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菊模様皿山奇談(きくもようさらやまきだん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-7 10:43:59  点击:  切换到繁體中文


        三十二

 祖五郎は前席(ぜんせき)に述べました通り、春部梅三郎を親の敵(かたき)と思い詰めた疑いが晴れたのみならず、悪者(わるもの)の密書の意味で、略(ほ)ぼお家を押領(おうりょう)するものが有るに相違ないと分り、私(わたくし)の遺恨どころでない、実に主家(しゅうか)の大事だから、早くお国表へまいろうと云うので、急に二人(ふたり)梅三郎と共にお国へ出立いたしましたが、其の時姉のお竹の方へは、これ/\で梅三郎は全く父を殺害(せつがい)いたしたものではない、お屋敷の一大事があって、細かい事は申上げられんが、一度お国表へまいり、家老に面会して、どうかお家(うち)の安堵(あんど)になるようと、梅三郎も同道してお国表へ出立致しますが、事さえ極(きま)れば遠からず帰宅いたします、それまで落着いて中の条に待っていて下さい、必らずお案じ下さらぬようにとの手紙がまいりました。なれどもお竹は案じられる事で、
竹「何卒(どうぞ)して弟(おとゝ)に会いたい、年歯(としは)もいかない事であるから、また梅三郎に欺(あざむ)かれて、途中で不慮の事でも有ってはならん」
 と種々(いろ/\)心配いたしても、病中でございますから立つことも出来ず、忠平に介抱されまして、段々と月日が経(た)つばかり、其の内に病気も全快いたしましたが其の後(のち)国表から一度便りがござりまして、秋までには帰る事になるから、落着いて居てくれという文面ではありますが、其の内に六月も過ぎて七月になりました時に、身体も達者になり、こんな山の中に居たくもない、江戸へ帰って出入(でいり)町人の世話に成りたい、忠平の親父も案じているであろうから、岩吉の処へ行って厄介になりたいと、常々喜六という家来に云って居りました。然(しか)るに此の喜六が亡(な)くなった跡は、親戚(みより)ばかりで、別に恩を被(き)せた人ではないから、気詰りで中の条にも居(い)られませんので、忠平と相談して中の条を出立し、追分(おいわけ)沓掛(くつがけ)軽井沢(かるいざわ)碓氷(うすい)の峠も漸(ようや)く越して、松枝(まつえだ)の宿(しゅく)に泊りました、其の頃お大名のお着きがございますと、いゝ宿屋は充満(いっぱい)でございます。お大名がお一方(ひとかた)もお泊りが有りますと、小さい宿屋まで塞(ふさ)がるようなことで、お竹は甲州屋(こうしゅうや)という小さい宿屋へ泊りまして、翌朝(あくるあさ)立とうと思いますと、大雨で立つことも出来ず、其の内追々山水が出たので、道も悪し、板鼻(いたはな)の渡船(わたし)も止り、其の他(ほか)何処(どこ)の渡船も止ったろうと云われ、仕方がなしに足を止めて居ります内に、心配致すのはいかんもので、船上忠平が風を引いたと云って寝たのが始りで、終(つい)に病が重くなりまして、どっと寝るような事になりました。お医者と云っても良いのはございません、開(ひら)けん時分の事で、此の宿(しゅく)では第一等の医者だというのを宿(やど)の主人(あるじ)が頼んでくれましたが、まるで虚空蔵様(こくうぞうさま)の化物(ばけもの)見たようなお医者さまで、脉(みゃく)を診(と)って薬と云っても、漢家(かんか)の事だから、草をむしったような誠に効能(きゝめ)の薄いようなものを呑ませる中(うち)に、終(つい)に息も絶え/″\になり、八月上旬(はじめ)には声も嗄(しゃが)れて思うように口も利けんようになりました。親の仇(あだ)でも討とうという志のお竹でありますから、家来にも甚(はなは)だ慈悲のあることで、
竹「あの忠平や」
忠「はい」
竹「お薬の二番が出来たから、お前我慢して嫌でもお服(た)べ、確(しっ)かりして居ておくれでないと困るよ」
忠「有難う存じますが、お嬢様私(わたくし)の病気も此の度(たび)は死病と自分も諦めました、とても御丹誠の甲斐はございませんから、どうぞもお薬も服(の)まして下さいますな、もう二三日(ち)の内にむずかしいかと思います」
竹「お前そんなことを云っておくれじゃア私が困るじゃアないか、祖五郎はお国へ行(ゆ)き、喜六は死に、お前より他に頼みに思う者はなし、一人(ひとり)ではお屋敷へ帰ることも出来ず、江戸へ行ってもお屋敷近(ぢか)い処へ落着けない身の上になって、お前を私は家来とは思わない、伯父とも親とも力に思う其のお前に死なれ、私一人此処(こゝ)に残ってはお前何うする事も出来ませんよ」
忠「有難う……勿体ないお言葉でございます、僅(わず)か御奉公致しまして、何程の勤めも致しませんのに、家来の私(わたくし)を親とも伯父とも思うという其のお言葉は、唯今目を眠りまして冥土へ参るにも好(よ)い土産でございます、併(しか)し以前(もと)とちがって御零落なすって、今斯う云うお身の上におなり遊ばしたかと存じますと、私は貴方のお身の上が案じられます、どうぞ私の亡(な)い後(のち)は、他に入(いら)っしゃる所(とこ)もございません故、昨夜(ゆうべ)貴方が御看病疲れで能(よ)く眠っていらっしゃる内に、私が認(か)いて置きました手紙が此処(こゝ)にございます、親父は無筆でございますから、仮名で細かに書いて置きましたから、あなたが江戸へ入らっしゃいまして、春木町の私の家(うち)へ行って、親父にお会いなさいましたら、親父が貴方だけの事はどうかまア年は老(と)っても達者な奴でございますから、お力になろうと存じます、此処から私が死ぬと云う手紙を出しますと、驚いて飛んで来ると云うような奴ゆえ、却(かえ)って親父に知らせない方が宜(よ)いと存じますから、何卒(どうぞ)お嬢さん、はッはッ、私が死にましたら此処の寺へ投込みになすって道中も物騒(ぶっそう)でございますから、お気をお付けなすって、あなたは江戸へ入(いら)っしゃいまして親父の岩吉にお頼みなすって下さいまし」
竹「あい、それやア承知をしましたが、もし其様(そん)なことでもあると私はまア何うしたら宜かろう、お前が死んでは何うする事も出来ませんよ、何うか癒(なお)るようにね、病は気だというから、忠平確(しっ)かりしておくれよ」
忠「いえ何うも此度(こんど)はむずかしゅうございます」
 と是が主従(しゅうじゅう)の別れと思いましたからお竹の手を執(と)って、
忠「長らく御恩になりました」
 と見上げる眼に泪(なみだ)を溜(た)めて居りますから、耐(こら)えかねてお竹も、
竹「わア」
 と枕元へ泣伏しました。此の家(うち)の息子が誠に親切に時々諸方(ほう/″\)へ往(い)っちゃア、旨い物と云って田舎の事だから碌な物もありませんが、喰物(くいもの)を見附けて来ては病人に遣(や)ります。宿屋の親父は五平(ごへい)と云って、年五十九で、江戸を喰詰(くいつ)め、甲州あたりへ行って放蕩(ばか)をやった人間でございます。忰(せがれ)は此の地で生立(おいたっ)た者ゆえ質朴なところがあります。
忰「父(とっ)さま、今帰ったよ」
五「何処(どこ)へ行ってた」
忰「なに医者の処へ薬を取りに行って聞いたが、医者殿(どん)が彼(あ)の病人はむずかしいと云っただ」
五「困ったのう、二人旅だから泊めたけれども、男の方は亭主だか何だか分らねえが、彼(あれ)がお前(めえ)死んでしまえば、跡へ残るのは彼(あ)の小娘だ、長(なげ)え間これ泊めて置いたから、病人の中へ宿賃の催促もされねえから、仕方なしに遠慮していたけんど、医者様の薬礼(やくれい)から宿賃や何かまで、彼(あ)の男が亡くなってしまった日にゃア、誠に困る、身ぐるみ脱(ぬい)だって、碌な荷物も無(ね)えようだから、宿賃の出所(でどこ)があるめえと思って、誠に心配(しんぷえ)だ、とんだ厄介者に泊られて、死なれちゃア困るなア」
忰「それに就(つい)て父(ちゃん)に相談打(ぶ)とうと思っていたが、私(わし)だって今年二十五に成るで、何日(いつ)まで早四郎(はやしろう)独身(ひとり)で居ては宜くねえ何様(どんな)者でも破鍋(われなべ)に綴葢(とじぶた)というから、早く女房を持てと友達が云ってくれるだ、乃(そこ)で女房を貰おうと思うが、媒妁(なこうど)が入って他家(ほか)から娘子(あまっこ)を貰うというと、事が臆劫(おっくう)になっていかねえから、段々話い聞けば、あの男が死んでしまうと、私(わし)は年が行かないで頼る処もない身の上だ、浪人者で誠に心細いだと云っちゃア、彼(あ)の娘子が泣くだね」
五「浪人者だと…うん」
早「どうせ何処(どっ)から貰うのも同じ事だから、彼(あ)の男がおっ死(ち)んだら、彼の娘を私(わし)の女房に貰(もれ)えてえだ、裸じゃアあろうけれども、他人頼(ひとだの)みの世話がねえので、直(すぐ)にずる/\べったりに嫁っ子に来(き)ようかと思う、彼(あれ)を貰ってくんねえか父(ちゃん)」
五「馬鹿野郎、だから仕様がねえと云うのだ、これ、父(ちゃん)はな、江戸の深川で生れて、腹一杯(はらいっぺえ)悪い事をして喰詰(くいつ)めっちまい、甲州へ行って、何うやら斯うやら金が出来る様になったが、詰り悪い足が有ったんで、此処(こゝ)へ逃げて来た時に、縁があって手前(てめえ)の死んだ母親(おふくろ)と夫婦になって、手前と云う子も出来て、甲州屋という、ま看板を掛けて半旅籠(はんはたご)木賃宿(きちんやど)同様な事をして、何うやら斯うやら暮している事は皆(みん)なも知っている、手前は此方(こっち)で生立(おいた)って何も世間の事は知らねえが、家(うち)に財産(かね)は無くとも、旅籠という看板で是だけの構えをしているから、それ程貧乏だと思う人はねえ何処(どっ)から嫁を貰っても箪笥(たんす)の一個(ひとつ)や長持の一棹(ひとさお)ぐらい附属(くッつ)いて来る、器量の悪いのを貰えば田地(でんじ)ぐらい持って来るのは当然(あたりまえ)だ、面(つら)がのっぺりくっぺりして居るったって、あんな素性(わけ)も分らねえ者を無闇に引張込(ひっぱりこ)んでしまって何うするだ、医者様の薬礼まで己が負(しょ)わなければなんねえ」
早「それは然(そ)うよ、それは然うだけれど、他家(ほか)から嫁子(よめっこ)を貰やア田地が附いて来る、金が附いて来るたって、ま宅(うち)へ呼ばって、後(あと)で己が気に適(い)らねえば仕様がねえ訳だ、だから己が気に適(あ)ったのを貰やア家(うち)も治まって行くと、夫婦仲せえ宜(よ)くば宜(い)いじゃアねえか、貰ってくんろよ」
五「何を馬鹿アいう手前(てめえ)が近頃種々(いろ/\)な物を買って詰らねえ無駄銭(むだぜに)を使うと思った、あんな者が貰えるか」
早「何もそんなに腹ア立てねえでも宜(い)い相談打(ぶ)つだ」
五「相談だって手前(てめえ)は二十四五にも成りやアがって、ぶら/\遊(あす)んでて、親の脛(すね)ばかり咬(かじ)っていやアがる、親の脛を咬っている内は親の自由だ、手前の勝手に気に適(い)った女が貰えるか」
早「何ぞというと脛え咬る/\てえが、父(ちゃん)の脛ばかりは咬っていねえ、是でもお客がえら有れば種々(いろん)な手伝をして、洗足(すゝぎ)持ってこ、草鞋(わらじ)を脱がして、汚(きたね)え物を手に受けて、湯う沸(わか)して脊中を流してやったり、皆(みんな)家(うち)の為と思ってしているだ、脛咬りだ/\てえのは止(よ)してくんろえ」
五「えゝい喧(やかま)しいやい」
 と流石(さすが)に鶴の一声(ひとこえ)で早四郎も黙ってしまいました。此の甲州屋には始終極(きま)った奉公人と申す者は居りません、其の晩の都合によって、客が多ければ村の婆さんだの、宿外(しゅくはず)れの女などを雇います。七十ばかりになる腰の曲った婆さんが
婆「はい、御免なせえまし」
五「おい婆さん大きに御苦労よ、お前(まえ)又晩に来てくんろよ、客の泊りも無いが、又晩には遊(あす)んで居るだろうから、ま来なよ」
婆「はい、あの只今ね彼処(あすこ)のそれ二人連(ふたりづれ)の病人の処(とこ)へめえりました」
五「おゝ、お前(めえ)が行ってくれねえと、先方(むこう)でも困るんだ」
婆「それが年のいかない娘子(あまっこ)一人で看病するだから、病人は男だし、手水(ちょうず)に行くたって大騒ぎで、誠に可愛想でがんすが、只(たっ)た今おっ死(ち)にましたよ」
五「え、死んだと……困ったなアそれ見ろ、だから云わねえ事じゃアねえ、何様(どん)な様子だ」
婆「何様(どんな)にも何(なん)にも娘子(あまっこ)が声をあげて泣いてるだよ、あんた余(あんま)り泣きなすって身体へ障(さわ)るとなんねえから、泣かねえが宜(よ)うがんすよ、諦めねえば仕様がねえと云うと、私(わし)は彼(あれ)に死なれると、年もいかないで往(ゆ)く処も無(な)え、誠に心細うがんす、あゝ何うすべいと泣くだね、誠に気の毒な訳で」
五「はアー困ったもんだな」
早「私(わし)え、ちょっくら行って来よう」
五「なに手前(てめえ)は行かなくっても宜(え)い」
早「行かなくっても宜(え)いたって、悔(くや)みぐらいに行ったって宜(よ)かんべい」
五「えゝい、何ぞというと彼(あ)の娘の処(とこ)へ計(ばか)り行(ゆ)きたがりやアがる、勝手にしろ」
 と大(おお)かすでございましたから早四郎は頬を膨(ふく)らせて起(た)って行(ゆ)く。五平は直(たゞち)にお竹の座敷へ参りまして。
五「はい、御免下せえ」
 と破れ障子を開けて縁側から声を掛けます。
竹「此方(こっち)へお入(はい)んなさいまし、おや/\宿(やど)の御亭主さん」
五「はい、只今婆アから承わりまして、誠に恟(びっく)りいたしましたが、お連(つれ)さまは御丹誠甲斐もない事で、お死去(かくれ)になりましたと申す事で」
竹「有難う、長い間種々(いろ/\)お世話になりました、殊(こと)に御子息が朝晩見舞っておくれで、親切にして下さるから何ぞお礼をしたいと思って居ります、病人も誠に真実なお方だと悦んで居りました、私(わたくし)も丹誠が届くならばと思いましたが、定まる命数(めいすう)でございまする、只今亡くなりまして、誠に不憫(ふびん)な事を致しました」
五「いやどうも、嘸(さぞ)お力落しでございましょう、誠にお気の毒な事でございます、時に、あゝそれでもって伺いますが、お死去(なくな)りなすった此の死骸は、江戸へおいでなさるにしても、信州へお送りになるにしても、死骸を脊負(しょ)って行く訳にもいかないから此の村へ葬るより他に仕方はございますまいが、火葬にでもなすって、骨を持って入らっしゃいますか、其の辺の処を伺って置きたいもので」
竹「はい、何処(どこ)と云って知己(しるべ)もございませんから、どうか火葬にして此の村へ葬り、骨(こつ)だけを持ってまいりとう存じますが、御覧の通り是からは私(わたくし)一人でございますから、何かと世話のないように髪の毛だけでも江戸の親元へ参れば宜しゅうございますから、殊(こと)に当人は火葬でも土葬でも宜(よ)いと遺言をして死去(なくな)りましたから、どうぞ御近処(ごきんじょ)のお寺へお葬り下さるように願いたいもので」
五「左様でございますか、お泊り掛(がけ)のお方で、何処(どこ)の何(なん)という確(しっ)かりとした何か証(しょう)がないと、お寺も中々厳(やかま)しくって請取(うけと)りませんが、私(わたくし)どもの親類か縁類(えんるい)の人が此方(こっち)へ来て、死んだような話にして、どうか頼んで見ましょう」
 と此の話の中(うち)にいつか忰の早四郎が後(うしろ)へまいりまして、
早「なに然(そ)うしねえでも宜(え)い、此の裏手の洪願寺(こうがんじ)さまの和尚様は心安くするから頼んで上げよう、まことに手軽な和尚様で、中々道楽坊主だよ、以前(もと)は叩鉦(ちゃんぎり)を叩いて飴を売ってた道楽者さ、銭が無ければ宜(え)い、たゞ埋めて遣(や)んべえなどゝいう捌(さば)けた坊様だ、其の代りお経なんどは読めねえ様子だが、銭金(ぜにかね)の少しぐれえ入(い)るような事があって困るなら、沢山はねえが些(ちっ)とべいなら己が出して遣るべえ」
五「何だ、これ、お客様に失礼な、お前(まえ)がお客さまに金を出して上げるとは何だ、そんな馬鹿な事をいうな」
早「父(ちゃん)は何ぞというと小言をいうが、無ければ出してくれべえと云うだから宜(よ)かっぺえじゃアねえか」
五「其様(そん)な事ア何うでも宜(い)いから、早く洪願寺へ行って願って来い」
 是から息子がお寺へ行って和尚に頼みました。早速得心でございますから、急に人を頼んで、早四郎も手伝って穴を掘り、真実にくれ/\働いて居ります。丁度其の晩の事でございますが、宿屋の主人(あるじ)が、
五「へえ娘(ねえ)さん、えゝ今晩の内にお葬りになりますように」
竹「はい、少し早いようでございますが、何分宜しゅう……多分に手のかゝりませんように」
五「宜しゅうございます、其の積りに致しました、何も多勢(おおぜい)和尚様方を頼むじゃアなし、お手軽になすった方が、御道中ゆえ宜しゅうございましょう」
 と親切らしく主人(あるじ)が其の晩の中(うち)に、自分も随(つ)いて行って野辺送りを致してしまいました。

        三十三

 其の晩に脱出(ぬけだ)して、彼(か)の早四郎という宿屋の忰が、馬子(まご)の久藏(きゅうぞう)という者の処へ訪ねて参り、
早「おい、トン/\/\久藏眠(ねぶ)ったかな、トン/\/\眠ったかえ。トン/\/\」
 余りひどく表を敲(たゝ)くから、側の馬小屋に繋(つな)いでありました馬が驚いて、ヒイーン、バタ/\/\と羽目を蹴(け)る。
早「あれまア、馬めえ暴れやアがる、久藏眠(ねぶ)ったかえ……あれまア締りのねえ戸だ、叩いてるより開けて入(へい)る方が宜(え)い、酔(よっ)ぱれえになって仰向(あおむけ)にぶっくり反(けえ)って寝(そべ)っていやアがる、おゝ/\顔に虻(あぶ)が附着(くッつ)いて居るのに痛くねえか、起(おき)ろ/\」
久「あはー……眠(ねぶ)ったいに、まどうもアハー(あくび)むにゃ/\/\、や、こりゃア甲州屋の早四郎か、大層(ていそう)遅く来たなア」
早「うん、少し相談打(ぶ)ちに来たアだから目え覚(さま)せや」
久「今日は沓掛(くつがけ)まで行って峠え越して、帰りに友達に逢って、坂本(さかもと)の宿(しゅく)はずれで一盃(いっぺい)やって、よっぱれえになって帰(けえ)って来たが、馬(むま)の下湯(そゝゆ)を浴(つか)わねえで転輾(ぶっくりけ)えって寝ちまった、眠(ねむ)たくってなんねえ、何だって今時分出掛けて来た」
早「ま、眼え覚(さま)せや、覚せてえに」
久「アハー」
早「大(でけ)え欠伸(あくび)いするなア」
久「何だ」
早「他のことでもねえが、此間(こねえだ)汝(われ)がに話をしたが、己(おら)ア家(うち)の客人が病気になって、娘子(あまっこ)が一人附いているだ、好(い)い女子(おなご)よ」
久「話い聞いたっけ、好(え)い女子(おなご)で、汝(われ)がねらってるって、それが何うしただ」
早「その連(つれ)の病人が死んだだ」
久「フーム気の毒だのう」
早「就(つい)ては彼(あ)の娘(あま)を己(おら)の嫁に貰えてえと思って、段々手なずけた処が、当人もまんざらでも無(ね)えようで、謎をかけるだ、此の病人が死んでしまえば、行処(ゆきどころ)もねえ心細い身の上でございますと云うから、親父に話をした処が、親父は慾張ってるから其様(そん)な者を貰って何うすると、頓(とん)と相手になんねえから、汝(われ)が己(おら)ア親父に会って話を打(ぶ)って、彼(あ)の娘(あま)を貰うようにしちゃアくんめえか」
久「然(そ)うさなア、どうもこれはお前(めい)ん処(とこ)の父(とっ)さまという人は中々道楽をぶって、他人(ひと)のいう事ア肯(き)かねえ人だよ、此の前(めえ)荷い馬へ打積(ぶっつ)んで、お前(めえ)ん処(とこ)の居先(みせさき)[#「居先」は「店先」の誤記か]で話をしていると、父さまが入(はえ)り口(ぐち)へ駄荷(だに)い置いて気の利かねえ馬方(むまかた)だって、突転(つッころ)ばして打転(ぶっころ)ばされたが、中々強い人で、話いしたところが父さまの気に入らねえば駄目だよ、アハー」
早「欠伸い止せよ……これは少しだがの、汝(われ)え何ぞ買って来るだが、夜更(よふ)けで何にもねえから、此銭(これ)で一盃(いっぺい)飲んでくんろ」
久「気の毒だのう、こんなに差し吊(つる)べたのを一本くれたか、気の毒だな、こんなに心配(しんぺい)されちゃア済まねえ、此間(こねえだ)あの馬十(ばじゅう)に聞いたゞが、どうも全体(ぜんてえ)父さまが宜くねえ、息子が今これ壮(さか)んで、丁度嫁を娶(と)って宜(え)い時分だに、男振も好(よ)し何処(どこ)からでも嫁は来るだが、何故嫁を娶ってくれねえかと、父さまを悪く云って、お前(めえ)の方を皆(みん)な誉(ほ)めている、男が好(い)いから女の方から来るだろう」
早「来るだろうって……どうも……親父が相談ぶたねえから駄目だ」
久「相談ぶたねえからって、お前(めえ)は男が好(い)いから娘(むすめ)を引張込(ひっぱりこ)んで、優しげに話をして、色事になっちまえ、色事になって何処(どこ)かへ突走(つッぱし)れ……己(おら)の家(うち)へ逃げて来(こ)う、其の上で己が行って、父さまに会ってよ、お前も気に入るめえが、若(わけ)え同志で斯ういう訳になって、女子(おなご)を連れて己の家へ来て見れば、家も治(おさま)らねえ訳で、是も前(さき)の世に定まった縁だと思って、余(あんま)り喧(やか)ましく云わねえで、己が媒妁(なこうど)をするから、彼(あれ)を※(「女+息」、第4水準2-5-70)子(よめっこ)にして遣(や)ってくんろえ、家に置くのが否(いや)だなら、別に世帯(しょたい)を持たしても宜(え)いじゃアねえかという話になれば、仕方がねえと親父も諦めべえ、色事になれや」
早「成れたって……成る手がゝりがねえ」
久「女に何とか云って見ろ」
早「間(ま)が悪くって云えねえ、客人だから、それに真面目な人だ、己(おら)が座敷へ入(へい)ると起上って、誠に長く厄介になって、お前には分けて世話になって、はア気の毒だなんて、中々お侍(さむらえ)さんの娘だけに怖(おっかね)えように、凛々(りゝ)しい人だよ」
久「口で云い難(にく)ければ文(ふみ)を書いてやれ、文をよ、袂(たもと)の中へ放り込むとか、枕の間へ挟(はさ)むとかして置けい、娘子(あまっこ)が読んで見て、宿屋の息子さんが然(そ)ういう心なれば嬉しいじゃアないか、どうせ行処(ゆきどこ)がないから、彼(あ)の人と夫婦になりてえと、先方(さき)で望んでいたら何うする」
早「何だか知んねえが、それはむずかしそうだ」
久「そんな事を云わずにやって見ろ」
早「ところが私(わし)は文(ふみ)い書(け)いた事がねえから、汝(われ)書いてくんろ、汝は鎮守様の地口行灯(じぐちあんどう)を拵(こしれ)えたが巧(うめ)えよ、それ何とかいう地口が有ったっけ、そう/\、案山子(かゝし)のところに何か居(い)るのよ」
久「然(そ)うよ、己(おら)がやったっけ、何か己(おれ)え……然うさ通常(たゞ)の文をやっても、これ面白くねえから、何か尽(づく)し文(もん)でやりてえもんだなア」
早「尽し文てえのは」
久「尽しもんてえのは、ま花の時なれば花尽しよ、それからま山尽しだとか、獣類尽(けだものづく)しだとかいう尽しもんで贈(や)りてえなア」
早「それア宜(え)いな、何ういう塩梅(あんべい)に」
久「今時だから何(どう)だえ虫尽しか何(なん)かでやれば宜(え)いな」
早「一つ拵(こしれ)えてくんろよ」
久「紙があるけえ」
早「紙は持っている」
久「其処(そこ)に帳面を付ける矢立の巨(でけ)えのがあるから、茶でも打(ぶ)っ垂(たら)して書けよ、まだ茶ア汲んで上げねえが、其処に茶碗があるから勝手に汲んで飲めよ、虫尽しだな、その女子(おなご)が此の文(ふみ)を見て、あゝ斯ういう文句を拵(こしら)える人かえ、それじゃアと惚れるように書かねえばなんねえな」
早「だから何ういう塩梅(あんべい)だ」
久「ま其処へ一つ覚(おぼえ)と書け」
早「覚……おかしいな」
久「おかしい事があるものか、覚えさせるのだから、一つ虫尽しにて書記(かきしる)し※(まいらせそろ)[#「まいらせそろ」の草書体、344-6]よ」
早「一(ひとつ)虫尽しにて書記(かきしる)し※[#「まいらせそろ」の草書体、344-6]」
久「えゝ女子(おんな)の綺麗(きれえ)な所を見せなくちゃアなんねえ……綺麗な虫は……ア玉虫が宜(え)い、女の美しいのを女郎屋(じょろや)などでは好(い)い玉だてえから、玉虫のようなお前様を一(ひ)と目見るより、いなご、ばったではないが、飛(とび)っかえるほどに思い候(そうろう)と書け」
早「成程いなご、ばったではないが、飛っかえるように思い候(そろ)」
久「親父の厳(やかま)しいところを入れてえな、親父はガチャ/″\虫にてやかましく、と」
早「成程……やかましく」
久「お前の傍(そば)に芋虫のごろ/″\してはいられねえが、えゝ……簑虫(みのむし)を着(き)草鞋虫(わらじむし)を穿(は)き、と」
早「何の事だえ」
久「汝(われ)が野らへ行く時にア、簑を着たり草鞋を穿いたりするだから」
早「成程……草鞋虫を穿きい」
久「かまぎっちょを腰に差し、野らへ出てもお前様の事は片時忘れるしま蛇もなく」
早「成程……しま蛇もなく」
久「えゝ、お前様の姿が赤蜻蛉(あかとんぼ)の眼の先へちら/\いたし候(そろ)」
早「何ういう訳だ」
久「蜻蛉(とんぼう)の出る時分に野良(のら)へ出て見ろ、赤蜻蛉(あかとんぼ)が彼方(あっち)へ往(い)ったり此方(こっち)へ往ったり、目まぐらしくって歩けねえからよ」
早「成程……ちら/\いたし候(そろ)」
久「えゝと、待てよ……お前と夫婦(みょうと)になるなれば、私(わし)は表で馬追(むまお)い虫、お前は内で機織虫(はたおりむし)よ」
早「成程……私(わし)は馬(うま)を曳(ひ)いて、女子(おなご)が機を織るだな」

久「えゝ…股へ蛭(ひる)の吸付いたと同様お前の側を離れ申さず候(そろ)、と情合(じょうあい)だから書けよ」
早「成程……お前の側を離れ申さず候(そろ)か、成程情合だね」
久「えゝ、虻(あぶ)蚊馬蠅(むまばえ)屁放虫(へっぴりむし)」
早「虻蚊馬蠅屁放虫」
久「取着かれたら因果、晩げえ私(わし)を松虫なら」
早「……晩げえ私(わし)を松虫なら」
久「藪蚊(やぶか)のように寝床まで飛んでめえり」
早「藪蚊のように寝床まで飛んでめえり」
久「直様(すぐさま)思いのうおっ晴(ぱら)し候(そろ)、巴蛇(あおだいしょう)の長文句蠅々(はい/\)※[#かしく」の草書体、345-9]」
早「成程是(こ)りゃア宜(え)いなア」
久「是(これ)じゃア屹度(きっと)女子(おなご)がお前(めえ)に惚れるだ、これを知れねえように袂(たもと)の中へでも投(ほう)り込むだよ」
 と云われ、早四郎は馬鹿な奴ですから、右の手紙を書いて貰って宅(うち)へ帰り、そっとお竹の袂へ投込(なげこ)んで置きましたが、開けて見たって色文(いろぶみ)と思う気遣(きづか)いはない。翌朝(よくあさ)になりますと宿屋の主人(あるじ)が、
五「お早うございます」
竹「はい、昨夜は段々有難う」
五「えゝ段々お疲れさま……続いてお淋しい事でございましょう」
竹「有難う」
五「えゝ、お嬢さん、誠に一国(いっこく)な事を申すようですが、私(わたくし)は一体斯ういう正直な性質(うまれつき)で、私どもはこれ本陣だとか脇本陣だとか名の有る宿屋ではございませんで、ほんの木賃宿の毛の生えた半旅籠同様で、あなた方が泊ったところが、さしてお荷物も無し、お連の男衆は御亭主かお兄様(あにいさま)か存じませんが、お死去(かくれ)になってあなた一人残り、一人旅は極(ごく)厳(やか)ましゅうございまして、え、横川(よこかわ)の関所の所(とこ)も貴方はお手形が有りましょう、越えて入らっしゃいましたから、私どもでも安心はして居りますが、何しろ御病気の中だから、毎朝宿賃を頂戴いたす筈ですが、それも御遠慮申して、医者の薬礼お買物の立替え、何や彼(か)やの御勘定(ごかんじょう)が余程溜(たま)って居ります、それも長旅の事で、無いと仰しゃれば仕方が無いから、へえと云うだけの事で、宿屋も一晩泊れば安いもので、長く泊れば此んな高いものはありません、就(つい)ては一国なことを申すようですが、泊って入らっしゃるよりお立ちになった方がお徳だろうし、私も其の方が仕合せで、どうか一先(ひとま)ず立って戴きたいもので」
竹「はい、私(わたくし)はさっぱり何事も家来どもに任して置きました内に病気附きましたので、つい宿賃も差上げることを失念致した理由(わけ)でもございませんが、病人にかまけて大きに遅うなりました、嘸(さぞ)かし御心配で、胡乱(うろん)の者と思召(おぼしめ)すかは知りませんが、宿賃ぐらいな金子は有るかも知れません、直(じき)に出立いたしますから、早々御勘定(ごかんじょう)をして下さい、何(ど)の位あれば宜(よ)いか取って下さいまし」
 とお屋敷育ちで可なりの高を取りました人のお嬢さんで、宿屋の亭主風情(ふぜい)に見くびられたと思っての腹立ちか、懐中からずる/″\と納戸縮緬(なんどちりめん)の少し汚れた胴巻を取出し、汚れた紙に包んだ塊(かたまり)を見ると、おおよそ七八十両も有りはしないかと思うくらいな大きさだから、五平は驚きました。泊った時の身装(みなり)も余り好(よ)くなし、さして、着換(きがえ)の着物もないようでありました、是れは忠平が、年のいかない娘を連れて歩くのだから、目立たんように態(わざ)と汚れた衣類に致しまして、旅※(たびやつ)[#「宀/婁」、347-6]れの姿で、町人体(てい)にして泊り込みましたので、五平は案外ですから驚きました。
竹「どうか此の位あれば大概払いは出来ようかと思いますが、書付を持って来て下さい」
 と云われたので、流石(さすが)の五平も少し気の毒になりましたが、
五「はい/\、えゝ、お嬢さま、誠に私(わたくし)はどうも申訳のない事をいたしました、あなた御立腹でございましょうが、あなたを私が見くびった訳でもなんでもない、実はその貴方にお費(かゝ)りのかゝらんように種々(いろ/\)と心配致しまして、馬子や舁夫(かごかき)を雇いましても宿屋の方で値切って、なるたけ廉(やす)くいたさせるのが宿屋の亭主の当然(あたりまえ)でへえ見下げたと思召(おぼしめ)しては恐入ります、只今御勘定を致します、へい/\どうぞ御免なすって」
 と帳場へまいりまして、
五「あゝ大層金子(かね)を持っている、彼(あれ)は何者か知らん」
 と暫(しばら)くお竹の身の上を考えて居りましたが、別に考えも附きません。医者の薬礼から旅籠料、何や彼(か)やを残らず書付にいたして持って来ましたが、一ヶ月居ったところで僅かな事でございます。お竹は例の胴巻から金を出して勘定をいたし、そこ/\手廻りを取片附け、明日(あす)は早く立とうと舁夫(かごや)や何かを頼んで置きました。其の晩にそっと例の早四郎が忍んで来まして、
早「お客さん……お客さん……眠(ねぶ)ったかね、お客さん眠ったかね」
竹「はい、何方(どなた)」
早「へえ私(わし)でがすよ」
竹「おや/\御子息さん、さ此方(こちら)へ……まだ眠(ねむ)りはいたしませんが、蚊帳(かや)の中へ入りましたよ」
早「えゝ嘸(さぞ)まア力に思う人がおっ死(ち)んで、あんたは淋(さみ)しかろうと思ってね、私(わし)も誠に案じられて心配(しんぺえ)してえますよ」
竹「段々お前さんのお世話になって、何(なん)ぞお礼がしたいと思ってもお礼をする事も出来ません」
早「先刻(さっき)親父が処(とけ)え貴方(あんた)が金え包んで種々(いろ/\)厄介になってるからって、別に私(わし)が方へも金をくれたが、そんなに心配(しんぺい)しねえでも宜(え)え、何も金が貰いてえって世話アしたんでねえから」
竹「それはお前の御親切は存じて居ります誠に有難う」
早「あのー昨夜(よんべ)ねえ、私(わし)が貴方(あんた)の袂(たもと)の中へ打投(ぶっぽ)り込んだものを貴方披(ひら)いて見たかねえ」
竹「何を…お前さんが…」
早「あんたの袂の中(なけ)へ書(け)えたものを私(わし)が投(ほう)り込んだ事があるだ」
竹「何様(どん)な書いたもの」
早「何様(どんな)たって、丹誠して心のたけを書いただが、あんたの袂に書いたものが有ったんべい」
竹「私は少しも知らないので、何か無駄書(むだがき)の流行唄(はやりうた)かと思いましたから、丸めて打棄(うっちゃ)ってしまいました」
早「あれ駄目だね、流行唄じゃアねえ、尽(づく)しもんだよ、艶書(いろぶみ)だよ、丸めて打棄っては仕様がねえ、人が種々(いろ/\)丹誠したのによ」
 と大きに失望をいたして欝(ふさ)いでいます。

        三十四

 お竹は漸々(よう/\)に其の様子を察して、可笑(おか)しゅうは思いましたが、また気の毒でもありますからにっこり笑って、
竹「それは誠にお気の毒な事をしましたね」
早「お気の毒ったって、まア困ったな、どうも私(わし)はな……実アな、まア貴方(あんた)も斯うやって独身(ひとり)で跡へ残って淋(さび)しかろうと思い私も独身(ひとりみ)でいるもんだから、友達が汝(われ)え早く女房を貰ったら宜(よ)かろうなんてって嬲(なぶ)られるだ、それに就(つ)いては彼(あ)の優気(やさしげ)なお嬢さんは、身寄頼りもねえ人だから、病人が死なば己(おら)がの女房に貰いてえと友達に喋(しゃべ)っただ、馬十(ばじゅう)てえ奴と久藏てえ奴が、ぱっ/\と此れを方々(ほう/″\)へ触れたんだから、忽(たちま)ち宿中(しゅくじゅう)へ広まっただね」
竹「そんな事お前さん云立(いいた)てをしておくれじゃア誠に困ります」
早「困るたって私(わし)もしたくねえが、冗談を云ったのが広まったのだから、今じゃア是非ともお前(めえ)さんを私の女房にしねえば、世間へ対(てえ)して顔向が出来ねえから、友達に話をしたら、親父が厳(やか)ましくって仕様がねえけんども、貴方(あんた)と己(おれ)と怪(おか)しな仲になっちまえば、友達が何うでも話をして、親父に得心のうさせる、どうせ親父は年い老(と)ってるから先へおっ死(ち)んでしまう、然(そ)うすれば此の家(うち)は皆(みんな)己のもんだ、貴方が私の女房に成ってくれゝば、誠に嬉しいだが、今夜同志に此の座敷で眠(ねぶ)っても宜(よ)かんべえ」
竹「怪(け)しからん事をお云いだね、お前はま私を何だとお思いだ、優しいことを云っていれば好(い)い気になって、お前私が此処(こゝ)へ泊っていれば、家(うち)の客じゃアないか、其の客に対して宿屋の忰が然(そ)んな無礼なことを云って済みますか、浪人して今は見る影もない尾羽打枯(おはうちから)した身の上でも、お前たちのようなはしたない下郎(げろう)を亭主に持つような身の上ではありません、無礼なことをお云いでない、彼方(あっち)へ行きなさい」
早「魂消(たまげ)たね……下郎え……此の狸女(たぬきあま)め……そんだら宜(え)え、そうお前の方で云やア是まで親父の眼顔(めかお)を忍んで銭を使って、お前(めえ)の死んだ仏の事を丹誠した、また尽(つく)しものを書いて貰うにも四百(しひゃく)と五百の銭を持ってって書いて貰ったわけだ、それを下郎だ、身分が違うと云えば、私(わし)も是までになって、あんたに其んなことを云われゝば友達へ顔向が出来ねえから、意気張(いきはり)ずくになりゃア敵(かたき)同志だ、可愛さ余って憎さが百倍、お前の帰(けえ)りを待伏(まちぶせ)して、跡を追(おっ)かけて鉄砲で打殺(ぶッころ)す気になった時には、とても仕様がねえ、然(そ)うなったら是までの命だと諦めてくんろ」
竹「あらまア、そんな事を云って困るじゃアないか、敵同志だの鉄砲で打(う)つのと云って」
早「私(わし)は下郎さ、お前(まえ)はお侍(さむれえ)の娘(むすめ)だろう、併(しか)し然(そ)う口穢(くちぎたな)く云われゝば、私だって快くねえから、遺恨に思ってお前(めえ)を鉄砲で打殺(ぶちころ)す心になったら何うするだえ」
竹「困るね、だけども私はお前に身を任せる事は何うしても出来ない身分だもの」
早「出来ないたって、病人が死んでしまえば便りのない者で困るというから、家(うち)へ置くべいと思って、人に話をしたのが始まりだよ、どうも話が出来ねえば出来ねえで宜(え)いから覚悟をしろ、親父が厳(やか)ましくって家(うち)にいたって駄目だから、やるだけの事をやっちまう、棒鼻(ぼうばな)あたりへ待伏せて鉄砲で打(ぶ)ってしまうから然(そ)う思いなせえ」
竹「まアお待ちなさい」
 と止めましたのは、此様(こん)な馬鹿な奴に遇(あ)っては仕様がない、鉄砲で打(う)ちかねない奴なれど、斯(かゝ)る下郎に身を任せる事は勿論出来ず、併(しか)し世に馬鹿程怖い者はありませんから、是は欺(だま)すに若(し)くはない、今の中(うち)は心を宥(なだ)めて、ほとぼりの脱(ぬ)けた時分に立とうと心を決しました。
竹「あの斯うしておくれな私のようなものをそれ程思ってくれて、誠に嬉しいけれども、考えても御覧、たとえ家来でも、あゝやって死去(なくな)ってまだ七日も経(た)たん内に、仏へ対して其んな事の出来るものでもないじゃアないか」
早「うん、それは然(そ)うだね、七日の間は陰服(いんぷく)と云って田舎などではえら厳(やか)ましくって、蜻蛉一つ鳥一つ捕ることが出来ねえ訳だから、然ういう事がある」
竹「だからさ七日でも済めば、親御も得心のうえでお話になるまいものでもないから、今夜だけの処は帰っておくれ」
早「然(そ)うお前(まえ)が得心なれば帰る、田舎の女子(おなご)のように直(す)ぐ挨拶をする訳には往(い)くめえが、お前のように否(いや)だというから腹ア立っただい、そんなら七日が済んで、七日の晩げえに来るから、其の積りで得心して下さいよ」
 とにこ/\して、自分一人承知して帰ってしまいました。斯様(かよう)な始末ですからお竹は翌朝(よくあさ)立つことが出来ません、既に頼んで置いた舁夫(かごかき)も何も断って、荷物も他所(わき)へ隠してしまいました。主人の五平は、
五「お早うございます、お嬢さま、えゝ只今洪願寺の和尚様が前をお通りになりましたから、今日お立ちになると申しましたら、和尚様の言いなさるには、それは情(なさけ)ない事だ、遠い国へ来て、御兄弟だか御親類だか知らないが、死人を葬り放(ぱな)しにしてお立ちなさるのは情ない、せめて七日の逮夜(たいや)でも済ましてお立ちになったら宜(よ)かろうに、余りと云えば情ない、それでは仏も浮(うか)まれまいとおっしゃるから、私(わし)も気になってまいりました、長くいらっしゃったお客様だ、何は無くとも精進物で御膳でもこしらえ、へゝゝゝ、宅(うち)へ働きにまいります媼達(ばゞあたち)へお飯(まんま)ア喰わして、和尚様を呼んで、お経でも上げてお寺参(めえ)りでもして、それから貴方(あなた)七日を済まして立って下されば、私(わたくし)も誠に快(こゝろよ)うございます、また貴方様も仏様のおためにもなりましょうから、どうか七日を済ましてお立ちを」
竹「成程私(わたくし)も其の辺は少しも心附きませんでした、大きに左様で、それじゃア御厄介序(ついで)に七日まで置いて下さいますか」
 というので七日の間泊ることになりました。他に用は無いから、毎日洪願寺へまいり、夜は回向(えこう)をしては寝ます。宵(よい)の中(うち)に早四郎が来て種々(いろ/\)なことをいう。忌(いや)だが仕方がないから欺(だま)かしては帰してしまう。七日まで/\と云い延べている中(うち)に早く六日経ちました。丁度六日目に美濃の南泉寺(なんせんじ)の末寺(まつじ)で、谷中の随応山(ずいおうざん)南泉寺の徒弟で、名を宗達(そうたつ)と申し、十六才の時に京都の東福寺(とうふくじ)へまいり、修業をして段々行脚(あんぎゃ)をして、美濃路辺(あたり)へ廻って帰って来たので、まだ年は三十四五にて色白にして大柄で、眉毛のふっさりと濃い、鼻筋の通りました品の好(よ)い、鼠無地に麻の衣を着、鼠の頭陀(ずだ)を掛け、白の甲掛脚半(こうがけきゃはん)、網代(あじろ)の深い三度笠を手に提げ、小さな鋼鉄(くろがね)の如意を持ちまして隣座敷へ泊った和尚様が、お湯に入り、夕飯(ゆうはん)を喰(た)べて夜(よ)に入(い)りますと、禅宗坊主だからちゃんと勤めだけの看経(かんきん)を致し、それから平生(へいぜい)信心をいたす神さまを拝んでいる。何と思ったかお竹は襖(ふすま)を開けて、
竹「御免なさいまし」
僧「はい、何方(どなた)じゃ」
竹「私(わたくし)はお相宿(あいやど)になりまして、直(じ)き隣に居りますが、あなた様は最前お著(つき)の御様子で」
僧「はい、お隣座敷へ泊ってな、坊主は経を誦(よ)むのが役で、お喧(やか)ましいことですが、夜更(よふけ)まで誦みはいたしません、貴方も先刻(さっき)から御回向をしていらっしったな」
竹「私(わたくし)は長らく泊って居りますが、供の者が死去(なくな)りまして、此の宿外(しゅくはず)れのお寺へ葬りました、今日(こんにち)は丁度七日の逮夜に当ります、幸いお泊り合せの御出家様をお見掛け申して御回向を願いたく存じます」
僧「はい/\、いや/\それはお気の毒な話ですな、うん/\成程此の宿屋に泊って居る中(うち)、煩(わずろ)うてお供さんが…おう/\それはお心細いことで、此の村方へ御送葬(ごそう/\)になりましたかえ、それは御看経(ごかんきん)をいたしましょう、お頼みはなくとも知ればいたす訳で、何処(どこ)へ参りますか」
竹「はい、こゝに机がありまして、戒名もございます」
僧「あゝ成程左様ならば」
 と是から衣を着換え、袈裟(けさ)を掛けて隣座敷へまいり、机の前へ直りますと、新しい位牌があります、白木の小さいので戒名が書いてあります。
僧「あゝ、是ですか、えゝ、むう八月廿四日(か)にお死去(かくれ)になったな、うむ、お気の毒な事で南無阿弥陀仏々々々々々々、宜しい、えゝ、お線香は私(わし)が別に好(よ)いのを持って居りますから、これを薫(た)きましょう」
 と頭陀(ずた)の中から結構な香を取出し、火入(ひいれ)の中へ入れまして、是から香を薫き始め、禅宗の和尚様の事だから、懇(ねんごろ)に御回向がありまして、
僧「えゝ、お戒名は如何(いか)さま好(よ)いお戒名で、うゝ光岸浄達信士(こうがんじょうたつしんし)」
竹「えゝ、是は只心ばかりで、お懇(ねんごろ)の御回向を戴きまして、ほんのお布施で」
僧「いや多分に貴方、旅の事だから布施物(ふせもつ)を出さんでも宜しい、それやア一文ずつ貰って歩く旅僧(たびそう)ですから、一文でも二文でも御回向をいたすのは当然(あたりまえ)で、併(しか)し布施のない経は功徳にならんと云うから、これは戴きます、左様ならば私(わし)は旅疲れゆえ直(す)ぐに寝ます、ま御免なさい」
 と立ちかけるを留(と)めて、
竹「あなた少々お願いがございます」
僧「はい、なんじゃな」
 と又坐(すわ)る。お竹はもじ/\して居りましたが、応(やが)て、
竹「おつな事を申上げるようでございますが、当家の忰が私(わたくし)を女と侮(あなど)りまして、毎晩私の寝床へまいって、怪(け)しからん事を申しかけまして、若(も)し云うことを肯(き)かなければ殺してしまうの、鉄砲で打つのと申します、馬鹿な奴と存じますから、私も好(よ)い加減に致して、七日でも済んだら心に従うと云い延べて置きましたが、今晩が丁度七日の逮夜で、明朝(みょうあさ)早く此の宿(やど)を立とうと存じますから、屹度(きっと)今晩まいって兎や角申し、又理不尽な事を致すまいものでもあるまいと存じますで、誠に困りますが、幸い隣へお相宿になりましたから、事に寄ると私が貴方の方へ逃込んでまいりますかも知れません、其の時には何卒(どうぞ)お助け遊ばして下さるように」
僧「いや、それは怪(け)しからん、それは飛んだ事じゃ私(わし)にお知らせなさい、押えて宿の主人(あるじ)を呼んで談じます、然(そ)ういう事はない、自分の家(うち)の客人に対して、女旅と侮(あなど)り、恋慕(れんぼ)を仕掛けるとは以(もっ)ての外(ほか)の事じゃ、実に馬鹿程怖い者はない、宜しい/\、来たらお知らせなさい」
竹「何卒(どうか)願います」
 と少し憤(いきどお)った気味で受合いましたから、大きにお竹も力に思って、床を展(と)って臥(ふせ)りました、和尚さまは枕に就(つ)くと其の儘旅疲れと見え、ぐう/\と高鼾(たかいびき)で正体なく寝てしまいました。お竹は鼾の音が耳に附いて、どうも眠(ね)られません、夜半(よなか)に密(そっ)と起きて便所(ようば)へまいり、三尺の開(ひら)きを開けて手を洗いながら庭を見ると、生垣(いけがき)になっている外は片方(かた/\)は畠で片方は一杯の草原(くさはら)で、村の人が通るほんの百姓道でございます。秋のことだから尾花(おばな)萩(はぎ)女郎花(おみなえし)のような草花が咲き、露が一杯に下りて居ります。秋の景色は誠に淋しいもので、裏手は碓氷の根方(ねがた)でございますから小山(こやま)続きになって居ります。所々(ところ/\)ちら/\と農家の灯火(あかり)が見えます、追々戸を締めて眠(ね)た処もある様子。お竹が心の中(うち)で。向うに幽(かす)かに見えるあの森は洪願寺様であるが、彼処(あすこ)へ葬り放しで此処(こゝ)を立つのは不本意とは存じながら、長く泊っていれば、宿屋の忰が来て無理無体に恋慕を云い掛けられるのも忌(いや)な事であると、庭の処から洪願寺の森を見ますと、生垣の外にぬうと立っている人があります。男か女か分りませんが、頻(しき)りと手を出してお出(いで)/\をしてお竹を招く様子、腰を屈(かゞ)めて辞儀をいたし、また立上って手招ぎをいたします。
竹「はてな、私を手招ぎをして呼ぶ人はない訳だが……男の様子だな、事によったら敵(かたき)の手係りが知れて、人に知れんように弟(おとゝ)が忍んで私に会いに来たことか、それとも屋敷から内々(ない/\)音信(たより)でもあった事か」
 と思わず褄(つま)を取りまして、其処(そこ)に有合せた庭草履を穿(は)いて彼(か)の生垣の処へ出て見ると、十間ばかり先の草原(くさばら)に立って居りまして、頻りと招く様子ゆえお竹は、はてな……と怪しみながら又跡を慕ってまいりますと、又男が後(あと)へ退(さが)って手招きをするので、思わず知らずお竹は畠続きに洪願寺の墓場まで参りますと、新墓(しんばか)には光岸浄達信士という卒塔婆(そとば)が立って樒(しきみ)が上(あが)って、茶碗に手向(たむけ)の水がありますから、あゝ私ゃア何うして此処(こゝ)まで来たことか、私の事を案じて忠平が迷って私を救い出すことか、ひょっとしたら私が気を落している所へ附込んで、狐(きつね)狸(たぬき)が化(ばか)すのではないか、もし化されて此様(こん)な処へ来やアしないかと、茫然として墓場へ立止って居りました。

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