您现在的位置: 贯通日本 >> 作家 >> 坂口 安吾 >> 正文
今後の寺院生活に対する私考(こんごのじいんせいかつにたいするしこう)

底本: 堕落論
出版社: 新潮社
初版発行日: 2000(平成12)年6月1日
入力に使用: 2004(平成16)年4月20日5刷
校正に使用: 2005(平成17)年2月10日6刷

 

寺院に特殊な生活があるとすれば禁欲生活より外にはないと思われます。しかし一般人間に即した生活すなわち情欲や物欲に即した生活のあることを忘れる訳には行きません。寺院の人々は禁欲生活を過重し勝ちでとかく所謂いわゆる煩悩ぼんのうに即した生活の中にも道徳律や悟脱の力のあることを忘れている様です。禁欲生活が道徳的にすぐれている理由もなく、又特に早く悟れる理由もありません。生活はその人の信条で生きるもので要するに何でもかまいませんが、愛欲のきずなもあきらめられない。禁欲生活の外分も保ちたいなんてのは、随分あさまし過ぎると思われます。むしろ一般の欲に即した生活を土台にして出直すのが本統ではありますまいか。





底本:「堕落論」新潮文庫、新潮社
   2000(平成12)年6月1日発行
   2004(平成16)年4月20日5刷
初出:「涅槃 第1巻第2号」
   1927(昭和2)年3月1日発行
入力:うてな
校正:noriko saito
2006年7月4日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。




●表記について
  • このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
  • 傍点や圏点、傍線の付いた文字は、強調表示にしました。
[1] [2] [下一页]

作家录入:贯通日本语    责任编辑:贯通日本语 

发表评论】【加入收藏】【告诉好友】【打印此文】【关闭窗口

相关文章

私は海をだきしめてゐたい(わたしはうみをだきしめていたい)
我が人生観(わがじんせいかん)08 (八)安吾風流譚
我が人生観(わがじんせいかん)07 (七)芥川賞殺人犯人
我が人生観(わがじんせいかん)06 (六)日大ギャング
我が人生観(わがじんせいかん)05 (五)国宝焼亡結構論
我が人生観(わがじんせいかん)04 (四)孤独と好色
我が人生観(わがじんせいかん)03 (三)私の役割
我が人生観(わがじんせいかん)02 (二)俗悪の発見
我が人生観(わがじんせいかん)01 (一)生れなかった子供
狼園(ろうえん)
老嫗面(ろううめん)
流浪の追憶(るろうのついおく)
夜長姫と耳男(よながひめとみみお)
欲望について(よくぼうについて)
由起しげ子よエゴイストになれ(ゆきしげこよエゴイストになれ)
幽霊と文学(ゆうれいとぶんがく)
矢田津世子宛書簡(やだつせこあてしょかん)
模範少年に疑義あり(もはんしょうねんにぎぎあり)
未来のために(みらいのために)
水鳥亭(みずとりてい)
街はふるさと(まちはふるさと)
牧野さんの死(まきのさんのし)
牧野さんの祭典によせて(まきのさんのさいてんによせて)
本郷の並木道(ほんごうのなみきみち)
勉強記(べんきょうき)