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小春の狐(こはるのきつね)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-22 13:29:56  点击:  切换到繁體中文



       五

「わ、何じゃい、これは。」
「霜こし、黄いたけ。……あはは、こんなばばきのこを、何の事じゃい。」
「何が松露や。ほれ、こりゃ、破ると、中が真黒まっくろけで、うじゃうじゃとうじのような筋のある(狐の睾丸がりま)じゃがいの。」
「旦那、眉毛につばなとつけっしゃれい。」
「えろう、女狐につままれたなあ。」
「これ、この合羽占地茸かっぱしめじはな、野郎の鼻毛が伸びたのじゃぞいな。」
 戻道。橋で、ぐるりと私たちを取巻いたのは、あまのじゃくをなまったか、「じゃあま。」と言い、「おんじゃ。」ととなえ、「阿婆あばあ。」と呼ばるる、浜方屈竟くっきょう阿婆摺媽々あばずれかかあ。町を一なめにする魚売の阿媽徒おっかあてあいで。朝商売あさあきないの帰りがけ、荷も天秤棒も、腰とともに大胯おおまたに振って来た三人づれが、蘆の横川にかかったその橋で、私の提げたざるたかって、口々にわめいてはやした。そのあるものは霜こしを指でつついた。あるものは松露をへしって、チェッと言って水に棄てた。
「ほれ、ほんとうの霜こしを見さっしゃい。これじゃがいの。」
 と尻とともに天秤棒を引傾ひっかたげて、私の目の前に揺り出した。成程違う。
「松露とは、ちょっと、こんなものじゃ。」
 と上荷の笊を、一人がたたいて、
「ぼんとして、ぷんと、それ、こうばしかろ。」
 成程違う。
「私が方には、ほりたての芋が残った。旦那が見たらたこじゃろね。」
「背中を一つ、ぶんなぐって進じようか。」
「ばばたけ持って、おおむさや。」
「それを食べたら、肥料桶こえおけが、早桶になって即死じゃぞの、ぺッぺッぺッ。」
 私は茫然ぼうぜんとした。
 浪路は、と見ると、悄然しょうぜんと身をすぼめて首垂うなだるる。
 ああ、きみたち、阿媽おっかあ、しばらく!……
 いかにも、唯今ただいま申さるる通り、くらべては、玉と石で、まるで違う。が、似て非なるにせよ、毒にせよ。これをさえ手に狩るまでの、ここに連れだつ、この優しい女の心づかいを知ってるか。
 ――あれから菜畑を縫いながら、更に松山の松の中へ入ったが、山に山を重ね、砂に砂、窪地の谷を渡っても、余りきれいで……たまたま落ちこぼれた松葉のほかには、散敷いたの葉もなかった。
 この浪路が、気をつかい、心を尽した事は言うまでもなかろう。
 阿媽、これを知ってるか。
 たちまち、口紅のこぼれたように、小さな紅茸べにたけを、私が見つけて、それさえ嬉しくって取ろうとするのを、遮って留めながら、浪路が松の根に気もえた、袖褄そでつまをついて坐った時、あせった頬は汗ばんで、その頸脚えりあしのみ、たださしのべて、討たるるように白かった。
 阿媽、それを知ってるか。
 薄色の桃色の、その一つの紅茸を、ともしびのごとく膝の前に据えながら、袖を合せて合掌して、「小松山さん、山の神さん、どうぞきのこを頂戴な。下さいな。」と、やさしく、あどけない声して言った。

「小松山さん、山の神さん、
 どうぞ、茸を頂戴な。
 下さいな。――」

 真の心は、そのままに唄である。
 私もつり込まれて、低声こごえで唄った。
「ああ、ありました。」
「おお、あった。あった。」
 ふと見つけたのは、ただ一本、スッと生えた、侏儒いっすんぼし渋蛇目傘しぶじゃのめを半びらきにしたような、洒落しゃれものの茸であった。
「旦那さん、早く、あなた、ここへ、ここへ。」
「や、先刻見た、かっぱだね。かっぱ占地茸……」
「一つですから、一本占地茸とも言いますの。」
 まず、枯松葉を笊に敷いて、根をソッと抜いて据えたのである。
 続いて、霜こしの黄茸を見つけた――その時の歓喜を思え。――真打だ。本望だ。
「山の神さんが下さいました。」
 浪路はふたたび手を合した。
「嬉しく頂戴をいたします。」
 私も山に一礼した。
 さて一つ見つかると、あとは女郎花おみなえしの枝ながらに、根をつらねて黄色に敷く、泡のようなの、針のさきほどのもまじった。松の小枝を拾って掘った。さきはとがらないでも、砂地だからよく抜ける。
「松露よ、松露よ、――旦那さん。」
「素晴しいぞ。」
 むくりと砂を吹く、飯蛸いいだこからびた天窓あたまほどなのを掻くと、砂をかぶって、ふらふらと足のようなものがついて取れる。頭をたたいて、
「飯蛸より、これは、海月くらげに似ている、山の海月だね。」
「ほんになあ。」
 じゃあま、あばあ、阿媽おっかあが、いま、(狐の睾丸がりま)ぞとののしったのはそれである。
 が、待て――蕈狩たけがり、松露取はたけなわの興にった。
 浪路は、あちこち枝をくぐった。松を飛んだ、白鷺しらさぎの首か、はぎも見え、山鳥の翼の袖も舞った。小鳥のように声を立てた。
 砂山の波がかさなり重って、余りに二人のほかに人がない。――私はなぜかゾッとした。あの、翼、あの、帯が、ふとかかる時、色鳥とあやまられて、鉄砲で撃たれはしまいか。――今朝も潜水夫のごときしたたかな扮装いでたちして、宿を出た銃猟家てっぽううちを四五人も見たものを。
 遠くに、黒い島の浮いたように、脱ぎすてた外套がいとうを、葉越に、枝越にすかして見つけて、「浪路さん――姉さん――」と、昔の恋に、声がくもった。――姿を見失ったその人を、呼んで、やがて、莞爾にっこりした顔を見た時は、恋人にめぐり逢った、世にも嬉しさを知ったのである。
 阿婆おばば、これを知ってるか。
 無理に外套に掛けさせて、私も憩った。
 着崩れた二子織ふたこの胸は、血を包んで、羽二重よりもなめらかである。
 湖の色は、あお空と、松山のみどりの中にほがらかみ通った。
 もとのように、就中なかんずくはるかに離れたみぎわについて行く船は、二そう、前後に帆を掛けてすべったが、その帆は、紫に見え、あかく見えて、そして浪路の襟に映り、肌を染めた。渡鳥がチチとさえずった。
「あれ、小松山の神さんが。」
 や、や、いかに阿媽おっかあたち、――この趣を知ってるか。――

「旦那、眉毛を濡らさんかねえ。」
「この狐。」
 と一人が、浪路の帯を突きざまに行き抜けると、
「浜でも何人抜かれたやら。」一人がつづいてあごすくった。
「また出て、ばかしくさるずらえ。」
真昼間まっぴるまだけでも遠慮せいてや。」
の狐の癖にして、睾丸がりまをつかませたは可笑おかしなや、あはははは。」
「そこが化けたのや。」
「おお、可恐こわやの。」
「やあ、旦那、松露なと、黄茸なと、ほんものを売ってやろかね。」
「たかいおあしで買わっせえ。」
 行過ぎたのが、菜畑越に、もつれるように、一斉いっときに顔を重ねて振返った。三面六臂ろっぴ夜叉やしゃに似て、中にはおはぐろの口を張ったのがある。手足を振って、真黒まっくろわめいて行く。
 消入りそうなを、背を抱いて引留めないばかりに、ひしと寄った。我が肩するるおんなの髪に、くしもささない前髪に、上手がさして飾ったように、松葉が一葉、青々としかも婀娜あだはすにささって、(前こぞう)とか言うかんざしの風情そのままなのを、不思議に見た。たけを狩るうち、松山の松がこぼれて、奇蹟のごとく、おのずから挿さったのである。
「ああ、嬉しい事がある。姉さん、茸が違っても何でも構わない。今日中のいいものが手に入ったよ――顔をお見せ。」
 袖でかくすを、
「いや、前髪をよくお見せ。――ちょっと手を触って、当てて御覧、大したものだ。」
「ええ。」
 ソッと抜くと、たなそこに軽くのる。私の名に、もし松があらば、げにそのままの刺青いれずみである。
「素晴らしいかんざしじゃあないか。前髪にささって、その、容子ようすのいい事と言ったら。」
 涙が、その松葉に玉を添えて、
「旦那さん――堪忍して……あの道々、あなたがおちいさい時のお話もうかがいます。――真のあなたのお頼みですのに、どうぞしてと思っても、一つだって見つかりません……嘘と知っていて、そんな茸をあげました。余り欲しゅうございましたので、私にも、私にかってほんとうの茸に見えたんですもの。……お恥かしい身体からだですが、おことばのまま、あの、お宿までもお供して……もしその茸をめしあがるんなら、きっとお毒味を先へして、血を吐くつもりでおりました。生命いのちがけでだましました。……堪忍して下さいまし。」
「何を言うんだ、飛んでもない。――さ、ちょっと、自分の手でその松葉をさして御覧。……それは容子が何とも言えない、よく似合う。よ。頼むから。」
 と、かさにかかって、いきおいよくは言いながら、胸が迫って声が途切れた。
「後生だから。」
「はい、……あの、こうでございますか。」
「上手だ。自分でも髪を結えるね。ああ、よく似合う。さあ、見て御覧。何だ、袖に映したって、映るものかね。ここは引汐ひきしおか、水が動く。――こっちがい。あの松影の澄んだ処が。」
「ああ、御免なさい。堪忍して……映すと狐になりますから。」
「私が請合う、大丈夫だ。」
「まあ。」
「ね、そのままの細い翡翠ひすいじゃあないか。※(「王+干」、第3水準1-87-83)ろうかんたまだよ。――小松山の神さんか、竜神が、姉さんへのたまものなんだよ。」
 ここにも飛交ういなごみどりに。――
「いや、松葉が光る、白金プラチナに相違ない。」
「ええ。旦那さんのおなさけは、翡翠です、白金です……でも、私はだんだんに、……あれ、口が裂けて。」
「ええ。」
「目が釣上って……」
「馬鹿な事を。――きのこで嘘をいたのが狐なら、松葉でだました私は狸だ。――狸だ。……」
 と言って、真白まっしろな手を取った。
 湖つづき蘆中あしなかしずかな川を、ぬしのない小船が流れた。

大正十三(一九二四)年一月




 



底本:「泉鏡花集成7」ちくま文庫、筑摩書房
   1995(平成7)年12月4日第1刷発行
底本の親本:「鏡花全集 第二十二巻」岩波書店
   1940(昭和15)年11月20日第1刷発行
入力:門田裕志
校正:今井忠夫
2003年8月31日作成
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