您现在的位置: 贯通日本 >> 作家 >> 坂口 安吾 >> 正文
オモチャ箱(オモチャばこ)


          ★

 私は電報がきて小田原へ行つたが、私がついてまもなく、その日の新聞で良人の自殺を知つた女房が帰つてきた。彼女は私にちよつと来て下さいと別室へつれて行き、箪笥たんすからとりだしたのか、喪服に着かへながら、
「あいつ、私を苦しめるために自殺したのよ」
「そんなことはないさ。人を苦しめるために人間も色んなことをするだらうけど、自殺はしないね。ヒステリーの娘ぢやあるまいし、四十歳の文士だから」
「うそよ。あいつ、私を苦しめるためなら、なんだつてするわ。いやがらせの自殺よ」
「まア、気をしづめなさい」
 私はふりむいて部屋を去つた。私には彼女が喪服を持つてゐたのが不思議であつた。どうして喪服だけ質屋に入れてゐなかつたのか、着る物の何から何まで流してしまつた生活の中で。
 私がそんなことを考へたのも、女の喪服といふものが奇妙に色ッポイからで、特別それを着つゝある最中は甚だもつて悩ましい。さういふ奇怪になまめかしく色つぽいのがポロポロ口惜し涙を流して、あいつ、私を苦しめるために自殺しやがつた、といふ、私もこれには色ッポサの方に当てられたから、さつさと逃げだしてしまつた。まことにお恥しい次第である。
 私はその後いくばくもなく京都へ放浪の旅にでた。一年半、それから東京へ帰つた一夜、庄吉夫人の訪問を受けた。彼女はすさみきつてゐた。彼女はオメカケになつてゐた。オメカケといふよりも売娼婦、それも最もすさみはてた夜鷹、さういふ感じで、私は正視に堪へなかつたのである。その後、実際に、さういふ生活におちたといふやうな噂をきいた。
 庄吉は夢をつくつてゐた人だ。彼の文学が彼の夢であるばかりでなく、彼の実人生が又、彼の夢であつた。
 然し、夢が文学でありうるためには、その夢の根柢が実人生に根をはり、彼の立つ現実の地盤に根を下してゐなければならない。始めは下してゐたのである。だから彼の女房は夢の中に描かれた彼女を模倣し、やがて分ちがたく似せ合せ、彼等の現実自体を夢とすることができたのだ。
 彼の人生も文学も、彼のこしらへたオモチャ箱のやうなもので、オモチャ箱の中の主人公たる彼もその女房も然し彼の与へた魔術の命をもち、たしかに生きた人間よりもむしろ妖しく生存してゐたのである。
 私は然し、彼の晩年、彼のオモチャ箱はひつくりかへり、こはれてしまつたのだと思つてゐる。彼の小説は彼の立つ現実の地盤から遊離して、架空の空間へ根を下すやうになり、彼の女房も、オモチャ箱の中の女房がもう自分ではないことを見破るやうになつてゐたのだ。
 庄吉だつて知つてゐた筈だ。彼の女房のイノチは実は彼がオモチャ箱の中の彼女に与へた彼の魔力であるにすぎず、その魔力がなくなるとき、彼女のイノチは死ぬ。そして彼が死にでもすれば、男もつくるだらうし、メカケにもならう、淫売婦にもなるであらう、といふことを。
 彼の鬼の目はそれぐらゐのことはチャンと見ぬいてゐた筈なのだが、彼は自分の女房は別のもの、女房は別もの、たゞ一人の女、彼のみぞ知る魂の女、そんなふうな埒もない夢想的見解にとらはれ、彼が死んでしまへば、女房なんて、メカケになるか売春婦になるか、大事な現実の根元を忘れ果てゝしまつてゐたのだ。
 庄吉よ、現にあなたの女房はさうなつてゐるのだ。
 私はあなたを辱しめるのでもなく、あなたの女房を辱しめるのでもない。人間万事がさうしたものなのだ。
 あなたの文学が、あなたの夢が、あなたのオモチャ箱が、この現実を冷酷に見つめて、そこに根を下して、育ち出発することを、なぜ忘れたのですか。現実は常にかく冷酷無慙であるけれども、そこからも、夢は育ち、オモチャ箱はつくれるものだ。
 私はあなたの女房のサンタンたる姿を眺めたとき、庄吉よ、これを見よ、あなたはなぜこれを見ることを忘れたのか、だからあなたはあんなに下らなく死んだのだ、バカ、だから女房が実際こんなにあさましくもなつたんぢやないか、あなたは負けた、この女房のサンタンたる姿に。なんといふことだ、あんな立派な鬼の目をもちながら。
 私は、あなたの実に下らぬ死を思ひ、やるせなくて、たまらなかつたのだ。





底本:「坂口安吾全集 05」筑摩書房
   1998(平成10)年6月20日初版第1刷発行
初出:「光 第三巻第七号」
   1947(昭和22)年7月1日発行
※底本の解題によれば、本作品のテキストは「著者の直筆原稿」をもとにしています。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:宮元淳一
2006年3月22日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。




●表記について
  • このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
  • 「くの字点」は「/\」で表しました。

上一页  [1] [2] [3] [4] [5] [6]  尾页

作家录入:贯通日本语    责任编辑:贯通日本语 

发表评论】【加入收藏】【告诉好友】【打印此文】【关闭窗口

相关文章

私は海をだきしめてゐたい(わたしはうみをだきしめていたい)
我が人生観(わがじんせいかん)08 (八)安吾風流譚
我が人生観(わがじんせいかん)07 (七)芥川賞殺人犯人
我が人生観(わがじんせいかん)06 (六)日大ギャング
我が人生観(わがじんせいかん)05 (五)国宝焼亡結構論
我が人生観(わがじんせいかん)04 (四)孤独と好色
我が人生観(わがじんせいかん)03 (三)私の役割
我が人生観(わがじんせいかん)02 (二)俗悪の発見
我が人生観(わがじんせいかん)01 (一)生れなかった子供
狼園(ろうえん)
老嫗面(ろううめん)
流浪の追憶(るろうのついおく)
夜長姫と耳男(よながひめとみみお)
欲望について(よくぼうについて)
由起しげ子よエゴイストになれ(ゆきしげこよエゴイストになれ)
幽霊と文学(ゆうれいとぶんがく)
矢田津世子宛書簡(やだつせこあてしょかん)
模範少年に疑義あり(もはんしょうねんにぎぎあり)
未来のために(みらいのために)
水鳥亭(みずとりてい)
街はふるさと(まちはふるさと)
牧野さんの死(まきのさんのし)
牧野さんの祭典によせて(まきのさんのさいてんによせて)
本郷の並木道(ほんごうのなみきみち)
勉強記(べんきょうき)