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長島の死(ながしまのし)

底本: 坂口安吾選集 第十巻エッセイ1
出版社: 講談社
初版発行日: 1982(昭和57)年8月12日
入力に使用: 1982(昭和57)年8月12日第1刷
校正に使用: 1982(昭和57)年8月12日第1刷

底本の親本: 堕落論
出版社: 銀座出版社
初版発行日: 1947(昭和22)年6月

 

長島に就て書いてみたところが、忽ち百枚を書いたけれども、重要なことが沢山ぬけているような気がして止してしまった。長島は私の精神史の中では極めて特異な重大な役割を持っているので、私の生きる限りは私の中に亡びることがないのである。従而、今あわただしく長島の全てに就て書き尽すまでもなく、これからの生涯に私の書くところの所々に於て、陰となり流れとなって書き尽されずには有り得ないのであろう。今は簡単に長島の死に就て書くことにする。

 私の知っているだけでも、長島は三度自殺を企てた。その都度、遺書、或いは死に関する感想風のものを受けとるのは私の役目――全く役目のようなものであったし、同時にその家族に依頼を受けて、死に損った長島と最初の話を交すのも私の役目であった。考えてみると、実に根気よく自殺を企て、根気よく失敗したものだと思う。無論、酔狂や狂言の自殺ではなかったのである。一度は信濃の山奥の宿で、これは首を吊ったのだが、縄が切れて、血を吐いて気を失って倒れているのを発見された。次には横須賀の旅籠で、次には自宅で。これは致死量以上の劇薬を嚥みすぎて結局生き返ったのである。このほかにもやっていないとは言えない。一週間ばかりというもの、連日つづけさまに死に就ての已に錯乱した感想を受けとった記憶が二度ばかりあるが、その結果がどうなったことやら私は忘れた。とにかく、毎年春になると一種の狂的な状態になるのである。これは如何ともなしがたい生理的な事柄であるから、仕方がなかった。
 私は彼のように「追いつめられた」男を想像によってさえ知ることが出来ないように思う。その意味では、あの男の存在は私の想像力を超越した真に稀な現実であった。尤も何事にそうまで「追いつめられた」かというと、そういう私にもハッキリとは分らないが、恐らくあの男の関する限りの全ての内部的な外部的な諸関係に於て、その全部に「追いつめられて」いたのだろうと思う。たとい恋をかちえても、名声をかちえても、産をなしても、恋を得たことによって名声を得たことによって一人あくことなく追いつめられずには止まないたちの、宿命として何事によらず追いつめられるたちの男であったのだろうと考えている。彼の死にあい、さて振返ってみると、実に凄惨な男であったと言わざるを得ない。彼ほど死を怖れた人間も尠いのであろう。彼の自殺といえども所詮は生きたいためであった。彼もそれを百も承知していたが、彼の生涯を覆うた一種奇怪なポーズは、彼を自殺へ走らせずにはやまなかった。全く、彼の奇怪なポーズは私の想像能力をも超えているかに思われる。殆んど現実の凡ゆる解釈を飛びこえて、不可解な宿命へまで結びついているとしか考えられない。
 丁度このクリスマスの前夜に、また長島の危篤の電報を受けとった。ところが、十二月の初めに、四五通のやや錯乱した手紙とここへ載せてある「エスキス・スタンダール」の原稿とを受けとっていたので、又自殺するのだろうという予感を懐いていた。馴れているので驚きも慌てもする筈はない。さりとてこの自殺は私の力でどうすることもできないことが分っているので、ほったらかしておいたのである。寧ろ、これまでの例で言うと、なまじいに留めだてに類することをしたばかりに却って死に急がせる結果をまねいたこともあるので、私としては、ほったらかしておくほかに手段がなかったのである。
 電報によって赴いてみると、今度は自殺ではなかった。脳炎という病気であった。脳膜炎どころの話ではなく、膜を通り越して完全に脳そのものをやられているのだという。むろん完全な発狂である。治っても白痴になるばかりだという。昏睡におちていた。
 医者はこの昏睡のまま死ぬであろうと言っていたが、再び眼を覚した。のみならず、眼を覚すこと十二時間の後、再び昏睡におち、今度こそそのまま死が来るだろうと予定されているのに丁度十二時間の昏睡ののち、またまた覚めた。こうして、生きることが已に狂的な不思議な状態が一週間ほどつづいて、一月元旦、正しく言うと元旦をすぎること五分ののち昏睡のまま永眠した。
 この昏睡の間は体温三十六度であるが、覚めたときは四十一度になっている。その体温表は、丁度過ぐる大震災の地震計を見るようなものである。生きながら、その顔は死の相であったし、視覚も触覚も聴覚も、或る時は殆んど失われていた。腹から下は死の冷めたさであった。頻りに苦痛を訴えて見るに忍びない姿であったが、ことに私は、彼と話を交すために――彼は頻りに私の名を呼ぶので――その口へ耳を寄せる時、殆んど死臭のような堪えがたい悪臭の漂うのには無慙な感をいだかされた。死んでからの顔の方がはるかに安らかであったのである。ポオの小説に“The facts in the ease of Mr. Valdemar”という物語がある。ある男が、催眠術によって人間の生命を保ちえないものかと考えて、瀕死の病人に催眠術をかける。丁度死んだと思う頃、呼びさまして話しかけてみると、自分はもう死んでいると病人は言う、そうして断末魔よりも深い苦痛の声をもって苦しみを訴えるのである。それからの連日二十四時間毎に呼びさまして話しかけると、その表情その声は一日は一日に凄惨を極め、遂いに術者も見るに堪えがたい思いとなって術をとくのであるが、とたんに肉体は忽然として消え失せ、世に堪えがたい悪臭を放つところの液体となって床板の上に縮んでしまう。――大体、こんな筋の話であったと記憶しているが、私は長島の危篤の病床で、この物語を思い出していたのである。一つには長島もこの物語を読んでいたからであって、ある日私にそのことを物語った記憶が残っていたからであろう。そのことと関係はないが、彼は私への形見にポオの全集とファブルの『昆虫記』の決定版とを送るようにと家族に言い残して死んだ。

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