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三尺角(さんじゃくかく)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-22 13:32:13  点击:  切换到繁體中文



        六

「あい、」といひすてに、急足いそぎあしで、與吉よきちうち間近まぢか澁色しぶいろはしうへを、くろ半被はつぴわたつた。眞中頃まんなかごろで、向岸むかうぎしからけて郵便脚夫いうびんきやくふ行合ゆきあつて、遣違やりちがひに一緒いつしよになつたが、わかれてはし兩端りやうはしへ、脚夫きやくふはつか/\と間近まぢかて、與吉よきちの、たふれながらになかばんだ銀杏いてふかげちひさくなつた。

        七

郵便いうびん!」
「はい、」とやなぎしたで、洗髮あらひがみのおしなは、手足てあし眞黒まつくろ配達夫はいたつふが、突當つきあたるやうにまへ踏留ふみとまつて棒立ぼうだちになつてわめいたのに、おどろいたかほをした。
更科さらしなりうさん、」
手前てまへどもでございます。」
 おしな受取うけとつて、あを状袋じやうぶくろ上書うはがきをじつとながら、片手かたてれて前垂まへだれのさきをつまむでげつゝ、素足すあし穿いた黒緒くろを下駄げたそろへてつてたが、一寸ちよつとかへして、うらむと、かほいろうごいて、横目よこめかまちをすかして、片頬かたほゑみふくむで、たまらないといつたやうなこゑで、
りうちやん、たよ!」といふがはやいか、よこざまにけてる、柳腰やなぎごし下駄げたげて、あしうらうつくしい。

        八

 與吉よきち仕事場しごとば小屋こやはひると、れいごとく、そのまゝ材木ざいもくまへひざまづいて、のこぎりけたとき配達夫はいたつふは、此處こゝまへ横切よこぎつて、なゝめに、なみられてながるゝやうな足取あしどりで、はしつた。
 與吉よきちらず、傍目わきめらないできはじめる。
 巨大きよだいなるくすのきらさないために、板屋根いたやねいた、小屋こやたかさは十ぢやうもあらう、あしいただいせかけたのが突立つツたつて、ほとん屋根裏やねうらとゞくばかり。この根際ねぎはひざをついて、伸上のびあがつてはろし、伸上のびあがつてはろす、大鋸おほのこぎり上下うへしたにあらはれて、兩手りやうてをかけた與吉よきち姿すがたは、のこぎりよりもちひさいかのやう。
 小屋こやうちにはたゞこればかりでなく、兩傍りやうわきうづたか偉大ゐだい材木ざいもくんであるが、かさ與吉よきちたけよりたかいので、わづか鋸屑おがくづ降積ふりつもつたうへに、ちひさな身體からだひとれるよりほか餘地よちはない。であたか材木ざいもくあなそこひざまづいてるにぎないのである。
 背後うしろ突拔つきぬけのきしで、こゝにもつち一面いちめんみづあをむで、ひた/\と小波さゝなみうねりえず間近まぢかる。往來傍わうらいばたにはまたきしのぞむで、はてしなく組違くみちがへた材木ざいもくならべてあるが、二十三十づゝ、目形めなりに、井筒形ゐづつがたに、規律きりつたゞしく、一定いつていした距離きよりいて、何處どこまでもつゞいてる、あひだを、井筒ゐづつ彼方かなたを、かくれに、ちらほらひととほるが、みなだまつて歩行あるいてるので。
 さみしい、しんとしたなか手拍子てびやうしそろつて、コツ/\コツ/\と、鐵槌かなづちおとのするのは、この小屋こやならんだ、一棟ひとむね同一おなじ材木納屋ざいもくなやなかで、三石屋いしやが、いしるのである。
 板圍いたがこひをして、よこながい、屋根やねひくい、しめつたくらなかで、はたらいてるので、三にん石屋いしやひとしく南屋みなみややとはれてるのだけれども、渠等かれら與吉よきちのやうなのではない、大工だいく一所いつしよに、南屋みなみや普請ふしんかゝつてるので、ちやうど與吉よきち小屋こや往來わうらいへだてた眞向まむかうに、ちひさな普請小屋ふしんごやが、眞新まあたらしい、節穴ふしあなだらけな、薄板うすいたつてる、三方さんぱうかこつたばかり、むでつないだなはえ、一杯いつぱい日當ひあたりで、いきなりつちうへ白木しらき卓子テエブルを一きやくゑた、そのうへには大土瓶おほどびんが一茶呑茶碗ちやのみぢやわん七個なゝつ八個やつ
 うしろいた腰掛臺こしかけだいうへに、一人ひとり匍匐はらばひになつて、ひぢつて長々なが/\び、一人ひとりよこざまに手枕てまくらして股引もゝひき穿いたあしかゞめて、天窓あたまをくツつけつて大工だいくそべつてる。普請小屋ふしんごやと、花崗石みかげいし門柱もんばしらならべてとびら左右さいうひらいてる、もんうち横手よこて格子かうしまへに、萌黄もえぎつたなかみなみしろいたポンプがすわつて、そのふち釣棹つりざをふごとがぶらりとかゝつてる、まことにものしづかな、大家たいけ店前みせさきひと氣勢けはひもない。裏庭うらにはとおもふあたり、はるおくかたには、のやゝれかゝつた葡萄棚ぶだうだなが、かげさかしまにうつして、此處こゝもおなじ溜池ためいけで、もんのあたりから間近まぢかはしへかけて、透間すきまもなく亂杭らんぐひつて、數限かずかぎりもない材木ざいもくみづのまゝにひたしてあるが、彼處かしこへ五ほん此處こゝへ六ぽん流寄ながれよつたかたちはんしたごとく、みな三方さんぱうからみつツにかたまつて、みづ三角形さんかくけい區切くぎつた、あたりはひろく、一面いちめん早苗田さなへだのやうである。このうへを、時々とき/″\ばら/\とすゞめひくう。

        九

 その此處こゝうごいてるものは與吉よきちのこぎりぎなかつた。
 あましづかだから、しばらくして、またしばらくして、くすのきごとにぼろ/\とつる木屑きくづ判然はつきりきこえる。
父親ちやん何故なぜさかなべないのだらう、)とおもひながらひざをついて、伸上のびあがつて、のこぎり手元てもといた。木屑きくづきはめてこまかく、きはめてかるく、材木ざいもく一處ひとところからくやうになつて、かたにもむねにもひざうへにもりかゝる。トタンにむかうざまに突出つきだしてこしかした、のこぎりおとにつれて、また時雨しぐれのやうなかすかひゞきが、寂寞せきばくとした巨材きよざい一方いつぱうからきこえた。
 にぎつて、きおろして、與吉よきち呼吸いきをついた。
左樣さうだ、さかな死骸しがいだ、そしてほねあたまつながつたまゝ、さらなかのこるのだ、)
 とおもひながら、えず拍子ひやうしにかゝつて、伸縮のびちゞみ身體からだ調子てうしつて、はたらかす、のこぎり上下じやうげして、木屑きくづがまたこぼれてる。
何故なぜだらう、これはのこぎり所爲せゐだ、)とかんがへて、やなぎいたむといつたおしなことばむねうかぶと、また木屑きくづむねにかゝつた。
 與吉よきち薄暗うすぐらなかる、材木ざいもくと、材木ざいもく積上つみあげた周圍しうゐは、すぎまつにほひつゝまれたあなそこで、※(「目+爭」、第3水準1-88-85)みはつて、ひざまづいて、のこぎりにぎつて、そらざまにあふいでた。
 くすのき材木ざいもくなゝめにつて、屋根裏やねうられてちら/\する日光につくわううつつて、ふべからざる森嚴しんげんおもむきがある。この見上みあぐるばかりな、これほどのたけのあるはこのあたりでつひぞことはない、はしたもと銀杏いてふもとより、きしやなぎみなひくい、土手どてまつはいふまでもない、はるかえるそのこずゑほとん水面すゐめんならんでる。
 しかなほこれは眞直まつすぐ眞四角ましかくきつたもので、およそかゝかく材木ざいもくようといふには、そまが八にん五日いつかあまりもかゝらねばならぬとく。
 そん大木たいぼくのあるのはけだ深山しんざんであらう、幽谷いうこくでなければならぬ。ことにこれは飛騨山ひだやまから※(「えんにょう+囘」、第4水準2-12-11)まはしてたのであることをいてた。
 えだはびこつて、たにわたり、しげつてみねおほひ、はたゞ一山ひとやままとつてたらう。
 そのときは、その下蔭したかげ矢張やつぱりこんなにくらかつたが、蒼空あをぞらときも、とおもつて、根際ねぎはくろ半被はつぴた、可愛かはいかほの、ちひさなありのやうなものが、偉大ゐだいなる材木ざいもくあふいだときは、手足てあしちゞめてぞつとしたが、
父親ちやんうしてるだらう、)とかんがへついた。
 のこぎりまたうごいて、
左樣さうだ、今頃いまごろ彌六やろく親仁おやぢがいつものとほりいかだながしてて、あの、ふねそばいでとほりすがりに、父上ちやんこゑをかけてくれる時分じぶんだ、)
 とおもはず振向ふりむいていけはう、うしろのみづ見返みかへつた。
 溜池ためいけ眞中まんなかあたりを、頬冠ほゝかむりした、いろのあせた半被はつぴた、せいひく親仁おやぢが、こしげ、あし突張つツぱつて、ながさをあやつつて、ごといでる、いかだあたかひとせて、あぶらうへすべるやう。
 する/\とむかうへながれて、よこざまにちかづいた、ほそくろ毛脛けずねかすめて、あをみづうへかもめ弓形ゆみなりおほきくあざやかにんだ。

        十

與太坊よたばう父爺ちやん何事なにごともねえよ。」と、いけ眞中まんなかからこゑけて、おやぢは小屋こやなかのぞかうともせず、つまさきは小波さゝなみぶるばかりしづむだいかださをさして、このときまた中空なかぞらからしろつばさひるがへして、ひら/\とおとしてて、みづ姿すがた宿やどしたとおもふと、むかうへんで、かもめつたかたへ、すら/\とながしてく。
 これは彌六やろくといつて、與吉よきち父翁ちゝおや年來ねんらい友達ともだちで、孝行かうかう仕事しごとをしながら、病人びやうにんあんじてるのをつてるから、れいとして毎日まいにち今時分いまじぶんとほりがかりにその消息せうそくつたへるのである。與吉よきち安堵あんどしてまた仕事しごとにかゝつた。
父親ちやん何事なにごともないが、何故なぜさかなべないのだらう。左樣さうだ、刺身さしみは一すんだめしで、なますはぶつぶつぎりだ、うをたのは、べるとにくがからみついたまゝあたまつながつて、ほねのこる、さらなか死骸しがいうしてはしがつけられようといつて身震みぶるひをする、まつたくだ。そしてさかなばかりではない、やなぎ食切くひきるといたむのだ、)とおもひ/\、またこの偉大ゐだいなるくすほとん神聖しんせいかんじらるゝばかりな巨材きよざいあふぐ。
 たか屋根やねは、森閑しんかんとして日中ひなか薄暗うすぐらなかに、ほの/″\とえる材木ざいもくからまたぱら/\と、ぱら/\と、其處そこともなく、のこぎりくづこぼれてちるのを、おもはずみゝましていた。中央ちうあう木目もくめからうづまいてるのが、いけ小波さゝなみのひた/\とするおとなかに、となり納屋なやいしひゞきまじつて、しげつた擦合すれあふやうで、たとへば時雨しぐれるやうで、また無數むすう山蟻やまありたになか歩行ある跫音あしおとのやうである。
 與吉よきちはとみかうみて、かたのあたり、むねのあたり、ひざうへひざまづいてるあしあひだ落溜おちたまつた、うづたかい、木屑きくづつもつたのを、くすのきでないかとおもつてゾツとした。
 いままでそのうへについてあたゝかだつた膝頭ひざがしら冷々ひや/\とする、身體からだれはせぬかとうたがつて、彼處此處あちこちそでえりはたいてた。仕事最中しごとさいちう、こんな心持こゝろもちのしたことははじめてである。
 與吉よきちは、一人ひとりたにのドンぞこるやうで、心細こゝろぼそくなつたから、見透みすかすごとひかりあふいだ。うす光線くわうせん屋根板やねいた合目あはせめかられて、かすかにくすうつつたが、巨大きよだいなるこの材木ざいもくたゞたん三尺角さんじやくかくのみのものではなかつた。
 與吉よきち天日てんぴおほふ、しげつた五抱いつかゝへもあらうといふみき注連繩しめなはつたくすのき大樹だいじゆに、あたかやまおもところに、しツきりなくりかゝるみどりなかに、ちてかさなるうへに、あたりは眞暗まつくらところに、むしよりもちひさ身體からだで、この大木たいぼくあたか注連繩しめなはしたあたりにのこぎりつきさしてるのに心着こゝろづいて、恍惚うつとりとして※(「目+爭」、第3水準1-88-85)みはつたが、とほくなるやうだから、のこぎりかうとすると、つかへて、かた食入くひいつて、かすかにもうごかぬので、はツとおもふと、谷々たに/″\峰々みね/\一陣いちぢんぐわう!とわたかぜおと吃驚びつくりして、數千仞すうせんじん谷底たにそこへ、眞倒まつさかさまちたとおもつて、小屋こやなかからころがりした。
大變たいへんだ、大變たいへんだ。」
「あれ! おき、」と涙聲なみだごゑで、まくらあがらぬ寢床ねどこうへ露草つゆくさの、がツくりとして仰向あをむけのさびし素顏すがほべにふくんだ、しろほゝに、あをみのさした、うつくしい、いもうとの、ばさ/\した天神髷てんじんまげくづれたのに、淺黄あさぎ手絡てがらけかゝつて、透通すきとほるやうに眞白まつしろほそうなじを、ひざうへいて、抱占かゝへしめながら、頬摺ほゝずりしていつた。おしな片手かたてにはしつかりと前刻さつき手紙てがみにぎつてる。
「ねえ、ねえ、おきよ、あれ、りうちやん――りうちやん――しつかりおし。お手紙てがみにも、そこらの材木ざいもく枝葉えだはがさかえるやうなことがあつたら、夫婦ふうふつてるツていてあるぢやあないか。
 おやためだつて、なんだつて、一旦いつたんほかひとをおまかせだもの、道理もつともだよ。おまへ、おまへ、それでおとしたんだけれど、いのちをかけてねがつたものを、おまへそれまでにおもふものを、りうちやん、なんだつてお見捨みすてなさるものかね、わかつたかい、あれ、あれをおきよ。もういよ。大丈夫だいぢやうぶだよ。ねがひかなつたよ。」
大變たいへんだ、大變たいへんだ、材木ざいもくけたんだぜ、小屋こや材木ざいもくしげつた、大變たいへんだ、えだ出來できた。」
 と普請小屋ふしんごや材木納屋ざいもくなやまへさけらず、與吉よきち狂氣きやうきごと大聲おほごゑで、このまへをもよばはつて歩行あるいたのである。
「ね、ね、りうちやん――りうちやん――」
 うつとりと、いて、ハヤいろせたくちびる微笑ほゝゑむでうなづいた。ひとはれたあはれなものの、まさなんとするみゝに、與吉よきち福音ふくいんつたへたのである、この與吉よきちのやうなものでなければ、實際じつさいまたかゝ福音ふくいんつたへられなかつたのであらう。





底本:「鏡花全集 第四巻」岩波書店
   1941(昭和16)年3月15日第1刷発行
   1986(昭和61)年12月3日第3刷発行
※「!」の後の全角スペースの有り無しは底本通りにしました。
入力:門田裕志
校正:小林繁雄
2003年11月11日作成
青空文庫作成ファイル:
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●表記について
  • このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
  • [#…]は、入力者による注を表す記号です。
  • 「くの字点」は「/\」で、「濁点付きくの字点」は「/″\」で表しました。
  • 「くの字点」をのぞくJIS X 0213にある文字は、画像化して埋め込みました。
  • この作品には、JIS X 0213にない、以下の文字が用いられています。(数字は、底本中の出現「ページ-行」数。)これらの文字は本文内では「※[#…]」の形で示しました。

    「火+發」    692-5

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