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菊模様皿山奇談(きくもようさらやまきだん)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006/9/7 10:43:59 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


        二十一

 其の時お菊は驚いて容(かたち)を正し、
菊「何をする」
 と云いながら、側に在(あ)りました烟管(きせる)にて林藏の頭を打(ぶ)ちました。
林「あゝ痛(いて)え、何(なん)で打(ぶ)った、呆れて物が云われねえ」
菊「早くお前の部屋へおいで何(なん)ぼ私が年が往(い)かないと云って、余(あんま)り人を馬鹿にして、さ、出て行っておくれよ、本当に呆れてしまうよ」
林「出て往(ゆ)くも往(え)かねえも要(い)らねえ、否(えや)なら否(えや)で訳は分ってる、突然(えきなり)頭部(あたま)にやして、本当に呆れてしまう、何だって打(ぶ)ったよ」
菊「打(ぶ)たなくてさ、旦那様のお留守に冗談も程がある、よく考えて御覧、私は旦那さまに別段御贔屓になることも知っていながら、気違じみた真似をして、直(すぐ)に出て往っておくれ、お前のような薄穢(うすぎたな)い者の女房(にょうぼう)に誰がなるものか」
林「薄穢けりアそれで宜(え)えよ、本当に呆れて物が云われねえ、忌(いや)なら何も無理(もり)に女房になれとは云わねえ、私(わし)の身代が立派(れっぱ)になれば、お前さんよりもっと立派(れっぱ)な女房(にょうぼ)を貰うから、否(えや)なら否(えや)で分ってるのに、突然(いきなり)烟管で殴(にや)すてえことがあるか、頭へ傷(けず)が附いたぞ」
菊「打(ぶ)ったって当然(あたりまえ)だ、さっさと部屋へおいで、旦那さまがお帰りになったら申上げるから」
林「旦那様がお帰りになりア此方(こっち)で云うて暇(ひま)ア出させるぞ」
菊「おや、何で私が……」
林「何も屎(こそ)も要(え)らねえ、さっさと暇ア出させるように私(わし)が云うから、然(そ)う思って居るが宜(え)え」
 と云い放って立上る袖を捕(とら)えて引止め、
菊「何ういう理由(わけ)で、まお待(まち)よ」
林「何だね袂(たもと)を押えて何うするだ」
菊「私が何でお暇(いとま)が出るんだえ、お暇が出るといえば其の理由(わけ)を聞きましょう」
林「エヽイ、聞(け)くも聞(け)かねえも要(え)らねえ、放さねえかよ、これ放さねえかてえにあれ着物(けもの)が裂けてしまうじゃアねえか、裂けるよ、放さねえか、放しやがれ」
 と林藏はプップと腹を立って庭の方へ出る途端に、チョン/\チョン/\、
○「四ツでござアい」
 と云う廻りの声を合図に、松蔭大藏は裏手の花壇の方から密(そっ)と抜足(ぬきあし)をいたし、此方(こちら)へまいるに出会いました。
大「林藏じゃアねえか」
林「おや旦那様」
大「林藏出て来ちゃアいかんなア」
林「いかんたって私(わし)には居(え)られませんよ、旦那様、頭へ疵(けず)が出来(でけ)ました、こんなに殴(にや)して何うにも斯うにも、其様(そん)な薄穢い田舎者(えなかもの)は否(えや)だよッて、突然(いきなり)烟管で殴しました」
大「ウフヽヽヽ菊が……菊が立腹して、ウフヽヽヽ打(う)ったか、それで手前腹を立てゝ出て来たのか」
林「ヒエ左様でござえます」
大「ウム至極尤(もっと)もだ、少しの間己が呼ぶまで来るな、併(しか)し菊もまだ年がいかないから、死んでも否(いや)だと一度(ひとたび)断るは女子(おなご)の情(じょう)だ、ま部屋に往って寝ていろ」
林「部屋へ往(え)っても寝(に)られませんよ」
大「ま、兎も角彼方(あちら)へ往(い)け/\、悪いようにはしないから」
林「ヒエ左様なら御機嫌宜しゅう」
 と林藏が己(おのれ)の部屋へ往(ゆ)く後姿(うしろすがた)を見送って、
大「えゝーい」
 と大藏は態(わざ)と酔った真似をして、雪駄をチャラ/\鳴らして、井筒の謡(うたい)を唄いながら玄関へかゝる。お菊は其の足音を存じていますから、直(すぐ)に駈出して両手を突き、
菊「お帰り遊ばせ」
大「あい、あゝーどうも誠に酔った」
菊「大層お帰りがお遅うございますから、また神原様でお引留(ひきとめ)で、御迷惑を遊ばしていらっしゃることゝ存じて、先程からお帰りをお待ち申して居りました」
大「いや、どうも無理に酒を強(しい)られ、神原も中々の酒家(のみか)で、飲まんというのを肯(き)かずに勧めるには実に困ったが、飯も喫(た)べずに帰って来たが、嘸(さぞ)待遠(まちどお)であったろう」
菊「さ、此方(こちら)へ入らしってお召換(めしかえ)を遊ばしまし[#「遊ばしまし」は底本では「遊ぱしまし」]」
大「あい、衣類(きもの)を着替ようかの」
菊「はい」
 とお菊は直(すぐ)に乱箱(みだればこ)の中に入って居ります黄八丈の袷小袖(あわせこそで)を出して着換させる、褥(しとね)が出る、烟草盆が出ます。松蔭大藏は自分の居間へ坐りました。
菊「御酒(ごしゅ)は召上っていらっしゃいましたろうが、御飯(ごはん)を召上りますか」
大「いや勧めの酒はの幾許(いくら)飲んでも甘(うま)くないので、宅へ帰ると矢張また飲みたくなる、一寸(ちょっと)一盃(いっぱい)燗(つ)けんか」
菊「はい、お湯も沸いて居りますし、支度もして置きました」
大「じゃア此処(これ)へ持って来てくれ」
菊「はい畏まりました」
 と勝手を存じていますから、嗜(たしな)みの物を並べて膳立(ぜんだて)をいたし、大藏の前へ盃盤(はいばん)が出ました。お菊は側へまいりまして酌をいたす。大藏は盃(さかずき)を執(と)って飲んでお菊に差す。お菊は合(あい)に半分ぐらいずつ忌(いや)でも飲まなければなりません。
大「はあー……お菊先程林藏が先へ帰ったろう」
菊「はい、何だかも大層飲酔(たべよ)ってまいりまして、大変な機嫌でございましたが、も漸(ようや)く欺(だま)して部屋へ遣(や)りましたが、彼(あれ)には余り酒を遣(つかわ)されますといけませんから、加減をしてお遣(つかわ)し下さいまし」
大「ウム左様か、何か肴の土産を持って参ったか」
菊「はい、種々(いろ/\)頂戴致しましたが、私(わたくし)は宜(よ)いからお前持って往(ゆ)くが宜い、折角下すったのだからと申して皆彼(あれ)に遣(つかわ)しました」
大「あゝ然(そ)うか、あゝー好(よ)い心持だ、何処(どこ)で酒を飲むより宅へ帰って気儘に座を崩して、菊の酌で一盃飲むのが一番旨いのう」
菊「貴方また其様(そん)な御容子(ごようす)の好(よ)いことばかり御意遊ばします、私(わたくし)のような此様(こん)なはしたない者がお酌をしては、御酒(ごしゅ)もお旨くなかろうかと存じます」
大「いや/\どうも実に旨い、はアー……だがの、菊、酔って云うのではないが表向(おもてむき)、ま手前は小間使(こまづかい)の奉公に来た時から、器量と云い、物の云い様(よう)裾捌(すそさば)き、他々(ほか/\)の奉公人と違い、自然に備わる品(ひん)というものは別だ、実に物堅い屋敷にいながら、仮令(たとい)己が昇進して、身に余る大禄を頂戴するようなことになれば、尚更慎まねばならん、所がどうも慎み難く、己が酔った紛れに無理を頼んだ時は、手前は否(いや)であったろう、否だろうけれども性来(せいらい)怜悧(りこう)の生れ付ゆえ、否だと云ったらば奉公も出来難(できにく)い、辛く当られるだろうと云うので、ま手前も否々(いや/\)ながら己の云うことを聞いてくれた処は、夫(そ)りア己も嬉しゅう思うて居(い)るぞよ」
菊「貴方また其様(そん)な事を御意遊ばしまして、あのお話だけは……」
大「いゝえさ誰にも聞かする話ではない、表向でないから、もう一つ役替(やくがえ)でも致したら、内々(ない/\)は若竹の方でも己が手前に手を付けた事も知っているが、己が若竹へ恩を着せた事が有るから、彼(あれ)も承知して居り、織江の方でも知って居ながら聊(いさゝ)かでも申した事はない、手前と己だけの話だが手前は嘸(さぞ)厭(いや)だろうと思って可愛相だ」
菊「あなた、何(なん)ぞと云うと其様な厭味なことばかり御意遊ばします、これが貴方身を切られる程厭で其様なことが出来ますものではございません」
大「だが手前は己に物を隠すの」
菊「なに私(わたくし)は何も隠した事はございません」
大「いんにゃ隠す、物を隠すというのも畢竟(ひっきょう)主従(しゅうじゅう)という隔(へだ)てがあって、己は旦那様と云われる身分だから、手前の方でも己を主人と思えば、軽卒(けいそつ)[#「軽卒」は「軽率」の誤記か]の取扱いも出来ず、斯う云ったら悪かろうかと己に物を隠す処が見えると云うのは、船上忠平は手前の兄だ、それが渡邊織江の家(うち)に奉公をしている、其処(そこ)に云うに云われん処があろう」
菊「何を御意遊ばすんだか私(わたくし)には少しも分りません、是迄私は何でも貴方にお隠し申した事はございません」
大「そんなら己から頼みがある、併(しか)し笑ってくれるな、己が斯(か)くまで手前に迷ったと云うのは真実惚れたからじゃ、己も新役でお抱(かゝえ)になって間のない身の上で、内妾(ないしょう)を手許(てもと)へ置いては同役の聞(きこ)えもあるから、慎まなければならんのだが、其の慎みが出来んという程惚れた切(せつ)なる情(じょう)を話すのだが、己は何も御新造(ごしんぞ)のある身の上でないから、行々(ゆく/\)は話をして表向手前を女房にしたいと思っている」
菊「どうも誠にお嬉しゅうございます」
大「なに嬉しくはあるまい……なに……真に手前嬉しいと思うなら、己に起請(きしょう)を書いてくれ」
菊「貴方、御冗談ばかり御意遊ばします、起請なんてえ物を私(わたくし)は書いた事はございませんから、何う書くものか存じません」
大「いやさ己の気休めと思って書いてくれ、否(いや)でもあろうが其(そ)れを持っておれば、菊は斯ういう心である、末々(すえ/″\)まで己のものと安心をするような姿で、それが情だの、迷ったの、笑ってくれるな」
菊「いゝえ、笑うどころではございませんが、起請などはお止し遊ばせ」
大「ウヽム書けんと云うのか、それじゃア手前の心が疑われるの」
菊「だって私(わたくし)は何もお隠し申すことはありませんし、起請などを書かんでも……」
大「いや反古(ほご)になっても心嬉しいから書いてくれ、硯箱(すゞりばこ)をこれへ……それ書いてくれ、文面は教えてやる……書かんというと手前の心が疑(うたぐ)られる、何か手前の心に隠している事が有ろう、然(そ)うでなければ早く書いてくれ」
菊「はい……」
 とお菊は最前大藏が飴屋の亭主を呼んで、神原四郎治との密談を立聞(たちぎゝ)をしたが、其の事でこれを書かせるのだな、今こゝで書かなければ尚疑われる、兄の勤めている主人方へお屋敷の一大事を内通をする事も出来ん、先方の心の休まるように書いた方が宜かろうと、羞(はず)かしそうに筆を執りまして、大藏が教ゆる通りの文面をすら/\書いてやりました。
大「まア待て、待て/\、名を書くのに松蔭と書かれちゃア主人のようだ、何処までも恋の情でいかんければならん、矢張ぷっつけに[#「ぷっつけに」は「ぶっつけに」の誤記か]大藏殿と書け」
菊「貴方のお名を……」
大「ま書け/\、字配りは此処(こゝ)から書け」
 と指を差された処へ筆を当てゝ、ちゃんと書いた後(のち)、自分の名を羞かしそうにきくと書き終り、
菊「あの、起請は神に誓いまして書きますもので、血か何か附けますのですか」
大「なに血は宜しい、手前の自筆なれば別に疑うところもない、あゝ有難い」
 押戴(おしいたゞ)いて巻納(まきおさ)めもう一盃(いっぱい)。と酒を飲みながら如何(いか)なることをか工(たく)むらん、続けて三盃(さんばい)ばかり飲みました。
大「あゝ酔った」
菊「大層お色に出ました」
大「殺して居た酒が一時(いちじ)に出ましたが、あの花壇の菊は余程咲いたかの」
菊「余程咲きました、咲乱れて居ります」
大「一寸(ちょっと)見たいもんだの」
菊「じゃアお雪洞(ぼんぼり)を点(つ)けましょう」
大「然(そ)うしてくれ」
菊「お路地のお草履(ぞうり)は此処(これ)にあります、飛石(とびいし)へお躓(つまず)き遊ばすと危(あぶの)うございますよ」
大「おゝ宜(よ)い/\/\」
 と蹌(よろ)けながらぶらり/\行(ゆ)くのを、危いからお菊も後(あと)から雪洞を提げて外の方へ出ると花壇があります。此の裏手はずっと崖になって、下(くだ)ると谷中新幡随院(しんばんずいいん)の墓場此方(こちら)はお馬場口になって居りますから、人の往来(ゆきゝ)は有りません。
大「菊々」
菊「はい」
大「其処(そこ)へ雪洞を置けよ」
菊「はい置きます」
大「灯火(あかり)があっては間が悪いのう」
菊「何を御意あそばします」
大「これ菊、少し蹲(しゃが)んでくれ」
菊「はい」
 左の手を出して……お母(ふくろ)が二歳(ふたつ)三歳(みッつ)の子供を愛するようにお菊の肩の処へ手をかけて、お菊の顔を視詰(みつ)めて居りますから、
菊「あなた、何を遊ばしますの、私(わたくし)は間が悪うございますもの……」
 大藏は四辺(あたり)を見て油断を見透(みすか)し、片足挙(あ)げてポーンと雪洞を蹴上(けあ)げましたから転がって、灯火(あかり)の消えるのを合図にお菊の胸倉を捉(と)って懐に匿(かく)し持ったる合口(あいくち)を抜く手も見せず、喉笛へプツリーと力に任せて突込(つきこ)む。
菊「キャー」
 と叫びながら合口の柄(つか)を右の手で押え片手で大藏の左の手を押えに掛りまするのを、力に任せて捻倒(ねじたお)し、乗掛って、
大「ウヽー」
 と抉(こじ)ったから、
菊「ウーン」
 パタリとそれなり息は絶えてしまい、大藏は血(のり)だらけになりました手をお菊の衣類(きもの)で拭きながら、密(そっ)と庭伝いに来まして、三尺の締(しまり)のある所を開けて、密っと廻って林藏という若党のいる部屋へまいりました。

        二十二

大「林藏や、林藏寝たか林藏……」
林「誰だえ」
大「己だ、一寸(ちょっと)開けてくれ」
林「誰だ」
大「己だ、開けてくれ、己だ」
林「いやー旦那さまア」
大「これ/\」
林「何うして此様(こん)な処へ」
大「静かに/\」
林「ど何ういう事で」
大「静かに……」
林「はい、只今開けます、灯火(あかり)が消えて居りますから、只今……先刻(さっき)から種々(いろ/\)考えて居て一寸(ちょっと)も眠(ね)られません、へえ開けます」
 がら/\/\。
林「先刻の事が気になって眠(ねむ)られませんよ」
大「一緒に来い/\」
林「ひえ/\」
大「手前の手許(てもと)に小短い脇差で少し切れるのがあるか」
林「ひえ、ござえます」
大「それを差して来い、静かに/\」
 と是れから林藏の手を引いて、足音のしないように花壇の許(もと)まで連れて来まして、
大「これ」
林「ひえ/\」
大「菊は此の通りにして仕舞った」
林「おゝ……これは……どうもお菊さん」
大「これさ、しッ/\……主人の言葉を背(そむ)く奴だから捨置き難い、どうか始終は林藏と添わしてやりたいから、段々話をしても肯入(きゝい)れんから、已(や)むを得ず斯(かく)の通り致した」
林「ひえゝ、したがまア、殺すと云うはえれえことになりました、可愛相な事をしましたな」
大「いや可愛相てえ事はない、手前は菊の肩を持って未練があるの」
林「未練(めれん)はありませんが」
大「なアに未練(みれん)がある」
 と云いながら、やっと突然(いきなり)林藏の胸倉を捉(とら)えますから、
林「何をなさいます」
 と云う所を、押倒しざま林藏が差して居ました小脇差を引抜いて咽笛(のどぶえ)へプツーリ突通(つきとお)す。
林「ウワー」
 と悶掻(もが)く所を乗掛って、
大「ウヽーン」
 と突貫(つきつらぬ)く、林藏は苦紛(くるしまぎ)れに柄元(つかもと)へ手を掛けたなり、
林「ウヽーン」
 と息が止りました。是から大藏は伸上って庭外(そと)を見ましたが人も来ない様子ゆえ、
大「しめた」
 と大藏は跡へ帰って硯箱を取出して手紙を認(したゝ)め、是から菊が書いた起請文を取出して、大藏とある大の字の中央(まんなか)へ(ー(ぼう))を通して跳(は)ね、右方(こちら)へ木の字を加えて、大藏を林藏と改書(なお)して、血をべっとりと塗附けて之を懐中し、又々庭へ出て、お菊の懐中を探して見たが、別に掛守(かけまもり)もない、帯止(おびどめ)を解(ほど)いて見ますと中に守(まもり)が入って居(おり)ますから、其の中へ右の起請を納(い)れ、元の様(よう)に致して置き、夜(よ)が明けると直(すぐ)に之を頭(かしら)へ届けました。又(ま)た有助と云う男に手紙を持たせて、本郷春木町三丁目の指物屋(さしものや)岩吉方へ遣(つか)わしましたが、中々大騒(おおさわぎ)で、其の内に検使(けんし)が到来致しまして、段々死人を検(あらた)めますと、自ら死んだように、匕首(あいくち)を握り詰めたなりで死んで居ります。林藏も刀の柄元を握詰め喉を貫(つ)いて居(おり)ますから、如何(どう)いう事かと調べになると、大藏の申立(もうしたて)に、平素(つね)から訝(おか)しいように思って居りましたが、予(かね)て密通を致し居り、痴情のやる方なく情死を致したのかも知れん、何か証拠が有ろうと云うので、懐中(ふところ)から守袋(まもりぶくろ)を取出して見ると、起請文が有りましたから、大藏は小膝を礑(はた)と打(うち)まして、
大「訝しいと存じて、咎(とが)めた時に、露顕したと心得情死を致しましたと見ゆる、不憫(ふびん)な事を致した、なに死なんでも宜(よ)いものを、彼(あれ)までに目を懸けて使うてやったものを」
 などゝ、真(まこと)しやかに陳(の)べて、検使の方は済みましたが、今年五十八になります、指物屋の岩吉が飛んでまいり、船上忠平という二十三になる若党も、織江方から飛んでまいりました。
大「これ/\此処(こゝ)へ通せ、老爺(じゞい)此処へ入れ」
岩「はい、急にお使(つかい)でございましたから飛んで参(めえ)りました、どうも飛んだことで」
大「誠に何ともはやお気の毒な事で、斯ういう始末じゃ」
岩「はい、どうも此の度(たび)の事ばかりは何ういう事だか私(わし)には一向訳が分りません、貴方様(あんたさま)へ御奉公に上げましてから、旦那様がお目をかけて下さり、斯ういう着物を、やれ斯ういう帯をと拵(こしら)えて戴き、其の上お小遣いまで下さり、それから櫛(くし)簪(かんざし)から足の爪先まで貴方が御心配下さるてえますから、彼様(あん)な結構な旦那さまをしくじっちゃアならんよ、己は職人の我雑者(がさつもの)で、人の前で碌に口もきかれない人間だが、行々(ゆく/\)お前を宜(い)い処へ嫁付(かたづ)けてやると仰しゃったというから、私はそれを楽(たのし)んで居りましたが、何ういうわけで林藏殿と悪い事をすると云うは……のう忠平、一つ屋敷にいるから手前は他の仲間衆(ちゅうげんしゅう)の噂でも聞いていそうなものだったのう」
忠「噂にも聞いた事がございません、そんなれば林藏という男が美男(びなん)という訳でもなし、彼(あ)の通りの醜男子(ぶおとこ)、それと斯ういう訳になろうとは合点がまいりません、お父(とっ)さん、ねえ少(ちい)さいうちから妹は其様(そん)な了簡の女ではないのです、何か是には深い訳があるだろうと思います」
 と互に顔を見合せましたが、親父の岩吉には尚(な)お理由(わけ)が分りませんから、
岩「訳だって私(わし)にはどうも分らん、林藏さんと斯ういう事になろう筈がないと申すは、旦那さま、此の間菊へ一寸(ちょっと)お暇を下さいました時に、宅へまいりましたから、早く帰んなよ、然(そ)うしないと旦那様に済まねえよ、親元に何時(いつ)までもぐず/\して居てはならないと申したら、お父(とっ)さん、私はと何か云い難(にく)い事がある様子で、ぐず/\して居ましたが、何方(どなた)もいらっしゃいませんからお話を致しますが、お父さん、私は浮気じゃアないが、私のような者でも旦那様が別段お目をかけて下さいますよと云いますから、お前を奉公人の内で一番目をかけて下さるのか、然うじゃアないよ、別段に目をかけて下さるの、何ういう事でと聞きましたら、私ア旦那さまのお手が附いたけれども、此の事が知れては旦那様のお身の上に障(さわ)るから、お前一人得心で居てくれろと申しますから手前は冥加至極な奴だ、彼様(あん)な好(よ)い男の殿様のお手が附いて……道理でお屋敷へ上(あが)る時から、やれこれ目を掛けて下さると思った、併(しか)し他(ほか)の奉公人の妬(そね)みを受けやアしないかと申しましたが、結構な事だ有難いことだと実は悦んで安心していました、菊も悦んで親へ吹聴致すくらいで、何うして林藏さんと……」
大「こら/\大きな声をしては困りますな、併し岩や恋は思案の外(ほか)という諺もあって、是ばかりは解りませんよ、そんならば宅(うち)にいて気振(けぶり)でも有りそうなものだったが、少しも気振を見せない、尤(もっと)も主(しゅう)家来だから気を詰(つめ)るところもあり、同じ朋輩同志人目を忍んで密会(あいびき)をする方が又楽(たのし)みと見えて、林藏という者が来た時から、菊が彼(かれ)に優しくいたす様子、林藏の方でもお菊さん/\と親(したし)む工合(ぐあい)だから、結構な事だと思って居たが、起請まで取交(とりかわ)して心中を仕ようとは思いません、実に憎い奴とは思いながら、誠に不憫な事をして、お前の心になって見れば、立腹する廉(かど)はない、お前には誠に気の毒で、忠平どんも未だ年若(としわか)ではあるし、他に兄弟もなく、嘸(さぞ)と察する、斯うして一つ屋敷内(やしきうち)に居るから、恥入ることだろうと思う、実に気の毒だが、斯(こ)の道ばかりは別だからのう」
忠「へえ、(泣声にて)お父(とっ)さん何(なん)たる事になりましたろう、私(わたくし)は旦那様の処へ奉公をして居りましても、他の足軽や仲間共に対して誠に顔向けが出来ません、一人の妹が此様(こん)な不始末を致し、御当家様へ申訳がありません」
大「いや、仕方がないから、屍体(したい)のところは直(すぐ)に引取ってくれるように」
岩「へえ畏(かしこま)りました」
 と岩吉も忠平も本当らしいから、仕方がない、お菊の屍骸を引取って、木具屋の岩吉方から野辺の送りをいたしました。九月十三夜(や)に、渡邊織江は小梅の御中屋敷(おなかやしき)にて、お客来がござりまして、お召によって出張いたし、お饗応(もてなし)をいたしましたので、余程夜(よ)も更けましたが、お客の帰った跡の取片付けを下役に申付けまして、自分は御前を下(さが)り、小梅のお屋敷を出ますと、浅草寺(あさくさ)の亥刻(よつ)の鐘が聞えます。全体此の日は船上忠平も供をして参っておったところが、急に渡邊の宅(たく)から手紙で、嬢様が少しお癪気(しゃくけ)だと申してまいりました。嬢様の御病気を看病致すには、慣れたものが居(お)らんければ不都合ゆえ、織江が忠平に其の手紙を見せまして、先へ忠平を帰しましたから、米藏(よねぞう)という老僕(おやじ)に提灯を持たして小梅の御中屋敷を立出(たちい)で、吾妻橋(あずまばし)を渡って田原町(たわらまち)から東本願寺へ突当(つきあた)って右に曲り、それから裏手へまいり、反圃(たんぼ)の海禅寺(かいぜんじ)の前を通りまして山崎町(やまざきちょう)へ出まして、上野の山内(さんない)を抜け、谷中門へ出て、直ぐ左へ曲って是から只今角に石屋のあります処から又後(あと)へ少し戻って、細い横町(よこちょう)を入ると、谷中の瑞林寺(ずいりんじ)という法華寺(ほっけでら)があります、今三浦の屋敷へ程近い処まで来ると、突然(だしぬけ)に飛出した怪しげなる奴が、米藏の持った提灯をばっさり切って落す。
米「あっ」
 と驚く、
織「何者だ、うぬ、狼藉(ろうぜき)……」
 と後(あと)へ退(さが)るところを藪蔭からプツーリ繰出した槍先にて、渡邊の肋(ひばら)を深く突く
織「ムヽーン」
 と倒れて起上ろうとする所を、早く大刀の柄(つか)に手をかけると見えましたが抜打(ぬきうち)に織江の肩先深く切付けたから堪りません。
織「ウヽーム」
 と残念ながら大刀の柄へ手を掛けたまゝ息は絶えました。

        二十三

 渡邊織江が殺されましたのは、夜(よ)の子刻(こゝのつ)少々前で、丁度同じ時刻に彼(か)の春部梅三郎が若江というお小姓の手を引(ひい)て屋敷を駈落致しました。昔は不義はお家の御法度(ごはっと)などと云ってお手打になるような事がございました。そんならと申して殿様がお堅いかと思いますと、殿様の方にはお召使が幾人(いくたり)もあって、何か月に六斎(ろくさい)ずつ交(かわ)る/″\お勤めがあるなどという権妻(ごんさい)を置散(おきちら)かして居ながら、家来が不義を致しますと手打にいたさんければならんとは、ちと無理なお話でございますが、其の時分の君臣の権識(けんしき)は大(たい)して違って居(おり)ましたもので、若江が懐妊したようだというから、何うしても事(こと)露顕を致します、殊(こと)には春部梅三郎の父が御舎弟様から拝領いたしました小柄(こづか)を紛失(ふんじつ)致しました。これも表向に届けては喧(やか)ましい事であります、此方(こなた)も心配致している処へ、若江が懐妊したから連れて逃げて下さいというと、そんなら……、と是から両人共身支度をして、小包を抱え、若気の至りとは云いながら、高(たか)も家も捨てゝ、春部梅三郎は二十三歳で、其の時分の二十三は当今のお方のように智慧分別も進んでは居りませんから、落着く先の目途(あて)もなく、お馬場口から曲って来ると崖の縁(ふち)に柵矢来(さくやらい)が有りまして、此方(こちら)は幡随院の崖になって居りまして、此方に細流(ながれ)があります。此処(こゝ)を川端(かわばた)と申します。お寺が幾らも並んで居ります。清元の浄瑠璃に、あの川端へ祖師(そし)さんへなどと申す文句のござりますのは、此の川端にある祖師堂で、此の境内には俳優岩井家代々の墓がございます。夜(よ)に入(い)っては別に往来(ゆきゝ)もない処で、人目にかゝる気遣いはないからというので、是から合図をして藪蔭へ潜(くゞ)り込み、
若「春部さま」
梅「あい、私(わし)は誠に心配で」
若「私(わたくし)も一生懸命に信心をいたしまして、貴方と御一緒に此の外へ出てしまえば、何様(どん)な事でも宜しゅうございますけれども、お屋敷にいる内に私が捕(つかま)りますと、貴方のお身に及ぶと存じて、本当に私は心配いたしましたが、宜(よ)く入らしって下さいました」
梅「まだ廻りの来る刻限には些(ちっ)と早い、さ、これを下りると川端である、柵が古くなっているから、直(じき)に折れるよ、裾(すそ)をもっと端折(はしょ)らにゃアいかん、危いよ」
若「はい、畏(かしこま)りました、貴方宜しゅうございますか」
梅「私(わし)は大丈夫だ、此方(こちら)へお出(い)でなさい」
 と是から二人ともになだれの崖縁(がけべり)を下(お)りにかゝると、手拭ですっぽり顔を包み、紺の看板に真鍮巻(しんちゅうまき)の木刀を差した仲間体(ちゅうげんてい)の男が、手に何か持って立って居(い)る様子、其所(そこ)へ又一人顔を包んだ侍が出て来る。若江春部の両人は忍ぶ身の上ゆえ、怖い恐ろしいも忘れて檜(ひのき)の植込(うえごみ)の一叢(ひとむら)茂る藪の中へ身を縮め、息をこらして匿(かく)れて居りますと、顔を包んだ侍が大小を落差(おとしざし)にいたして、尻からげに草履(ぞうり)を穿(は)いたなり、つか/\/\と参り、
大「これ有助」
有「へえ、これを彼(か)の人に上げてくれと仰しゃるので、へい/\首尾は十分でございましたな」
大「うん、手前は之を持って、予(かね)ての通り道灌山(どうかんやま)へ往(い)くのだ」
有「へい宜しゅうございます、文箱(ふばこ)で」
大「うん、取落さんように致せ、此の柵を脱(ぬ)けて川を渡るのだ、水の中へ落してはならんぞ」
有「へえ/\大丈夫で」
大「仕損ずるといけんよ」
有「宜しゅうございます」
 と低声(こゞえ)でいうから判然(はっきり)は分りませんが、怪しい奴と思って居ります内に、彼(か)の侍はすっと何(いず)れへか往ってしまいました。チョンチョン/\/\。
廻「丑刻(やつ)でございます」
 と云う廻りの声にて、先の仲間体の男は驚き慌てゝ柵を潜(くゞ)って出る。春部は浮気をして情婦(おんな)を連れ逃げる身の上ではありますが、一体忠義の人でございますから、屋敷内に怪しい奴が忍び込むは盗賊か何だか分りませんから、
梅「曲者(くせもの)待て」
 と云いながら領上(えりがみ)を捕(とら)える。曲者は無理に振払おうとする機(はず)みに文箱(ふばこ)の太い紐に手をかけ、此方(こなた)は取ろうとする、彼(か)の者は取られまいとする、引合うはずみにぶつりと封じは切れて、文箱の蓋(ふた)もろともに落たる密書、曲者はこれを取られてはならんと一生懸命に取返しにかゝる、遣(や)るまいと争う機みに、何ういう拍子か手紙の半(なかば)を引裂(ひっさ)いて、ずんと力足(ちからあし)を踏むと、男はころ/\/\とーんと幡随院の崖縁(がけべり)へ転がり落ちました。其の時耳近く。
廻「八(や)つでございまアす」
 と云う廻りの声に驚き引裂(ひきさ)いた手紙を懐中して、春部梅三郎は若江の手を取って柵を押分け、身体を横にいたし、漸(ようよ)うの事で此処(こゝ)を出て、川を渡り、一生懸命にとっとゝ団子坂(だんござか)の方へ逃げて、それから白山通(はくさんどお)りへ出まして、駕籠(かご)を雇い板橋(いたばし)へ一泊して、翌日出立(しゅったつ)を致そうと思いますと、秋雨(あきさめ)が大降(おおぶり)に降り出してまいって、出立をいたす事が出来ませんから、仕方なしに正午過(ひるすぎ)まで待って居りまして、午飯(ひるはん)を食(たべ)ると忽(たちま)ちに空が晴れて来ましたから、
梅「どうか此宿(こゝ)を出る所だけは駕籠に仕よう」
 と駕籠で大宮までまいりますと、もう人に顔を見られても気遣いはないと、駕籠をよして互に手を引合い、漸々(だん/\)大宮の宿(しゅく)を離れて、桶川(おけがわ)を通り過ぎ、鴻(こう)の巣(す)の手前の左は桑畠で、右手の方は杉山の林になって居ります処までまいりました。御案内の通り大宮から鴻の巣までの道程(みちのり)は六里ばかりでございます。此処(こゝ)まで来ると若江は蹲(しゃが)んだまゝ立ちません。
梅「何うした、足を痛めたのか」
若「いえ痛めやア致しませんが、只一体に痛くなりました、一体に草臥(くたび)れたので、股(もゝ)がすくんで些(ちっ)とも歩けません」
梅「歩けないと云われては誠に困るね、急いで往(い)かんければなりません」
若「も往(ゆ)けません、漸(ようよ)う此処まで我慢して歩いて来ましたので、私(わたくし)は此様(こんな)に歩いた事はないものですから、最(も)う何うしても往(い)けません」
梅「往(い)けませんたって…誠に子供のようなことを云っているから困りますな、是から私(わし)の家来の家(うち)へでも往くならまだしも、お前の親の許(もと)へ往って、詫言(わびごと)をして、暫(しばら)く置いて貰わなければなりません、それだのにお前が其処(そこ)で草臥れたと云って屈(かゞ)んで、気楽な事を云ってる場合ではありません」
若「私(わたくし)も実に心配ですが、どうも歩けませんもの、もう少しお駕籠をお雇い遊ばすと宜しゅうございましたのに」
梅「其様(そん)なことを云ったって、今時分こゝらに駕籠はありませんよ、それでなくとも装(なり)はすっかり変えても、頭髪(あたま)の風(ふう)が悪いから、頭巾を被っても自然と知れます、誠に困りました」
若「困るたって、どうも歩けませんもの」
梅「歩けんと云って、そうして居ては……」
若「少し負(おぶ)って下さいませんか」
梅「何うして私(わし)も草臥れています」
 先の方へぽく/\行(ゆ)く人が、後(うしろ)を振反(ふりかえ)って見るようだが、暗いので分らん。
梅「えゝもし……其処(そこ)においでのお方」
男「はっ……あー恟(びっく)りした、はあーえら魂消(たまげ)やした、あゝ怖(おっ)かねえ……何かぽく/\黒(くれ)え物が居ると思ったが、こけえらは能(よ)く貉(むじな)の出る処だから」
若「あれまア、忌(いや)な、怖いこと……」
男「まだ誰か居るかの……」
梅「いえ決して心配な者ではありません、拙者は旅の者でござるが、足弱連(あしよわづれ)で難儀致して居(お)るので、駕籠を雇いたいと存ずるが、此の辺に駕籠はありますまいか、然(そ)うして鴻の巣まではまだ何(ど)の位ありましょう、それに其方(そなた)は御近辺のお方か、但し御道中のお人か」
男「私(わし)は鴻の巣まで帰(けえ)るものでござえますが、駕籠を雇って後(あと)へ帰(けえ)っても、十四五丁入(へい)らねえばなんねえが、最(も)う少し往(い)けば鴻の巣だ、五丁半べえの処だアから、同伴(つれ)でも殖(ふ)えて、まアね少しは紛(まぎ)れるだ、私も怖(おっか)ねえと思って、年い老(と)ってるが臆病でありやすから、追剥(おいはぎ)でも出るか、狸でも出たら何うしべえかと考え/\来たから、実に魂消たね、飛上ったね、いまだにどう/\胸が鳴ってるだ……見れば大小を差しているようだ、お侍さんだな、どうか一緒に連れて歩いてくだせえ、私も鴻の巣まで参(めえ)るもので」
梅「それは幸いな事で、然(しか)らば御同伴(ごどうはん)を願いたい」
男「えゝ…こゝで飯(まんま)ア喰う訳にはまいりやせん、お飯を喰えって」
梅「いえ、御同道(ごどうどう)をしたいので」
男「アハヽヽヽ一緒に行(い)くという事か、じゃア、御一緒にめえりますべえ……草臥れて歩けねえというのは此の姉(ねえ)さんかね、それは困ったんべえ、江戸者ちゅう者は歩きつけねえから旅へ出ると意気地(いくじ)はねえ、私(わし)も宿屋にいますが、時々客人が肉刺(まめ)エ踏出して、吹売(ふきがら)に糊付板(のりつけいた)を持って来(こ)うてえから、毎(いつ)でも糊板を持って行くだが、足の皮がやっこいだからね、お待ちなせえ、私ア独り歩くと怖えから、提灯を点(つ)けねえで此の通り吊(ぶら)さげているだ。同伴(つれ)が殖えたから点けやすべえ」
梅「お提灯は拙者が持ちましょう」
男「私(わし)ア此処(こゝ)に懐中附木(かいちゅうつけぎ)を持ってる、江戸見物に行った時に山下で買ったゞが、赤い長太郎玉(ちょうたろうだま)が彼(あれ)と一緒に買っただが、附木だって紙っ切(きれ)だよ、火絮(ほくち)があるから造作もねえ、松の蔭へ入(はい)らねえじゃア風がえら来るから」
 と幾度もかち/\やったが付きません。
男「これは中々点かねえもんだね、燧(いし)が丸くなってしまって、それに火絮が湿ってるだから……漸(やっと)の事で点いただ、これでこの紙の附木に付けるだ、それ能く点くべい、えら硫黄臭いが、硫黄で拵(こしれ)えた紙だと見える、南風でも北風でも消えねえって自慢して売るだ、点けてしまったあとは、手で押(おせ)えて置けば何日(いつ)でも御重宝(ごちょうほう)だって」
梅「じゃア拙者が持ちましょう、誠にお提灯は幸いの事で、さ我慢して、五町ばかりだと云うから」
若「はい、有難う存じます」
男「お草臥れかね、えへゝゝゝゝ顔を其方(そっち)へ向けねえでも宜(よ)い」
 若江は頭巾を被って居りますから田舎者の方では分りませんが、若江の方で見ると、旧来我家(わがや)に勤めている清藏(せいぞう)という者ゆえ、嬉しさの余り草臥れも忘れて前へすさり出まして、
若「あれまア清爺(せいじい)や」
清「へえ……誰だ……誰だ」
若「誰だってまア本当に、頭巾を被っているから分るまいけれども私だよ」
 と云いながらお高祖頭巾(こそずきん)をとるを見て、
清「こりゃア何とまア魂消たね、何うして……やアこれ阿魔ア……」
梅「何だ阿魔とは怪(け)しからん、知る人かえ」
若「はい、私(わたくし)の処の親父の存生中(ぞんしょうちゅう)から奉公して居ります老僕(じいや)ですが、こゝで逢いましたのは誠に幸いな事で」
清「ま、どうして来ただアね、宿下(やどさが)りの時にア私(わし)は高崎まで行ってゝ留守で逢わなかったが、大(でか)くなったね、今年で十八だって、今日も汝(われ)が噂アしてえた処だ、見違(みちげ)えるようになって、何とはア立派な姿だアな、何うして来た、宿下りか」
若「いゝえ、私はまたお前に叱られる事が出来たのだけれども、お母様(っかさま)に詫言(わびごと)をして、どうか此のお方と一緒に宅(うち)へ置いて戴くようにしておくれな」
清「此のお方様てえのは」
 と梅三郎を見まして、
「此のお方様が……貴方は岡田さまか」
梅「えゝ拙者は春部梅三郎と申す者で、以後別懇(べっこん)に願います」
清「へえ、余り固く云っちゃア己がに分りやせん、ま何ういう訳で、あゝ是は失策(しくじり)でもして出て、貴方(あんた)が随(つ)いて参ったか」
梅「いや別に上(かみ)へ対して失策(しくじり)もござらんが、両人とも心得違いをいたし、昨夜屋敷を駈落いたしました」
清「え屋敷を出たア…」
若「此のお方様もお屋敷に居(お)られず、私(わたくし)も矢張(やっぱり)居(お)られない理由(わけ)になったが、お母(っか)さんは物堅い御気性だから、屹度(きっと)置かないと仰しゃるだろうが、此のお方も、何処(どこ)へも行(ゆ)き所のないお方で、後生だから何日(いつ)までも宅(うち)に居(い)られるようにしておくれな」
清「むゝう……此の人と汝(われ)がと二人ながら屋敷に居(い)られねえ事を出来(でか)して仕様がなく、駈落をして来たな」
若「あゝ」
清「あ……それじゃア何か二人ともにまア不義(わるさ)アして居ただアな、いゝや隠さねえでも宜(よ)い、不義(わるさ)アしたって宜(え)い、宜(え)い/\/\能くした、大(え)かくなるもんだアな、此間(こねえだ)まで頭ア蝶々見たように結って、柾(まさき)の嫩(やわら)っこい葉でピイ/\を拵(こしら)えて吹いてたのが、此様(こん)な大(でか)くなって、綺麗な情夫(おとこ)を連れて突走(つッぱし)って来たか、自分の年い老(と)ったのは分んねえが、汝(われ)が大(えか)くなったで知れらア、心配(しんぺえ)せねえでも宜(え)い、お母(ふくろ)さまが置くも置かねえもねえ、何うしても男と女はわるさアするわけのものだ、心配(しんぺえ)せねえでも宜(え)い、どうせ聟養子(むこようし)をせねえばなんねえ、われが死んだ父(とっ)さまの達者の時分からの馴染(なじみ)で、己が脊中で眠(ね)たり、脊中で小便(はり)垂れたりした娘子(あまっこ)が、大(でか)くなったゞが、お前さんもまんざら忌(いや)ならば此様(こん)な処まで手を引張(ふっぱ)って逃げてめえる気遣(きづけ)えもねえが、宿屋の婿(むこ)になったら何うだ、屎草履(くそぞうり)を直さねえでも宜(え)いから」
梅「それは有難い事で、何(ど)の様(よう)な事でもいたしますが、拙者は屋敷育ちで頓(とん)と知己(しるべ)もござらず、前町(まえまち)に出入町人はございますが、前町の町人どもの方(かた)へも参られず、他人(ひと)の娘を唆(そゝの)かしたとお腹立もございましょうが、お手前様から宜しくお詫びを願いたい、若(も)し寺へまいるような子供でもあれば、四書五経ぐらいは教えましても好(よ)し、何うしても困る時には御厄介にならんよう、人家(ひと)の門(かど)に立ち、謡(うたい)を唄い、聊(いさゝ)かの合力(ごうりょく)を受けましても自分の喰(たべ)るだけの事は致す心得」
清「其様(そん)な事をしねえでも宜(え)え、見っともねえ、聟になってお母(ふくろ)の厄介になりたくねえたって、歌ア唄って表え歩いて合力てえ物を売って歩いて、飴屋見たような事はさせたくねえ、あの頭の上へ籠(かご)か何か乗(のっ)けて売って歩くのだろう」
梅「いえ、左様な訳ではございません」
清「然(そ)うで無(ね)えにしても其様(そん)な事は仕ねえが宜(え)い、そろ/\参(めえ)りましょう、提灯を持っておくんなせえ、先へ立って」
若「お前ね、私は嬉しいと思ったら草臥れが脱(ぬ)けたから宜(い)いよ」
清「まアぶっされよ」
若「宜いよ」
清「宜(え)いたって大(えか)くなっていやらしく成ったもんだから、間ア悪がって……早く負(ぶ)っされよ、少(ちい)さえうちは大概(ていげえ)私(わし)が負(おぶ)ったんだ、情夫(おとこ)が居るもんだから見えして、われが友達の奥田(おくだ)の兼(かね)野郎なア立派な若(わけ)え衆(しゅ)になったよ、汝(われ)がと同年(おねえどし)だが、此の頃じゃア肥手桶(こいたご)も新しいんでなけりゃ担(かつ)ぎやアがんねえ、其様(そんな)に世話ア焼かさずに負(ぶっ)されよ」

        二十四

 鴻の巣の宿屋では女主人(おんなあるじ)が清藏の帰りの遅いのを心配いたして、
母「あの清藏はまだ帰(けえ)りませんかな……何うしたか長(なが)え、他の者を使いにやれば、今までにゃア帰(かえ)るだに……こら、清藏が帰(けえ)ったようじゃアねえか、帰(けえ)ったら直(すぐ)に此処(こゝ)へ来(こ)うといえ」
清「へえ、只今往って参(めえ)りました……もし、此の人は何とか云っけ、名は……」
若「春部さま」
清「うん春部梅か成程……梅さん、そこな客座敷は六畳しかないが、客のえらある時にゃア此処へも入れるだが常にア誰も来ねえから、其処(そこ)に入(へい)って居な、一旦詫(わび)をしねえ内は仕方がねえから……へえ往って参(めえ)りました」
母「余(あんま)り長(なげ)えじゃアねえか」
清「長えって先方(むこう)で引留めるだ、まア一盃(いっぱい)飲んで往(い)けと云って、どうか船の利かないところを、お前(めえ)の馬に積んで二三帰(けえ)り廻してくれと云っていたが、薪(まき)は百把(ひゃっぱ)に二十二三把安いよ」
主「それは宜(よ)かっけな」
清「何よ、それ何(なん)に逢いやした、それ…」
母「誰だ」
清「誰だって大(えか)くなって見違(みちげ)えたね、屋敷姿は又別だね、此処(こゝ)を斯ういう塩梅(あんばい)に曲げて、馬糞受(まぐそうけ)見たように此処にぺら/\下げて来たっけね、今日の髪(あたま)ア違って、着物も何だか知んねえ物を着て来たんだ、年い十八じゃア形(なり)い大(でけ)えな、それ娘のおわかよ、父(とっ)さまに似てえるだ」
母「あれまア何処(どけ)え」
清「六畳に居るだ」
母「あれまア早くそう云えば宜(え)いじゃアねえか」
清「遅く屋敷を出たゞよ」
母「何か塩梅でも悪くて下(さが)って来たんじゃアあんめえか、それとも朋輩(なかま)同士揉めでも出来たか、宿下(やどさが)りか」
清「それがね、お屋敷内(うち)でね、一つ所で働く若(わッけ)え侍(さむれえ)があって、好(え)え男よ、其方(そっち)を掃いてくんろ、私(わし)イ拭くべえていった様な事から手が触り足が触りして、ふと私通(くッつ)いたんだ、だん/\聞けば腹ア大(でか)くなって赤児(ねゝこ)が出来てみれば、奉公は出来ねえ、そんならばとって男を誘い出して、済みませんから老僕(じい)や詫言をしてくんろってよ、どうかまアね、本当に好(え)いお侍(さむれえ)だよ」
母「むゝう……じゃア何か情夫(いろおとこ)を連れやアがって駈落いして来たか」
清「うん突走(つッぱし)って来ただ」
母「それから汝(われ)何処(どこ)へ入れた」
清「何処だって別に入れ処(どこ)がねえから、新家(しんや)の六畳の方へ入れて飯(まんま)ア喰わして置いただ」
母「馬鹿野郎、呆れた奴だよ、何故宅(うち)へ引入れた、何故敷居を跨(また)がしたよ、屋敷奉公をしていながら、不義(わるさ)アして走って来るような心得違(こころえちが)えな奴は、此処(こゝ)から勝手次第に何処(どこ)へでも往(ゆ)くが宜(え)えと小言を云って、何故追出してやらねえ、敷居を跨がして内へ入れる事はねえよ」
清「それは然(そ)う云ったって仕様がねえ、どうせ年頃の者に固くべえ云ったっていかねえ、お前(めえ)だって此処(こけ)え縁付いて来るのに見合から仕て、婚礼したじゃアねえ、彼(あれ)を知ってるのは私(わし)ばかりだ、十七の時だね、十夜(じゅうや)の帰りがけにそれ芋畠(ずいきばたけ)に二人立ってたろう」
母「止せ……汝(われ)まで其様(そんな)ことをいうから娘(あま)がいう事を肯(き)かねえ、宜く考(かんげ)えて見ろよ、熊(くま)ヶ谷(い)石原(いしはら)の忰を家(うち)へよばる都合になって居るじゃアねえか、親父のいた時から決っているわけじゃアねえか、それが今情夫(おとこ)を連れて逃げて来やアがって、親が得心で匿(かく)まって置いたら、石原の舎弟や親達に済むかよ」
清「おゝ違(ちげ)えねえ、是は済まねえ」
母「済まねえだって、汝(われ)は何もかも知っていながら、彼(あ)の娘(あま)を連れて来て、足踏みをさせて済むかよ、只(たっ)た今追出(おんだ)してしめえ、汝(われ)ア幾歳(いくつ)になる、頭ア禿(はげ)らかしてよ、女親だけに子に甘く、義理人情を考えねえで入れたと、石原へ聞(きこ)えて済むか、汝も一緒に出て往(ゆ)け」
清「私(わし)が色事をしやアしめえし、出される訳はねえ、実ア私も家(うち)へ入れめえとは考えたけれども、お侍(さむれえ)さんが如何(いか)にも優しげな人で、色が白いたって彼様(あんな)のはねえ、私ア白(しろ)っ子(こ)かと思えやした、一体お侍(さむれえ)なんてえ者は田舎へ来れば、こら百姓……なんて威張るだが、私のような者に手を下げて、心得違(こゝろえちげ)えをして屋敷を出ましたが、他に知って居る者もねえ、母(かゝ)さまア腹も立とうが、厄介(やっけえ)にはなりません、稼ぎがあります、何だっけ、えゝ歌ア唄って合力(ごうりょく)とかいう菓子を売って歩いても世話にならねえから、置いてやって下せえな」
母「だめだよ、さっさと追出せよ」
清「そう怒(おこ)ったって仕様がねえ、出せば往(い)き所(どこ)がねえが、娘子(あまっこ)が情夫(おとこ)に己(おら)ア家(うち)へ来(こ)うって連れて来たものを追出(おんだ)すような事になれば、誠に義理も悪い、他に行(い)き所(どこ)はねえ、仕様がねえから男女(ふたり)で身い投げておっ死(ち)んでしまおうとか、林の中へ入って首でも縊(くゝ)るべえというような、途方もねえ考(かんげ)えを起して、とんでもねえ間違(まちげえ)が出来るかも知んねえ、追出(おんだ)せなら追出(おんだ)しもするが、ひょっとお前(めえ)らの娘が身い投げても、首を縊っても私(わし)を怨(うら)んではなんねえよ、只(たっ)た今追出(おんだ)すから…」
母「まア、ちょっくら待てよ」
清「なに……」
母「己を連れてって若に逢わせろよ」
清「逢わねえでも宜(よ)かんべえ」
母「宜(え)いよ、己(おら)ア只(たゞ)追出(おんだ)す心はねえから、彼奴(あいつ)に逢って頭の二つ三つ殴返(はりけえ)して、小鬢(こびん)でもむしゃぐって、云うだけの事を云って出すから、連れてって逢わせろよ」
清「それは宜(よ)くねえ、少(ちっ)せえ子供じゃアねえし、十七八にもなったものゝ横ぞっぽを打殴(ぶんなぐ)ったりしねえで、それより出すは造作もねえ」
母「まア待てよ…打叩(うちたゝ)きは兎も角も、娘(むすめ)は憎くて置かれねえ奴だが、附いて来たお侍(さむれえ)さんに義理があるから、己が会って、云うだけの事を云って聞かした其の上で、其の人へ義理だ、娘(あま)には草鞋銭(わらじせん)の少しもくれべえ」
清「うむ、それは沢山(たんと)遣(や)るが宜(え)え、新家にいるだよ」
 と清藏が先へ駈出してまいり、
清「今此処(こけ)へお母(ふくろ)が来るよ」
若「お母(っか)さんが怒(おこ)って何とか仰しゃったかえ」
清「怒るたって怒らねえたって訳が分らねえ、彼様(あん)なはア堅(かて)え義理を立てる人はねえ、此の前彌次郎(やじろう)が家(うち)の鶏(とり)を喜八(きはち)が縊(し)めたっけ、あの時お母(ふくろ)が義理が立たねえって其の通りの鶏を買って来(こ)ねえばなんねえと、幾ら探しても、あゝいう毛がねえで困ったよ、あゝいう気象だから、お前(めえ)さまも其の積りで、田舎者が分らねえ事をいうと思って、肝(きも)を焦(いら)しちゃアいけねえよ、腹立紛れに何を云うか知んねえ、来た/\、さ此方(こっち)へお母」
母「あゝ薄暗い座敷だな、行灯(あんどん)を持って来な……お若/\、此方(こっち)へ出ろよ、此処(こけ)へ出ろ、最(も)う少し出てよ」
 お若は間が悪いから、畳へぴったり手を突いて顔を上げ得ません。附いて来た侍は何様(どん)な人だか。と横目でじろりと見ながら、自分の方より段々前へ進み出まして
母「お若、今清藏に聞きまして魂消(たまげ)ましたぞ、汝(われ)は情夫(おとこ)を連れて此処(こけ)へ走って来たではねえか、何ともはア云様(いいよう)のねえ親不孝なア奴だ、これ屋敷奉公に出すは何のためだよ、斯ういう田舎にいては行儀作法も覚えられねえ、なれども鴻の巣では家柄の岡本の娘だアから屋敷奉公に上げ、行儀作法も覚えさせたらで、金をかけて奉公に遣ったのに、良(え)い事は覚えねえで不義(わるさ)アして、此処(こけ)へ走って来ると云うは何たる心得違(こゝろえちげ)えなア親不孝の阿魔だか、呆れ果てた、最(も)う汝(われ)の根性を見限って勘当してくれるから、何処(どけ)へでも出て往(い)け、石原の舎弟に合わす顔が無(ね)え、彼(あれ)が汝の婿だ、去年宿下(やどさが)りに来た時、石原へ連れて往くのに、先方(むこう)は田舎育ちの人ゆえ、汝が屋敷奉公をして立派な姿で往くが、先方が木綿ものでいても見下げるな、汝が亭主になる人だよと、何度も云って聞かせ、お父様(とっさん)が約束して固く極めた処を承知していながら、情夫を連れて参(めえ)っちゃア石原へ済まねえ事を知っていながら来るとは、何ともはア魂消てしまった、汝より他に子はねえけれども、義理という二字があって何うしても汝を宅(うち)へ置く事は出来ねえ、見限って勘当をするから何処(どこ)へでも出て往くが宜(え)い、汝は此のお方様に見棄てられて乞食になるとも、首い縊(くゝ)って死ぬとも、身を投げるとも汝が心がらで、自業自得だ、子のない昔と諦めますから」
 と両眼には一杯涙を浮(うか)めて泣いて居りました。

        二十五

 母は心の中(うち)では不憫でならんが、義理にからんで是非もなく/\故(わざ)と声をあらゝげまして、
母「これ若、もう物を云わずさっさと出て往け」
 と云いながら梅三郎に向いまして、
「お前様には始めてお目にかゝりましたが、お立派なお侍さんが斯(こ)んな汚(きたね)え処へお出でなすったくれえだから、どうか此の娘(あま)を可愛がって下せえまし、折角此処(こゝ)まで連れて逃げて来たものを、若い内には有りうちの事だ、田舎気質(かたぎ)とは云いながら、頑固(かたくな)な婆(ばゞ)アだ、何の勘弁したって宜(え)えにとお前様には思うか知んねえけれども、只今申します通り義理があって、どうも此の娘を宅(うち)へ置かれません只(たっ)た今追出します、名主へも届け、九離(きゅうり)断(き)って勘当します、往処(ゆきどこ)もなし、親戚(みより)頼りもねえ奴でごぜえますから、見棄てずに女房にして下せえまし、貴方(あんた)が見棄てゝも私(わし)ゃア恨みとも思いませんが、どうかお頼み申します、何や清藏、あのお若を屋敷奉公させて家(うち)へ帰らば、柔(やあら)けえ物も着られめえと思って、紬縞(つむぎじま)の手織(ており)がえらく出来ている、あんな物が家に残ってると後(あと)で見て肝(きも)が焦(い)れて快(よ)くねえから、帯も櫛(くし)笄(こうがい)のようなものまで悉皆(みんな)要(い)らねえから汝(われ)え一風呂敷(ひとふろしき)に引纒(ひんまと)めて、表へ打棄(うっちゃ)っちまえ」
清「打棄らねえでも宜(よ)かんべい、のう腹ア立とうけれども打棄ったって仕様がねえ」
母「チョッ、分らねえ奴だな、石原の親達へ対(てい)しても此娘(これ)がに何一つ着せる事ア出来ねえ、そんならと云って家(うち)に置けば快(よ)くねえ、憎い親不孝なア娘(あま)の着物を見るのは忌(いや)だから、打棄(うっちゃっ)ちまえと云うだ」
清「打棄らずに取って置いたら宜(よ)かんべい」
母「雨も降りそうになって居るから、合羽に傘に下駄でも何でも、汝(われ)が心で附けて、此娘(これ)がに遣ることは出来ねえ、憎くって、併(しか)し家(うち)に置くことが出来ねえから打棄れというのだ、雨が降りそうになって居るから」
清「うーむ然(そ)うか、打棄るべえ、箪笥(たんす)ごと打棄っても宜(え)い、どっちり打棄るだから、誰でも拾って往(ゆ)くが宜い、はアーどうも義理という二字は仕様のねえものだ」
 と立ちにかゝるを引止めて、
梅「ま暫(しばら)く……清藏どんとやら暫くお待ち下さい、只今親御(おやご)の仰せられるところ、重々御尤(ごもっと)もの次第で、御尊父御存生(ごぞんしょう)の時分からお約束の許嫁(いいなずけ)の亭主あることを存ぜず、無理に拙者が若江を連れてまいりましたは、あなたに対しては何とも相済みません、若江は亡(なくな)られた親御の恩命に背(そむ)き、不孝の上の不孝の上塗(うわぬり)をせんければならず、拙者は何処(どこ)へも往(ゆ)き所(どころ)はないが、男一人の身の上だから、何処(いずく)の山の中へまいりましても喰うだけの事は出来ます、お前は此処(こゝ)に止(とゞ)まって聟を取り、家名相続をせんければならんから、拙者一人で往(ゆ)きます」
清「ま、お待ちなせえ……そんな義理立(ぎりだて)えして無闇に往ったっていけねえ、二人で出て来たものが、一人置いてお前(めえ)さんが往ったら娘(あま)も快(よ)くねえ訳だア、宜(よ)く相談して往(い)くが宜(え)い、今草鞋銭をくれると云うから待てよ、えゝぐず/\云っちゃア分らねえ、判然(はっきり)云えよ、泣きながらでなく……彼(あ)の人ばかり追返(おっけえ)しちゃア義理が済むめえ、色事だって親の方にも義理があるから追返す位(くれえ)なら首でも縊(つ)るか、身い投げておっ死(ち)ぬというだ」
母「篦棒(べらぼう)……死ぬなんて威(おど)し言(ごと)を云ったら、母親(おふくろ)が魂消て置くべいかと思って、死ぬなんてえだ、死ぬと云った奴に是迄死んだ例(ためし)はねえ、さ只(たっ)た今死ね、己(おれ)は義理さえ立てば宜(え)い、汝(われ)より他に子はねえが、死ぬなんて逆らやアがって、死ぬなら死ね、さ此処(こゝ)に庖丁があるから」
清「止せよー、困ったなア……うむ何うした/\」
 若江は身の過(あやま)りでございますから、一言もないが、心底可愛い梅三郎と別れる気がない、女の狭い心から差込んでまいる癪気(しゃくき)に閉じられ、
若「ウヽーン」
 と仰向けさまに反返(そりかえ)る。清藏は驚いて抱き起しまして、
清「お前さま帰るなんて云わねえが宜(い)い、さゝ冷たくなって、歯を咬(くい)しばっておっ死(ち)んだ、お前様(めえさま)が余(あんま)り小言を云うからだ……ア痛(いた)え、己の頭へ石頭を打附(ぶッつ)けて」
 と若江を抱え起しながら、
清「お若やー……」
母「少しぐらい小言を云われて絶息(ひきつけ)るような根性で、何故斯(こ)んな訳になったんだかなア、痛(いて)え……此方(こっち)へ顔を出すなよ」
清「お前(めえ)だって邪魔だよ、何か薬でもあるか、なに、お前(めえ)さま持ってる……むゝう是は巻いてあって仕様がねえ、何だ印籠(いんろう)か……可笑(おか)しなものだな、お前(めえ)さん此の薬を娘(あま)の口ん中(なけ)へ押(お)っぺし込んで……半分噛んで飲ませろよ、なに間が悪(わり)い……横着野郎め」
 梅三郎は間が悪そうに薬を含(くゝ)んで飲ませますと、若江は漸(ようや)くうゝんと気が付きました。
清「気が付いたか」
母「しっかりしろ」
清「大丈夫(でえじょうぶ)だ、あゝゝ魂消た余(あんま)り小言を云わねえが宜(え)えよ、義理立をして見す/\子を殺すようなことが出来る、もう其様(そんな)に心配しねえが宜えよ」
若「あの爺(じい)や、私は斯(こ)んなわるさをしたから、お母(っか)さまの御立腹は重々御道理(ごもっとも)だが、春部さまを一人でお帰し申しては済まないから、私も一緒に此のお方と出して下さるように、またほとぼりが冷めて、石原の方の片が附いたら、お母さまの処へお詫をする時節もあろうから、一旦御勘当の身となって、一度は私も出して下さるように願っておくれよ」
清「困ったね、往処(ゆきどこ)のねえ人を、お若が家(うち)まで誘い出して来て置かないと云うなら、彼(あ)の人を何うかしてやらなければなんねえ、時節を待って詫言(わびごと)をするてえが、何うする」
母「汝(われ)と違ってお義理堅(ぎりがて)え殿さまで、往(ゆ)く処(とこ)のねえ者を一人で出て往(い)くと仰しゃるは、己がへの義理で仰しゃるだ、憎くて置かれねえ奴だが、此の旦那さまも斯(こん)なにお義理堅(ぎりがて)えから、此の旦那様に免じて当分家(うち)へ置いてくれるから、此処(こゝ)に隠れて[#「隠れて」は底本では「隠ねて」]いるが宜(え)い」
清「そんなれば早く然(そ)う云えば宜(い)いに、後(あと)でそんな事を云うだから駄目だ、石原の子息(むすこ)がぐず/\して居て困る事ができたら、私(わし)が殴殺(ぶっころ)しても構わねえ」
 と是から二人は此の六畳の座敷へ足を止める事になりますと、お屋敷の方は打って変って、渡邊織江は非業に死し翌日になって其の旨を届けると、直(す)ぐさま検視も下(お)り、遂に屍骸(しがい)を引取って野辺の送りも内証(ないしょ)にて済ませ、是から悪人穿鑿(せんさく)になり、渡邊織江の長男渡邊祖五郎(そごろう)が伝記に移ります。

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