には見た事もない程立居振舞が敏捷すばしこい。黒繻子の半襟をかけた唐棧たうざんの袷を着てゐた。
 二人は、それから名前や年齡としやをお吉にかれたが、大抵源助が引取つて返事をして呉れた。負けぬ氣のお八重さへも、何かのどつまつた樣で、一言も口へ出ぬ。してお定は、これから、どうして※(「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2-94-57)あんななめらかな言葉を習つたもんだらうと、心細くなつて、お吉の顏が自分等の方に向くと、また何か問はれる事と氣が氣でない。
阿父樣おとつつあん、お歸んなさい。』と言つて、源助の一人息子の新太郎も入つて來た。二人にも挨拶して、六年許り前に一度お定らの村に行つた事があるところから、色々と話を出す。二人は又之の應答うけこたへに困らせられた。新太郎は六年前の面影が殆ど無く、今はもう二十四五の立派な男、父に似ず背が高くて、キリリと角帶を結んだ恰好の好さ。髮は綺麗に分けてゐて、鼻が高く、色だけは昔ながらに白い。
 一體、源助は以前靜岡在の生れであるが、新太郎が二歳ふたつの年に飄然ぶらりと家出して、東京から仙臺盛岡、其盛岡に居た時、恰も白井家の親類な酒造家の隣家の理髮店とこやにゐたものだから、世話する人あつてお定らの村に行つてゐたので、父親に死なれて郷里に歸ると間もなく、目の見えぬ母とお吉と新太郎を連れて、些少いささかの家屋敷を賣拂ひ、東京に出たのであつた。其母親は去年の暮に死んで了つたので。
 お茶も出された。二人が見た事もないお菓子も出された。

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