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天鵞絨(びろうど)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-21 16:24:00  点击:  切换到繁體中文


 源助とお吉との會話が、今度死んだ凾館の伯父の事、其葬式の事、後に殘つた家族共の事に移ると、石の樣に堅くなつてるので、お定が足に痲痺しびれがきれて來て、膝頭ひざがしらうづく。泣きたくなるのを漸く辛抱して、ぢつと疊の目を見てゐる辛さ。九時半頃になつて、漸々やう/\『疲れてゐるだらうから』と、裏二階の六疊へ連れて行かれた。立つ時は足に感覺がなくなつてゐて、危く前にのめらうとしたのを、これもフラフラしたお八重に抱きついて、互ひに辛さうな笑ひを洩らした。
 風呂敷包を持つて裏二階に上ると、お吉は二人前の蒲團を運んで來て、手早く延べて呉れた。そして狹い床の間にちよつ[#ルビの「ちよつ」は底本では「ちよ」]と腰掛けて、三言四言お愛想を言つて降りて行つた。
 二人限きりになると、何れもほつと息を吐いて、今し方お吉の腰掛けた床の間に膝をすれ/\に腰掛けた。かくて十分許りの間、田舍言葉で密々こそ/\話合つた。お土産を持つて來なかつた失策しくじりは、お八重も矢張氣がついてゐた。二人の話は、源助さんも親切だが、お吉も亦、氣のけぬ親切な人だといふ事に一致した。郷里くにの事は二人共何にも言はなかつた。
 をかしい事には、此時お定の方が多く語つた事で、阿婆摺あばづれと謂はれた程のお八重は、始終しよつちゆう受身に許りなつて口寡くちすくなにのみ應答うけこたへしてゐた。枕についたが、二人とも仲々眠られぬ。さればといつて、別に話すでもなく、細めた洋燈ランプの光に、互ひの顏を見てはをとなしく微笑ほゝゑみ交換かはしてゐた。

      八

 翌朝は、枕邊の障子が白み初めた許りの時に、お定が先づ目を覺ました。嗚呼東京に來たのだつけと思ふと、昨晩ゆうべの足の麻痺しびれが思出される。で、膝頭を伸ばしたりかゞめたりして見たが、もう何ともない。階下したではまだ起きた氣色けはひがない。世の中が森と沈まり返つてゐて、腕車くるまの上から見た雜沓が、何處かへ消えて了つた樣な氣もする。不圖、もう水汲に行かねばならぬと考へたが、否、此處は東京だつたと思つて幽かに笑つた。それから二三分の間は、東京ぢやどうして水を汲むだらうと云ふ樣な事を考へてゐたが、お八重が寢返りをして此方へ顏を向けた。何夢を見てゐるのか、眉と眉の間に皺寄せて苦し相に息をする。お定はそれを見ると直ぐ起き出して、聲低くお八重を呼び起した。
 お八重は、深く息を吸つて、パッチリと目を開けて、お定の顏を怪訝相けげんさうにみてゐたが、
『ア、だのでヤなかつたけな。』と言つて、ムクリと身起した。それでもまだ得心がいかぬといつた樣に周圍あたりを見※(「えんにょう+囘」、第4水準2-12-11)してゐたが、
『お定さん、おれア今夢見てだつけおんす。』と甘える樣な口調。
の方のすか?』
『家の方のす。ああ、可怖おつかながつた。』と、お定の膝に投げる樣に身をもたせて、片手を肩にかけた。
 其夢といふのはうで。――村で誰か死んだ。誰が死んだのか解らぬが、何でも老人だつた樣だ。そして其葬式が村役場から出た。男も女も、村中の人が皆野送の列に加つたが、巡査が劍の柄に手をかけながら、『物を言ふな、物を言ふな。』と言つてゐた。北の村端から東に折れると、一町半の寺道、其半ば位まで行つた時には、野送の人が男許り、然も皆洋服を着[#「着」は底本では「來」]たり紋付を着[#「着」は底本では「來」]たりして、立派な帽子を冠つた髭の生えた人達許りで、其中に自分だけが腕車の上に縛られてゆくのであつたが、※(「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2-94-57)どんな人が其腕車くるまを曳いたのか解らぬ。杉の木の下を通つて、寺の庭で三遍※(「えんにょう+囘」、第4水準2-12-11)つて、本堂に入ると、棺桶の中から何ともいへぬ綺麗な服裝をした、美しいお姫樣の樣な人が出て中央まんなかに坐つた。自分も男達と共に坐ると、『お前は女だから。』と言つて、ずっと前の方へ出された。見た事もない小僧達が奧の方から澤山出て來て、ねうや太鼓を鳴らし始めた。それは喇叭節の節であつた。と、いつもの和尚樣が拂子ほつすを持つて出て來て、綺麗なお姫樣の前へ行つて叩頭おじぎをしたと思ふと、自分の方へ歩いて來た。高い足駄を穿いてゐる。そして自分の前に突つ立つて、『お八重、お前はあのお姫樣の代りにお墓に入るのだぞ。』と言つた。すると何時の間にか源助さんが側に來てゐて、自分の耳に口をあてて『厭だと言へ、厭だと言へ。』と教へて呉れた。で、『厭だす。』と言つて横を向くと、(此時寢返りしたのだらう。)和尚樣が※(「えんにょう+囘」、第4水準2-12-11)つて來て、鬚の無い顎に手をやつて、丁度鬚を撫で下げる樣な具合にすると、赤い/\血の樣な鬚が、延びた/\臍のあたりまで延びた。そして、眼を皿の樣に大きくして、『これでもか?』と怒鳴つた。其時目が覺めた。
 お八重がこれを語り終つてから、二人は何だか氣味が惡くなつて來て、暫時しばらく意味あり氣に目と目を見合せてゐたが、何方どつちでも胸に思ふ事は口に出さなかつた。うしてるうちに、階下したでは源助が大きな※(「口+愛」、第3水準1-15-23)あくびをする聲がして、軈てお吉が何か言ふ。五分許り過ぎて誰やら起きた樣な氣色けはひがしたので、二人も立つて帶を締めた。で、蒲團を疊まうとしてが、お八重は、
『お定さん、昨晩ゆべな持つて來た時、此蒲團どアおもで出して疊まさつてらけすか、裏出して疊まさつてらけすか?』と言ひ出した。
『さあ、何方どつらだたべす。』
『何方だたべな。』
『困つたなア。』
『困つたなす。』と、二人は暫時しばらく呆然ぼんやり立つて目を見合せてゐたが、
『表なやうだつけな。』とお八重。
『表だつたべすか。』
『そだつけ。』
『そだたべすか。』
 軈て二人は蒲團を疊んで、室の隅に積み重ねたが、※(「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2-94-57)こんなに早く階下したに行つて可いものかどうか解らぬ。怎しよと相談した結果、兎も角も少し待つて見る事にして、室の中央まんなかに立つた儘四邊あたりを見※(「えんにょう+囘」、第4水準2-12-11)した。
『お定さん、細え柱だなす。』と大工の娘。奈何樣いかさま、太い材木を不體裁に組立てた南部の田舍の家に育つた者の目には、東京の家は地震でも搖れたら危い位、柱でも鴨居でも細く見える。
ほんにせえ。』とお定も言つた。
 で、昨晩ゆうべ見た階下の樣子を思出して見ても、此室の疊の古い事、壁紙の所々裂けた事、天井が手の屆く程低い事などを考へ合せて見ても、源助の家は、二人及び村の大抵の人の想像した如く、左程立派でなかつた。二人はまた其事を語つてゐたが、お八重が不圖、五尺の床の間にかけてある。縁日物の七福神の掛物を指さして、
『あれア何だかおべ[#「だ」は底本では「た」]すか?』
『惠比須大黒だべす。』
 二人は床の間に腰掛けたが、
『お定さん、これア何だす?』と圖の人を指さす。
『槌持つてるもの、大黒樣だべアすか。』
『此方ア?』
『惠比須だす。』
『すたら、これア何だす?』
布袋樣ほていさます、腹ア出てるもの。あれ、忠太老爺おやぢに似たぜ。』と言ふや、二人は其忠太の恐ろしく肥つた腹を思出して、口に袂をあてた儘、暫しは子供の如く笑ひ續けてゐた。
 階下したでは裏口の戸を開ける音や、鍋の音がしたので、お八重が先に立つて階段を降りた。お吉はそれと見て、
『まあ早いことお前さん達は、まだ/\やすんでらつしやれば可いのに。』と笑顏を作つた。二人は勝手へのへだての敷居に兩手を突いて、『お早エなつす。』を口の中だけに言つて、挨拶をすると、お吉は可笑しさにちよつ[#ルビの「ちよつ」は底本では「ちよ」]と横向いて笑つたが、
『怎もお早う。』と晴やかに言ふ。
 よく眠れたかとか、郷里くにの夢を見なかつたかとか、お吉は昨晩ゆうべよりもズットなれ々しく種々いろ/\な事を言つてくれたが、
『お前さん達のお郷里くにぢや水道はまだ無いでせう?』
 二人は目を見合せた。水道とは何の事やら、其話は源助からも聞いた記憶おぼえがない。何と返事をしていか困つてると、
『何でも一通り東京の事知つてなくちや、御奉公に上つても困るから、私と一緒に入來いらつしやい。教へて上げますから。』と、お吉は手桶を持つて下り立つた。『ハ。』と答へて、二人とも急いで店から自分達の下駄を持つて來て、裏に出ると、お吉はもう五六間先方むかうへ行つて立つてゐる。
 何の事はない、郵便凾の小さい樣なものが立つてゐて、四邊あたりの土が水に濡れてゐる。
『これが水道ツて言ふんですよ。ござんすか。それで恁うすると水が幾何いくらでも出て來ます。』とお吉は笑ひながらせんひねつた。途端とたんに、水がゴウと出る。
『やあ。』とお八重は思はず驚きの聲を出したので、すぐにはづかしくなつて、顏を火の樣にした。お定も口にこそ出さなかつたが、同じ『やあ。』が喉元まで出かけたつたので、これも顏を紅くしたが、お吉は其中に一杯になつた桶とからなのと取代へて、
『さあ、何方なり一つ此栓をひねつて御覽なさい。』と宛然さながら小學校の先生が一年生に教へる樣な調子。二人は目と目で互に讓り合つて、仲々手を出さぬので、
ちつとも怖い事はないんですよ。』とお吉は笑ふ。で、お八重が思切つて、妙な手つきで栓を力委せに捻ると、特別な仕掛がある譯ではないから水が直ぐ出た。お八重は何となく得意になつて、輕く聲を出して笑ひながらお定の顏を見た。
 歸りはお吉の辭するもかず、二人で桶を一つづゝ輕々と持つて勝手口まで運んだが、背後うしろからお吉が、
『まあお前さん達は力が強い事!』と笑つた。此の後に潜んだ意味などを察する程に、怜悧かしこいお定ではないので、何だか賞められた樣な氣がして、そつと口元に笑を含んだ。
 それから、顏を洗へといはれて、急いで二階から淺黄の手拭やら櫛やらを持つて來たが、鏡は店に大きいのがあるからといはれて、怖る/\種々いろ/\の光る立派な道具を飾り立てた店に行つて、二人は髮を結ひ出した。間もなく、表二階に泊つてる職人が起きて來て、二人を見ると、『お早う。』と聲をかけて妙な笑を浮べたが、二人は唯もうきまりが惡くて、顏を赤くして頭を垂れてゐる儘、鏡に寫る己が姿を見るさへも羞しく、堅くなつて※(「勹<夕」、第3水準1-14-76)そゝくさに髮を結つてゐたが、それでもお八重の方はチョイチョイ横目を使つて、職人の爲る事を見てゐた樣であつた。
 すべて※(「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2-94-57)こんな具合で、朝餐あさめしも濟んだ。其朝餐の時は、同じ食卓に源助夫婦と新さんとお八重お定の五人が向ひ合つたので、二人共三膳とは食へなかつた。此日は、源助が半月に餘る旅から歸つたので、それ/″\手土産を持つて知邊しるべの家を※(「えんにょう+囘」、第4水準2-12-11)らなければならぬから、お吉は家が明けられぬと言つて、見物は明日に決つた。
 二人は、不器用な手つきで、食後の始末にも手傳ひ、二人きりで水汲にも行つたが、其時お八重はもう、一度經驗があるので上級生の樣な態度をして、
『流石は東京だでヤなつす!』と言つた。
 かくて此日一日は、殆んど裏二階の一室で暮らしたが、お吉は時々やつて來て、何呉となく女中奉公の心得を話してくれるのであつた。お定は生中なまなか禮儀などを守らず、つけつけ言つてくれる此女を、もう世の中に唯一人の頼りにして、嘗て自分等の村の役場に、盛岡から來てゐた事のある助役樣の内儀おかみさんより親切な人だと考へてゐた。
 お吉が二人に物言ふさまは、若し傍で見てゐる人があつたなら、※(「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2-94-57)どんな可笑をかしかつたか知れぬ。言葉を早く直さねばならぬと言つては、先づ短いのから稽古せよと、『かしこまりました。』とか『行つてらツしやい。』とか、『お歸んなさい。』とか『左樣さいでございますか。』とか、繰返し/\教へるのであつたが、二人は胸の中でそれをねて見るけれど、仲々お吉の樣にはいかぬ。郷里くに言葉の『だすか。』と『左樣さいでございますか。』とは、第一長さが違ふ。二人には『で』に許り力が入つて、兎角『さいで、ございますか。』と二つに切れる。『さあ、ひとくちに出してつて御覽なさいな。』とお吉に言はれると、二人共すぐ顏を染めては、『さあ』『さあ』と互ひに讓り合ふ。
 それからお吉は、また二人が餘りおとなしくして許りゐるので、店に行つて見るなり、少し街上おもてを歩いてみるなりしたらどうだと言つて、
『家の前から昨晩ゆうべ腕車くるまで來た方へ少し行くと、本郷の通りへ出ますから、それは/\賑かなもんですよ。其處の角には勸工場と云つて何品なんでも賣る所があるし、右へ行くと三丁目の電車、左へ行くと赤門の前――赤門といへば大學の事ですよ、それ、日本一の學校、名前位は聞いた事があるでせうさ。なあに、大丈夫氣をつけてさへ歩けば、何處まで行つたつて迷兒まひごになんかなりやしませんよ。角の勸工場と家の看板さへ知つてりや。』と言つたが、『それ、家の看板には恁う書いてあつたでせう。』と人差指で疊に『山田』と覺束なく書いて見せた。『やまだと讀むんですよ。』
 二人は稍得意な笑顏をして頷き合つた。何故なれば、二人共尋常科だけは卒へたのだから、山の字も田の字も知つてゐたからなので。
 それでも仲々階下したにさへしぶつて、二人限きりになれば何やら密々ひそ/\話合つては、袂を口にあてて聲立てずに笑つてゐたが、夕方近くなつてから、お八重の發起で街路へ出て見た。成程大きなペンキ塗の看板には『山田理髮店』と書いてあつて、花の樣なお菓子を飾つたお菓子屋と向ひあつてゐる。二人は右視左視とみかうみして、此家忘れてなるものかと見※(「えんにょう+囘」、第4水準2-12-11)してると、理髮店の店からは四人の職人が皆二人の方を見て笑つてゐた。二人は交る/\に振返つては、もう何間歩いたか胸で計算しながら、二町許りで本郷館の前まで來た。
 盛岡の肴町位だとお定の思つた菊坂町は、此處へ來て見ると宛然まるで田舍の樣だ。ああ東京の街! 右から左から、刻一刻に滿干さしひきする人の潮! 三方から電車と人がなだれて來る三丁目の喧囂さはがしさは、さながら今にも戰が始りさうだ。お定はもう一歩も前に進みかねた。
 勸工場は、小さいながらも盛岡にもある。お八重は本郷館に入つて見ないかと言出したが、お定は『此次にすべす。』と言つて澁つた。で、お八重は決しかねて立つてゐると、車夫が寄つて來て、頻りに促す。二人は怖ろしくなつて、もと來た路を驅け出した。此時も背後うしろ笑聲わらひごゑが聞えた。
 第一日は斯くて暮れた。

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