| 底本: | 坂口安吾全集 02 |
| 出版社: | 筑摩書房 |
| 初版発行日: | 1999(平成11)年4月20日 |
| 入力に使用: | 1999(平成11)年4月20日初版第1刷 |
| 校正に使用: | 1999(平成11)年4月20日初版第1刷 |
| 底本の親本: | 文体 第一巻第二号 |
| 初版発行日: | 1938(昭和13)年12月1日 |
昔、越後之国魚沼の僻地に、閑山寺の六袋和尚といつて近隣に徳望高い老僧があつた。
初冬の深更のこと、雪明りを
明方ちかく、窓外から、頻りに泣き叫ぶ声が起つた。やがて先ほどの手を再び差しのべる者があり、声が言ふには「和尚さま。誤つて有徳の沙門を嬲り、お書きなさいました文字の重さに、帰る道が歩けませぬ。
翌晩、坊舎の窓を叩き、訪ふ声がした。雨戸を開けると、昨夜の狸が手に
その後、夜毎に、季節の木草をたづさへて、窓を訪れる習ひとなつた。追々昵懇を重ねて心置きなく物を言ふ間柄となるうちに、独居の和尚の不便を案じて、なにくれと小用に立働くやうになり、いつとなくその高風に感じ入つて自ら小坊主に姿を変へ、側近に仕へることとなつた。
この狸は通称を団九郎と云ひ、眷族では名の知れた一匹であつたさうな。ほどなく経文を
六袋和尚は和歌俳諧をよくし、又、折にふれて仏像、菩薩像、羅漢像等を刻んだ。その羅漢像、居士像等には狗狸に類似の面相もあつたといふが、恐らく偶然の所産であつて、団九郎に関係はなかつたのだらう。
いつとなく、団九郎も彫像の三昧を知つた。木材をさがしもとめ、和尚の熟睡をまつて庫裏の一隅に胡座し、鑿を揮ひはじめてのちには、雑念を離れ、
六袋和尚は六日先んじて己れの死期を予知した。諸般のことを調へ、辞世の句もなく、特別の言葉もなく、
参禅の三摩地を味ひ、諷経念誦の法悦を知つてゐたので、和尚の
新らたな住持は弁兆と云つた。彼は単純な酒徒であつた。先住の高風に比べれば百難あつたが、彼も
弁兆は食膳の吟味に心をくばり、一汁の風味にもあれこれと工夫を命じた。団九郎の坐禅諷経を封じて、山陰へ木の芽をとらせに走らせ、又、屡々蕎麦を打たせた。一酔をもとめてのちは、肩をもませて、やがて
一夕、雲水の僧に変じて、団九郎は山門をくぐつた。折から弁兆は小坊主の無断不在をかこちながら、酒食の支度に余念もなかつた。
雲水の僧は身の丈六尺有余、筋骨隆々として、手足は古木のやうであつた。両眼は炬火の如くに燃え、両頬は岩塊の如く、鼻孔は風を吹き、口は荒縄を縒り合せたやうであつた。
雲水の僧は庫裏へ現れ、弁兆の眼前を立ちふさいだ。それから、
「
酒糟
弁兆は徳利を落し、さて、臍下丹田に力を籠めて、まづ大喝一番これに応じた。
と、雲水の僧は、やをらかたへの囲炉裏の上へ半身をかがめた。左手に右の衣袖を収めて、
「
酒糟の漢よく仏法を喰ふや如何に」
雲水の僧はにぢり寄つて、真赤な燠を弁兆の鼻先へ突きつけた。弁兆に二喝を発する勇気がなかつた。思はず色を失つて、飛び
「這の掠虚頭の漢(いんちきやらうめ)!」
雲水の僧は
雲水の僧は住持となつた。人
村に久次といふしれものがあつた。大青道心の坐禅三昧を可笑しがり、法話の集ひのある夕辺、庫裏へ忍び、和尚の食餌へやたらと
果して和尚は、開口一番、放屁の誘惑に狼狽した。臍下丹田に力を籠めれば、放屁の音量を大にするばかりであり、丹田の力をぬけば、心気顛倒して為すところを失ふばかりであつた。
「しばらく誦経致さう」
和尚は腹痛を押へてやをら立上り、木魚の前に端坐した。
釈迦牟尼成道の時にも降魔のことがあつた。正法には必ず障礙のあるもの。放屁を抑へようとして四苦八苦するのも未だ法を会得すること遠きがゆゑであり、放屁の漏出に狼狽して為すところを忘れるのも未だ全機透脱して大自在を得る
それにつけても、俗人の済度しがたいことを嘆いて、人里から一里ばかり山奥に庵を結び、遁世して禅定三昧に没入した。
冬がきて、田舎役者の一行がこの草庵を通りかかつた。
雪国の農夫達は冬毎にその故里の生業を失ひ、雪解けの頃まで他郷へ稼ぎにでかけるのが昔からの習ひであつた。部落によつて、あるひは灘伊丹の酒男、あるひは江戸の奉公と様々であるが、所によつては、越後獅子の部落もあり、村廻りの神楽狂言芝居等を伝承するところもあつた。もとより正業は農であるが、副業も亦概ね世襲で、現今も尚このあたりには冬毎に芝居を巡業する部落がある。丈余の雪上に舞台を設へ、観客も亦雪原に筵をしき、持参の重箱をひらいて酒をのみながら見物する。木戸として特に規定の金額がないから、金銭を支払ふ者は甚だ稀で、通例米味噌野菜酒等を木戸銭に代へ、一族ひきつれて観覧にあつまる。演者はただひたすらに芝居を楽しむといふ風で、寒気厳烈の雪原とはいへさながらに春風駘蕩、「三年さきに勘平の男前の若い衆はどうなすつたね。女の子が夢中になつたものだつたが、達者かね」「あの野郎は
折から一行のひとりに病人ができた。通りかかつた草庵をこれ幸ひに無心して病人を担ぎ入れたが、翌日も、また翌日も、はかばかしくいかない。先を急ぐ旅のこととて、ひとりの附添ひを置き残して一座の者は立去つた。