「…………」
「……相手が君だと滅多にボロを出す気づかいは無い。トテモ一筋縄では行くまいとは思ったが、チョット
そう云うT刑事の笑い声が終るか終らないかに、頭を下げていた私は突然、
「……嘘です……嘘です……間違いです……この手錠を取って下さいッ……
しかしボールとテニスで鍛えた私の体力も、三人の刑事には
それから私は予定の通り、スエーターもパンツも破れ歪んだミジメな姿で、三人の刑事に引っ立てられて立ち上った。そうしてシッカリと眼を閉じて仰向いたまま、ハアハアと息を切らしながら、板張りの廊下を真直に、表口の階段へかかったのであったが、その途中の鏡の前まで来ると、私は又もギックリとして立ち止まった。この間の晩の通りに……何故だかよくわからないまま……。
……大鏡の中には色の黒い、
……その変り果てた自分の姿を、吸い付けられたような気持で凝視しているうちに、私は何故ともなく髪の毛がザワザワザワザワと
……と……気が付くと同時に私は、自分の姿と向い合ったまま、無限の谷底をグングン落ち込んで行くような感じがした。気が遠くなってフラフラと倒れそうになった。
それを一生懸命の思いで踏みこたえながら私は、鏡の中の自分の姿に向って一歩踏み出した。今にも真暗くなりそうな
「……オレダヨオ――オ――」
底本:「夢野久作全集8」ちくま文庫、筑摩書房
1992(平成4)年1月22日第1刷発行
※「気持」「気持ち」の不統一は底本のママとした。
入力:柴田卓治
校正:柳沢成雄
2000年4月19日公開
2006年3月15日修正
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