三 雨夜
それから二月程たつた後である。或
すると十五六の
一度引きこんだ女の童は、局の口へ帰つて来ると、やはり小声にこんな返事をした。
「どうかこちらに御待ち下さいまし。今に皆様が御休みになれば、御逢ひになるさうでございますから。」
平中は思はず微笑した。さうして女の童の案内通り、侍従の居間の隣らしい、
「やつぱりおれは智慧者だな。」
女の童が何処かへ退いた後、平中は独りにやにやしてゐた。
「さすがの侍従も今度と云ふ今度は、とうとう心が折れたと見える。
平中はそろそろ不安になつた。
「しかし逢ひもしないものが、逢ふと云ふ訳もなささうなものだ。するとおれのひがみかな? 何しろざつと六十通ばかり、のべつに文を持たせてやつても、返事一つ貰へなかつたのだから、ひがみの起るのも尤もな話だ。が、ひがみではないとしたら、――又つくづく考へると、ひがみではない気もしない事はない。いくら親切に
平中は
「ひがみだと思へば、ひがみのやうだし、ひがみでないと、――いや、ひがみだと思つてゐれば、ひがみでも何でもなくなるし、ひがみでないと思つてゐれば、案外ひがみですみさうな気がする。一体運なぞと云ふやつは、皮肉に出来てゐるものだからな。して見れば、何でも
平中は耳を
「此処が辛抱のし所だな。もう
こんな事を思つてゐる内に、思ひがけない物の音が、平中の耳を驚かせた。いや、驚かせたばかりではない、この音を聞いた平中の顔は、突然
平中は遣戸を引いて見た。戸は彼の思つた通り、するりと
「ゐないのかな? ゐれば何とか云ひさうなものだ。」
かう彼が思つた時、平中の手は偶然にも柔かな女の手にさはつた。それからずつと探りまはすと、絹らしい
これは夢でも幻でもない。侍従は平中の鼻の先に、打衣一つかけた儘、しどけない姿を横たへてゐる。彼は其処にゐすくんだなり、我知らずわなわな震へ出した。が、侍従は不相変、身動きをする気色さへ見えない。こんな事は確か何かの草紙に、書いてあつたやうな心もちがする。それともあれは何年か以前、
「
平中は侍従を引き寄せながら、かうその耳に
一瞬間、――その一瞬間が過ぎてしまへば、彼等は必ず愛欲の嵐に、雨の音も、空焚きの匂も、本院の
「お待ちなさいまし。まだあちらの障子には、懸金が下してございませんから、あれをかけて参ります。」
平中は唯
「春雨、侍従、弥陀如来、雨宿り、雨だれ、侍従、侍従、……」
平中はちやんと眼を
「雨竜、香炉、雨夜のしなさだめ、ぬば玉の闇のうつつはさだかなる夢にいくらもまさらざりけり、夢にだに、――どうしたのだらう? 懸け金はもう下りたと思つたが、――」
平中は頭を
「まさか、――いや、事によると、――」
平中は
「平中、平中、お前はもう天が下の色好みでも何でもない。――」
平中は障子に寄りかかつた儘、失心したやうに呟いた。
「お前の容色も劣へた。お前の才も元のやうぢやない。お前は
好色(こうしょく)
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