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楢ノ木大学士の野宿(ならのきだいがくしののじゅく)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-10-29 16:30:25  点击:  切换到繁體中文


「さあ、見附けたぞ。この足跡の尽きた所には、きっとこいつが倒れたまゝ化石してゐる。おほきな骨だぞ。まづ背骨なら二十米はあるだらう。巨きなもんだぞ。」
大学士はまるで雀躍こをどりして
その足あとをつけて行く。
足跡はずゐぶん続き
どこまで行くかわからない。
それに太陽の光線はあか
たいへん足が疲れたのだ。
どうもをかしいと思ひながら
ふと気がついて立ちどまったら
なんだか足が柔らかな
泥に吸はれてゐるやうだ。
堅い頁岩けつがんはずだったと思って
ならノ木大学士はうしろを向いた。
そしたら全くおどろいた。
さっきから一心にけて来た
おほきな、がまの形の足あとは
なるほどずうっと大学士の
足もとまでつゞいてゐて
それから先ももっと続くらしかったが
も一つ、どうだ、大学士の
銀座でこさへた長靴ながぐつ
あともぞろっとついてゐた。
「こいつはひどい。我輩の足跡までこんなに深く入るといふのは実際少し恐れ入った。けれどもそれでも探求の目的を達することは達するな。少し歩きにくいだけだ。さあもううなったらどこまでだって追って行くぞ。」
学士はいよいよ大股おほまた
その足跡をつけて行った。
どかどか鳴るものは心臓
ふいごのやうなものは呼吸、
そんなに一生けん命だったが
又そんなにあたりもしづかだった。
大学士はふと波打ぎはを見た。
なみがすっかりしづまってゐた。
たしかにさっきまで
寄せてえて砕けてゐた濤が
いつかすっかりしづまってゐた。
「こいつは変だ。おまけにずゐぶん暑いぢゃないか。」
大学士はあふむいて空を見る。
太陽はまるで熟した苹果りんごのやうで
そこらも無暗むやみに赤かった。
「ずゐぶんいやな天気になった。それにしてもこの太陽はあんまり赤い。きっとどこかの火山が爆発をやった。その細かな火山灰が正しく上層の気流に混じて地球を包囲してゐるな。けれどもそれだからと云って我輩のこの追跡には害にならない。もうこの足あとの終るところにあの途方もない爬虫はちゅうの骨がころがってるんだ。我輩はその地点を記録する。もう一足だぞ。」
大学士はいよいよいきほひこんで
その足跡をつけて行く。
ところが間もなく泥浜は
みさきのやうに突き出した。
「さあ、こゝを一つ曲って見ろ。すぐ向ふ側にその骨がある。けれども事によったらすぐ無いかも知れない。すぐなかったらも少し追って行けばいゝ。それだけのことだ。」
大学士はにこにこ笑ひ
立ちどまって巻煙草まきたばこを出し
マッチをって煙を吐く。
それからわざと顔をしかめ
ごくおうやうに大股おほまた
岬をまはって行ったのだ。
ところがどうだ名高いならノ木大学士が
釘付くぎづけにされたやうに立ちどまった。
その眼は空しく大きく開き
そのひざは堅くなってやがてふるへ出し
煙草もいつか泥に落ちた。
青ぞらの下、向ふの泥の浜の上に
その足跡の持ち主の
途方もない途方もない雷竜らいりゅう氏が
いやに細長いくびをのばし
なぎさの水をんでゐる。
長さ十間、ざらざらの
ねずみいろの皮の雷竜が
短い太い足をちゞめ
いやらしい長い頸をのたのたさせ
小さな赤い眼を光らせ
チュウチュウ水を呑んでゐる。
あまりのことに楢ノ木大学士は
頭がしいんとなってしまった。
「一体これはどうしたのだ。中生代に来てしまったのか。中生代がこっちの方へやって来たのか。ああ、どっちでもおんなじことだ。とにかくあすこに雷竜らいりゅうが居て、こっちさへ見ればかけて来る。大学士も魚も同じことだ。見るなよ、見るなよ。僕はいま、ごくこっそりと戻るから。どうかしばらく、こっちを向いちゃいけないよ。」
いまやならノ木大学士は
そろりそろりと後退あとずさりして
来た方へげて戻る。
その眼はじっと雷竜を見
その手はそっと空気を押す。
そして雷竜の太い尾が
まづ見えなくなりその次に
山のやうな胴がかくれ
おしまひ黒い舌を出して
びちょびちょ水をんでゐる
へびに似たその頭がかくれると
大学士はまづ助かったと
いきなり来た方へ向いた。
その足跡さへずんずんたどって
遁げてさへ行くならもう直きに
なぎさなみも打って来るし
空も赤くはなくなるし
足あとももう泥に食ひ込まない
堅い頁岩けつがんの上を行く。
がけにはゆふべのほらもある
そこまで行けばもう大丈夫
こんなあぶない探険などは
今度かぎりでやめてしまひ
博物館へも断はらせて
東京のまちのまん中で
赤い鼻の連中などを
相手に法螺ほらを吹いてればいゝ。
大体こんな計算だった。
それもまるきりいなづまのやうな計算だ。
ところがならノ木大学士は
も一度ぎくっと立ちどまった。
そのひざはもうがたがたと鳴り出した。
見たまへ、学士の来た方の
泥の岸はまるでいちめん
うじゃうじゃの雷竜らいりゅうどもなのだ。
まっ黒なほど居ったのだ。
長いくびを天に延ばすやつ
頸をゆっくり上下に振るやつ
急いで水にかけ込むやつ
実にまるでうじゃうじゃだった。
「もういけない。すっかりうまくやられちゃった。いよいよおれも食はれるだけだ。大学士の号も一所になくなる。雷竜はあんまりひどい。前にも居るしうしろにも居る。まあたゞ一つたよりになるのはこのみさきの上だけだ。そこに登っておれは助かるか助からないか、事によったら新生代の沖積世が急いで助けに来るかも知れない。さあ、もうたったこの岬だけだぞ。」
学士はそっと岬にのぼる。
まるできのことあすなろとの
合の子みたいな変な木が
がけにもじゃもじゃ生えてゐた。
そして本当に幸なことは
そこには雷竜が居なかった。
けれども折角登っても
そこらの景色は
あんまりいゝといふでもない、
岬の右も左の方も
泥のなぎさは、もう一めんの雷竜だらけ
実にもじゃもじゃしてゐたのだ。
水の中でも黒い白鳥のやうに
頭をもたげて泳いだり
頸をくるっとまはしたり
そのいやらしいことこはいこと
大学士はもう眼をつぶった。
ところがいつか大学士は
自分の鼻さきがふっふっ鳴って
暖いのに気がついた。
「たうとう来たぞ、喰はれるぞ。」
大学士は観念をして眼をあいた。
大さ二尺の四っ角な
まっ黒な雷竜らいりゅうの顔が
すぐ眼の前までにゅうと突き出され
その眼は赤く熟したやう。
そのくびは途方もない向ふの
ねずみいろのがさがさした胴まで
まるで管のやうに続いてゐた。
大学士はカーンと鳴った。
もう喰はれたのだ、いやさめたのだ。
眼がさめたのだ、洞穴ほらあな
まだまっ暗で恐らくは
十二時にもならないらしかった。
そこでならノ木大学士は
一つ小さなせきばらひをし
まだ雷電が居るやうなので
つくづくやみをすかして見る。
外ではたしかになみの音
「なあんだ。馬鹿ばかにしてやがる。もうねむれんぞ。寒いなあ。」
又たばこを出す。火をつける。

楢ノ木大学士は宝石学の専門だ。
その大学士の小さな家
「貝の火兄弟けいてい商会」の
赤鼻の支配人がやって来た。
「先生お手紙でしたから早速とんで来ました。大へんお早くお帰りでした。ごく上等のやつをお見あたりでございましたか、何せ相手がグリーンランドの途方もない成金ですからありふれたものぢゃなかなか承知しないんです。」
大学士は葉巻を横にくはへ
雲母紙うんもしを張った天井を
斜めに見ながらかう云った。
「うん探して来たよ、僕は一ぺん山へ出かけるともうどんなもんでも見附からんと云ふことは断じてない、けだしすべての宝石はみな僕をしたってあつまって来るんだね。いやそれだから、此度こんどなんかもまったくひどく困ったよ。殊に君注文が割合に柔らかな蛋白石たんぱくせきだらう。僕がその山へ入ったら蛋白石どもがみんなざらざら飛びついて来てもうどうしてもはなれないぢゃないか。それが君みんな貴蛋白石プレシアスオーパルの火の燃えるやうなやつなんだ。望みのとほりみんな背嚢はいなうの中に納めてやりたいことはもちろんだったが、それでは僕も身動きもできなくなるのだから気の毒だったがその中からごくいゝやつだけ撰んださ。」
「ははあ、そいつはどうも、大へん結構でございました。しかし、そのお持ち帰りになりました分はいづれでございますか。一寸ちょっと拝見をねがひたう存じます。」
「あゝ、見せるよ。たゞ僕はあんな立派なやつだから、事によったらもうすっかり曇ったぢゃないかと思ふんだ。実際蛋白石ぐらゐたよりのない宝石はないからね。今日にじのやうに光ってゐる。あしたは白いたゞの石になってしまふ。今日は円くて美しい。あしたは砕けてこなごなだ。そいつだね、こはいのは。しかしとにかく開いて見よう。この背嚢さ。」
「なるほど。」
貝の火兄弟けいてい商会の
鼻の赤いその支配人は
こくっと息をみながら
大学士の手もとを見つめてゐる。
大学士はごく無雑作に
背嚢をあけて逆さにした。
下等な玻璃蛋白石はりたんぱくせき
三十ばかりころげだす。
「先生、困るぢゃありませんか。先生、これでは、何でも、あんまりぢゃありませんか。」
ならノ木大学士は怒り出した。
「何があんまりだ。僕の知ったこっちゃない。ひどい難儀をしてあるんだ。旅費さへ返せばそれでよからう。さあ持って行け。帰れ、帰れ。」
大学士は上着の衣嚢かくしから
ねずみいろのしわくちゃになった状袋を
出していきなり投げつけた。
「先生困ります。あんまりです。」
貝の火兄弟けいてい商会の
赤鼻の支配人は云ひながら
すばやく旅費の袋をさらひ
上着の内衣嚢うちポケットに投げ込んだ。
「帰れ、帰れ、もう来るな。」
「先生、困ります。あんまりです。」
たうとう貝の火兄弟商会の
赤鼻の支配人は帰って行き
大学士は葉巻を横にくはへ
雲母紙うんもしを張った天井を
斜めに見ながらにやっと笑ふ。





底本:「新修宮沢賢治全集 第十巻」筑摩書房
   1979(昭和54)年9月15日初版第1刷発行
   1983(昭和58)年4月20日初版第5刷発行
入力:林 幸雄
校正:今井忠夫
2003年4月2日作成
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