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前記天満焼(ぜんきてんまやけ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-2 7:45:26  点击:  切换到繁體中文




「そうか」と云ったが若侍は、今度は少し腹を立てた。
「では早速お訊き致す、何故拙者を襲われた?」
 まごまごした返事でもしようものなら、叩っ切ってやるぞと云うように、ヌッと一足進み出た。
 しかし、相手の黒鴨も、何かに自信があると見え、その横柄さを持ち続け、
「士官[#「士官」はママ]なさる気はござらぬかな?」
 こんなことを云い出した。
「え、士官? 貴殿にかな?」
 これには若侍は参ってしまった。
(どうもいけないや、俺より上手だ)
 そこで茫然ぼんやりして絶句した。
 すると、黒鴨の武士が云った。
「長くとは申さぬ、一カ月余」
 それからスルスルと進み寄ったが、囁くように云いつづけた。
「悪いことは申さぬ士官おしなされ。もっとも主取りの御身分なら、無理にもお進め出来ないが。いやいや先刻さっきからの御様子でみれば、かけかまいのない御身上らしい。それで敢てお進めいたす。士官おしなされ士官おしなされ。実は」と云うといよいよ益々、声を細めて囁くようにしたが、
「ここ数夜、この界隈で、拙者試していたのでござる。勝れた武辺者はあるまいかとな。今は天保、浮世は飢饉、そのためでもござろう、腕の出来るご仁に、不幸、一人もぶつかりませんでしたよ。ところが今夜ゆくりなく、ぶつかりましたなア御貴殿に。……そこで、すっかり喜んだという次第。そこで、士官をお薦めするという次第。……そうは云っても藪から棒に、無闇と士官をお薦めしても、貴殿にはおそらく烏乱におぼされ、御承引を手控えなされようもしれぬ。これは御理ごもっとも、当然でもござる。それでまず何より拙者の身分を、お打ち明け致すのが順当でござるが、まあまあそれははぶくとして、ただし、姓名だけ申しましょうかな。鮫島大学さめじまだいがくと申します。それより何より禄の方をな、定めることに致しましょう。一日五両はどうでござる」
 ここまで云って来て黒鴨の武士は、ヒョイと二三歩下ったが、首を傾げると覗くようにした。
「ただし……」と云うと黒鴨の武士は、今度は二三歩前へ出た。
 と、例によって囁くような声で、
「ただし、仕事はちと困難、と云っても貴殿の腕前なら、勿論何でもなく仕遂げられますて。ところで仕事の性質は? と、貴殿には訊かれるかも知れない。さあこれとて考えようで。善悪両様に取られますなあ。そこで、こいつは預かるか、ないしは善事だと決めてしまうか、ホッ、ホッ、ホッ、どっちでもよろしい」
 三十七八の男の癖に、ホッ、ホッ、ホッと女のような、滑らかな厭らしい笑い方をしたが、
「さてここまで云って来れば、後は何も彼もスッパリと、ぶちまけた方がよろしいようで。そこでお打ち明け致しましょう」
 ところがそれ前に若侍は、蹴飛ばすような声で云った。
わかっておるよ!」とまずノッケだ。
「受負でござろう、殺人ひとごろしのな!」
「ほほう成程、そう解されたか」
「でなかったらぶったくりさ」
「成程な、なるほどな」
 黒鴨の武士は退いたが、
「ひょっとかすると、両方かも知れない」
「殺人の上にぶったくりか、アッハッハッ、それにしては」
 若侍は横を向いた。
「安すぎますて、五両の日当」
「割増ししましょう、七両ではいかが?」
「まだ安い。駄目だ駄目だ!」
「あッ、なるほど、では八両」
「刻むな刻むな」と若侍は、グット胸を反らせたが、
「厭だと云ったらどうなさる」
「さればさ」と云うと黒鴨の武士は、スラスラとスラスラ左手へ寄った。あわい一間、そこで止まると、ピンと右手の肘を上げた。と自然に掌が、柄の頭へあてられた。薄っペラな態度や声にも似ず、腰が据わって足の踏まえ、ピッタリまって立派な姿勢。上げた右肘で敵を圧し、全身を斜めに平めかせ、首を幾何いくばくか前方へ曲げ、額い越しに睨んで狙いすました。籠めた気合で抜き打ったら、厭でも太刀は若侍の、左胴へ入るに相違ない。根岸兎角とかくを流祖とした、微塵みじん流での真の位、即ち「捩螺れいら」の構えである。
「ううむこいつは素晴らしい」
 それと見て取った若侍は、こう思わず呟いたが、
「しかも不気味ななまぐさい、殺気が鬱々と逼って来る。剣呑だな、油断は出来ない」
 しかしよくよく若侍には、腕に自信があると見え、刀の柄へ手もかけず、ブラッとしたままで立っていた。
 と、黒鴨の武士であるが、別に切り込んで行こうとはせず、あべこべにヒョイと後退あとじさると、ダラリと両手を両脇へ下げ、それからまたも懐手をしたが、薄っペラの調子で喋舌しゃべり出した。
「ざっとこんな恰好で。つまり貴殿不承知なら、秘密の小口を明かせた手前、生かしては置かぬ! 叩っ切る! と云うことになりますので。……と云うとおっかない話になるが、何のこんなにも旨い話、貴殿諾かずにおられましょうか。承知と云われるは知れたことで。……だが日当不足となら、清水の舞台から飛んだつもりで、一日十両までり上げましょう。これでは御不満ありますまいな。手を拍ちましょう、シャンシャンシャン! いかがなもので? シャンシャンシャン!」
 呑んでかかった態度である。




 こいつを聞くと若侍は、にわかに愉快になったらしい。
「一風変わった悪党だわえ。よしよし面白い面白い、ひとつこいつの手にいて、殺人ひとごろし請負業を開店ひらいてやろう。天変地妖相続き、人心恟々天下騒然、食える野郎と食えぬ野郎と、変にひらきがあり過ぎる。こんな浮世ってあるものか。殺人だって必要さ」
 そこで若侍はズバリと云った。
「きっと十両出されるかな?」
「出します出します。……御承知かな」
「まず即金、一日分が所」
 若侍は手を出した。
「これはお早い、早速のことで」
 黒鴨もこれには驚いたらしい。
「が、結構、では十両」
 グッと懐中ふところへ手を入れると、チャリン、チャリンと音をさせた。
 小判を数えたに相違ない。
 手を引き出すとてのひらの上に、黄金十枚が載っていた。
「遠慮は御無用、さあさあお取り」
「開店祝で、何の遠慮、では確かに」
「あ、しばらく、それにしても、せめて姓名なと! ……」
「拙者姓名は……」と云いかけたが、
(本名宇津木矩之丞のりのじょうと、ほんとになのっては面白くない)
 そこで、
宇和島鉄之進うわじまてつのしん」と宣った。
「ではこの金を……」
「頂戴いたす。どれ」と小判を掴もうとした途端に、
「こちらへ御士官なされませ!」と、老人の声が聞こえてきた。
「日当二十両出しましょう!」
 傍らに立っている平野屋の寮の、その表門の背後うしろから、声は聞こえてきたのである。
「やッ!」と云ったは若侍で、
「しまった!」と叫んだは黒鴨の武士で……
 すぐに、ギーと潜戸くぐりどが開き、またもや老人の声がした。
「お入りなさりませ、御浪人様!」
「オイ」と云ったは黒鴨である。
「どうだどうだ、どっちへ仕える?」
「考えるにも及ぶめえ」
「十両取るか」
「どう致しまして」
「それじゃアあっちへ行くつもりか?」
「云うにゃ及ぶだ、倍も食えらあ」
「きっとか」と黒鴨は眉をちぢめた。
何時いつ如何いかなる時代でも、もっと食える方へ行くものさ」
「ホッ、ホッ、ホッ」
 嘲笑である。黒鴨が嘲笑をしたのである。
 が何とその嘲笑、残忍性を帯びていることか。
「そうか、だがな、オイ若侍、そうなった日の暁には、拙者の矢面へ立つのだぞ!」
「よかろう、大将、戦おうぜ!」
「まずこうだあァ――ッ」と凄い気合を、かけると同時に抜いた太刀で、のめらんばかりのすくい切り、若侍の股の交叉つがいを、ワングリ一刀にぶっ放した[#「ぶっ放した」は底本では「ぶつ放した」]。――と云う手筈になるところを、飛び違った若侍は、
「こっちもこうだあァ――ッ」と浴びせかけ、飛び違う間に抜いた太刀を、ヌ――ッとのすと振り冠った。
 で、無言だ。静かである。ハタハタハタ……ハタハタハタと、夜風に靡く五月幟さつきのぼりの、音ばかりが聞こえてくる。
 位取った二人は動かない。藤の花の匂い、ほのかであり、十六夜いざよいの光、清らかである。こんな奇麗ない晩に、二人は斬り合おうとするのであった。
 二人は動いて、太刀音がした! 即ち鏘然、合したのである。と、ピッタリ寄り添った。鍔逼り合いだ! 次は勝負! どっちか一人斃れるだろう。しかし群像は動かない。群像の頭上をぬきんでてキラキラ閃めくものがある。月光をねたり纏ったり、ビリ付いている太刀である。と、忽然、次の瞬間、「ウン」と云う呻き! 二人同時だ! 群像は前後へ別れたが、不思議とどっちも仆れなかった。しかも一つの人影が、糸に引かれるそれのように、非常に素早く後退り、潜戸の側まで近寄って、そうして潜戸が一杯に開いて、その人影を吸い込んで、そうしてギ――ッと閉ざされた時、闘争は終りを告げたのである。
 屋敷へ入り込んだは若侍であり、後へ残ったのは黒鴨の武士で。……
 後はひっそりと静かであった。

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