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右門捕物帖(うもんとりものちょう)24 のろいのわら人形

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-7 9:39:13  点击:  切换到繁體中文


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 むろんのことに肝をつぶしたのは、わが親愛かぎりなき伝あにいです。およそめんくらったとみえて、ごくりごくりといたずらになまつばをのみながら、あのうるさいあにいがすっかり黙り込んで、目をさらのようにみはったきりでした。無理もない。僧正天海が将軍家お声がかりによって建立こんりゅうしたその天海寺の中に、十手を必要とすべき下手人がいるとするなら、これはじつにゆゆしき一大事だったからです。
 だが、名人はまことになんともいいようもなく物静かでした。三橋みはしのところで乗り物をすてながら、さっさと伽藍がらんわきの僧房へやって行くと、案内の請い方というものがまたなんともかともいいようもなく古風のうえに、いいようもなく大前でした。
「頼もう、頼もう」
「どうれ」
 相手もまた古風に応じて、見るからに青やかな納所坊主がそこに手をついたのを見ながめると、ずばりといったことばが少しおかしいのです。
「ご覧のごとくに八丁堀の者じゃ。静かなへやがあらば拝借いたしたいが、いかがでござろうな」
「は……?」
「ご不審はごもっとも、この巻き羽織でご覧のごとく八丁堀者じゃ。仏道修行を思いたち、かく推参つかまつったが、うわさによれば当山は求道ぐどう熱心の者を喜んでお導きくださるとのお話じゃ。静かなへやがあらば暫時拝借いたしたいが、お許し願えましょうな」
「なるほど、よくわかりました。ご公務ご多忙のおかたが仏道修行とは、近ごろご奇特なことにござりまする。喜んでお手引きつかまつる段ではござりませぬゆえ、どうぞこちらへ」
 案内していったへやというのが、すさまじいことに二百畳敷きぐらいの大広間でした。しかも、その広いとも広いへやのうちには、調度も器具もなに一つないのです。まことにこれでは静かも静かもこれ以上の静かなへやはない。その大広間の、渺々びょうびょうとして遠くかすんでみえるような広いへやのまんなかへ、ちょこなんと名人主従を待たしておくと、やがてのことに持ち運んできたのは、数十冊のあやにかしこい経典でした。
「お求めの尊いみ教えは、みなこのお経のうちにござりますゆえ、お気ままにご覧なされませ」
 言いすてながらすり足で納所坊主が立ち去っていったのを見すますと、それからがいかにも不思議でした。
「ちともったいないが、このお経をまくらにかりて、極楽の夢でも見せていただこうぜ。おまえもひと休み昼寝をやりな」
 いいつつ、お経に一礼してから、まくら代わりに積みあげて、ごろり横になると、いとも安楽そうにまなこを閉じたので、いまかいまかと十手にそりをうたしていた伝あにいが、たちまち百雷いちじに爆発させたのは当然でした。
「ちぇッ、なんですかよ! なんですかよ! 人を小バカにするにもほどがあるじゃござんせんか。十手はどうするんです! 用意しろとおっしゃった十手は、どうかたをつけるんですかよ。きのうきょうの伝六様の十手あしらいは気合いが違うんだ、気合いがね。あっしゃさっきから、もう腕を鳴らして待っているんですよ。どこにいるんです! ね、ちょいと、十手の相手のホシは、このお経の中にいるんですかい。え? だんな! どこにいるんですかよ」
「せくな、せくな。がんがんいう暇があったら寝りゃいいんだよ。お経をおつむにいただいて寝るほどありがたいことはねえんだ。極楽へ行けるように、ゆっくり休みな」
「おこりますぜ。ほんとに、人をからかうにもほどがあるじゃござんせんか。じゃ、一杯食わしたんですかい。十手の用意をしろといったな、うそなんですかい」
「うそじゃねえよ。おめえみたいなあわてものは、今から用意させておかねえと、いざ鎌倉かまくらというときになってとち狂うからと思って、活を入れておいたんだ。夜中の丑満時うしみつどきになりゃ、十本あっても足りねえほど十手が入り用になるんだから、寝るのがいやなら、そこにそうして、十手を斜に構えて、ゴーンと丑満が鳴るまで意気張っていな」
「ちぇッ。なんてまあ気のなげえ十手だろうね。あば敬はどうするんです。あば敬にしてやられたらどうするんですかよ。あの大将だって死にもの狂いに駆けずりまわっているにちげえねえんだ。さるも筆のあやまり弘法様も木から落ちるというからね。やにさがっているまにしてやられたら、どうするんですかよ」
 鳴れどたたけどもう声はない。仏道仏心弥陀みだの極意はこのひとまくらのうちにありといわぬばかりで名人は、求道弘法ぐどうぐほうの経巻をつむりの下にしながら、おりから聞こゆるお山の鐘を夢の国への道案内に、すやすやと心よいいびきをたてはじめました。しかも、ひとたび眠りについたとなると、なかなかに目をさまさないのです。あいきょう者の、怒り虫の、伝あにいの千鳴り太鼓が、あきれ返って眠りもやらず、二百畳のはてしもない大広間の中をかんしゃくまぎれに十手構えながら、あちらにまごまご、こちらにまごまごといったり来たりしているのもおかまいなしで、ゆうゆうと眠りつづけていましたが、とっぷり日が落ちきってしまったころになると、がばとはね起きざまに納所坊主を呼び招きながら、いともまじめくさって、おごそかにいったことでした。
「いや、どうも近ごろにないけっこうな修行をいたしました。事のついでにと申しては無心がましゅうて恐れ入るが、ちょうどおときのころじゃ。夕食ご造作ぞうさにはあずかれまいかな」
「はっ、心得ました。お目ざめになりますれば、ほかならぬあなたさまのことでござりますゆえ、たぶんそのご用がござりましょうと、もうしたくしておきましてござります」
「ほかならぬあなたさまとは、なんのことでござります」
「お隠しあそばしますな。さきほどからの不審なおふるまいといい、そちらのおかたのおにぎやかさといい、どうもご様子ががてんまいりませぬゆえ、いろいろとみなして評定いたしましたが、あなたさまこそ今ご評判の右門殿でござりましょうがな」
「あはははは、とうとう見破られましたか。それとわかれば、隠しだていたしませぬ。ちと詮議せんぎいたさねばならぬことがござりますゆえ、このような無作法つかまつりましてござります。上さまご祈願所を汚しましたる不敬の数々、なにとぞお許し願わしゅう存じます」
「なんのなんの、そのごあいさつでは痛み入りまする。学頭さまもなんぞ容易ならぬ詮議の筋あってのことであろう、丁重にもてなしてしんぜいとのおことばでござりますゆえ、どうぞごゆるりとおくつろぎくださりませ」
 さすがは忍ガ岡学寮の青道心です。早くも名人の不審なふるまいをそれと看破したとみえて、まもなくそこに運ばれたのは、けっこうやかな精進料理の数々でした。
「ちぇッ。持ちたきものは知恵たくさんの親分だ。昼寝に手品があろうとは気がつかなかったね。まあごらんなせえよ。この精進料理のほどのよさというものは、またなんともかともたまらねえながめじゃござんせんか。しからば、ひとつ、おにぎやかなおかたも遠慮のうちょうだいと参りますかね」
 こんな気のいい男というものもたくさんはない。いましがたまでふぐのようにふくれていた伝六は、たちまちえびす顔に相好をくずしながら、運ぶこと、運ぶこと、はしと茶わんが宙に六方を踏んで目まぐるしいくらいでした。
 しかし、名人はなかなかに御輿みこしをあげないのです。兵糧とってじゅうぶんに戦備が整ったならばすぐにも出動するだろうと思われたのに、それからふたたびごろりとなって、ようやくあごをなでなで起き上がったのが深夜のちょうど九ツ。いんにこもってボーンボーンと時の鐘が打ちだされたのを耳にするや、物静かに手をたたいて呼び招いたのは、さきほどからの青道心でした。
「なんぞご用でも?」
「ちと承りたいことがござる。当山は悪魔退散邪法調伏ちょうぶく修法すほうをつかさどる大道場のはずゆえ、さだめしご坊たちもその道のこと詳しゅうご存じであろうが、ただいま江戸にてうしの時参りに使われる場所は、どことどこでござる」
「なるほど、そのことでござりまするか。丑の時参りは、てまえども悪魔調伏の正法を守る者にとりましては許すことのかなわぬ邪法でござりますゆえ、場所も所も知らぬ段ではござりませぬ。まず第一は練塀小路の妙見堂、つづいては柳原のひげすり閻魔えんま、それから湯島坂下のまた稲荷いなり、少しく飛びまして本所四ツ目の生き埋め行者、つづいては日本橋本銀町もとかねちょうの白旗金神こんじんなぞ五カ所がまず名の知れたところでござります」
「よく教えてくれました。いろいろおもてなしにあずかってかたじけない。些少さしょうでござりまするが、お灯明とうみょう料にご受納願いとうござる」
 包んで出したのはやまぶき色が三枚。ひと寝入りするにもそつのないところが名人です。懐中離さぬ忍びずきんにすっぽり面をかくしてお山を下ったのがちょうど九ツの鐘の打ち終わったときでした。と同時のごとく目にはいったものは、町々つじつじを堅めているものものしい捕方とりかたたちの黒い影です。
「はあてね、あば敬が何か細工したんでしょうかね」
 くるっと七三にからげて飛び出していったかと見えたが、ときどき伝六も存外とすばしっこく立ちまわることがあるとみえて、てがら顔に駆けもどってくると、事重大というようにぶちまけました。
「いけねえ! いけねえ! まごまごしちゃいられませんぜ。あそこのかどに張っていた雑兵ぞうひょうをうまいことおだてて聞き出したんだがね、あば敬大将はあの下手人をのどえぐり修業のつじ切りだとかなんだとかおっかねえがんをつけてね、お番所詰めの小者からつじ役人にいたるまでありったけのかたを狩り集めて、江戸じゅうの要所要所にり網を張らしているというんですぜ。ね、ちょっと――かなわねえな。またむっつり虫が起きたんですかい。え? だんな。だいじょうぶですかい。よう、だんな。ようってたらよう、だんな!――」
「黙ってろ。おれのむっつり虫は、一匹いくらという高値こうじきなしろものなんだ。気味のわるいところをお目にかけてやるから、てめえのその二束三文のおしゃべり虫ゃ油で殺して、黙ってついてきな。これから先ひとことでも口をきいたら、今夜ばかりは容赦しねえんだ。草香流が飛んでいくぜ」
 しかってすいすいとはいっていったところは、いましがた山の青道心からきき出した、うしの刻参り隠れ祈りの場所の一つである湯島坂下三ツ又稲荷の境内です。――もとより、あたりは真のやみ。しんちんと鬼気胸に迫って、ぞおっとえり首までがあわだつばかり、そのぶきみな境内をものともしないで、名人はほこらの裏にぬけると、ぴたり身を社殿の陰に寄せながら、じっと息をひそめて、何者かを待ちだしました。――伝六も声はない。しゃべるなとしかられたのがきいたためではないらしく、どうやらあたりのぶきみさ、ものすごさにおしゃべり虫がちぢみ上がったとみえて、ごくりごくりとなまつばをのんだままでした。
 半刻はんとき……。
 四半刻……。
 やがてのことに迫ってきたのは、屋のむねも三寸下がるというその真夜中の丑満時です。ゴーンと一つ鳴った。つづいてゴーンと二つめが鳴った。三つ、四つ、五つ、六つ、最後の八つめが鳴ってしまえば、丑の時参りが精根を傾けてのろい祈ると伝えられている、そののろいの時が来るのです――伝六の両足がぶるぶると震えだしたけはいでした。
 しかし、名人は身じろぎもせずに、じっと鬼気漂うやみの中を見すくめたままでした。
 刻! 一刻!
 さらに一刻! 二刻! そうして四半刻――。だが、なんの音もしないのです。足音はさらなり、くぎの音も金づちの音も聞こえないのです。と知るや、不意に名人がかんからと笑いだすと、投げすてるようにいいました。
「わはははは、とうとう今夜は待ちぼけくったか」
「え? なんですと! ね、ちょっと、ちょっと。な、な、なんですかい」
 同時に、伝六が爆発するように音をあげたのは当然でした。
「人をおどすにもほどがあるじゃござんせんか。気味のわるいいたずらをするっちゃありゃしねえや。あっしゃ三年ばかり命がちぢまったんですよ。おもしろくもねえ、待ちぼけくったとは何がなんですかよ。何を酔狂に、こんなまねしたんですかよ」
「おこったってしようがねえじゃねえか。向こうさまのごつごうで待ちぼけくわされたんだから、おいらに文句をいったって知らねえよ。またあしたという晩があらあ。さっさと帰りな」
「なんですと! あしたとはなんですかよ。急いでお手当しなくちゃならねえあば敬相手の大仕事じゃござんせんか。またあしたの晩があらあとは何がなんですかよ。けえらねえんだ。あっしゃけえらねえんですよ。人を茶にするにもほどがあらあ。下手人のつら拝ましていただくまでは、どうあったってここを動かねえんですよ」
「うるせえ坊やだな。むっつり右門とあだ名のおいらが、こうとにらんでの伏せ網なんだ。それほどだだをこねるなら、いってやらあ。おめえは朝ほど手に入れたわら人形の裏の文字を覚えているかい」
「つがもねえ。急という字があって、その下に巳年みどしの男、二十一歳と書いてあったじゃござんせんか。それがいったいどうしたというんですかよ」
「どうもこうもしねえのよ、なぞはその急の字なんだ。おめえなんぞは知らねえに決まってるがね。ありゃ急々如律令きゅうきゅうにょりつれいというのろいことばのかしら文字さ。のろいの人形に急と書いて一体、同じく急と書いてもう一体、最初の晩には二カ所に打ちつけて、二日めに如と書いたのが一体、三日めに律と書いて一体、四日めに最後の令の字人形の一体を打って祈り止めにするのが、昔から丑の時参りのしきたりなんだ。けさひげすり閻魔と妙見堂でお目にかかったあの二体は、ゆうべが初夜ののろいぞめのその二つだよ。としたら、今夜は如の字の祈りをするだろうとにらんで、さっきお山の青道心に教えられたこの三ツ又稲荷のあなへ伏せ網を張ったのになんの不思議もねえじゃねえか、おあいにくなことに待ちぼけくったのは、あな違いだっただけのことさ。おおかた、今夜は本銀もとかね町の白旗金神か、本所四ツ目の生き埋め行者のほうへでも、同じ仲間が人を替え手を替えてのろい参りにいったろうよ。おめえがもう少し気のきいた手下だったら、ふた手に分かれて張れるものをな。むっつり右門のからめ手攻めも、手が足りなきゃ、ひと晩ふた晩むだぼねおったとてしかたがなかろうじゃねえかよ。どうだね、気に入らないかね」
「ちぇッ、なにも今になって事新しくあっしを気がきかねえの役不足だのと、たなおろししなくたっていいですよ。おいらが光っていたひにゃ、だんなの後光がにぶくなるんだ。さしみにもつまってえいう、しゃれたものがあるんだからね。おいらのような江戸まえのすっきりしたさしみつまはおひざもとっ子の喜ぶやつさ。――えへへへ、ちくしょうめ、急にうれしくなりやがったな。そうとがんがついているなら、なにも好き好んでふくれるところはねえんだ。じゃなんですかい、そのうしの時参りを押えとって、だんなのいつものからめ手詮議せんぎで糸をたぐっていったら、どこのどいつが、のろい参りのさむれえたちを、けさみてえにねらい討ちしているか、その下手人もぱんぱんと眼がつくだろうというんですかい」
「決まってらあ。いわし網を張るんじゃあるめえし、あば敬流儀に人足を狩り出すばかりが能じゃねえよ。あした早く、生き埋め行者と白旗金神と両方をこっそり調べにいってきな」
 いうにゃ及ぶとばかり急ぐほどに、しとしと霧のような秋時雨あきしぐれです。


 

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