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妖怪年代記(ばけものねんだいき)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-23 10:28:52  点击:  切换到繁體中文


 前段すでに説けるが如く、予が此塾に入りたりしは、学問すべきためにはあらで、いかなる不思議のあらむかを窺見うかゞひみむと思ひしなり。我には許せ。せいとして奇怪なる事とし謂へば、見たさ、聞きたさにへざれども、もとより頼む腕力ありて、妖怪えうくわいを退治せむとにはあらず、胸にたくはふる学識ありて、怪異を研究せむとにもあらず。俗に恐いもの見たさといふ好事心ものずきのみなり。
 さて松川に入塾して、たゞちに不開室あかずのまを探検せんとせしが、不開室は密閉したるが上に板戸を釘付くぎづけにしたれば開くこと無し。わづかに板戸の隙間より内の模様を窺ふに、畳二三十も敷かるべく、柱は参差しんしたちならべり。日中なれども暗澹あんたんとして日の光かすかに、陰々たるうち異形いぎやうなる雨漏あまもりの壁に染みたるが仄見ほのみえて、鬼気人にせまるの感あり。すなは隙見すきみしたる眼の無事なるを取柄にして、何等なんらの発見せし事なく、きびすを返して血天井を見る。こゝも用無き部屋なれば、掃除せしこともあらずと見えて、塵埃ちりほこり床を埋め、ねずみふんうつばりうづたかく、障子ふすま煤果すゝけはてたり。そこぞと思ふ天井も、一面に黒み渡りて、年経としふる血の痕の何処いづこか弁じがたし、更科さらしなの月四角でもなかりけり、名所多くは失望の種となる。されどなほ余すところの竹藪あり、けだし土地の人は八幡やはたに比し、恐れて奥を探る者無く、見るから物凄ものすご白日闇はくじつあんの別天地、お村の死骸も其処そこうづめつと聞くほどに、うかとは足を入難いれがたし、予は支度したく取懸とりかゝれり。
 たれにか棄てられけむ、一頭いつとう流浪るらうの犬の、予が入塾の初より、数々しば/\庭前ていぜん入来いりきたり、そこはかと※(「求/食」、第4水準2-92-54)あさるあり。予は少しく思ふよしあれば、其かうべで、せなさすりなどして馴近なれちかづけ、まかなひの幾分をきて与ふること両三日りやうさんじつ、早くも我に臣事しんじして、犬は命令を聞くべくなれり。

     四

 水曜日は諸学校に授業あるにかゝはらず、私塾大抵たいていは休暇なり。予はかんに乗じ、庭にでての竹藪に赴けり。しかるにかねてより斥候せきこうの用にてむためならきたる犬の此時このときをりよくきたりければ、かれを真先に立たしめて予は大胆だいたんにも藪にれり。くこといま幾干いくばくならず、予に先むじて駈込かけこみたる犬は奥深く進みて見えずなりしが、※(「口+何」、第4水準2-3-88)あなや何事なにごとおこりしぞ、乳虎にうこ一声いつせい高く吠えて藪中さうちうにはか物騒ものさわがし、そのひゞきに動揺せる満藪まんさう竹葉ちくえふ相触あひふれてざわ/\/\とおとしたり。予はひやりとして立停たちどまりぬ。やゝありて犬は奥より駈来かけきたり、予が立てる前を閃過せんくわして藪のおもて飛出とびいだせり。其剣幕けんまくに驚きまどひて予もあわたゞしく逃出にげいだし、れば犬は何やらむ口にくはへて躍り狂ふ、こは怪し口に銜へたるは一尾いちびうをなり、そも何ぞと見むと欲して近寄れば、獲物えものを奪ふとや思ひけむ、犬は逸散いつさん逃去にげさりぬ。予は茫然ばうぜんとして立ちたりけるが、想ふに藪の中に住居すまへるは、狐か狸か其るゐならむ。渠奴かやつ犬の為におびやかされ、近鄰きんりんより盗来ぬすみきたれる午飯おひるを奪はれしにきはまりたり、らば何ほどのことやある、とこゝに勇気を回復して再び藪に侵入せり。
 畳翠でふすゐ滋蔓じまん繁茂せる、竹と竹との隙間を行くは、篠突しのつく雨の間をくゞりて濡れまじとするのかたきにたり。進退すこぶる困難なるに、払ふ物無き蜘蛛くもの巣は、前途をして煙のごとし。くちなはきらめきぬ、蜥蜴とかげも見えぬ、其他の湿虫しつちうぐんをなして、縦横じうわう交馳かうちし奔走せるさま一眼ひとめ見るだに胸悪きに、手足をばくされ衣服をがれ若き婦人をんな肥肉ふとりじし酒塩さかしほに味付けられて、虫の膳部に佳肴かかうとなりしお村が当時を憶遣おもひやりて、予は思はずも慄然りつぜんたり。
 こゝはや藪の中央ならむともとかた振返ふりかへれば、真昼は藪に寸断されて点々星にさもたり。なほ何程なにほどの奥やあると、及び腰に前途ゆくてながむ。とき其時そのとき玄々げん/\不可思議奇絶怪絶、あかきものちらりと見えて、背向うしろむきの婦人一人いちにん、我を去る十歩の内に、立ちしは夢か、幻か、我はた現心うつゝごころになりて思はず一歩ひとあし引退ひつさがれる、とたんに此方こなたを振返りし、くちはなまゆ如何いかで見分けむ、たゞ、丸顔の真白ましろき輪郭ぬつとでしと覚えしまで、予が絶叫せる声はきこえで婦人がことばは耳に入りぬ、「こや人になかれ、わらは此処こゝにあることを」一種異様の語気音調、耳朶みゝたぶにぶんと響き、脳にぐわら/\とわたれば、まなこくらみ、こゝろえ、気もそらになり足ただよひ、魂ふら/\と抜出でて藻脱もぬけとなりし五尺のからの縁側まで逃げたるは、一秒を経ざる瞬間なりき。腋下えきかさつと冷汗流れて、襦袢じゆばんせなはしとゞ濡れたり。せて書斎に引籠ひきこもり机に身をば投懸なげかけてほつとく息太く長く、多時しばらく観念のまなこを閉ぢしが、「さても見まじきものを見たり」と声をいだしてつぶやきける。「忍ぶれど色ににけり我恋は」と謂ひしはすゐなる物思ものおもひ、予はまた野暮なる物思ものおもひに臆病の色に出でてあをくなりつゝむすぼれかへるを、物や思ふと松川はじめ通学生等に問はるゝたびに、口のはたむず/\するまで言出いひいだしたさにたへざれども、怪しき婦人が予をいましめ、人にひそと謂へりしが耳許みゝもとに残りりて、語出かたりいでむと欲する都度つど、おのれ忘れしか、秘密を漏らさば、けては置かじとささややうにて、心済まねば謂ひも出でず、もしそれ胸中の※(「石+鬼」、第4水準2-82-48)ぎくわいを吐きて智識のをしへけむには、胸襟きようきんすなははるひらけて臆病とみえむと思へど、無形の猿轡さるぐつわまされて腹のふくるゝ苦しさよ、くて幽玄のうち数日すじつけみせり。
 一夕いつせき、松川の誕辰たんしんなりとて奥座敷に予を招き、杯盤はいばんを排し酒肴しゆかうすゝむ、献酬けんしう数回すくわい予は酒といふ大胆者だいたんものに、幾分の力を得て積日せきじつの屈託やゝ散じぬ。談話だんわ次手ついでに松川が塾の荒涼たるをかこちしより、予は前日藪をけんせし一切いつさいを物語らむと、「実は……」とわづか言懸いひかけける、まさに其時、啾々しう/\たる女の泣声なきごえ、針の穴をも通らむず糸より細く聞えにき。予はそれを聞くとひとしく口をつぐみて悄気返しよげかへれば、春雨しゆんうあたかも窓外に囁き至る、瀟々せう/\の音に和し、長吁ちようう短歎たんたん絶えてまた続く、婦人の泣音きふおんあやしむに堪へたり。

     五

「あれは何が泣くのでせう」と松川に問へば苦い顔して、談話はなしわきへそらしたるにぞしては問はで黙してめり。ために折角せつかくゑひめたれども、酔うて席にへずといひなし、予は寝室に退しりぞきつ。思へば好事よきことには泣くとぞふなる密閉室あかずのまの一件が、今宵誕辰たんしんの祝宴に悠々いう/\くわんつくすをねたみ、不快なる声を発してその快楽を乱せるならむか、あはれむべしと夜着よぎかぶりぬ。眼は眠れどもしんは覚めたり。
 寝られぬまゝには更けぬ。時計一点を聞きてのちやうやく少しく眠気ねむけざし、精神朦々もう/\として我我われわれべんぜず、所謂いはゆる無現むげんきやうにあり。ときに予がねたるしつふすまの、スツとばかりに開く音せり。いなたゞ音のしたりと思へるのみ、別にそやと問ひもせず、はた起直おきなほりて見むともせず、うつら/\となしれり。るにまた畳を摺来すりく跫音あしおときこえて、物あり、予が枕頭ちんとうに近寄る気勢けはひす、はてなと思ふ内に引返ひつかへせり。少時しばらくしてまたきたる、再び引返せり、三たびせり。
 こゝに於て予は猛然と心覚めて、寝返りしつゝまなこ※(「目+爭」、第3水準1-88-85)みひらき、不図ふと一見いつけんしてあをくなりぬ。予はほとんぜつせむとせり、そも何者の見えしとするぞ、雪もて築ける裸体らたい婦人をんな、あるがごとく無きが如きともしびの蔭に朦朧もうろうと乳房のあたりほの見えて描ける如くたゝずめり。
 予は叫ばむとするに声でず、蹶起はねおきて逃げむとあせるに、磐石一座ばんじやくいちざ夜着を圧して、身動きさへもならねば、我あることを気取らるまじと、おろか一縷いちる鼻息びそくだもせず、心中に仏の御名みなとなへながら、わなゝく手足は夜着をあふりて、波の如くに揺らめいたり。
 婦人は予を凝視みつむるやらむ、一種の電気を身体みうちに感じて一際ひときは毛穴の弥立よだてる時、彼は得もいはれぬ声をて「藪にて見しは此人このひとなり、テモ暖かに寝たる事よ」とつぶやけるが、まざ/\ときこゆるにぞ、気も魂も身に添はで、予は一竦ひとすくみに縮みたり。
 くて婦人が無体にも予が寝しふすまをかゝげつゝ、と身を入るゝに絶叫して、護謨球ごむだまの如く飛上とびあがり、しつおもて転出まろびいでて畢生ひつせいの力をめ、艶魔えんまを封ずるかの如く、襖をおさへて立ちけるまでは、自分みずからなせしわざとは思はず、祈念きねんこらせる神仏しんぶつがしかなさしめしを信ずるなり。
 寒さは寒し恐しさにがた/\ぶるひ[#「がた/\ぶるひ」は底本では「がた/\震 ぶるひ」]少しもまず、つひ東雲しのゝめまで立竦たちすくみつ、四辺あたりのしらむに心を安んじ、圧へたる戸を引開くれば、臥戸ふしどには藻脱もぬけの殻のみ残りて我も婦人も見えざりけり。其夜そのよの感情、よく筆に写すを得ず、いかむとなれば予は余りの恐しさに前後忘却したればなり。
 らでも前日の竹藪以来、怖気おぢけきたる我なるに、昨夜さくやの怪異にきもを消し、もはや斯塾しじゆくたまらずなりぬ。其日のうち逃帰にげかへらむかとすでに心を決せしが、さりとては余り本意ほい無し、今夜こよひ一夜ひとよ辛抱しんばうして、もし再び昨夜ゆうべの如く婦人のきたることもあらば度胸をゑての容貌とその姿態したいとを観察せむ、あはよくば勇を震ひて言葉をかはし試むべきなり。よしや執着のとゞまりてうらみ後世こうせいに訴ふるとも、罪なき我を何かせむ、手にも立たざる幻影にさまで恐るゝことはあらじ、と白昼は何人なんぴとしかく英雄になるぞかし。逢魔あふまときの薄暗がりより漸次しだいに元気衰へつ、に入りて雨の降り出づるに薄ら淋しくなりまさりぬ。そゞろ昨夜さくや憶起おもひおこして、うたた恐怖の念にへず、斯くと知らば日のうちに辞して斯塾を去るべかりし、よしなき好奇心に駆られし身は臆病神の犠牲となれり。
 只管ひたすら洋灯ランプあかくする、これせめてもの附元気つけげんき、机の前に端坐して石の如くに身を固め、心細くもただ一人ひとり更け行く鐘を数へつゝ「はや一時か」と呟く時、陰々として響ききたる、怨むが如き婦人の泣声、柱をめぐり襖をくゞり、壁に浸入しみいる如くなり。
 南無三なむさん膝を立直たてなほし、立ちもやらず坐りも果てで、たましひ宙に浮くところに、沈んで聞こゆる婦人の声、「山田やまだ山田」と我が名を呼ぶ、※(「口+何」、第4水準2-3-88)あなやかうべ掉傾ふりかたむけ、聞けば聞くほど判然とうたがひも無き我が名の山田「山田山田」と呼立つるが、囁く如く近くなり、叫ぶが如くまた遠くなる、南無阿弥陀仏コハたまらじ。

     六

 今はハヤ須臾しゆゆも忍びがたし、臆病者と笑はば笑へ、恥も外聞もらばこそ、予はあわたゞしく書斎を出でて奥座敷のかた駈行かけゆきぬ。けだし松川の臥戸ふしどに身を投じて、味方を得ばやとおもひしなり。
 すでにして、松川がねやに到れば、こはそもいかに泣声なきごゑまさ此室このまうちよりす、予ははひるにもはひられず愕然がくぜんとしてふすまの外にわななきながら突立つツたてり。
 しかるに松川はいまだ眠らでぞある。うついかれる音調て、「愛想あいそきたけだものだな、おのれいやしくも諸生を教へる松川の妹でありながら、十二にもなつて何の事だ、うしたらまたそんなに学校がいやなのだ。これまで幾度いくたびと数知れず根競こんくらべと思つて意見をしても少しも料簡れうけんが直らない、道で遊んで居ては人眼に立つと思ふかして途方も無い学校へ行くてつちやあうちを出て、此頃このごろは庭の竹藪に隠れて居る。此間このあひだ見着みつけた時には、腹は立たないで涙が出たぞ」と切歯はがみをなしていきどほる。
 かたはらより老いたる婦人をんなの声として「これおちやう母様おつかさんのいふ事も兄様にいさんのおつしやる事もお前は合点がてんかないかい、狂気きちがひやうな娘を持つたわたしなんといふ因果であらうね。其癖そのくせ、犬に吠えられた時、お弁当のおさいつて口塞くちふさぎをした気転なんぞ、満更まんざらの馬鹿でも無いに」と愚痴ぐちこぼ[#ルビの「こぼ(す)」は底本では「にぼ(す)」]は母親ならむ。
 松川は腹立たしげに「それが馬鹿智慧と謂ふもんだ、馬鹿に小才こさいのあるのはまるつきりの馬鹿よりなほ不可いけない。の時藪の中から引摺出ひきずりだして押入の中へ入れて置くと、死ぬ様な声を出して泣くもんだから――何時いつだつけ、むゝ俺が誕生の晩だ――山田に何が泣いてるのだと問はれて冷汗をいたぞ。貴様が法外な白痴たはけだからおれに妹があると謂ふことは人にかくしてくらゐ、山田の知らないのも道理もつともだが、これ/\で意見をするとは恥かしくつて言はれもしない。それでも親の慈悲や兄のなさけうかして学校へもく様に真人間にしてりたいと思へばこそ性懲しやうこりけよう為に、昨夜ゆうべだつて左様さうだ、一晩裸にして夜着よぎせずに打棄うつちやつて置いたのだ。すると何うだ、おれにお謝罪わびをすればまだしも可愛気かはいげがあるけれど、いくら寒いたつてあんまりな、山田の寝床へ潜込もぐりこみにきをつた。あれ妖怪ばけものと思違ひをして居るのもいやとは謂はれぬ。妖怪より余程よつぽど怖い馬鹿だもの、今夜はもう意見をするんぢやあないから謝罪わびたつて承知はしない、撲殺なぐりころすのだから左様思へ」としもとの音ひうと鳴りて肉をむちうひゞきせり。むすめはひい/\と泣きながら、「姉様謝罪おわびをして頂戴よう、あいたゝ、姉様よう」と、あはれなる声にてたすけを呼ぶ。
 今姉さんと呼ばれしは松川の細君なり。「これまで幾度謝罪をしてげましても、お前様の料簡が直らないから、もうもう何と謂つたつて御肯入おきゝいれなさらない、わたしが謂つたつて所詮しよせん駄目です、あゝ、余りひどうございますよ。少し御手柔おてやはらかに遊ばせ、あれ/\それぢやあ真個ほんとに死んでしまひますわね、母様、もし旦那つてば、御二人で御折檻なさるから仕様しやうが無い、えゝうせうね、一寸ちよつと来てください」と声震はし「山田さん、山田さん」我を呼びしは、さてはこれか。





底本:「日本の名随筆 別巻64 怪談」作品社
   1996(平成8)年6月25日第1刷発行
底本の親本:「鏡花全集 第二十七卷」岩波書店
   1942(昭和17)年10月
※疑問点の確認、修正に当たっては、親本を参照しました。
入力:土屋隆
校正:門田裕志
2006年3月20日作成
青空文庫作成ファイル:
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●表記について
  • このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
  • [#…]は、入力者による注を表す記号です。
  • 「くの字点」は「/\」で、「濁点付きくの字点」は「/″\」で表しました。
  • 「くの字点」をのぞくJIS X 0213にある文字は、画像化して埋め込みました。
  • 傍点や圏点、傍線の付いた文字は、強調表示にしました。

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