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菊模様皿山奇談(きくもようさらやまきだん)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006/9/7 10:43:59 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


        十六

 お小姓姿の美しい者が眼に涙を浮(うか)めまして、
女「貴方まア私(わたくし)から幾許(いくら)お文(ふみ)を上げましても一度もお返辞のないのはあんまりだと存じます、貴方はもう亀井戸(かめいど)の事をお忘れ遊ばしたか、私はそればっかり存じて居りますけれども、掟が厳しいのでお目通りを致すことも出来ませんでしたが、今晩は宜(よ)い間(ま)にお目に懸れました」
春「他(ひと)に知れてはならんが、今夜は雪が降って来たので、廻りの者も自然役目を怠って、余りちょん/\叩いて廻らんようだが、先刻(さっき)ちょいと合図をしたから、ひょっと出て来ようと存じてまいったが、此の事が伯父に知れた日にア実に困るから、他(ひと)に知れんようにして私(わし)も会いたいと思うから、来年三月宿下(やどさが)りの折に、又例の亀井戸の巴屋(ともえや)で緩(ゆっ)くり話を致しましょう」
女「宿下(やどさがり)の時と仰しゃっても、本当に七夕様のようでございますね、一年に一度しきゃアお目通りが出来ないのかと思いますと、此の頃では貴方の夢ばかり見て居りますよ、私(わたくし)は思いの儘なことを書いて置きましたから、これを篤(とっ)くり見て下されば分りましょう、私の身にかゝる事がございますからお持ち遊ばせ」
 と渡す途端に後(うしろ)から突然(だしぬけ)に大声で、
大「火の廻り」
 という。二人は恟(びっく)り致しまして、後(あと)へ退(の)き、女は慌(あわ)てゝ開き戸を締めて奥へ行(ゆ)く。彼(か)の春部という若侍も同じく慌てゝお馬場口の方へ遁(に)げて行く。大藏は密(そっ)と後(あと)へ廻って、三尺の開戸(ひらきど)を見ますと、慌てゝ締めずにまいったから、戸がばた/\煽(あお)るが、外から締りは附けられませんから石を支(か)って置きまして、独言(ひとりごと)に、
大「困ったな、女が手紙を出したようだが、男の方で取ろうという処を、己が大きな声で呶鳴(どな)ったから、驚いたものか文を落して行った、これは宜(よ)い物が手に入(い)った」
 と懐へ入れて詰所へ帰り、是から同役と交代になります。
大「此の手紙をいつぞは用に立てよう」
 と待ちに待って居りました。彼(か)の春部というものは、お小姓頭を勤め十五石三人扶持を領し、秋月の甥(おい)で、梅三郎(うめさぶろう)という者でございます。お目附の甥だけに羽振が宜しく、お父(とっ)さまは平馬(へいま)という。梅三郎は評判の美男(びなん)で、婀娜(あだ)な、ひんなりとした、芝居でいたせば家橘(かきつ)か上(のぼ)りの菊の助でも致しそうな好男(いゝおとこ)で、丁度其の月の二十八日、春部梅三郎は非番のことだから、用達(ようた)し旁々(かた/″\)というので、根津の下屋敷を出まして、上野の広小路で買物をいたし、今山下の袴腰(はかまごし)の方へ掛ろうとする後(うしろ)から、松蔭大藏が声をかけ
大「もし/\春部さま/\」
梅「あい、これは大藏殿かえ」
大「へえ、今日(こんにち)は好(よ)いお天気になりました、お非番でげすか」
梅「あゝ幸い非番ゆえ浅草へでもまいろうかと思う」
大「へえ私(わたくし)も今日(こんにち)は非番で、ま別に知己(しるべ)もありませんし、未(ま)だ当地の様子も不慣(ふなれ)でございますから、道を覚えて置かなければなりません、切(せ)めて小梅のお中屋敷へまいる道だけでも覚えようと存じて、浅草から小梅の方へまいろうと存じまして、実は頼合(たのみあわ)せてまいりました」
梅「然(そ)うかえ、三作(さんさく)はお前の相役(あいやく)だね」
大「へえ左様でござります、えゝ春部さま、貴方少々伺いたい儀がござりますが、決してお手間は取らせませんから、あの無極庵(むきょくあん)(有名の蕎麦店(そばや))まで、えへ貴方少々御馳走に差上げるというは甚(はなは)だ御無礼な儀でござりますが、一寸(ちょっと)伺いたい儀がござりますから、お急ぎでなければ無極の二階までおいでを願います」
梅「別に急ぎも致さんが、何か馳走をされては困ります、お前は大分(だいぶ)下役の者へ馳走をして振舞うという噂があるが余り新役中に華美(はで)な事をせんが宜(よ)いと伯父も心配しています」
大「へえ、毎度秋月さま渡邊さまのお引立に因(よ)りまして、不肖の私(わたくし)が身に余る重役を仰付けられ、誠に有難いことで決してお手間は取らせませんから」
梅「いや又にいたそう」
大「どうか甚だ御無礼(ごむれい)でございますが何卒(どうぞ)願います、少々お屋敷の御家風の事に就(つい)て伺いたい儀がございます」
梅「左様か」
 と素(もと)より温厚の人でございますから、強(た)ってと云うので、是から無極の二階へ通りました。追々誂物(あつらえもの)の肴が出てまいりましたから、
大「女中今少しお話し申す事があるから、誰も此処(こゝ)へ参らんようにしてくれ、用があれば手を拍(う)って呼ぶから」
女中「はい、左様なれば此処を閉めましょうか」
大「いや、それは宜しい……えゝお急ぎの処をお引留め申して何とも恐入りました」
梅「あい何だえ、私(わし)に聞きたい事というのは」
大「えゝ、外でもござりませんが、お屋敷の御家風に就て伺いたい儀がござる、それと申すも拙者は何事も御家風を心得ません不慣(ふなれ)の身の上にて、斯様な役向(やくむき)を仰付けられ、身に余りて辱(かたじ)けない事と存じながら、慾には限りのないもので、何(ど)の様にも拙者身体の続くだけは御奉公致します了簡なれども、上役のお引立が無ければ迚(とて)も新参者(しんざんもの)などは出世が出来ません、渡邊殿は別段御贔屓を下さいますが、貴方の伯父御さまの秋月さまは未だ染々(しみ/″\)お言葉を戴きました事もないゆえ、大藏疾(とう)より心懸けて居りますが、手蔓はなし、拠(よんどころ)なく今日(こんにち)迄打過ぎましたが、春部様からお声がゝりを願い、秋月様へお目通りを願いまして、お上(かみ)へ宜しくお執成(とりなし)を願いますれば拙者も慾ばかりではござらん、先祖へ対して此の上ない孝道かと存じますで、どうぞ伯父上へ貴方様から宜しく御推挙を願いたい」
梅「いや、それはお前無理だ、よく考えて見なさいお前は何か腕前が善(よ)いとか文道(ぶんどう)にも達して居(お)るとか、又品格といい応対といい、立派な侍の胤(たね)だけあって流石(さすが)だと家中の評も宜しいが、何ぞ功がなければ出世は出来ん、其の功と云うは他(ひと)に勝(すぐ)れた事があるとか、或(あるい)は屋敷に狼藉でも忍入(しのびい)った時に取押えたとか何かなければ迚(とて)もいかんが、如何に伯父甥の間柄でも、伯父に頼んで無理にあゝしてくれ、斯うしてくれと云っては依怙(えこ)の沙汰になって、それでは伯父も済まん訳だから、然(そ)ういう事で私(わし)を此処(これ)へ呼び寄せて、お前が馳走をして引立(ひきたて)を願うと云って、酒などを飲ましてくれちゃ誠に困る、斯様な事が伯父に知れると叱られますから御免……」
 と云い棄てゝ立上る袖を押えて、
大「暫くお待ちを……此の身の出世ばかりでなく、斯(か)く申す大藏も聊(いさゝ)かお屋敷へ対して功がござる、それゆえ強(し)いて願いますわけで」
梅「功が有れば宜しい、何ういう功だ」
大「愚昧(ぐまい)の者にて何事も分りませんが、お屋敷の御家風は何ういう事でござろうか、罪の軽重(けいじゅう)を心得ませんが、先ず御家中内に罪あるものがござります時に、重き罪を軽く計らう方が宜しいか、罪は罪だから其の悪事だけの罪に罰するが宜しいか、私(わたくし)心得のために承知をして置きとうござる」
梅「それは罪を犯したる者の次第にも因(よ)りましょうけれども、上(かみ)たる者は下(した)の者の罪は減じ得られるだけ軽くして、命を助けんければならん」
大「それは然(そ)うあるべき事で、若(も)し貴方の御家来が貴方に対して不忠な事を致しまして、手討に致すべき奴を手討にせんければならん時、手討に致した方が宜しいか、但しお助けなすって門前払いにいたし、永(なが)のお暇(いとま)を出された方がお宜しいか」
梅「其様(そん)な事は云わんでも知れて居る、斬る程の罪を犯し、斬るべきところを助け、永の暇と云って聊(いさゝ)か手当をいたして暇を遣(つか)わす、是が主従(しゅうじゅう)の情というもので、云うに云われん処が有るのじゃ」

        十七

 大藏は感心した風(ふう)をして聞き了(おわ)り、
大「成程甚だ恐入りますが、殿様も誠に御仁慈(ごじんじ)厚く、また御重役方も皆真(しん)に智仁(ちじん)のお方々だという事を承わって居りますが、拙者はな、お屋敷内(ない)に罪あるもので、既にお手討にもなるべき者を助けました事が一廉(ひとかど)ございます、此の廉を以てお執成(とりなし)を願います」
梅「むゝ、何ういう理由(わけ)で、人は誰だね」
大「えゝ疾(とう)より此の密書が拙者の手に入って居りますが、余人(よじん)に見せては相成らんと、貴方の御心中を看破(みやぶ)って申し上げます、どうか罪に陥らんようにお取計いを願いとうござる」
梅「何だ、密書と云えば容易ならん事だ」
 と手に取って見て驚きましたも道理で、いつぞや若江から自分へ贈った艶書であるから、かっと赤面致しましたが、色の白い人が赧(あか)くなったので、そりアどうも牡丹(ぼたん)へ電灯を映(か)けたように、どうも美しい好(い)い男で、暫く下を向いて何も云えません。大藏少し膝を進ませまして、
大「是は私(わたくし)の功かと存じます、此の功によってお引立を願いとう存じます、只出世を致したいばかりではないが、拙者前(ぜん)に津山に於(おい)て親父は二百四十石領(と)りました、松蔭大之進の家に生れた侍の胤(たね)、唯今ではお目見得已上(いじょう)と申しても、お通り掛けお目見えで、拙者方(かた)では尊顔を見上ぐる事も出来ませんから、折々お側へ罷出(まかりい)でお目通りをし尊顔を見覚えるように相成りたいで」
梅「いや伯父に宜(よ)く然(そ)う云いましょう、秋月に宜く云えば心配有りません、屹度(きっと)伯父に話をします、貴公の心掛けを誠に感心したから」
大「それは千万辱(かたじ)けない、其のお言葉は決して反故(ほご)には相成りますまい」
梅「武士に二言はありません」
大「へえ辱けない」
 春部梅三郎は真っ赤に成って、彼(か)の文を懐に入れ其の儘表へ駈出すを送り出し、広小路の方へ行(ゆ)く後姿(うしろすがた)を見送って、にやりと苦笑いをしたは、松蔭大藏という奴、余程横着者でございます。扨(さて)其の歳の暮に春部梅三郎が何ういう執成(とりな)しを致しましたか、伯父秋月へ話し込むと、秋月が渡邊織江の処へまいりまして相談致すと、素(もと)より推挙致したのは渡邊でございますが、自分は飛鳥山で大藏に恩になって居りますから、片贔屓(かたびいき)になるようで却(かえ)って当人のためにならんからと云って、扣(ひか)え目にして居りますと、秋月の引立で御前体(ごぜんてい)へ執成(とりな)しを致しましたから、急に其の暮松蔭大藏は五十石取になり、御近習(ごきんじゅう)お小納戸(こなんど)兼勤を仰付けられました。御部屋住(おへやずみ)の前次様のお附き元締兼勤を仰付けられました。此の前次様は前(ぜん)申し述べました通り、武張ったお方で武芸に達した者を手許に置きたいというので、御当主へお願い立(たて)でお貰い受けになりましたので、お上邸(かみやしき)と違ってお長家(ながや)も広いのを頂戴致す事になり、重役の気受けも宜しく、男が好(よく)って程が善(い)いから老女や中老までも誉(ほ)めそやし、
○「本当にえらいお人で、手も能(よ)く書く、力も強く、他(ひと)は否(いや)に諂(へつら)うなどと申すが、然(そ)うでない、真実愛敬のある人で、私(わたくし)が此の間会った時にこれ/\云って、彼は誠の侍でどうも忠義一途(いちず)の人であります」
 と勤務が堅いから忽(たちま)ち評判が高くなりました。乃(そこ)で有助という、根岸にいた時分に使った者を下男に致しまして、新規に林藏(りんぞう)という男を置きました。これは屋敷奉公に慣れた者を若党に致しましたので、また男ばかりでは不自由だから、何ぞ手許使(てもとづかい)や勝手許(かってもと)を働く者がなければなりませんから、方々へ周旋を頼んで置きますと、渡邊織江の家来船上忠助(ふながみちゅうすけ)という者の妹お菊(きく)というて、もと駒込(こまごめ)片町(かたまち)に居り、当時本郷(ほんごう)春木町(はるきちょう)にいる木具屋岩吉(きぐやいわきち)の娘がありました。今年十八で器量はよし柔和ではあり、恩人織江の口入(くちいれ)でありますから、早速其の者を召抱えて使いました。大藏は物事が行届(ゆきとゞ)き、優しくって言葉の内に愛敬があって、家来の麁相(そそう)などは知っても咎(とが)めませんから、家来になった者は誠に幸いで、屋敷中の評判が段々高くなって来ました。折しも殿様が御病気で、次第に重くなりました。只今で申しますと心臓病とでも申しますか、どうも宜しくない事がございます。只今ならば空気の好(よ)い処とか、樹木の沢山あります処を御覧なすったら宜かろうというので、大磯とか箱根とかへお出(い)でが出来ますが、其の頃では然(そ)うはまいりません。然(しか)るに奥様は松平和泉守(まつだいらいずみのかみ)さまからお輿入(こしい)れになりましたが、四五年前(ぜん)にお逝去(かくれ)になり、其の前(まえ)から居りましたのはお秋(あき)という側室(めかけ)で、これは駒込白山(はくさん)に住む山路宗庵(やまじそうあん)と申す町医の娘を奥方から勧めて進ぜられたので、其の頃諸侯の側室(めかけ)は奥様から進ぜらるゝ事でございますが、今は然(そ)ういう事はないことで、旦那様が妾を抱えようと仰しゃると、少しつんと遊ばしまして、私(わたくし)は箱根へ湯治に往(ゆ)きますとか何とか仰しゃいますが其の頃は固いもので、奥様の方から無理に勧めて置いたお秋様が挙(もう)けました若様が、お三歳(みっつ)という時に奥様がお逝去(かく)れになりましたから、お秋様はお上通(かみどお)りと成り、お秋の方という。側室(めかけ)が出世をいたしますと、お上通りと成り、方名(かたな)が附きます。よく殿方が腹は借物(かりもの)だ良い胤(たね)を下(おろ)す、只胤を取るためだと軍鶏(しゃも)じゃア有るまいし、胤を取るという事はありません造化機論(ぞうかきろん)を拝見しても解って居りますが、お秋の方は羽振が宜しいから、御家来の内(うち)二派(ふたは)に分れ、若様の方を贔屓(ひいき)いたすものと、御舎弟前次様を贔屓いたす者とが出来て、お屋敷に騒動の起ることは本にもあれば義太夫にも作って有ります。前次様は通称を紋之丞さまと仰せられ、武張った方で、少しも色気などは無く、疳癖(かんぺき)が起るとつか/\/\と物を仰しゃいます。お秋の方も時としては甚(ひど)く何か云われる事があり、御家来衆も苛(ひど)く云われるところから、
甲「紋之丞様を御相続としては御勇気に過ぎて実に困る、あの疳癖では迚(とて)も治らん、勇ばかりで治まるわけのものではない、殿様は御病身なれば、万一お逝去(かくれ)になったらお秋殿のお胤の若様を御相続とすればお屋敷は安泰な事である」
 とこそ/\若様附の御家来は相談をいたすとは悪いことでございますが、紋之丞様を無い者に仕ようという、ない者というのは殺してしまうと云うので、昔はよく毒薬を盛るという事がありました。随分お大名にありました話で、只今なればモルヒネなどという劇剤もありますが、其の時分には何か鴆毒(ちんどく)とか、或(あるい)は舶来の※(「譽」の「言」に代えて「石」、第3水準1-89-15)石(よせき)ぐらいのところが、毒の劇(はげ)しいところです。彼(か)の松蔭大藏は智慧が有って、一家中の羽振が宜くって、物の決断は良(よい)し、彼を抱込めば宜(よ)いと寺島兵庫と申す重役が、松蔭大藏を抱込むと、松蔭は得たりと請合って、
大「十分事を仕遂(しおお)せました時には、どうか拙者にこれ/\の望(のぞみ)がございますが、お叶(かな)え下さいますか」
寺「委細承知致した、然(しか)らば血判を」
大「宜しい」
 と是から血を出し、我(わが)姓名の下へ捺(お)すとは痛(ひど)い事をしたもので、ちょいと切って、えゝと捺(や)るので、忌(いや)な事であります。只今は血を見る事をお嫌いなさるが、其の頃は動(やゝ)ともすれば血判だの、迚(とて)も立行(たちゆき)が出来んから切腹致すの、武士道が相立たん自殺致すなどと申したもので、寺島松蔭等(ら)の反逆も悉皆(すっぱり)下組(したぐみ)の相談が出来て、明和の四年に相成りました。其の年の秋までに謀策(たくみ)を仕遂(しおお)せるのに一番むずかしいものは、浮舟(うきふね)という老女で年は五十四で、男優(おとこまさ)りの尋常(ひとゝおり)ならんものが属(つ)いて居ります。此者(これ)を手に入れんければなりません。此者と物堅い渡邊織江の両人を何うかして手に入れんけりゃアならんが、これ/\と渡邊に打明けていう訳にはいかずと、云えば直(すぐ)に殺されるか、刺違えて死兼(しにかね)ぬ忠義無類(むるい)の極(ごく)頑固(かたくな)な老爺(おやじ)でございますから、これを亡(な)いものにせんけりアなりません。

        十八

 老女も中々の才物ではございますが、女だけに遂に大藏の弁舌に説附(ときつ)けられました。此の説附けました事は猥褻(わいせつ)に渉(わた)りますから、唯説附けたと致して置(おき)ましょう。扨(さ)て此の一味の者がいよ/\毒殺という事に決しまして、毒薬調合の工夫は有るまいかと考えて居りますと御案内の通り明和の三年は関東洪水でございまして、四年には山陽道に大水が出て、二年洪水が続き、何処(どこ)となく湿気ますので、季候が不順のところから、流行感冐(はやりかぜ)インフルエンザと申すような悪い病が流行(はや)って、人が大層死にましたところが、お扣(ひかえ)の前次様も矢張流行感冐に罹(かゝ)られました処、段々重くなるので、お医者方が種々(いろ/\)心配して居りますが、勇気のお方ゆえ我慢をなすって押しておいでので[#「おいでなので」の誤記か]いけません、風邪を押損(おしそこ)なったら仕方がない、九段坂を昇ろうとする荷車見たように後(あと)へも前(さき)へも往(ゆ)けません。とうとう藤本の寄席へ材木を押込むような事が出来ます。こゝで大藏がお秋の方の実父山路宗庵は町医でこそあれ、古方家(こほうか)の上手でありますから、手に手を尽して山路をお抱えになすったら如何(いかゞ)と申す評議になりますと、秋月は忠義な人でございますから、それは怪(け)しからん事、他から医を入れる事は容易ならん事にて、お薬を一々毒味をして差上げる故に、医は従来のお医者か然(さ)も無くば匙(さじ)でも願うが宜いと申して承知致しませんから、如何(いかゞ)致したら宜かろうと思っていました。すると九月十日に、駒込白山前に小金屋源兵衞(こがねやげんべえ)という飴屋があります、若様のお少(ちい)さい時分お咳が出ますと水飴を上げ、又はお風邪でこん/\お咳が出ると水飴を上ります。こゝで神原五郎治(かんばらごろうじ)と神原四郎治(かんばらしろうじ)兄弟の者と大藏と三人打寄り、額(ひたえ)を集め鼎足(みつがなわ)で談(はなし)を致しました時に、人を遠ざけ、立聞きを致さんように襖障子を開広(あけひろ)げて、向うから来る人の見えるようにして、飴屋の亭主を呼出しました。
源「えゝ今日(こんにち)お召によって取敢(とりあえ)ず罷(まか)り出ました、御殿へ出ます心得でありましたが、御当家さまへ出ました」
大「いや/\御殿では却(かえ)って話が出来ん、其の方例(いつも)の係り役人に遇(あ)っても、必らず当家へ来たことを云わんように」
源「へえ畏(かしこ)まりました、此の度(たび)は悪い疫(やまい)が流行(はや)り、殿様には続いてお加減がお悪いとか申すことを承わりましたが、如何(いかゞ)で」
大「うん、どうもお咳が出てならん」
源「へえ、へい/\、それははや何とも御心配な儀で……今日召しましたのは何ういう事ですか、何うか飴の御用向でも仰付けられますのでございますか[#「ございますか」は底本では「こざいますか」]」
大「神原氏(うじ)貴公から発言(はつごん)されたら宜しゅうござろう」
神「いや拙者は斯ういう事を云い出すは甚(はなは)だいかん、どうか貴公から願いたい、斯う云う事は松蔭氏に限るね」
大「拙者は誠に困る、えゝ源兵衞、其の方は御当家へ長らく出入(でいり)をするが、御当家さまを大切に心得ますかえ」
源「へえ決して粗略には心得ません、大切に心得て居ります」
大「ムヽウ、御当家のためを深く其の方が思うなら、江戸表の御家老さま、又此の神原五郎治さま、渡邊さま、此の四郎治さま、拙者は新役の事ではあるが此の事に就(つい)てはお家のためじゃからと云うので、種々(いろ/\)御相談があった、始めは拙者にも分りません所があったが、だん/\重役衆の意見を承わって成程と合点(がってん)がゆき、是はお家のためという事を承知いたしたのだ」
源「へえ、どうも然(そ)ういう事は町人などは何も弁(わきま)えのありません事でございまして、へえ何ういう事が御当家さまのお為になりますので」
大「他でもないが上(かみ)が長らく御不例でな、お医者も種々(いろ/\)手を尽されたが、遠からずと云う程の御重症である」
源「へえ何でげすか、余程お悪く在(いら)っしゃいますんで」
大「大きな声をしては云えんが、来月中旬(なかば)までは保つまいと医者が申すのじゃ」
源「へえ、どうもそれはおいとしい事で、お目通りは致しませんが、誠に手前も長らく親の代からお出入りを致しまして居りますから、誠に残念な事で」
大「うむ、就(つい)ては上(かみ)がお逝去(かくれ)になれば、貴様も知っての通り奥方もお逝去で、御順(ごじゅん)にまいれば若様をというのだが、まだ御幼年、取ってお四歳(よっつ)である、余りお稚(ちい)さ過ぎる、併(しか)しお胤(たね)だから御家督御相続も仔細はないが、此の事に就て其の方に頼む事があるのだ、お家のため且(かつ)容易ならん事であるから、必ず他言をせん、何(ど)の様な事でもお家のためには御意(ぎょい)を背(そむ)きますまい、という決心を承知せん中(うち)は話も出来ん、此の事に就いては御家老を始め、こゝにござる神原氏我々に至るまで皆血判がしてある、其の方も何ういう事があっても他言はせん、御意に背くまいという確(しか)とした証拠に、是へ血判をいたせ」
源「へえ血判と申しますは何ういたしますので」
大「血で判をするから血判だ」
源「えゝ、それは御免を蒙(こうむ)ります、中々町人に腹などが切れるものではございません」
大「いや、腹を切ってくれろというのではない」
源「でも私(わたくし)は見た事がございます、早野勘平(はやのかんぺい)が血判をいたす時、臓腑を引出しましたが、あれは中々町人には」
大「いや/\腹を切る血判ではない、爪の間をちょいと切って、血が染(にじ)んだのを手前の姓名(なまえ)の下へ捺(お)すだけで、痛くも痒(かゆ)くもない」
源「へえ何うかしてさゝくれや何かを剥(む)くと血が染みますことが……ちょいと捺せば宜しいので、私(わたくし)は驚きました、勘平の血判かと思いまして、然(そ)ういう事がお家のおために成れば何(ど)の様な事でもいたします」
大「手前は小金屋と申すが、苗字は何と申す」
源「へえ、矢張小金と申します」
 と云うを神原四郎治が筆を執りて、料紙へ小金源兵衞と記し、
大「さア、これへ血判をするのだ、血判をした以上は御家老さま始め此の方(ほう)等(ら)と其の方とは親類の間柄じゃのう」
源「へえ恐入ります、誠に有難いことで」
大「のう、何事も打解けた話でなければならん、其の代り事成就なせば向後(こうご)御出入頭(おでいりがしら)に取立てお扶持も下さる、就(つい)てはあゝいう処へ置きたくないから、広小路あたりへ五間々口(ごけんまぐち)ぐらいの立派な店を出し、奉公人を多人数(たにんず)使って、立派な飴屋になるよう、御家老職に願って、金子(きんす)は多分に下(お)りよう、千両までは受合って宜しい」
源「へえ……有難いことで、夢のようでございますな、お家のためと申しても、私(わたくし)風情が何(なん)のお役にも立ちませんが、それでは恐入ります、いえ何様(どん)な事でも致します、へえ手や指ぐらいは幾許(いくら)切っても薬さえ附ければ直(じき)に癒(なお)りますから宜しゅうございます、なんの指ぐらいを切りますのは」
 とちょいと其の頃千両からの金子(かね)を貰って、立派な飴屋になるというので嬉しいから、指の先を切って血判をいたし、
源「何ういう御用で」
大「さ、こゝに薬がある」
源「へえ/\/\」
大「貴様は、水飴を煮るのは余程手間のかゝったものかのう」
源「いえ、それは商売ですから直(じき)に出来ますことで」
大「どうか職人の手に掛けず、貴様一人で上(かみ)の召上るものだから練(ね)れようか」
源「いえ何ういたしまして、年を老(と)った職人などは攪廻(かきまわ)しながら水涕(みずッぱな)を垂(たら)すこともありますから、決して左様なことは致させません、私(わたくし)が如何(いか)ようにも工夫をいたします」
大「それでは此の薬を練込むことは出来るか」
源「へえ是は何(なん)のお薬で」
大「最早血判致したから、何も遠慮をいたすには及ばんが、一大事で、お控えの前次様は御疳癖が強く、動(やゝ)もすれば御家来をお手討になさるような事が度々(たび/\)ある、斯様な方がお世取(よとり)に成れば、お家の大害(だいがい)を惹出(ひきいだ)すであろう、然(しか)る処幸い前次様は御病気、殊(こと)にお咳が出るから、水飴の中へ此の毒薬を入れて毒殺をするので」
源「え……それは御免を蒙(こうむ)ります」
大「何(なん)だ、御免を蒙るとは……」
源「何だって、お忍びで王子へ入らっしゃる時にお立寄がありまして、お十三の頃からお目通りを致しました前次様を、何かは存じませんが、私(わたくし)の手からお毒を差上げますことは迚(とて)も出来ません」
 というと、神原四郎治がキリヽと眦(まなじり)を吊(つる)し上げて膝を進めました。

        十九

神原「これ源兵衞、手前は何のために血判をいたした、容易ならんことだぞ、お家のためで、紋之丞[#「紋之丞」は底本では「紋之亟」]様が御家督に成れば必らずお家の害になることを存じているから、一家中の者が心配して、此の通り役柄をいたす侍が頼むのに、今となって否(いや)だなどと申しても、一大事を聞かせた上は手討にいたすから覚悟いたせ」
源「ど、何卒(どうぞ)御免を……お手討だけは御勘弁を……」
大「勘弁罷(まか)りならん、神原殿がお頼みによって、其の方に申聞(もうしき)けた、だが今になって違背(いはい)されては此の儘に差置(さしお)けんから、只今手討に致す」
源「へえ大変な事で、私(わたくし)は斯様な事とは存じませんでしたが、大変な事になりましたな、一体水飴は私の処では致しませんへえ不得手なんで」
大「其様(そん)な事を申してもいかん」
源「へえ宜しゅうございます」
 と斬られるくらいならと思って、不承/\に承知致しました。
大「一時遁(いっときのが)れに請合(うけあ)って、若(も)し此の事を御舎弟附の方々(かた/\)へ内通でもいたすと、貴様の宅(たく)へ踏込んで必ず打斬(うちき)るぞ」
源「へえ/\御念の入(い)った事で、是がお薬でございますか、へえ宜しゅうございます」
 と宅(うち)へ帰って彼(か)の毒薬を水飴の中へ入れて煉(ね)って見たが、思うようにいけません、どうしても粉が浮きます、綺麗な処へ※(「譽」の「言」に代えて「石」、第3水準1-89-15)石(よせき)の粉が浮いて居りますので、
源「幾ら煉(ねっ)てもいけません」
 と此の事を松蔭大藏に申しますから、大藏もどうしたら宜かろうと云うので、大藏の家(うち)へ山路という医者を呼び飴屋と三人打寄って相談をいたしますと、山路の申すには、是は斑猫(はんみょう)という毒を煮込んだら知れない、併(しか)し是は私(わし)のような町医の手には入(はい)りません、なにより効験(きゝめ)の強いのは和蘭陀(おらんだ)でカンタリスという脊中(せなか)に縞のある虫で、是は豆の葉に得て居るが、田舎でエゾ虫と申し、斑猫のことで、効験が強いのは煎じ詰めるのがよかろうと申しましたので、なる程それが宜かろうと相談が一決いたし、飴屋の源兵衞と医者の山路を玄関まで送り出そうとする時衝立(ついたて)の蔭に立っていましたのは召使の菊という女中で、これは松蔭が平生(へいぜい)目を掛けて、行々(ゆく/\)は貴様の力になって遣(つか)わし、親父も年を老(と)っているから、何時(いつ)までも箱屋(芸妓(げいしゃ)の箱屋じゃアありません、木具屋と申して指物(さしもの)を致します)をさせて置きたくない、貴様にはこれ/\手当をして遣(や)ろうという真実に絆(ほだ)されて、表向ではないが、内々(ない/\)大藏に身を任して居ります。是は本当に惚れた訳でもなし、金ずくでもなし、変な義理になったので、大藏も好男子(いゝおとこ)でありますが、此の菊は至って堅い性質ゆえ、常々神原や山路が来ては何か大藏と話をしては帰るのを、案じられたものだと苦にしていたのが顔に出ます。今大藏が衝立の蔭に菊のいたのを認めて恟(びっく)り致したが、さあらぬ体(てい)にて、
大「源兵衞、少し待ちな」
 と連戻って、庭口から飴屋を送り出そうとすると、林藏という若党が同じく立って聞いていましたので、再び驚いたが、仕方がないと思い、飴屋を帰してしまったが、大藏は腹の中(うち)で菊は船上忠助の妹(いもと)だから、此の事を渡邊に内通をされてはならん、船上は古く渡邊に仕えた家来で、彼奴(あいつ)の妹だから、こりゃア油断がならん、なれども林藏は愚者(おろかもの)だから、林藏から先へ当って調べてみよう。と是から支度を仕替えて、羽織大小で彼(か)の林藏という若党を連れ、買物に出ると云って屋敷を立出(たちい)で、根津の或る料理茶屋へ昇(あが)りましたが、其の頃は主(しゅう)家来のけじめが正しく、中々若党が旦那さまの側などへはまいられませんのを、大藏は己(おれ)の側へ来いと呼び附けました。
大「林藏、大きに御苦労/\」
林「へえ、何か御用で」
大「いや独酌(ひとり)で飲んでもうまくないから、貴様と打解けて話をしようと思って」
林「恐入りましてございます、何ともはや御同席では……」
大「いや、席を隔(へだ)てゝは酒が旨くない」
林「こゝでは却(かえ)って気が詰りますから、階下(した)で戴きとう存じます」
大「いや、酒を飲んだり遊ぶ時には主(しゅう)も家来も共々にせんければいかん、己の苦労する時には手前にも共々に苦労して貰う、これを主従苦楽を倶(とも)にするというのだ」
林「へえ、恐入ります、手前などは誠に仕合せで、御当家さまへ上(あが)りまして、旦那さまは誠に何から何までお慈悲深く、何様(どん)な不調法が有りましても、お小言も仰(おっし)ゃらず、斯ういう旦那さまは又とは有りません、手前が仕合(しあわせ)で、此の間も吉村さまの仁介(ねすけ)もお羨(うらや)ましがっていましたが、私(わたくし)のような不行届(ほよきとゞき)の者を目(み)え懸けて下さり何ともはや恐入りやす」
大「いや、然(そ)うでない、貴様ア感心な事には正直律義なり、誠に主(しゅう)思いだのう」
林「いえ、旦那様が目(み)え懸けて下せえますから、お互に思えば思わろゝで、そりゃア尊公(あんた)当然(あたりめえ)の事(こっ)て」
大「いや/\然うでない、一体貴様の気象を感服している、これ女中、下物(さかな)を此処(これ)へ、又後(あと)で酌をして貰うが、早く家来共の膳を持って来んければならん」
 と林藏の前へも同じような御馳走が出ました。
大「のう林藏、是迄しみ/″\話も出来んであったが、今日(きょう)は差向いで緩(ゆっ)くり飲もう、まア一盃(いっぱい)酌(つ)いでやろう」
林「へえ恐入りました、誠ね有難い事で、旦那さまのお酌(さく)で恐入(おそれえ)ります」
大「今日は遠慮せずにやれよ」
林「へえ恐入(おそれえ)りました、ヒエ/\溢(こぼ)れます/\……有難い事で、お左様なれば頂戴いたします、折角(しっかく)の事だアから誠にはや有難い事で」
大「今日は宜(い)いよ、打解けて飲んでくれ、何かの事に遠慮はあっちゃアいかん、心の儘に飲めよ」
林「ヒエ/\有難い事で」
大「さ己が一盃(ひとつ)合(あい)をする」
 とグーと一盃(いっぱい)飲み、又向うへ差し、林藏を酔わせないと話が出来ません。尤(もっと)も愚(おろか)だから欺(だま)すには造作もない、お菊は船上忠助の妹ゆえ、渡邊織江へ内通を致しはせんかと、松蔭大藏も実に心配な事でございますから、林藏から先へ欺(あざむ)く趣向でござります。林藏は段々宜(よ)い心持に酔って来ましたので仮名違いの言語(ことば)で喋ります。
大「遠慮なしに沢山飲(や)れ」
林「ヒエ有難い事で、大層酩酊(めんてい)致しやした」
大「いや/\まだ酩酊(めいてい)という程飲みやアせん、貴様は国にも余り親戚(みより)頼りのないという事を聞いたが、全く左様かえ」
林「ヒエ一人従弟(えとこ)がありやすが、是は死んでしまエたか、生きているか分(わ)きやたゝんので、今迄何とも音ずれのない処を見ると、死んでしもうたかと思いやす、実(ぜつ)にはや樹(け)から落ちた何とか同様で、心細い身の上でがす」
大「左様か、何うだ別に国に帰りたくもないかえ、御府内へ住(すま)って生涯果てたいという志なら、また其の様に目を懸けてやるがのう」
林「ヒエ実(じつ)に国(こに)というたところで、今(えま)になって帰りましたところが、親戚(めより)もなし、別(びつ)に何う仕ようという目途(みあて)もないものですから願わくば此の繁盛(さか)る御府内でまア生涯朽果(こちはて)れば、甘(おま)え物を喰(た)べ、面白(おもしろ)え物を見て暮しますだけ人間(ねんげん)の徳だと思えやす、実(ぜつ)に旦那さまア御当地(こちら)で朽果(こちは)てたい心は充分(えっぱい)あります」
大「それは宜しい、それじゃア何うだえ己は親戚(みより)頼り兄弟も何も無い、誠に心細い身の上だが、まア幸い重役の引立を以て、不相応な大禄を取るようになって、誠に辱(かたじ)けないが、人は出世をして歓楽の極(きわ)まる時は憂いの端緒(いとぐち)で、何か間違いのあった時には、それ/″\力になる者がなければならない、己が増長をして何か心得違いのあった時には異見を云ってくれる者が無ければならん、乃(そこ)で中々家来という者は主従の隔てがあって、どうも主人の意(こゝろ)に背いて意見をする勇気のないものだが、貴様は何でもずか/\云ってくれる所の気象を看抜(みぬ)いているから、己は貴様と親類になりたいと思うが、何うだ」
林「ヒエ/\恐入(おそれえ)ります、勿体至極も……」
大「いや、然(そ)うでない、只主(しゅう)家来で居ちゃアいかん、己は百石頂戴致す身の上だから、己が生家(さと)になって貴様を一人前の侍に取立ってやろう、仮令(たとえ)当家の内でなくとも、他(た)の藩中でも或(あるい)は御家人旗下(はたもと)のような処へでも養子に遣(や)って、一廉(ひとかど)の武士に成れば、貴様も己に向って前々(まえ/\)御高恩を得たから申上ぐるが、それはお宜しくない、斯うなすったら宜かろうと云えるような武士に取立って、多分の持参は附けられんが、相当の支度をしてやるが、何うだ侍になる気はないか」
林「いや、是はどうも勿体ない事でござえます、是はどうもはや、私(わし)の様な者は迚(とて)もはや武士(ぼし)には成れません」
大「そりゃア何ういう訳か」
林「第一(でいいち)剣術(きんじつ)を知りませんから武士(ぼし)にはなれましねえ」
大「剣術(けんじゅつ)を知らんでも、文字を心得んでも立派な身分に成れば、それだけの家来を使って、それだけの者に手紙を書かせなどしたら、何も仔細はなかろう」
林「でござえますが、武士(ぼし)は窮屈ではありませんか、実(ぜつ)は私(わし)は町人になって商いをして見たいので」
大「町人になりたい、それは造作もない、二三百両もかければ立派に店が出せるだろう」
林「なに、其様(そんな)には要(え)りませんよ、三拾両一資本(ひともとで)で、三拾両も有れば立派に店が出せますからな」
大「それは造作ない事じゃ、手前が一軒の主人になって、己が時々往って、林藏一盃(いっぱい)飲ませろよ、雨が降って来たから傘ア貸せよと我儘を云いたい訳ではないが、年来使った家来が出世をして、其の者から僅かな物でも馳走になるは嬉しいものだ、甘(うま)く喰(た)べられるものだ」
林「誠に有難い事で」
大「ま、もう一盃飲め/\」
林「ヒエ大層嬉しいお話で、大分(だいぶ)酔(え)いました、へえ頂戴いたします、これははや有難いことで……」
大「そこでな、どうも手前と己は主家来の間柄だから別に遠慮はないが、心懸けの悪い女房でも持たれて、忌(いや)な顔でもされると己も往(ゆ)きにくゝなる、然(そ)うすると遂(つい)には主従(しゅうじゅう)の隔てが出来、不和(ふなか)になるから、女房の良いのを貴様に持たせたいのう」
林「へえ、女房の良いのは少ねえものでござえます、あの通り立派なお方様でござえますが、森山様でも秋月様でも、お品格といい御器量といい、悪い事はねえが、私(わし)ら目下(めした)の者がめえりますとつんとして馬鹿にする訳もありやしねえが、届かねえ、お茶も下さらんで」
大「それだから云うのだ、此の間から打明けて云おうと思っていたが、家(うち)にいる菊な」
林「ヒエ」
大「彼(あれ)は手前も知っているだろうが、内々(ない/\)己が手を附けて、妾同様にして置く者だ」
林「えへゝゝゝ、それは旦那さまア、私(わし)も知らん振でいやすけれども、実(じつ)は心得てます」
大「そうだろう、彼(あれ)はそれ渡邊の家(うち)に勤めている船上の妹(いもと)で、己とは年も違っているから、とても己の御新造(ごしんぞ)にする訳にはいかん、不器量(ふきりょう)でも同役の娘を貰わなければならん、就(つい)ては彼(あ)の菊を手前の女房に遣(や)ろうと思うが、気に入りませんかえ、随分器量も好(よ)く、心立(こゝろだて)も至極宜しく、髪も結い、裁縫(しごと)も能(よ)くするよ」
林「ヒエ……冗談ばっかり仰しゃいますな、旦那さまアおからかいなすっちゃア困ります、お菊(けく)さんなら好(え)いの好(え)くないのって、から理窟は有りましねえ、彼様(あん)な優しげなこっぽりとした方は少ねえもんでごぜえますな」
大「あはゝゝ、何だえ、こっぽりと云うのは」
林「頬の処や手や何かの処がこっぽりとして、尻なぞはちま/\としてなあ」
大「ちま/\というのは小さいのか」
林「ヒエ誠にいらいお方さまでごぜえますよ」
大「手前が嫌いなれば仕方がない、気に入ったら手前の女房に遣りたいのう」
林「ひへゝゝゝ御冗談ばかし」
大「冗談ではない、菊が手前を誉(ほ)めているよ」
林「尤(もっと)も旦那様のお声がゝりで、林藏に世帯(しょたい)を持たせるが、女房がなくって不自由だから往ってやれと仰しゃって下さればなア……」
大「己が云やア否(いや)というのに極っている何故ならば衾(ふすま)を倶(とも)にする妾だから、義理にも彼様(あん)な人は厭(いや)でございますと云わなければならん、是は当然だ、手前の処へ幾ら往(い)きたいと思っても然(そ)ういうに極って居(お)るわ」

        二十

 林藏はにこ/\いたしまして、
林「成程むゝう」
大「だから、手前さえ宜(よ)いと極(きま)れば、直接(じか)に掛合って見ろい、菊に」
林「是は云えません、間(ま)が悪うてとてもはや冗談は云えませんな然(そ)うして中々ちま/\としてえて、堅(かて)え気性でござえますから、冗談は云えましねえよ、旦那様がお留主(るす)の時などは、とっともう苦(ねが)え顔をして居なせえまして、うっかり冗談も云えませんよ」
大「云えない事があるものか、じゃア云える工夫をしてやろう、こゝで余った肴を折へ詰めて先へ帰れ、己は神原の小屋に用があるから、手前先へ帰って、旦那さまは神原さまのお小屋で御酒(ごしゅ)が始まって、私(わし)だけ先へ帰りました、これはお土産(みやげ)でございますと云って、折を出して、菊と二人で一盃(いっぱい)飲めと旦那さまが仰しゃったから、一盃頂戴と斯う云え」
林「成程どうも…併(しか)しお菊(けく)さんは私(わし)二人(ほたり)で差向(さしもか)いでは酒を飲まねえと思いやすよ」
大「それは飲むまい、私(わたし)は酒を飲まんからお部屋へ往って飲めというだろうから、もし然(そ)う云ったら、旦那様が此処(こゝ)で飲めと仰しゃったのを戴きませんでは、折角のお志を無にするようなものだから、私(わし)は頂戴いたしますと云って、茶の間の菊がいる側の戸棚の下の方を開けると、酒の道具が入っているから、出して小さな徳利(とくり)へ酒を入れて燗を附け、戸棚に種々(いろ/\)な食物(たべもの)がある、※(「魚+獵のつくり」、第4水準2-93-92)(からすみ)又は雲丹(うに)のようなものもあるから、悉皆(みんな)出してずん/\と飲んで、菊が止めても肯(き)くな、然うして無理に菊に合(あい)をしてくれろと云えば、仮令(たとえ)否(いや)でも一盃ぐらいは合をするだろう、飲んだら手前酔った紛(まぎ)れに、私(わし)は身を固める事がある、私(わし)は近日の内商人(あきんど)に成るが、独身(ひとりみ)では不自由だから、女房になってくれるかと手か何か押えて見ろ」
林「ひえへゝゝ是はどうも面白(おもしろ)え、やりたいようだが、何分間が悪うて側へ寄附(よりつ)かれません」
大「寄附けようが寄附けまいが、菊が何と云うとも構ったことはない、己は四つの廻りを合図に、庭口から窃(そっ)と忍び込んで、裏手に待っているから、四つの廻りの拍子木を聞いたら、構わず菊の首玉(くびッたま)へかじり附け、己が突然(だしぬけ)にがらりと障子を開けて、不義者(ぶぎもの)見附けた、不義(ふぎ)をいたした者は手討に致さねばならぬのが御家法だ、さ両人(ふたり)とも手討にいたす」
林「いや、それは御免を……」
大「いやさ本当に斬るのじゃアない、斬るべき奴だが、今迄真実に事(つか)えてくれたから、内聞(ないぶん)にして遣(つか)わし、表向にすれば面倒だによって、永(なが)の暇(いとま)を遣わす、また菊もそれ程までに思っているなら、町人になれ、侍になることはならんと三十両の他に二十両菊に手当をして、頭の飾(かざり)身の廻り残らず遣(や)る」
林「成程、有難い、どうも是ははや……併(しか)しそれでもいけませんよ、お菊(けく)さんが貴方飛んでもない事を仰しゃる、何うしても林藏と私(わたくし)と不義をした覚えはありません、神かけてありません、夫婦に成れと仰しゃっても私は否(えや)でござえます、斯(こ)んな忌(えや)な人の女房にはなりませんと云切(いいき)ったら何う致します」
大「然(そ)うは云わせん、深夜に及んで男女(なんにょ)差向いで居(お)れば、不義でないと云わせん強(た)って強情を張れば表向にいたすが何うだ、それとも内聞に致せば命は助けて遣るといえば、命が欲しいから女房になりますと云うだろう」
林「成程、これは恐入(おそれえ)りましたな、成程承知しなければ斬ってしまうか、命(えのち)が惜しいから、そんなればか、どうも是は面白い」
大「これ/\浮(うか)れて手を叩くな、下から下婢(おんな)が来る」
林「ヒエ有難い事で、成程やります」
大「宜(よ)いか、其の積りでいろ」
林「ヒエ、そろ/\帰りましょうか」
大「そんなに急(せか)なくっても宜(い)い」
林「ヒエ有難い事で」
 と是からそこ/\に致して、余った下物(さかな)を折に入れて、松蔭大藏は神原の小屋へ参り、此方(こちら)は宜(よ)い心持に折を吊(ぶら)さげて自分の部屋へ帰ってまいりまして、にこ/\しながら、
林「えゝい、人間(ねんげん)は何処(どこ)で何う運(おん)が来(こ)るか分らねえもんだな、畜生彼方(あっち)へ往(え)け、己が折を下げてるもんだから跡を尾(つ)いて来(き)やアがる、もこ彼方へ往(い)け、もこ/\あはゝゝゝ尻尾(しりっぽ)を振って来やアがる」
下男「いや林藏(れんぞう)何処へ往(え)く、なに旦那と一緒(えっしょ)に、然(そ)うかえ、一盃(えっぺい)飲(や)ったなア」
林「然うよ」
下男「それははや、左様なら」
林「あはゝゝゝ何だか田舎漢(えなかっぺえ)のいう事は些(ちゃっ)とも解らねえものだなア、えゝお菊さん只今帰りました」
菊「おや、お帰りかえ、大層お遅いからお案じ申したが、旦那さまは」
林「旦那さまは神原様のお小屋で御酒(ごしゅ)が始まって、手前は先へ帰れと云いましたから、私(わし)だけ帰ってめえりました」
菊「大きに御苦労よ」
林「えゝ、此のお折の中のお肴は旦那様が手前に遣る、菊(けく)も不断骨を折ってるから、菊(けく)と二人で茶の間で一盃(いっぱい)飲めよと云うて、此のお肴を下(こだ)せえました、どうか此処(こゝ)で旦那さまが毎(いつ)も召上る御酒を戴(えたゞ)きてえもんで」
菊「神原さまのお小屋で御酒が始まったら、またお帰りは遅かろうねえ」
林「えゝ、どうもそれは子刻(こゝのつ)になりますか丑刻(やつ)になりますか、様子が分らねえと斯ういう訳で、へえ」
菊「其の折のお肴はお前に上げるから、部屋へ持(も)て往って、お酒も適(よ)い程出して緩(ゆっ)くりおたべ」
林「ヒエ……それが然(そ)うでねえ訳なので」
菊「何をえ」
林「旦那さまの云うにア、手前は茶の間で酒を飲んだ事はあるめえ、料理茶屋で飲ませるのは当然(あたりめえ)の話だが、茶の間で飲ませろのは別段の馳走じゃ、へえ有難い事でござえますと、斯う礼を云ったような理由(わけ)で」
菊「如何(いか)に旦那さまが然う仰しゃっても、お前がそれを真(ま)に受けて、お茶の間でお酒を戴いては悪いよ、私は悪いことは云わないからお部屋でお飲(た)べよ」
林「然うでござえますか、お前(めえ)さん此処(こゝ)で飲まねえと折角(しっかく)の旦那のお心を無にするようなものだ、此の戸棚に何か有りやしょう、お膳や徳利(とくり)も……」
菊「お前、そんな物を出してはいけないよ」
林「こゝに※(「魚+獵のつくり」、第4水準2-93-92)(からすみ)と雲丹(おに)があるだ」
菊「何だよ、其様(そん)なものを出してはいけないよ、あらまア困るよ、お鉄瓶へお燗徳利を入れてはいけないよ」
林「心配(しんぺい)しねえでも宜(え)え、大丈夫だよ、少し理由(わけ)があるだ、お菊(けく)さん、ま一盃(えっぺい)飲めなせえ、お前(まえ)今日は平日(いつも)より別段に美(おつこ)しいように思われるだね」
菊「何だよ、詰らんお世辞なんぞを云って、早くお部屋へ往って寝ておくれ、お願いだから、跡を片附けて置かなければならないから」
林「ま一盃(えっぺい)飲めなアよ」
菊「私は飲みたくはないよ」
林「じゃア酌(さく)だけして下せえ」
菊[#「菊」は底本では「林」]「お酌(しゃく)かえ、私にかえ、困るねえ、それじゃア一盃切(いっぱいぎ)りだよ、さ……」
林「へえ有難(ありがて)え是れは……ひえ頂戴致(えた)しやす……有難え、まアまるで夢見たような話だという事さ、お菊(けく)さん本当にお前さん、私が此処(こゝ)へ奉公に来た時から、真(ほん)に思って居るよ」
菊「其様(そん)なことを云わずに早く彼方(あっち)へお出(い)でよ」
林「然(そ)う邪魔にせなえでも宜(え)えが、是でちゃんと縁附(えんづく)は極(けま)っているからね、知らず/\して縁は異(え)な物味な物といって、ちゃんと極(きま)っているからね」
菊「何(なん)が縁だよ」
林「何でも宜(え)い、本当ね私(わし)が此方(こっちゃ)へ奉公に来た時始めてお前(めえ)さんのお姿を見て、あゝ美(おつこ)しい女中衆(しゅ)だと思えました、斯ういう美(おつこ)しい人は何家(どけ)え嫁付(かたづ)いて往(ゆ)くか、何ういう人を亭主に持ちおると思ってる内に、旦那さまのお妾さまだと聞きやしたから、拠(よんどころ)ねえと諦らめてるようなものゝ、寐(ね)ても覚(さめ)てもお前(まえ)さんの事を忘れたことアないよ」
菊「冗談をお云いでない、忌(いや)らしい、彼方(あっち)へ往ってお寝よ」
林「往(い)きアしない、亥刻(よつ)までは往(え)かないよ」
菊「困るよ、其様(そん)なに何時(いつ)までもいちゃア、後生だからよ、明日(あした)又旨い物を上げるから」
林「何うしてお前さんの喰欠(こいか)けを半分喰(こ)うて見てえと思ってゝも、喰欠(こいか)けを残した事がねえから、密(そっ)と台所(だいどこ)にお膳が洗わずにある時は、洗った振りをして甜(な)めて、拭いてしまって置くだよ」
菊「穢(きたな)いね、私ア嫌だよ」
林「それからね、何うかしてお前さんの肌を見てえと思っても見る事が出来ねえ、すると先達(せんだっ)て前町(まえまち)の風呂屋(ほろば)が休みで、行水を浴(つか)った事がありましたろう、此の時ばかり白い肌が見られると思ってると、悉皆(すっかり)戸で囲って覗(のぞ)く事が出来(でけ)ねえ、何うかしてと思ってると、節穴が有ったから覗くと、意地(えじ)の悪い穴よ、斜(はす)に上の方へ向いて、戸に大きな釘が出ていて頬辺(ほゝぺた)を掻裂(かぎざ)きイした」
菊「オホヽヽ忌(いや)だよ」
林「其の時使った糠(のか)を貯(と)って置きたいと思って糠袋(のかぶくろ)をあけて、ちゃんと天日(てんぴ)にかけて、乾かして紙袋(かんぶくろ)に入れて貯っておいて、炊立(たきたて)の飯の上へかけて喰(く)うだ」
菊「忌だよ、穢い」
林「それから浴(つか)った湯を飲もうと思ったが、飲切れなくなって、どうも勿体ねえと思ったが、半分程飲めねえ、三日目から腹ア下(くだ)した」
菊「冗談を云うにも程がある、彼方(あちら)へお出でよ、忌らしい」
林「お菊(けく)さん、もう亥刻(よつ)[#「亥刻」は底本では「戌刻」]かな」
菊「もう直(じき)に亥刻[#「亥刻」は底本では「戌刻」]だよ」
林「亥刻[#「亥刻」は底本では「戌刻」]ならそろ/\始めねえばなんねえ」
 とだん/\お菊の側へ摺寄(すりよ)りました。

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