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雪霊続記(せつれいぞくき)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-22 16:37:24  点击:  切换到繁體中文


 時に不思議なものを見ました――そこひなき雪の大空の、なおその上を、プスリとのみ穿うがってその穴から落ちこぼれる……大きさはそうです……蝋燭ろうそくの灯の少しおおきいほどな真蒼まっさおな光が、ちらちらと雪を染め、染めて、ちらちらと染めながら、ツツと輝いて、その古杉のこずえに来て留りました。その青い火は、しかし私の魂がもう藻脱けて、虚空へ飛んで、さかさまに下の亡骸なきがらのぞいたのかも知れません。
 が、その影がすと、半ばうもれた私の身体からだは、ぱっと紫陽花に包まれたように、青く、あいに、群青ぐんじょうになりました。
 この山の上なる峠の茶屋を思い出す――極暑、病気のため、くるまで越えて、故郷へ帰る道すがら、その茶屋で休んだ時の事です。門も背戸も紫陽花で包まれていました。――私の顔の色も同じだったろうと思う、手も青い。
 何より、嫌な、可恐おそろしい雷が鳴ったのです。たださえれようとする心臓に、動悸どうきは、破障子やれしょうじあおるようで、震える手に飲む水の、水よりさきに無数の蚊が、目、口、鼻へ飛込んだのであります。
 その時の苦しさ。――今も。

       三

 白い梢の青い火は、また中空なかぞらの渦を映し出す――とぐろを巻き、尾を垂れて、海原のそれと同じです。いや、それよりも、峠で尾根に近かった、あの可恐おそろしい雲の峰にそっくりであります。
 この上、雷。
 大雷は雪国の、こんな時に起ります。
 死力をめて、起上ろうとすると、その渦が、風で、ごうと巻いて、きながら乱るると見れば、計知はかりしられぬ高さからさっと大滝を揺落ゆりおとすように、泡沫あわとも、しぶきとも、粉とも、灰とも、針とも分かず、降埋ふりうずめる。
「あっ。」
 私はまた倒れました。
 怪火あやしびに映る、その大滝の雪は、目の前なる、ズツンと重い、おおきな山の頂から一雪崩ひとなだれに落ちて来るようにも見えました。
 引挫ひっしがれた。
 苦痛の顔の、醜さを隠そうと、裏も表も同じ雪の、厚く、重い、外套がいとうの袖をかぶると、また青い火の影に、紫陽花の花に包まれますようで、且つ白羽二重の裏に薄萌黄うすもえぎがすッととおるようでした。
 ウオオオオ!
 俄然がぜんとして耳をんだのは、すご可恐おそろしい、且つ力ある犬の声でありました。
 ウオオオオ!
 虎のうそぶくとよりは、竜の吟ずるがごとき、凄烈せいれつ悲壮な声であります。
 ウオオオオ!
 三声を続けて鳴いたと思うと……雪をかついだ、太くたくましい、しかしせた、一頭の和犬、むく犬の、耳の青竹をそいだように立ったのが、吹雪の滝を、上の峰から、一直線に飛下りたごとく思われます。たちまち私のそばを近々と横ぎって、左右に雪の白泡しらあわを、ざっと蹴立けたてて、あたかも水雷艇の荒浪を切るがごとく猛然として進みます。
 あと、ものの一町ばかりは、真白まっしろな一条の路が開けました。――雪の渦が十オばかりぐるぐると続いてく。……
 これを反対にすると、虎杖の方へくのであります。
 犬のその進む方は、まるで違った道でありました。が、私は夢中で、そのあとに続いたのであります。
 路は一面、渺々びょうびょうと白い野原になりました。
 が、大犬のいきおいは衰えません。――勿論、くあとに行くあとに道が開けます。渦が続いて行く……
 野の中空を、雪の翼を縫って、あの青い火が、蜿々うねうねと蛍のように飛んで来ました。
 真正面まっしょうめんに、凹字形おうじけいおおきな建ものが、真白まっしろな大軍艦のように朦朧もうろうとしてあらわれました。と見ると、怪し火は、何と、ツツツと尾をきつつ、先へななめに飛んで、その大屋根の高い棟なる避雷針の尖端とったんに、ぱっと留って、ちらちらと青く輝きます。
 ウオオオオオ
 鉄づくりの門の柱の、やがて平地と同じにうずまった真中まんなかを、犬は山を乗るように入ります。私は坂を越すように続きました。
 ドンと鳴って、犬の頭突ずつきに、扉がいた。
 余りの嬉しさに、雪に一度手をつかえて、鎮守の方を遥拝ようはいしつつ、建ものの、戸を入りました。
 学校――中学校です。
 ト、犬は廊下を、どこへ行ったか分りません。
 途端に……
 ざっざっと、あの続いた渦が、一ツずつ数万のの群ったような、一人の人の形になって、縦隊一列に入って来ました。雪でつかねたようですが、いずれも演習行軍のよそおいして、真先まっさきなのはとうを取って、ぴたりと胸にあてている。それが長靴を高く踏んでずかりと入る。あとから、背嚢はいのう荷銃にないづつしたのを、一隊十七人まで数えました。
 うろつく者には、傍目わきめらず、粛然として廊下を長く打って、通って、広い講堂が、青白く映って開く、そこへ堂々と入ったのです。
「休め――」
 ……と声する。
 私は雪籠ゆきごもりのゆるしを受けようとして、たどたどと近づきましたが、扉のしまった中の様子を、硝子窓越がらすまどごしに、ふと見て茫然ぼうぜんと立ちました。
 真中まんなか卓子テエブルを囲んで、入乱れつつ椅子に掛けて、背嚢も解かず、銃を引つけたまま、大皿によそった、握飯、赤飯、煮染にしめをてんでんに取っています。
 かしらを振り、足ぶみをするのなぞ見えますけれども、声は籠って聞えません。
 ――わあ――
 とののしるか、笑うか、一つ大声が響いたと思うと、あの長靴なのが、つかつかと進んで、半月がたの講壇に上って、ツと身を一方に開くと、一人、まっすぐに進んで、正面の黒板へ白墨チョオクを手にして、何事をか記すのです、――勿論、武装のままでありました。
 何にも、黒板へ顕れません。
 続いて一人、また同じ事をしました。
 が、何にも黒板へ顕れません。
 十六人が十六人、同じようなことをした。最後に、肩とかしらと一団になったと思うと――その隊長と思うのが、つつおもてを背けました時――いらつように、自棄やけのように、てんでんに、一斉いちどき白墨チョオクを投げました。雪が群って散るようです。
「気をつけ。」
 つつとわしが片翼を長く開いたように、壇をかけて列が整う。
「右向け、右――前へ!」
 入口が背後にあるか、……吸わるるように消えました。
 と思うと、忽然こつねんとして、顕れて、むくと躍って、卓子テエブル真中まんなかへ高く乗った。雪を払えば咽喉のど白くして、茶のまだらなる、はた将軍のさながら犬獅子けんじし……
 ウオオオオ!
 肩をそばだて、前脚をスクと立てて、耳がその円天井まるてんじょうへ届くかとして、かっと大口を開けて、まがみは遠く黒板に呼吸いきを吐いた――
 黒板は一面真白まっしろな雪に変りました。
 この猛犬は、――土地ではまだ、深山みやまにかくれてきている事を信ぜられています――雪中行軍に擬して、中の河内かわちを柳ヶ瀬へ抜けようとした冒険に、教授が二人、それの中学生が十五人、無慙むざんにも凍死をしたのでした。――七年ぜん――
 雪難之碑はその記念だそうであります。
 ――その時、かねて校庭に養われて、嚮導きょうどうに立った犬の、恥じて自ら殺したとも言い、しからずと言うのが――ここに顕れたのでありました。
 一行が遭難の日は、学校に例として、食饌しょくせんを備えるそうです。ちょうどそのに当ったのです。が、同じ月、同じのその命日は、月が晴れても、附近の町は、宵から戸を閉じるそうです、真白まっしろな十七人が縦横に町を通るからだと言います――後でこれを聞きました。
 私は眠るように、学校の廊下に倒れていました。
 翌早朝、小使部屋のいろりの焚火に救われて蘇生よみがえったのであります。が、いずれにも、しかも、中にも恐縮をしましたのは、汽車の厄に逢った一にんとして、駅員、殊に駅長さんの御立会おたちあいになった事でありました。

大正十(一九二一)年四月




 



底本:「泉鏡花集成7」ちくま文庫、筑摩書房
   1995(平成7)年12月4日第1刷発行
底本の親本:「鏡花全集 第二十一卷」岩波書店
   1941(昭和16)年9月30日
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:門田裕志
校正:土屋隆
2005年11月1日作成
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