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前記天満焼(ぜんきてんまやけ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-2 7:45:26  点击:  切换到繁體中文



11

「親分おいででござんすかえ」
「はいはいおいででございます」
「これは親分お早うございます」
「はいはいお早うございます」
「たんへんな事件ことが起こりましたので」
「ははあ左様で、うけたまわりましょう」
「加賀屋の主人が消えましたんで」
「これは事件ことでございますな」
昨夜ゆうべのことでございますよ」
「ははあ左様で、昨夜のことで」
「いまだに行方が知れませんので」
「なるほどこれは大変なことで」
「家内中大騒ぎでございますよ」
「これは騒ぐのが当然で」
「ところがああいう大家のことなので、表立って世間へは知らせられないそうで」
「もっとももっとも……もっとももっとも」
「それ信用にも関しますので」
「左様どころではございません」
「一通り訊いては参りました」
「これはお手柄、承わりましょう」
「ええと昨夜も更けた頃に、町方のお役人がこっそりと、加賀屋へ参ったそうでございますよ」
「ああ町方のお役人様がね」
「で主人と逢いましたそうで」
「ああ左様で、源右衛門さんとね」
「ええそれからヒソヒソ話……」
「ははあお役人と源右衛門さんがね」
「と、どうしたのか源右衛門さんには、にわかに血相を変えまして、奥へ入ったということで」
「なるほどね、なるほどね」
「つまりそれっきり消えましたそうで」
「なるほどね、なるほどね」
「ところがもう一つ不思議なことには……」
「はいはい、不思議が、もう一つね」
「その夜若旦那も帰りませんそうで」
「へーい、なるほど、源三郎さんもね」
「親子行方が知れませんそうで」
「それは、まあまあ大変なことで」
 聞いているのは岡引の松吉で、その綽名あだなを「丁寧松」といい、告げに来たのは松吉の乾兒こぶんの、捨三すてさぶという小男であった。
 所は神田連雀れんじゃく町の丁寧松の住居すまいであり、障子に朝日がにぶく射し、小鳥の影がぼんやりとうつる、そういう早朝のことであった。
 捨三が旨を受けて行ってしまうと、丁寧松は考え込んだ。
 その時お勝手から声がした。
「何だいお前、おこもの癖に、親分さんに逢いたいなんて」
 ちょっと小首を傾げたが、ツイと立ち上った丁寧松は、きさくにお勝手へ出て行った。
「お梅さんお梅さんどうしたものだ、お菰さんだろうと何だろうと、お出でなすったからにはお客さんだよ。不可いけない不可ない、粗末にしては不可ない」
 下女のお梅をたしなめたが、ヒョイと丁寧松は眼をやった。乞食が勝手口に立っている。
「これはいらっしゃい。何か御用で?」
「へい」と云ったが入って来た。
「お貰いに参ったんじゃアございません、お為になろうかと存じましてね。ちょっとお聞かせにあがりましたんで」
「ああ左様で、それはそれは。……お梅さんお梅さん向うへ行っておいで。……さあさあ貴郎あなた遠慮はいらない。おかけなすって、おかけなすって」
「ここで結構でございますよ、実はね親分」と話し出した。
「人殺しがあったんでございますよ」
「へーい、人殺し? それはそれは」
「そいつをあっしは見ていたんで」
「なるほどね、なるほどね」
あっし達の住居は軒下なんで。どこへでも寝ることが出来ますので」
「自由でよろしゅうございますなあ」
昨夜ゆうべ寝たのが佐賀町河岸で」
「あああの辺りは景色がいい」
「と、侍が来かかりました」
「ナール、侍がね。……どうしました?」
「と、ムラムラと変な奴が出て、斬ってかかったんでございますよ」
「うむ、うむ、うむ、侍がね」
「と、スポーンと斬ったんで。侍の方が斬ったんで」
「冴えた腕だと見えますねえ」
「引け! というので引いてしまいました。その現われた連中の方が」
「衆寡敵せずの反対で」
「するとどうでしょう、提燈の火だ」
「ほほう提燈? 通行人のね?」
「加賀屋と書いてありましたんで」
「え」と云ったが松吉の眼は、この時ピカリと一閃した。
「加賀屋と書いてありましたかな」


12

 なおも乞食は云いつづけた。
「宇和島様でございましょうな、加賀屋からのお迎えでございます。……こう云ったではありませんか」
「ははあ提燈の持主がね?」
「へい左様でございますよ。……それから、侍を囲繞とりかこんで、霊岸島の方へ行きましたので」
「霊岸島の方へ? 不思議ですなあ。加賀屋の本家も控えの寮も、霊岸島などにはなかったはずだが」
「これが好奇ものずきというのでしょう、後をつけたのでございますよ、人殺しをした侍が、どこへ落ち着くかと思いましてね」
「偉い」と松吉は手を拍った。
「ねえお菰さん、お菰さんを止めて、私の身内におなりなさいまし」
「これは」と乞食は苦笑したが、
「で、つけたのでございますよ」
「それで、どうでした、どこへ行きました?」
「へい、柏家へ入りました」
「柏家? なるほど、一流の旅籠はたごだ」
 こうは云ったが考えた。
「ちょっと不思議な噂のある旅籠だ。……ところで、それからどうしました?」
「話と申せばこれだけなので」
 ニンマリと乞食は笑ったが、
「親分さんは御親切で、どんな者にでもお逢いになり、話を聞いて下さるそうで。……仲間中での評判でしてね。……お為になれば結構と存じ」
「よくわかりました、有難いことで。……これはほんの志で。……オイオイお梅さんお梅さん、このお客さんへお酒をお上げ。ええとそれからおまんまをね」
 居間へ引っ返した丁寧松はポカンとした顔で考え込んだが、やがて長火鉢のひきだしを開けると、ちいさい十呂盤そろばんを取り出した。
 パチ、パチ、パチと弾き出した。
 岡引の松吉は三十五歳、働き盛りで男盛り、当時有名な腕っコキで、十人以上の乾兒こぶんもあったが、どうしたものか独身であった。そうして彼は変人でもあった。起居も動作も言葉つきも、岡引どころの騒ぎではなく、旦那衆のように丁寧なのである。乾兒や乞食に対してさえ、丁寧な言葉を使うのである。
 丁寧松の由縁いわれである。
 ところで彼は捕り物にかけては、独特の腕を持っていた。武器はと云えば十呂盤と十手で……
 十手が武器なのは当然だが、十呂盤が武器とはどういうのだろう?
 それは誰にも解らなかった。
 とはいえ、彼は事件にぶつかると、きっと十呂盤を取り出して、掛けたり引いたりするのであった。
 こじつければこんなように云うことは出来る――すべて数学というものは、人の心を緻密にし人の心をおちつかせる。そこで心をおちつかせるために、十呂盤弾きをするのだと。
 今も熱心に弾いている。
「二、一天作てんさくの五、二しんが一しん、ええと三、一、三十の一……加賀屋親子の行方不明、佐賀町河岸での人殺し、そこへ迎えに出た加賀屋の提燈……これには連絡がなければならない。……宇和島という若侍……それに泊まった柏屋という旅籠? ……柏屋、柏屋、柏屋だな?」
 どうにも考えがまとまらないらしい。
「加賀屋から迎えに出た以上は、本家か寮かへ連れて行かなければ、本当のやり口とは云われない。……十から八引く六残る。冗談云うなよ、二が残らあ」
 珠算たまざんをしながら考えている。
 痩せぎすでそうして小造りであり、眼が窪んで光が強く、どっちかというと醜男である。だが決して一見した所、人に悪感を与えるような、そんな人相はしていない。
「十から八引く二が残る。と云うのが浮世の定法だが、本当の浮世はそうでない。八が残ったり四が残ったり、もう一つこいつひどいことになると、十一なんかが残ったりする」
 などと警句を云う男であった。
 珠を払うとヒョイと立った。
「本筋から手繰って行くことにしよう」
 土間を下りると雪駄を穿き、格子をあけると戸外そとへ出た。
 午前六時頃の日射しである。
 早朝だけに人通りが少なく、朝寝の家などは戸を閉ざしている。
 須田町から和泉いずみ橋、ずっと行って両国へ出たが、駕籠を拾うと走らせた。
「へいよろしゅうございます」
 駕籠屋に対しても丁寧である。酒手まではずんだ丁寧松は、駕籠を下りると歩き出した。


13

 立派な旅籠屋が立っていた。
 すなわち目的の柏屋で、下女が店先で水を撒いてい、番頭が小僧を追い廻している。
「御免下さい」と声をかけ、丁寧松は帳場の前へ立った。
「宇和島様おいででございましょうか」
「へい」と云ったは番頭であった。ジロジロ松吉を見廻したのは、品定めをしたのに相違ない。
「ええどちら様でございますかな?」
 居るとも居ないとも返事をせず、相手の身分を訊いたのは、大事をったためなのだろう。
 鼻が平らで眉が下っていて、人のよさそうな人相ではあったが、眼に一脈の凄味がある。大きな旅籠屋の番頭なのである。人が良いばかりでは勤まらない、食えない代物には相違あるまい。
「加賀屋の者でございますがね」
 そこは松吉岡引である。加賀屋を活用したのである。
「おや左様でございましたか。これは失礼をいたしました。へいへい確かに宇和島様には、昨晩ゆうべからお宿まりでございますよ」
 ――加賀屋から来たと聞いたので、番頭は安心をしたらしい。
「ちょっくらお目通りいたしたいもので」
「ちょっとお待ちを」と云いながら、番頭は女中へ頤をしゃくった。取次げという意味なのだろう。
 すぐに女中は小走って行ったが、どうしたものか帰って来ない。かなりの時間を取ってから、もっけの顔をして飛び帰って来たが、その返事たるや変なものであった。
「どこにもおいででございません」
「冗談お云いな、馬鹿なことを」
 番頭の言葉におっ冠せ、お杉という女中は云い張った。
「いえ本当なのでございますよ。どこにもおいでなさいませんので。お部屋にも居られず厠にも居られず、もしやと思って裏庭の方まで、お探ししたのでございますが、やっぱりお姿は見えませんでした。それで、念のために一部屋一部屋、お尋ねしたのではございますが……」
「お姿が見えないというのだね」
「はい、そうなのでございますよ」
「ふふん」と云ったが怪訝そうである。
 番頭は松吉の顔を見た。
「いやそうかも知れませんねえ」
 丁寧松は驚かなかった。
「それが本当かも知れませんねえ。実はね」というと丁寧松は、丁寧の調子を砕いてしまった。
「加賀屋の者じゃアないのだよ。連雀町の松吉なのさ。ちょっと見たいね、部屋の様子を」
「へえ、それじゃア親分さんで」
 番頭はすっかり顫え上った。
「うん」と云ったがズイと上る。
「どうぞこちらへ……偉いことになったぞ」
 不安に脅えた番頭を睨み、奥へ通った丁寧松は、またも丁寧な調子になった。
「ねえ番頭さん番頭さん、ビクビクなさるには及びませんよ。貴郎あなたが人殺しをしたんじゃアなし、お咎めを受けるはずはない。だが」と云うときつくなった。
「嘘を云っちゃア不可いけねえぜ!」
 丁寧松ではなくなったのである。
 胆を潰したのは番頭で、
「それでは昨夜のお侍様は、兇状持なのでございましょうか?」
「つまりそいつを調べに来たのさ。それで出張って来たってやつさ」
 だがまたもや丁寧になった。
「立派な造作でございますねえ」
 云いながら四辺あたりを見廻したが、立派な造作を見たのではなく、間取りの具合を見たのらしい。
 真中まんなかに廊下が通っていて、左右に座敷が並んでいる。
 その一画を通り過ぎると、広大な裏庭になっていて、離れ座敷に相違ない、三間造りの建物があり、母家と渡り縁で繋がれていた。
 その建物の中の部屋の、襖の前まで来た時である。
「このお座敷なのでございますよ」
 こう云って番頭は辞儀をしてみせた。


14

「なるほど」と云ったが丁寧松は、開けてみようともしなかった。
「結構なお庭でございますなあ」
 こんなことを云い出してしまったのである。
 築山、泉水、石橋、燈籠、一流の旅籠の庭だけあって、非の打ちどころのないまでに、まさに結構な庭ではあったが、築山の横に木立に囲まれ、古々しい一棟の離れ座敷の、家根やねの瓦の見えるのが、全体の風致を害していて、欠点といえば欠点とも云えた。
「腰かけてお話しいたしましょう」
 縁からダラリと足を下げ、縁へ腰かけた丁寧松は、さも悠暢に云い出した。
「お話を聞こうじゃアございませんか、どんな恰好でございましたかね?」
「へい?」と云ったものの番頭は、何の意味だが解らないらしい。
「何さ、昨夜ゆうべの泊り客のことで。詳しく話していただきましょう」
「あ、その事でございますか。はいはいお話し致しますとも」
 そこで番頭は話し出した。
「ずっと夜更けでございましたが、門を叩くものがございましたので、開けて見ますと加賀屋の提燈、手代風のお方が五六人、ゾロゾロ入って参りましたが、『大切のお客様でございますから、丁寧にあずかって下さるように』と、かように申してお連れして来ましたが、二十五六のお武家様で、宇和島様だったのでございますよ。本来なればそんな夜更け、お断りするのでございますが、名に負う加賀屋様の御紹介ではあり、立派なお武家様でございましたので、早速この座敷へお通し申し……」
「今朝まで安心していなすったので?」
「へいへい左様でございます」
「ええと、所で云う迄もなく、その加賀屋の手代衆は、お引き取りなすったでございましょうね?」
 意味ありそうな質問である。
「はい……いいえ……お一人だけは……」
「え?」と松吉は訊き咎めた。
「一人どうしたと仰有おっしゃるので?」
「お泊まりなすったのでございますよ」
「変ですねえ。……どこへ泊まりました」
「隣りのお部屋でございます」
「宇和島という侍の隣り部屋で?」
 こう訊いた松吉の声の中に、鋭いもののあったのは、何かを直感したからだろう。
「はいはい左様でございますよ」
「それで、只今ただいまもおいでなさるので?」
「それが明け方、暗い中に、お帰りなすったと申しますことで」
「お前さんそいつを御存知ない?」
「家内中寝込んで居りましたので……」
「どなたが表の戸を開けましたかい?」
 グッと鋭く突っ込んで訊いた。
「寝ずの番の女中のお清という女で……」
「ちょっと聞きたいことがある、お清という女中を呼んで下せえ」
 間もなく現われたお清という女中は、年も若いし、ぼんやり者らしく、それに昨夜の寝不足からだろう、眼など真赤に充血させていたが、御用聞に何かを訊かれるというので、ベッタリ縁へ膝をつくと、もうおどおどと脅え込んでいた。それと見て取った松吉は、恐がらせては不可いけないと、こう思ったに相違ない、丁寧な調子で話しかけた。
「今朝方帰ったという加賀屋さんの手代、何か持ってはいませんでしたかえ?」
「へい」とお清は考え込んだが、
「何にもお持ちではございませんでした」
「ふうん」と云ったが首を傾げた。
「痩せていましたかえ、肥えていましたかえ? 何さ、着ふくれちゃアいませんでしたかね?」
「へえ」と又もや考えたが、
「気がつきませんでございました」
 だがもう一度考えると、
「そう仰有おっしゃればそんなようで、着ふくれていたようでございますよ」
「廊下には行燈でもありましたかね? 玄関には無論あったでしょうね?」
「それがホッホッと消えましたので」
 意外のことを云い出した。
「うむ」と云ったが丁寧松は、チラリと明るい眼付をした。何か暗示を得たようである。
「どっちが先立って行きましたね?」
「お客様がお先へ参りました」
「こう何となく反り返って、お辞儀なんかはしなかったでしょうね?」
 こう云ったが笑い出した。
「こいつァ無理だ、訊く方が無理だ、寝ずの番だって人間だ、夜っぴて起きていた日にゃア、明け方には眠くなるからねえ、そんな細かい変梃なことに、気の付くはずはありゃしない。いや有難う、御用済みだ……。ところで」と云うと丁寧松は、番頭の方へ顔を向けたが、
「気を悪くしちゃア不可いけませんぜ」
 一層声を押し低めたが、
「あれが評判の開けずの間だね?」
 築山の横に木立に囲まれ、立っている古々しい離れ座敷へ、頤を向けて訊いたことである。
「へい左様でございます」
「どれちょっくら拝見して来よう。ナーニ中へは入りゃアしない」
 庭下駄を突っかけて歩いて行った。

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