打印本文 打印本文 关闭窗口 关闭窗口

菊模様皿山奇談(きくもようさらやまきだん)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006/9/7 10:43:59 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


        二十六

 さて其の頃はお屋敷は堅いもので、当主が他人(ひと)に殺された時には、不憫(ふびん)だから高(たか)を増してやろうという訳にはまいりません、不束(ふつゝか)だとか不覚悟だとか申して、お暇(いとま)になります。彼(か)の渡邊織江が切害(せつがい)されましたのは、明和の四年亥歳(いどし)九月十三夜(や)に、谷中瑞林寺の門前で非業な死を遂げました、屍骸を引取って、浅草の田島山(たじまさん)誓願寺(せいがんじ)へ内葬を致しました。其の時検使に立ちました役人の評議にも、誰が殺したか、織江も手者(てしゃ)だから容易な者に討たれる訳はないが、企(たく)んでした事か、どうも様子が分らん。死屍(しがい)の傍(わき)に落ちてありましたのは、春部梅三郎がお小姓若江と密通をいたし、若江から梅三郎へ贈りました文と、小柄(こづか)が落ちてありましたが、春部梅三郎は人を殺すような性質の者ではない、是も変な訳、何ういう訳で斯様(かよう)な文が落ちてあったか頓と手掛りもなく、詰り分らず仕舞でござりました。織江には姉娘(あねむすめ)のお竹と祖五郎という今年十七になる忰(せがれ)があって、家督人(かとくにん)でございます。此者(これ)が愁傷(しゅうしょう)いたしまして、昼は流石(さすが)に人もまいりますが、夜分は訪(と)う者もござりませんから、位牌に向って泣いてばかり居りますと、同月(どうげつ)二十五日の日に、お上屋敷からお呼出しでありますから、祖五郎は早速麻上下(あさがみしも)で役所へ出ますと、家老寺島兵庫差添(さしそえ)の役人も控えて居り、祖五郎は恐入って平伏して居りますと、
寺島「祖五郎も少し進みますように」
祖「へえ」
寺島「此の度(たび)は織江儀不束の至りである」
祖「はっ」
寺島「仰せ渡されをそれ…」
 差添のお役人が懐から仰せ渡され書(がき)を取出(とりいだ)して読上げます。

一其の方父織江儀御用に付き小梅中屋敷へ罷(まか)り越し帰宅の途中何者とも不知(しれず)切害被致候段(いたされそろだん)不覚悟の至りに被思召(おぼしめされ)無余儀(よぎなく)永(なが)の御暇(おいとま)差出候(さしだしそうろう)上は向後(こうご)江戸お屋敷は不及申(もうすにおよばず)御領分迄立廻り申さゞる旨被仰出候事(おおせいでられそろこと)
家老名判

 祖五郎は
「はっ」
 と頭(かしら)を下げましたが、心の中(うち)では、父は殺され、其の上に又此のお屋敷をお暇(いとま)になることかと思いますと、年が往(い)きませんから、只畳へ額(ひたえ)を摺付けまして、残念の余り耐(こら)えかねて男泣きにはら/\/\と泪(なみだ)を落す。御家老は膝を進めて言葉を和らげ、
寺「マヽ役目は是だけじゃが、祖五郎如何(いか)にもお気の毒なことで、お母(かゝ)さまには確か早く別れたから、大概織江殿の手一つで育てられた、其の父が何者かに討たれ剰(あまつさ)え急にお暇になって見れば、差向(さしむき)何処(どこ)と云って落着く先に困ろうとお察し申すが、まゝ又其の中(うち)に御帰参の叶(かな)う時節もあろうから、余りきな/\思っては宜しくない、心を大きく持って父の仇(あだ)を報い、本意(ほんい)を遂げれば、其の廉(かど)によって再び帰参を取計らう時節もあろう、急(せ)いては事を仕損ずるという語を守らんければいかん、年来御懇意にもいたした間、お屋敷近い処にもいまいが、遠く離れた処にいても御不自由な事があったら、内々(ない/\)で書面をおよこしなさい」
祖「千万(せんばん)有難う存じます……志摩(しま)殿、幸五郎(こうごろう)殿御苦労さまで」
志摩「誠にどうも此の度(たび)は何とも申そうようもない次第で、実にえゝ御尊父さまには一方(ひとかた)ならぬ御懇命(ごこんめい)を受けました、志摩などは誠にあゝいうお方様がと存じましたくらいで、へえどうか又何ぞ御用に立つ事がありましたら御遠慮なく……此処(こゝ)は役所の事ですから、小屋へ帰りまして仰せ聞けられますように」
祖「千万有難う」
 と仕方なく/\祖五郎は我(わが)小屋へ立帰って、急に諸道具を売払い、奉公人に暇(いとま)を出して、弥々(いよ/\)此処(こゝ)を立退(たちの)かんければなりません。何処(どこ)と云って便(たよ)って往(ゆ)く目途(あて)もございませんが、彼(か)の若江から春部の処へ送った文が残っていて、春部は家出をした廉(かど)はあるが、春部が父を殺す道理はない、はて分らん事で……確か梅三郎の乳母と云う者は信州の善光寺にいるという事を聞いたが、梅三郎に逢ったら少しは手掛りになる事もあろうと考えまして、前々(ぜん/\)勤めていた喜六という山出し男は、信州上田の在で、中(なか)の条村(じょうむら)にいるというから、それを訪ねてまいろうと心を決しまして、忠平という名の如く忠実な若党を呼びまして、
祖「忠平手前は些(ちっ)とも寝ないのう、ちょいと寝なよ」
忠「いえ眠くも何ともございません」
祖「姉様(あねさま)と昨夜(ゆうべ)のう種々(いろ/\)お話をしたが、屋敷に長くいる訳にもいかんから、此の通り諸道具を引払ってしまった、併(しか)し又再び帰る時節もあろうからと思い、大切な品は極(ごく)別懇にいたす出入町人の家へ預けて置いたが、姉様と倶(とも)に喜六を便(たよ)って信州へ立越(たちこえ)る積りだ、手前も長く奉公してくれたが、親父も彼(あ)の通り追々老(と)る年だし、菊はあゝ云う訳になったし、手前だけは別の事だから、こりゃア何の足しにもなるまいが、お父(とっ)さまの御不断召(ごふだんめし)だ、聊(いさゝ)か心ばかりの品、受けて下さい、是まで段々手前にも宜く勤めて貰い、お父さまが亡(な)い後(のち)も種々骨を折ってくれ、私(わし)は年が往(ゆ)かんのに、姉様は何事もお心得がないから何うして宜(い)いかと誠に心配していたが、万事手前が取仕切ってしてくれ、誠に辱(かたじけ)ない、此品(これ)はほんの志ばかりだ……また時が来て屋敷へ帰ることもあったら、相変らず屋敷へ来て貰いたい、此品(これ)だけを納めて下さい」
忠「へえ誠に有難う……」
竹「手前どうぞ岩吉にも会いたいけれども、立つ時はこっそりと立ちたいと思うから、よく親父にそう云っておくれよ」
 と云われて、忠平は祖五郎とお竹の顔を視詰(みつ)めて居りました。忠平は思い込んだ容子(ようす)で、
忠「へえ……お嬢さま、私(わたくし)だけはどうかお供仰付け下さいますように願いたいもので、まア斯うやって私も五ヶ年御奉公をいたして居ります、成程親父は老(と)る年ですが、まだ中々達者でございます、旦那様には別段に私も御贔屓を戴きましたから、忠平だけはお供をいたし、御道中と申しても若旦那様もお年若、又お嬢様だって旅慣れんでいらっしゃいますから、私がお供をしてまいりませんと、誠にお案じ申します、宅(うち)で案じて居りますくらいなら、却(かえ)ってお供にまいった方が宜しいので、どうかお供を」
竹「それは私も手前に供をして貰えば安心だけれども、親父も得心しまいし、また跡でも困るだろう」
忠「いえ困ると申しても職人も居りますから、何うぞ斯うぞ致して居ります、なまじ親父に会いますと又右(と)や左(かく)申しますから、立前(たちまえ)に手紙で委(くわ)しく云ってやります、どうか私(わたくし)だけはお邪魔でもお供を」
竹「誠に手前の心掛感心なことで……私も往(い)って貰いたいというは、祖五郎も此の通りまだ年は往(ゆ)かず……併(しか)しそれも気の毒で」
忠「何う致しまして、私(わたくし)の方から願っても、此の度(たび)は是非お供を致そうと存じて居(お)るので、どうか願います」
竹「そんなら岩吉を呼んで、宜(よ)く相談ずくの上にしましょう」
忠「いえ相談を致しますと、訳の分らんことを申してとても相談にはなりません、それより立つ前に書面を一本出して、ずっとお供をしてまいっても宜しゅうございます、心配ございません」
 そんならばと申すので、是から段々旅支度をして、いよ/\翌日(あした)立つという前晩(まえばん)に、忠平が親父の許(もと)へ手紙を遣(や)りました。親父の岩吉は碌に読めませんから、他人(ひと)に読んで貰いましたが、驚いて渡邊の小屋へ飛んでまいりました。
岩「お頼ん申します」
忠「どうれ……おやお出でかえ」
岩「うん……手紙が来たから直(すぐ)に来た」
忠「ま此方(こっち)へお出で」
岩「手前(てめえ)何かお嬢様方のお供をして信州とかへ行(ゆ)くてえが飛んだ話だ、え飛んだ話じゃアねえか、そんなら其の様にちゃんと己に斯ういう訳でお供を仕なければならぬがと、宜く己に得心させてから行(い)くが宜(い)い、ふいと黙って立っちまっては大変だと思ったから、遅くなりましてもと御門番へ断って来たんだ、えゝおい」
忠「お供してまいらなければならないんだよ、お嬢様は脾弱(ひよわ)いお体、若旦那さまは未だお年がいかないから、信州までお送り申さなければなりません、お屋敷へ帰る時節があれば結構だが、容易に御帰参は叶うまいと思うが、長々(なが/\)留守になりますから、お前さんも身をお厭(いと)いなすって御大切(ごたいせつ)に」
岩「其様(そん)なことを云ったって仕様がない、己は他に子供はない、お菊と手前(てめえ)ばかりだ、ところが菊は彼(あ)んな訳になっちまって、己(おら)アもう五十八だよ」
忠「それは知ってます」
岩「知ってるたって、己(おれ)を置いて何処(どこ)かへ行ってしまうと云うじゃアねえか、前の金太(きんた)の野郎でも達者でいれば宜(い)いが、己も此の頃じゃア眼が悪くなって、思うように難かしい物は指せなくなって居るから困る」
忠「困るって、是非お供をしなくっちゃアなりません」
岩「成らねえたって己を何うする」
忠「私が行(い)って来るうち、お前は年を老(と)ったって丈夫な身体だから死ぬ気遣いはありません」
岩「其様(そん)な事を云ったって人は老少不定(ろうしょうふじょう)だ、それも近(ちけ)え処ではなし、信州とか何とか五十里も百里もある処へ行くのだ、人間てえものは明日(あす)も知れねえ、其の己を置いて行くように宜(よ)く相談してから行け、手紙一本投込んで黙って行っちまっては親不孝じゃアねえか」
忠「それは重々私が悪うございましたが、相談をして又お前に止めたり何かされると困るから……これは武家奉公をすれば当然(あたりまえ)のことで」
岩「なに、武家奉公をすれば当然(あたりまえ)だと、旦那さまが教えたのか」
忠「お教えがなくっても当然(あたりまえ)だよ」
岩「然(そ)ういうことを手前(てめえ)は云うけれども、親父を棄てゝ田舎へ一緒に行けと若旦那やお嬢様は仰しゃる訳はあるめえ」
忠「それは送れとは仰しゃらんのさ、若旦那様や嬢様の仰しゃるには、老(と)る年の親父もあるから、跡に残った方が宜かろう、と云って下すったが、多分にお手当も戴き、形見分けも頂戴し、殊(こと)に五ヶ年も奉公した御主人様が零落(おちぶ)れて出るのを見棄てゝは居(い)られません、何処(どこ)までもお供をして、倶(とも)に苦労をするのが主従の間だから、悪く思って下さるな」
 と説付(ときつ)けました。

        二十七

 段々訳を聞いても岩吉はまだ腑に落ちんので、
岩「主従はそれで宜かろうが、己を何うする」
忠「屋敷奉公をすりゃア斯ういう場合にはお供をするが当然(あたりまえ)さ、お前さんには済まないが忠義と孝行と両方は出来ません、忠孝全(まった)からずというは此の事さ」
 岩吉にはまだ言葉の意味が分りませんから、怪訝(けゞん)な顔をして、
岩「何(なん)だア、忌(いや)に理窟を云やアがって、手前(てめえ)近(ちけ)え処じゃアなし、えおう五十里も百里もある処へ行くものを、まったからずって待たずに居(い)られるか」
忠「然(そ)うじゃアありません、忠義をすれば孝行が出来ないという事です」
岩「それは親に孝行主人に忠義をしろてえ事は己も知っている、講釈や何かで聞いたよ」
忠「それですから孝行と忠義と両方は出来ませんよ」
岩「出来ねえって……骨を折ってやんなよ」
忠「うふゝゝ骨を折ってやれと云ったって出来ませんよ」
岩「手前(てめえ)は生意気に変なことを云って人を困らせるが、己は他に子供が無し、手前たった一人だ、年を老(と)った親父を置いて一緒に行けと旦那様が仰しゃりアしめえし、跡へ残れ、可愛相だからと仰しゃるのに、手前の了簡で己を棄てゝ行く気になったんだ、親不孝な野郎め」
忠「なに親不孝ではありませんがね、私は御当家様へ奉公に来て、一文不通(いちもんふつう)の木具屋の忰(せがれ)が、今では何うやら斯うやら手紙の一本も書け、十露盤(そろばん)も覚え、少しは剣術も覚えたのは、皆大旦那のお蔭、今日(こんにち)の場合にのぞんで年のいかない若旦那様やお嬢様のお供をして行かないと、忠義の道が立ちませんよ」
岩「それは分っているよ」
忠「分っているなら遣(や)って下さいな」
岩「分ってはいるが、己を何うするよ」
忠「其様(そん)な分らないことを云っては困りますな、何うするたって私が帰るまで待って下さい」
岩「待てねえ、己(おれ)ア待てねえ(さめ/″\と泣きながら)婆さんが死んでから己ア職人の事で、思うように育てることが出来ねえからってんで、御当家様へ願ったんだ、それは御恩にはなったけれども、旦那様が何も手前(てめえ)を連れてって下さる事アねえ、何う考(かんげ)えても」
忠「分らん事をいうね、自分の御恩になった御主人様が斯ういう訳になったからだよ」
岩「何ういう訳に」
忠「他人(ひと)に殺されてお暇(いとま)になったんだよ」
岩「お暇……てえのは……お屋敷を出るんだろう」
忠「然(そ)うさ」
岩「出て……」
忠「分らんね、零落(おちぶれ)てしまうんだよ、御浪人になるんだよ、それだから私が従(つ)いて行かなければならない、仮令(たとえ)私が御免を蒙(こうむ)ると云ってもお前が己が若ければお供をして行(ゆ)くとこだが、手前(てめえ)何処(どこ)までもお供申して御先途(ごせんど)を見届けなければならんと云(い)うのが[#「云(い)うのが」は底本では「云(い)のが」]当然(あたりまえ)な話だ、其のくらいな覚悟が無ければ、頭(あたま)で武家奉公をさせんければ宜(い)いや、然(そ)うじゃアありませんか、お前さんは屹度(きっと)野暮(やぼ)に止めるに違いないと思ったから、手紙を上げたんだ、分りませんかえ」
岩「むゝ……分った、むゝう成程侍(さむらい)てえものは其様(そん)なものか……だから最初(てんで)武家奉公は止そうと思った」
祖「忠平、親父が来たのじゃアないか」
忠「へい、親父がまいりました」
祖「おや/\宜くおいでだ、岩吉入(はい)んな」
岩「御免なせえまし、誠にお力落しさまで……今度急に忰を連れてお出でなさる事になったんで、まゝ是はどうも武家奉公をすれば当然(あたりまえ)のことで、へえ私(わたくし)も五十八で」
祖「貴様も老(と)る年で親父も困ろうから跡へ残っているが宜(よ)いにと云っても、彼(あれ)が真実に何処までも随(つ)いて行ってくれるという、その志を止められもせず、貴様には誠に気の毒でね」
岩「どうも是もまア武家奉公で、へゝゝゝ私(わたくし)は五十八でげす」
忠「お父(とっ)さん、一つ事ばかり云ってゝ困るね其様(そん)な事を云うものではない、明日(あした)お立だからお餞別(はなむけ)をしなければなりませんよ」
岩「え」
忠「お餞別(はなむけ)をしなさいよ」
岩「なんだ……お花……は供(あ)げて来たよ」
忠「分らないよ、お餞別(せんべつ)」
岩「え……煎餅(せんべい)を……なんだ」
忠「旅へ入らっしゃるお土産(みやげ)をよ」
岩「うん/\……何(なん)ぞ上げましょう、烟草盆の誂(あつら)えがありますから彼品(あれ)を」
忠「其様(そん)な大きなものはいけない」
岩「じゃア火鉢を一つ」
忠「いけないよ」
岩「それでは何か途中で喰(あが)る金米糖(こんぺいとう)でも上げましょう、じゃア明日(あした)私(わし)が板橋までお送り申しましょう」
祖「そんな事をしないでも宜しい、忙がしい身体だから構わずに」
岩「へえ、忰を何卒(どうぞ)何分お頼み申します、へゝゝ誠にもう私(わし)は五十八でごぜえます」
 と一つ事ばかり云って、人の善(よ)い、理由(わけ)の分りません人だから仕方がない。翌朝(よくあさ)板橋まで送る。下役の銘々(めい/\)も多勢(おおぜい)ぞろ/\と渡邊織江の世話になった者が、祖五郎お竹を送り立派な侍も愛別離苦(あいべつりく)で別れを惜(おし)んで、互に袖を絞り、縁切榎(えんきりえのき)の手前から別れて岩吉は帰りました。祖五郎お竹等は先ず信州上田の在で中の条村という処へ尋ねて行(ゆ)かんければなりません。こゝで話二つに分れまして、彼(か)の春部梅三郎は、奥の六畳の座敷に小匿(こがく)れをいたして居り、お屋敷の方へは若江病気に就(つい)て急にお暇(いとま)を戴きたいという願(ねがい)を出し、老女の計(はから)いで事なく若江はお暇の事になりましたは御慈悲(ごじひ)でござります。さて此の若江の家(うち)へ宗桂(そうけい)という極(ごく)感の悪い旅按摩(たびあんま)がまいりまして、私(わたくし)は中年で眼が潰(つぶ)れ、誠に難渋いたしますから、どうぞ、御当家様はお客さまが多いことゆえ、療治をさせて戴きたいと頼みますと、慈悲深(なさけぶか)い母だから、
母「療治は下手だが、家(うち)にいたら追々得意も殖(ふ)えるだろう、清藏丹誠をしてやれ」
清「へえ」
 と清藏も根が情深い男だから丹誠をしてやります所から、療治は下手だが、廉(やす)いのを売物(うりもの)に客へ頼んで療治をさせるような事になりました。其の歳の十一月二十二日の晩に、母が娘のお若を連れまして、少々用事があって本庄宿(ほんじょうじゅく)まで参りました。春部梅三郎は件(くだん)の隠家(かくれが)に一人で寝て居り、行灯(あんどう)を側へ引寄せて、いつぞや邸(やしき)を出る時に引裂(ひきさ)いた文(ふみ)は、何事が書いてあったか、事に取紛れて碌々読まなかったが、と取出して慰(なぐさ)み半分に繰披(くりひら)き、なに/\「予(かね)て申合せ候一儀大半成就致し候え共、絹と木綿の綾は取悪(とりにく)き物ゆえ今晩の内に引裂き、其の代りに此の文を取落し置(おき)候えば、此の花は忽(たちま)ち散果(ちりはて)可申(もうすべく)茎(じく)は其許(そこもと)さまへ蕾(つぼみ)のまゝ差送(さしおくり)候」はて…分らん…「差送候間御安意(ごあんい)之(の)為め申上候、好文木(こうぶんぼく)は遠からず枯れ秋の芽出しに相成候事、殊(こと)に安心仕(つかまつ)り候、余は拝面之上※(「勹<夕」、第3水準1-14-76)々(そう/″\)已上(いじょう)[#「已上」は底本では「己上」]、別して申上候は」…という所から破れて分らんが、これは何の手紙だろう、少しも訳が分らん……どうも此の程から重役の者の内、殊に神原五郎治、四郎治の両人(ふたり)の者は、どうも心良からん奴だ、御舎弟様のお為にもならん事が毎度ある、伯父秋月は容易に油断をしないから、神原の方へ引込まれるような事もあるまいが、何の文だろう、何者の手跡(しゅせき)だか頓と分らん、はてな。と何う考えても分りませんから、又巻納めて紙入の間へ挟んで寝ましたが、寝付かれません。其の内に離れて居りますけれども、宿泊人(とまりゅうど)の鼾(いびき)がぐう/\、往来も大分(だいぶ)静かになりますと、ボンボーン、ばら/\/\と簷(のき)へ当るのは霙(みぞれ)でも降って来たように寒くなり、襟元から風が入りますので、仰臥(あおむけ)に寝て居りますと、廊下をみしり/\抜足(ぬきあし)をして来る者があります。廊下伝いになっては居るが、締りが附いていて、別に人の来られないようになって居りますから、
梅「誰が来たろう、清藏ではあるまいか、何だろう」
 と態(わざ)と睡(ねむ)った振で、ぐう/\と空鼾(そらいびき)をかいて居りますと、廊下の障子を密(そっ)と音のしないように開けて這込(はいこ)む者を梅三郎が細目を開(ひら)いて見ますると、面部を深く包んで、尻(しり)ッ端折(ぱしょり)を致しまして、廊下を這って来て、だん/″\行灯(あんどう)の許(もと)へ近づき、下からふっと灯(あかり)を消しました。漸々(だん/″\)探り寄って春部が仰臥(あおむ)けざまに寝ている鼻の上へ斯う手を当てゝ寝息を伺いました。
梅「す……はてな……何だろうか知ら、気味の悪い奴だ、どうして賊が入ったか、盗(と)るものもない訳だが……己を殺しにでも来た奴か知らん」
 とそこは若いけれども武家(ぶげ)のことだから頓と油断はしません。眼を細目に開(あ)いて様子を見て居りますと、布団(ふとん)の間に挟んであった梅三郎の紙入を取出し、中から引出した一封の破れた手紙を透(すか)して、披(ひろ)げて見て押戴(おしいたゞ)き懐中(ふところ)へ入れて、仕すましたり…と行(ゆ)きにかゝる裾(すそ)を、梅三郎うゝんと押えました。

        二十八

 姿は優しゅうございますが、柔術(やわら)に達した梅三郎に押えられたから堪(たま)りません。
曲者「御免なさい」
梅「黙れ……賊だな、さ何処(どっ)から忍び込んだ」
曲者「何卒(どうぞ)御免なすって」
梅「相成らん……何だ逃げようとして」
 と逆に手を取って押付(おさえつ)け。
梅「怪しい奴だ、清藏どん、泥坊が入りました。清藏どん/\聞えんか、困ったものだ、清藏どん」
 少し離れた処に寝て居りました清藏が此の声を聞付け、
清「あい、はアー……あい/\……何だとえ、泥坊が入(へい)ったとえあれま何うもはア油断のなんねえ、庭伝えに入(へえ)ったか、何(なん)にしろ暗くって仕様がねえ、店の方へ往(い)って灯(あかり)を点(つ)けて来るから、逃してはなんねえ」
梅「何だ此奴(こいつ)……動かすものか、これ……灯を早く持って来んかえ」
 清藏は店から雪洞(ぼんぼり)を点けて参り。
清「泥坊は何処(どこ)に/\」
梅「清藏どん、取押えた、なか/\勝手を知った奴と見えて、廊下伝いに入った、力のある奴だが、柔術(やわら)の手で押えたら動けん、今暴れそうにしたからうんと一当(ひとあて)あてたから縛って下さい」
清「よし、此奴(こいつ)細っこい紐じゃア駄目だ、なに麻縄(ほそびき)が宜(い)い」
 とぐる/\巻に縛ってしまいました。
曲者「何卒(どうぞ)御免なすって……実は何(なん)でございます、へえ全く貧(ひん)の盗みでございますから、何卒御免なすって」
清「貧の盗みなんてえ横着野郎め」
 此の中(うち)下女などが泥坊と聞いて裸蝋燭(はだかろうそく)などを持ってまいりました。
清「これもっと此方(こっち)へ灯(あかり)を出せ、あゝ熱いな、頭の上へ裸蝋燭を出す奴があるかえ、行灯(あんどん)を其方(そっち)へ片附(かたし)ちめえ、此の野郎頬被(ほっかぶ)りいしやアがって、何処(どこ)から入(へい)った」
 と手拭をとって曲者の顔を見て驚き、
清「おや、此の按摩ア……汝(われ)は先月から己(おら)ア家(うち)へ来て、俄盲(にわかめくら)で感が悪くって療治が出来ねえと云うから、可愛相だと思って己ア家へ置いてやった宗桂だ、よく見りゃア虚盲(そらめくら)で眼が明いてるだ、此の狸按摩汝(うぬ)、よく人を盲だって欺(だま)しアがった、感が悪くって泥坊が出来るかえ、此の磔(はッつけ)めえ」
 と二つばかり続けて撲(ぶ)ちました。
曲「御免なさい、誠にどうも番頭(ばんつ)さん、実ア盲じゃアごぜえません、けれども旅で災難に遭いまして、後(あと)へは帰れず、先へも行(い)かれず、仕様が有りませんから、実は喰方(くいかた)に困って此方(こちら)はお客が多いから、按摩になってと思いまして入ったんでございますが、漸々(だん/\)銭が無くなっちまいましたから、江戸へ帰っても借金はあり、と云って故郷(こきょう)忘(ぼう)じ難(がた)く、何うかして帰りてえが、借金方の附くようにと思いまして、ついふら/\と出来心で、へえ、沢山(たんと)金え盗(と)るという了簡じゃアごぜえません、貧の盗みでございますから、お見遁(みのが)しを願います」
清「此の野郎……此奴(こいつ)のいう事ア迂濶(うっかり)本当にア出来ねえ、嘘を吐(つ)く奴は泥坊のはじまり、最(も)う泥坊に成ってるだ此の野郎」
曲「どうか御免なすって」
梅「いや/\手前は貧の盗みと云わせん事がある、貧の盗みなれば何故(なぜ)紙入れの中の金入れか銭入れを持って行(ゆ)かぬ、何で其の方は書付ばかり盗んだ」
曲「え……これはその何(なん)でございます、あゝ慌(あわ)てましたから、貧の盗みで一途(いちず)にその私(わたくし)は、へえ慌てまして」
梅「黙れ、手前はどうも見たような奴だ、此奴(こいつ)を確(しっか)り縛って置き、殴(たゝ)っ挫(くじ)いても其の訳を白状させなければならん、さ何ういう理由(わけ)で此の文を盗(と)った、手前は屋敷奉公をした奴だろう、谷中の屋敷にいた時分、どうも見掛けたような顔だ……手前は三崎の屋敷にいた事があったろうな」
曲「いえ……どう致しまして、私(わたくし)は麻布十番の者でごぜえます、古河(こが)に伯父がごぜえまして、道具屋に奉公して居りましたが、つい道楽だもんでげすから、お母(ふくろ)が死ぬとぐれ出し、伯父の金え持逃げをしたのが始まりで、信州小室(こむろ)の在(ぜえ)に友達が行って居りますから無心を云おうと思いまして参ったのでごぜえますが、途中で災難に遭い、金子(かね)を……」
梅「いや/\幾ら手前が陳じても、書付を取るというは何か仔細があるに相違ない、清藏どん打(ぶ)って御覧、云わなければ了簡がある、真実に貧の盗みなれば金を取らなければならん、書付を取るというはどうも理由(わけ)が分らんから、責めなければならん」
清「さ云えよ、云わねえと痛(いて)えめをさせるぞ、誰か太っけえ棒を持って来い、角(かど)のそれ六角に削った棒があったっけ、なに長(なげ)え…切って来(こ)う……うむ宜(よ)し…さ野郎、これで打(ぶ)つが何うだ」
 と続け打(う)ちに打ちますと、曲者は泣声を致しまして、
曲「御免なすって、貧の盗みで」
清「貧の盗みなんて生虚(なまそら)ア吐(つ)きやアがって、家(うち)へ来た時に汝(われ)何と云った、少(ちい)せえ時に親父が死んで、お母(ふくろ)の手にかゝっている内に、眼が潰れたって、言うことが皆(みん)な[#「皆(みん)な」は底本では「皆(みな)な」]出たらめばかりだ、此の野郎(打(ぶ)つ)」
曲「あ痛(いた)/\/\痛(いと)うごぜえやす、どうか御勘弁を…悪い事はふッつり止(や)めますから」
清「止(やめ)るたって止めねえたって、何で手紙を盗んだ(又打(う)つ)」
曲「あ痛うごぜえやす、何う云う訳だって、全く覚えが無(ねえ)んでごぜえやす、只慌てゝ私(わっし)が……」
梅「黙れ、何処までも云わんといえば殺してしまうぞ、此方(こっち)が先程から此の手紙が分らんと、幾度も読んで考えていたところだ、これは何か隠(かく)し文(ぶみ)で、お屋敷の大事と思えば棄置かれん、五分試(ごぶだめ)しにしても云わせるから左様心得ろ…」
 と
「脇差を取って来る間逃げるとならんから」
清「なに縛ってあるから大丈夫だよ」
梅「五分だめしにするが何うだ、云わんければ斯うだ」
 とすっと曲者の眼の先へ短刀(みじか)いのを突付ける。
曲「あゝ危(あぶの)うごぜえやす、鼻の先へ刀を突付けちゃア……どうぞ御勘弁を」
梅「これ、手前が幾ら隠してもいかん事がある、手前は谷中三崎の屋敷で松蔭の宅に居た奴であろうな」
曲「へえ」
梅「もういけん、此書(これ)は松蔭から何者へ送るところの手紙か、又他(わき)から送った手紙か、手前は心得て居(お)るか」
曲「へえ」
梅「いやさ、云わんければ手前は嬲(なぶ)り殺(ごろ)しにしても云わせなければならん、其の代り云いさえすれば小遣(こづかい)の少しぐらいは持たして免(ゆる)してやる」
清「そうだ、早く正直に云って、小遣を貰え、云わなければ殺されるぞ、さ云えてえば(又打(う)つ)」
曲「あゝ痛うごぜえます、あ危(あぶの)うございます、鼻の先へ……えゝ仕方がないから申上げますが、実はなんでごぜえます、私(わたくし)が主人に頼まれて他(ほか)へ持っていく手紙でごぜえます」
梅「むゝ何処(どこ)へ持って行(ゆ)く」
曲「へえ先方(さき)は分りませんけれども持って行(ゆ)くので」
梅「これ/\先方(さき)の分らんということがあるか、何処へ……なに、先方が分っている、種々(いろ/\)な事を云い居(お)るの、先方が分ってれば云え」
曲「へえ、その何(なん)でごぜえます、王子の在にお寮(りょう)があるので、その庵室(あんしつ)見たような所の側(わき)の、些(ちっ)とばかりの地面へ家(うち)を建てゝ、楽に暮していた風流の隠居さんが有りまして、王子の在へ行って聞きゃア直(すぐ)に分るてえますから、実は其処(そこ)は池(いけ)の端(はた)仲町(なかちょう)の光明堂(こうみょうどう)という筆屋の隠居所だそうで、其家(そこ)においでなさる方へ上げれば宜(よ)いと云付(いいつ)かって、私(わたくし)が状箱を持ってお馬場口から出ようとすると、今考えれば旦那様で、貴方に捕(つか)まったので、状箱を奪(と)られちゃアならんと思いやして一生懸命に引張(ひっぱ)る途端、落ちた手紙を取ろうとする、奪られちゃア大変と争う機(はず)みに引裂(ひっさ)かれたから、屋敷へ帰ることも出来ず、貴方の跡を尾(つ)けて此方(こちら)へ入った限(ぎ)り影も形も見えず、だん/\聞けば、あのお小姓のお家(うち)だとの事ですから、俄盲(にわかめくら)だと云って入り込んだのも只其の手紙せえ持って行(い)けば宜(い)いんで、是を落すと私(わたくし)が殺されたかも知れねえんで」
梅「うん、わかった、いや大略(あら/\)分りました」
清「大略(あら/\)ってお前さんの心に大概分ったかえ」
梅「少し屋敷に心当りの者もある、此の書面は其の方の主人松蔭が書いたのか」
曲「いえ……誰が書いたか存じませんが、大切に持って行(い)けよ、落したり失(なく)したりする事があると斬っちまうと云われて恟(びっく)りしたんで、其の代り首尾好く持って行(ゆ)けば、金を二十両貰う約束で」
梅「むゝう……清藏どん、今に夜(よ)が明けてから一詮議(ひとせんぎ)しましょうから、冷飯(ひやめし)でも喰わして物置へ棒縛りにして入れて置いて下さい」

        二十九

 清藏は曲者を引立(ひった)てまして、
清「これ野郎立たねえか、今冷飯(まんま)喰わしてやる、棒縛り程楽なものはねえぞ」
 と是から到頭棒縛りにして物置へ入れて置きました。翌日梅三郎は曲者から取返した書面を出して見ると、再び今一つの裂端(きれはし)も一緒になっていたので、これ幸いと曲者の持っていた書面と継合(つぎあわ)せて見まして、
梅「中田千早(なかだちはや)様へ常磐(ときわ)よりと……常磐の二字は松蔭の匿名(かくしな)に相違ないが、千早と云うが分らん、彼(あ)の下男を縛ってお上屋敷へ連れて往(ゆ)こう、それにしても八州の手に掛け、縛って連れて行(ゆ)かなければならん」
 と是から物置へまいり、曲者を曳出(ひきだ)そうと思いますと、何時(いつ)か縄脱(なわぬけ)をして、彼(か)の曲者は逐電致してしまいました。そこで八州の手を頼み、手分(てわけ)をいたして調べましたが、何うしても知れません、なか/\な奴でございます。さて明和の五年のお話で……此の年は余り良い年ではないと見えまして、三月十四日(か)に大阪曾根崎新地(そねざきしんち)の大火で、山城は洪水でございました。続いて鳥羽辺が五月朔日(ついたち)からの大洪水であった、などという事で、其の年の六月十一日にはお竹橋(たけばし)へ雷(らい)が落ちて火事が出ました、などと云う余り良い事はございません。二月五日(いつか)、粂野のお下屋敷では午祭(うまゝつり)の宵祭(よみや)で大層賑(にぎや)かでございます。なれども御舎弟様御不例に就(つ)きまして、小梅のお中屋敷にいらしって、お下屋敷はひっそり致して居りますが、例年の事で、大して賑かな祭と申す方ではないが、ちら/\町人どもがお庭拝見にまいります。松蔭大藏の家来有助は姿を変え、谷中あたりの職人体(てい)に扮(こしら)え、印半纏(しるしばんてん)を着まして、日の暮々(くれ/″\)に屋敷へ入込(いりこ)んで、灯火(あかり)の点(つ)かん前にお稲荷様の傍(そば)に設けた囃子屋台(はやしやたい)の下に隠れている内に、段々日が暮れましたから、町の者は亥刻(よつ)[#「亥刻」は底本では「戌刻」]になると屋敷内へ入れんように致します。灯火(あかり)も忽(たちま)ち消しまして静かになりました。是から人の引込(ひっこ)むまでと有助は身を潜(かゞ)めて居りますと、上野の丑刻(やつ)の鐘がボーン/\と聞える、そっと脱出(ぬけだ)して四辺(あたり)を見廻すと、仲間衆(ちゅうげんしゅう)の歩いている様子も無いから、
有「占(し)めた」
 と呟(つぶや)きながらお馬場口へかゝって、裏手へ廻り、勝手は宜く存じている有助、主人松蔭大藏方へ忍び込んで、縁側の方へ廻って来ると、烟草盆を烟管(きせる)でぽん/\と叩く音。
有「占めた」
 と云うので有助が雨戸の所を指先でとん/\とん/\と叩きますと、大藏が、
大「今開けるぞ、誰も居らんから心配せんでも宜(よ)い、有助今開けるぞ」
 と云われて有助は驚きました。
有「去年の九月屋敷を出てしまい、それっきり帰らない此の有助が戸を叩いた計(ばか)りで、有助とは実に旦那は智慧者(ちえしゃ)だなア…これだから悪い事も善い事も出来るんだ」
 松蔭大藏は寐衣姿(ねまきすがた)で縁側へまいり、音をさせんように雨戸を開け、雪洞(ぼんぼり)を差出して透(すか)し見まして、
大「此方(こっち)へ入れ」
有「へえ、旦那様其の中(うち)は、面も被(かぶ)らずのめ/\上(あが)られた義理じゃアごぜえませんが、何うにも斯うにも仕方なしに又お屋敷へ帰(けえ)ってまいりました、誠に面目次第もありません」
大「さ、誰も居らんから此方へ入れ/\」
有「へえ/\」
大「構わず入れ」
有「へえ、足が泥ぼっけえで」
大「手拭をやろう、さ、これで拭け」
有「此様(こん)な綺麗な手拭で足を拭いては勿体ねえようで……さて私(わたくし)も、ぬっと帰(けえ)られた義理じゃアごぜえませんが、帰(けえ)らずにも居(お)られませんから、一通りお話をして、貴方に斬られるとも追出されるとも、何うでも御了簡に任せようと、斯う思いやして帰ってまいりましたので」
大「彼限(あれき)りで音沙汰が無いから、何うしたかと実は心配致していた、手前は彼(あ)の手紙を何者かに奪(と)られたな」
有「へえ、春部に奪られたので、春部の彼奴(あいつ)が若江という小姓と不義(いたずら)をして逃げたんで、其の逃げる時にお馬場口から柵矢来(さくやらい)の隙間の巾の広い処から、身体を横にして私(わたくし)が出ようと思います途端に出会(でっくわ)して、実にどうも困りました」
大「手紙を何うした奪られたか」
有「それがお前さん、鼻を摘(つま)まれるのも知れねえ深更(よふけ)で、突然(いきなり)状箱へ手を掛けやアがッたから、奪られちゃアならねえと思いやして、引張ると紐が切れて、手紙が落(おっ)こちる、とうとう半分引裂(ひっさ)かれたから、だん/\春部の跡を尾(つ)いて行(い)くと、鴻の巣の宿屋へ入りやしたから、感が悪い俄盲ッてんで、按摩に化けて宿屋に入込(いりこ)み一度は旨く春部の持っていた手紙の裂(きれ)を奪(と)ったが、まんまと遣(や)り損(そこ)なって、物置へ棒縛りにして投込まれた、所で漸(ようや)く縄脱(なわぬ)けえして逃出しましたが、近辺にも居(い)られやせんから、久しく下総(しもふさ)の方へ隠れていやしたが、春部にあれを奪られて何う致すことも出来やせんので、へえ」
大「いや、それは宜しい、心配致すな、手前は己の家来ということを知るまい」
有「ところが知ってます/\、済まねえけれどもお前さん、ギラ/\するやつを引(ひっ)こ抜いて私(わっし)の鼻っ先へ突付け云わねえけりゃア五分だめしにしちまう、松蔭の家来だろう、三崎の屋敷に居たろう、顔を知ってるぞ、さア何うだと責められて、つい左様でごぜえますと申しやした」
大「なにそれは云っても宜(い)い、彼(あ)の晩には実ア神原も酷(ひど)い目に遭った、何事も是程の事になったら幾らも失策(しくじり)はある、丸切(まるッき)りしくじって、此の屋敷を出てしまったところが、有助貴様も己と根岸に佗住居(わびずまい)をしていた時を思えば、元々じゃアないか」
有「それは然(そ)うでごぜえます」
大「彼処(あすこ)に浪人している時分一つ鍋で軍鶏(しゃも)を突(つッつ)き合っていたんだからのう」
有「旦那のように然う小言を云わずにおくんなさるだけ、一倍面目無(めんぼくの)うござえます」
大「だによって行(や)る処までやれ、今までの失策(しくじり)も許し、何もかも許してやる、それに手前此処(こゝ)に居ては都合が悪い、就(つい)ては金子(かね)が二十両有るからこれをやろう」
有「へえ、是は有難うごぜえます」
大「其の代り少し頼みがある、手前小梅のお中屋敷へ忍び込んで、お居間近(ぢか)く踏込み……いや是は手前にア出来ん、夜詰(よづめ)の者も多いが、何かに付けて邪魔になる奴は、彼(あ)の遠山權六だ、彼(あれ)がどうも邪魔になるて」
有「へえー、あの国にいて米搗(こめつき)をしてえた、滅法界(めっぽうかい)に力のある……」
大「うん、彼奴(あいつ)が終夜(よどおし)廻るというので、何うも邪魔だ」
有「へえー」
大「彼(あれ)を手前殺して、ふいと家出をしてしまえ、何処(どこ)へでも宜(よ)いから身を隠してくれ」
有「彼(あれ)は殺せやせん、それはお前さん御無理で、からどうも彼(あ)のくれえ無法に力のある奴ア沢山(たんと)有りません、植木屋が十人もよって動かせねえ石を、ころ/\動かします、天狗見たような奴で、それじゃアお前さん私(わっし)を見殺しにするようなもので」
大「いや、通常(たゞ)じゃア敵(かな)わない、欺(だま)すに手なしだ、あゝいう剛力(ごうりき)な奴は智慧の足りないもので、それに一体彼奴(あいつ)は侠客気(きょうかくぎ)が有ってのう、人を助けることが好きだ、手前何うかして田圃伝(たんぼづた)いに行って、田圃の中へ入らなければならんが、彼所(あすこ)にも柵があるから、其の柵矢来の裏手から入って、藪の中にうん/\呻(うな)っていろ」
有「私(わっし)がですかえ」
大「うん、藪の中に泥だらけになって呻っていろ」
有「へえ」
大「すると忍び廻りで權六がやって来て何だと咎(とが)めるから、構わずうん/\呻れ」
有「気味の悪い、そいつア御免を蒙(こうむ)りやす、お金は欲しいが、彼奴(あいつ)の側へ無闇に行くのは危険(けんのん)です、汝(おのれ)は何だと押え付けられ、えゝと打(ぶ)たれりゃア一打(ひとうち)で死にやすから」
大「そこが欺すに手なしだ、私は去年の九月松蔭を暇(いとま)になりまして、行(ゆ)き所(どこ)がございません、何うかして詫にまいりたいが中々主人は一旦言出すと肯(き)きません、あなたはお国からのお馴染だそうでございますが、貴方が詫言(わびごと)をして下すったら否(いや)とは云いますまいから、何分お頼み申しますと、斯う手前泣付け」
有「然(そ)うすりゃア殺しませんか」
大「うん、只手前が悪い事をしたと云って、うん/\呻っていろ、何うして此処(こゝ)へ来たと聞いたら、実はお下屋敷の方へ参られませんから、此方(こちら)へ参ったのでございます、旅で種々(いろ/\)難行苦行をして、川を渉(わた)り雪に遇(あ)い、霙(みぞれ)に遭い風に梳(くしけず)り、実に難儀を致しましたのが身体へ当って、疝癪(せんしゃく)が起り、少しも歩けませんからお助け下さいましと云え、すると彼奴(あいつ)は正直だから本当に思って自分の家(うち)へ連れて行って、粥ぐらいは喰わしてくれるから、大きに有難う、お蔭さまで助かりましたと云うと、彼奴が屹度(きっと)己の処へ詫に来る、もし詫に来たら、彼(あれ)は使わん、怪(け)しからん奴だ、これ/\の奴だと手前の悪作妄作(あくざもくざ)を云ってぴったり断る」
有「へえ、それは詰(つまら)ねえ話で、其様(そん)な奴なら打殺(ぶっころ)してしまうってんで…」
大「いや/\大丈夫だ、まア聞け、とてもいかん/\という中(うち)に、段々味(あじわ)いを附けて手前の善い所を云うんだ」
有「成程」
大「正直の人間……とも云えないが、働くことは宜く働き、口も八丁手も八丁ぐらいな事は云う、手前を殺さないように、そんなら己の家(うち)へ置くと云ったら幸い、若(も)し世話が出来ん出て行けと云ったら仕方が有りませんと泣く/\出れば、小遣いの一分や二分はくれる、それを貰って出てしまった所が元々じゃアないか、もし又首尾好く權六の方へ手前を置いてくれたら、深更(よふけ)に權六の寝間へ踏込んで權六を殺してくれ、また其の前にも己の処へ詫びに来る時にも、隙(すき)が有ったら、藪に倒れてゝ歩けない、担(かつ)いでやろうとか手を引いてやろうとか云った時にも隙があったら、懐から合口(あいくち)を出して殺(やっ)ちまえ、首尾好く仕遂(しおお)せれば、神原に話をして手前を士分(さむらい)に取立てゝやろう、首尾好く殺して、ポンと逃げてしまえ、十分に事成った時には手前を呼戻して三百石のものは有るのう。手前が三百石の侍になれる事だが、どうか工夫をして行(や)って見ろ、もし己のいう事を胡乱(うろん)と思うなら、書附をやって置いても宜しい、お互に一つ鍋の飯を食い、燗徳利が一本限(いっぽんぎ)りで茶碗酒を半分ずつ飲んだ事もある仲だ、しくじらせる事も出来ずよ、旨く行(ゆ)けば此の上なしだ、出来損ねたところが元々じゃアないか」
有「成程……行(や)って見ましょうが、彼(あ)の野郎を殺(や)るのには何か刄物が無ければいけませんな」
大「待てよ、人の目に立たん証拠にならん手前の持ちそうな短刀がある、さ、これをやろう、見掛は悪くっても中々切れる、関(せき)の兼吉(かねよし)だ、やりそくなってはいかんぞ」
有「へえ宜しゅうごぜえます」
大「闇の晩が宜(よ)いの」
有「闇の晩、へえ/\」
大「小遣をやるから手前今晩の中(うち)屋敷を出てしまえ」
有「へえ」
 と金と短刀を受取って、お馬場口から出て行(ゆ)きました。

        三十

 さて二の午(うま)も済みまして、二月の末になりまして、大きに暖気に相成りました。御舎弟紋之丞様は大した御病気ではないが、如何(いか)にも癇が昂(たか)ぶって居ります。夜詰(よづめ)の御家来も多勢(おおぜい)附いて居ります、其の中には悪い家来が、間(ま)が宜(よ)くば毒殺をしようか、或(あるい)は縁の下から忍び込んで、殺してしまう目論見(もくろみ)があると知って、忠義な御家来の注意で、お畳の中へ銅板(あかゞねいた)を入れて置く事があります。是は将軍様のお居間には能(よ)くあることで、これは間違いの無いようにというのと、今一つは湿(しっ)けて宜しくないから、二重に遊ばした方が宜しいと二重畳にして御寝(ぎょしん)なる事になる。屏風を建廻(たてまわ)して、武張ったお方ゆえ近臣に勇ましい話をさせ昔の太閤(たいこう)とか、又眞田(さなだ)は斯う云う計略(はかりごと)を致しました、楠(くすのき)は斯うだというようなお話をすると、少しは紛(まぎ)れておいでゞございます。悪い奴が多いから、庭前(にわさき)の忍び廻りは遠山權六で、雨が降っても風が吹いても、嵐でも巡廻(みまわ)るのでございます。天気の好(よ)い時にも草鞋(わらじ)を穿(は)いて、お馬場口や藪の中を歩きます。袴(はかま)の裾(すそ)を端折(はしょ)って脊割羽織(せわりばおり)を着(ちゃく)し、短かいのを差して手頃の棒を持って無提灯(むぢょうちん)で、だん/\御花壇の方から廻りまして、畠岸(はたけぎし)の方へついて参りますと、森の一叢(ひとむら)ある一方(かた/\)は業平竹(なりひらだけ)が一杯生えて居ります処で、
男「ウーン、ウーン」
 と呻(うな)る声がしますから、權六は怪しんで透(すか)して見て、
權「何(なん)だ……呻ってるのは誰だ」
男「へえ、御免下さい、どうかお助けなすって下さいまし」
權「誰だ……暗い藪の中で……」
男「へえ、疝癪(せんしゃく)が起りまして歩くことが出来ません者で…」
權「誰だ……誰だ」
男「へえ、あなたは遠山様でございますか」
權「何うして己を……汝(われ)は屋敷の者か」
男「へえ、お屋敷の者でごぜえます」
權「誰だ、判然(はっきり)分らん、待て/\」
 と懐から手丸提灯(てまるぢょうちん)を取出し、懐中附木(かいちゅうつけぎ)へ火を移して、蝋燭へ火を点(とも)して前へ差出し、
權「誰だ」
男「誠に暫く、御機嫌宜しゅう……だん/″\御出世でお目出度うござえます」
權「誰だ」
有「えゝ、お下屋敷の松蔭大藏様の所に奉公して居りました、有助と申す中間(ちゅうげん)でござえます」
權「ウン然(そ)うか、碌に会った事もない、それとも一度か二度会った事があるかも知れんが、忘れた、それにしても何うしたんだ」
有「へえ、あなたは委(くわ)しい事を御存じありますめえが、去年の九月少し不首尾な事がありまして、家(うち)へは置かねえとって追出され、中々詫言をしても肯(き)かねえと存じまして、友達を頼って田舎へめえりましたところが、間の悪い時にはいけねえもんで、其の友達が災難で牢へ行くことになり、留守居をしながら家内を種々(いろ/\)世話をしてやりましたが、借金もある家(うち)ですから漸々(だん/\)行立(ゆきた)たなくなって、居候どころじゃアごぜえませんから、出てくれろと云われるのは道理(もっとも)と思って出ましたが、他(ほか)に親類身寄もありませんから、詫言をして帰りてえと思いましても、主人は彼(あ)の気象だから、詫びたところが置く気遣(きづか)いは有りません、種々考えましたが、あなたは確か美作のお国からのお馴染でいらっしゃいますな」
權「然(そ)うよ」
有「あなたに詫言をして戴こうと斯う思いやして、旅から考えて参りましたところが、中々入れませんで、此の田の中をずぶ/\入って此処(こゝ)へ這込(はいこ)みやしたが、久しく喰わずにいたんで腹が空(す)いて堪(たま)りません、雪に当ったり雨に遭ったりしたのが打って出て、疝癪が起って、つい呻りました、何分にも恐入りますが何うか主人に詫言をお願い申します」
權「むう、余程悪い事をしたな、免(ゆる)すめえ、困ったなア、なに物を喰わねえ」
有「へえ、実は昨日(きのう)の正午(ひる)から喰いません」
權「じゃア、ま肯(き)くか肯かねえか分らんけれど、話しても見ようし、お飯(まんま)は喰わしてやろう」
有「有難うござえます」
權「屋敷へつか/\無沙汰(むさた)に入って呻ったりしないで、門から入れば宜(い)いに……何しろ然(そ)う泥だらけじゃア仕方がねえから小屋へ来い」
有「有難うごぜえます」
權「さ行け」
有「貴方ね、疝癪で腰が攣(つ)って歩けません」
權「困った奴だ、何うかして歩け、此の棒を杖(つ)け」
有「へえ、有難うごぜえます」
權「それ確(しっ)かりしろ」
有「へえ」
權「提灯を持て」
有「へえ」
 と提灯の光ですかし見ると、去年見たよりも尚(な)お肥(ふと)りまして立派になり、肩幅が張ってゝ何うも凛々(りゝ)しい男で、怖いから、
有「へえ参ります」
權「さ行(ゆ)け」
有「旦那さま、誠に恐入りますが、片方(かた/\)に杖を突いても、此方(こっち)の腰が何分起(た)ちませんから、左の手をお持ちなすって」
權「世話アやかす奴だな、それ捉(つら)まれ」
 と右の手を出して、
有「へえ有難う」
 とひょろ/\蹌(よろ)けながら肩へ捉(つら)まる。
權「確(しっ)かりしろい」
有「へえ」
 と云いながら懐よりすらりと短刀を抜いて權六の肋(あばら)を目懸けてプツーり突掛けると、早くも身を躱(かわ)して、
權「此の野郎」
 と其の手を押えました。手首を押えられて有助は身体が痺(しび)れて動けません力のある人はひどいもので。併(しか)し直(すぐ)に役所へ引いて行(ゆ)かずに、權六が自分の宅(たく)へ引いて来たは、何か深い了簡あってのことゝ見えます。此のお話は暫(しばら)く措(お)きまして、是から信濃国(しなのゝくに)の上田在(ざい)中の条に居ります、渡邊祖五郎と姉の娘お竹で、お竹は大病(たいびょう)で、田舎へ来ては勝手が変り、何かにつけて心配勝ち、左(さ)なきだに病身のお竹、遂に癪の病を引出しました。大した病気ではないが、キヤキヤと始終痛みます。祖五郎も心配致しています所へ手紙が届きました。披(ひら)いて見ますと、神原四郎治からの書状でございます。渡邊祖五郎殿という表書(うわがき)、只今のように二日目に来るなどという訳にはまいりません。飛脚屋へ出しても十日(とおか)二十日(はつか)ぐらいずつかゝります。読下(よみくだ)して見ると、

一簡(いっかん)奉啓上候(けいじょうそうろう)余寒(よかん)未難去候得共(いまださりがたくそうらえども)益々御壮健恐悦至極(きょうえつしごく)に奉存候(ぞんじそうろう)然者(しかれば)当屋敷御上(おかみ)始め重役の銘々少しも異状(かわり)無之(これなく)御安意可被下候(ごあんいくださるべくそうろう)就(つい)ては昨年九月只今思い出(だし)候ても誠に御気の毒に心得候御尊父を切害(せつがい)致し候者は春部梅三郎と若江とこれ/\にて目下鴻ノ巣の宿屋に潜(ひそ)み居(お)る由(よし)確かに聞込み候間早々彼(か)の者を討果(うちはた)され候えば親の仇(あだ)を討たれ候廉(かど)を以て御帰参相叶(あいかな)い候様共に尽力可仕候(じんりょくつかまつるべくそうろう)右の者早々御取押(おんとりおさ)え有って可然候(しかるべくそろ)云々(しか/\)

 と読了(よみおわ)り、飛立つ程の悦び、年若でありますから忠平や姉とも相談して出立する事になりましたが、姉は病気で立つことが出来ません。
祖「もし逃げられてはならん、あなたは後(あと)から続いて、私(わたくし)一人(ひとり)でまいります」
 と忠平にも姉の事を呉々(くれ/″\)頼んで、鴻の巣を指して出立致しました。五日目に鴻の巣の岡本に着きましたが、一人旅ではございますが、お武家のことだから宿屋でも大切にして、床の間のある座敷へ通しました。段々様子を見たが、手掛りもありません、宿屋の下婢(おんな)に聞いたが頓と分りません、
祖「はてな……こゝに隠れていると云うが、まさか人出入(ひとではいり)の多い座敷に隠れている気遣いはあるまい、此処(こゝ)にいるに相違ない」
 と便所へ行って様子を見廻したが、更に訳が分りません。

        三十一

 渡邊祖五郎は頻(しき)りに様子を探りますが、少しも分りません、夜半(よなか)に客が寝静(ねしずま)ってから廊下で小用(こよう)を達(た)しながら唯(と)見ますと、垣根の向うに小家(こや)が一軒ありました。
祖「はてな……一つ庭のようだが」
 と折戸(おりど)を開けて、
祖「彼(あ)の家に隠れて居りはしないか」
 と手水場(ちょうずば)の上草履(うわぞうり)を履(は)いて庭へ下(お)り、開戸(ひらき)を開け、折戸の許(もと)へ佇(たゝず)んで様子を見ますと、本を読んでいる声が聞える。何処(どこ)から手を出して掛金を外すのか、但(たゞ)し栓張(しんばり)を取って宜(い)いか訳が分りません、脊伸(せいの)びをして上から捜(さぐ)って見ると、閂(かんぬき)があるようだが、手が届きません。やがて庭石を他(わき)から持ってまいりまして、手を伸べて閂を右の方へ寄せて、ぐいと開けて中へ入り、まるで泥坊の始末でございます。縁側から密(そっ)と覗(のぞ)いて見ますると、障子に人の影が映って居ります。
祖「はてな、此方(こっち)にいるのは女のような声柄(こえがら)がいたす」
 と密と障子の腰へ手をかけて細目に明けて、横手から覗いて見ますると、見違える気遣いはない春部梅三郎なれば、
祖「あゝ有難い、神仏(かみほとけ)のお引合せで、図(はか)らず親の仇(かたき)に廻(めぐ)り逢った」
 と心得ましたから、飛上って障子を引開け、中へ踏込んで身構えに及び、声を暴(あら)らげ、
祖「実父の仇(かたき)覚悟をしろ」
 と叫びましたが、梅三郎の方では祖五郎が来ようとは思いませんから驚きました。
梅「いやこれは/\思い掛ない……斯様(かよう)な処でお目にかゝり面目次第もない、まア何ういう事で此方(こっち)へ」
祖「汝(なんじ)も立派な武士(さむらい)だから逃隠(にげかく)れはいたすまい、何(なん)の遺恨あって父織江を殺害(せつがい)して屋敷を出た、殊(こと)に当家の娘と不義をいたせしは確かに証拠あって知る、汝の許(もと)へ若江から送った艶書が其の場に取落してあったが、よもや汝は人を殺すような人間でないと心得て居ったる処、屋敷から通知によって、確かに汝が父織江を討って立退(たちの)いたる事を承知致した、斯(か)くなる上は逃隠れはいたすまいから、届ける処へ届けて尋常に勝負を致せ」
 と詰(つめ)かけました。
梅「御尤(ごもっと)もでござる、まア/\お心を静められよ、決して拙者逃隠れはいたしません、何も拙者が織江殿に意趣遺恨のある理由(わけ)もなし、何で殺害(せつがい)をいたしましょうか、其の辺の処をお考え下さい、何者が左様な事を申したか、実に貴方へお目にかゝるのは面目次第もない心得違い、此処(こゝ)へ逃げてまいりまして、当家の世話になって居ります程の身上(みのうえ)の宜しくない拙者ゆえ、何と仰せられても、斯様な事もいたすであろうと、さ人をも殺すかと思召(おぼしめ)しましょうが、何者が……」
祖「エーイ黙れ、確かの証拠あって知る事だ、天命※(「二点しんにょう+官」、第3水準1-92-56)(のが)れ難い、さ直(すぐ)にまいれ」
梅「と何ういう事の……」
祖「何ういう事も何もない、父の屍骸(しがい)の傍(かたわら)に汝の艶書(てがみ)を遺(おと)してあったのが、汝の天命である」
梅「左様なれば拙者打明けて恥を申上げなければ成りませんが、お笑い下さるな、小姓若江と若気の至りとは申しながら、二人ともに家出を致しましたは、昨年の九月十一日の夜(よ)で、あゝ済まん事、旧来御恩を受けながら其のお屋敷を出るとは、誠に不忠不義のことゝ存じたなれども、御拝領の品を失い、殊(こと)に若江も妊娠いたし奉公が出来んと申すので、心得違いの至りではあるが、拙者若江を連出し、当家へまいって隠れて居りましたなれども、不義淫奔(いたずら)をして主家(しゅか)を立退(たちの)くくらいの不埓者(ふらちもの)では有りますけれども、お屋敷に対しては忠義を尽したい心得、拙者がお屋敷を逃去(にげさ)る時に……手に入(い)りました一封の密書、それを御覧に入れますから、少々お控えを願います、決して逃隠れは致しません、拙者も厄介人(やっかいびと)のこと、当家を騒がしては母が心配いたしますから、何卒(どうぞ)お静かに此の密書を……如何(いか)にも若江から拙者へ遣(つか)わしましたところの文(ふみ)を其の場所に落して置き、此の梅三郎に其の罪を負わする企(たく)みの密書、織江殿を殺害(せつがい)いたした者はお屋敷内(うち)他にある考えであります」
祖「ムヽー証拠とあらば見せろ」
梅「御覧下さい」
 と例の手紙を出して祖五郎に渡しました。祖五郎はこれを受取り、披(ひら)いて見ましたところ、頓と文意が分りませんから、祖五郎は威丈高(いたけだか)になって、
祖「黙れ、何だ斯様(かよう)のものを以て何の云訳(いいわけ)になる、これは何たることだ、綾が取悪(とりにく)いとか絹を破るとか、或(あるい)は綿を何うとかすると些(ちっ)とも分らん」
梅「いえ、拙者にも匿名書(かくしぶみ)で其の意味が更に分りませんが、拙者の判断いたしまする所では、お屋敷の一大事と心得ます」
祖「それは何ういう訳」
梅「左様、絹木綿は綾操(あやどり)にくきものゆえ、今晩の中(うち)に引裂(ひきさ)くという事は、御尊父様のお名を匿(かく)したのかと心得ます、渡邊織江の織(おり)というところの縁によって、斯様(かよう)な事を認(か)いたのでも有りましょうか、此の花と申すは拙者を差した事で、今を春辺(はるべ)と咲くや此の花、という古歌に引掛(ひっか)けて、梅三郎の名を匿したので、拙者の文を其処(そこ)へ取落して置けば、春部に罪を負わして後(のち)は、若江に心を懸ける者がお屋敷内(うち)にあると見えます、それを青茎(あおじく)の蕾(つぼみ)の儘(まゝ)貴殿の許(もと)へ送るというのは若江を取持(とりもち)いたす約束をいたした事か、好文木(こうぶんぼく)とは若殿様を指した言葉ではないかと存じますと申すは、お下屋敷を梅の御殿と申しますからの事で、梅の異名(いみょう)を好文木と申せば、若殿紋之丞様の事ではないかと存じます、お秋の方のお腹の菊之助様をお世嗣(よとり)に仕ようと申す計策(たくみ)ではないかと存ずる、其の際此の密書(ふみ)を中ば引裂(ひっさ)いて逃げましたところの松蔭大藏の下人(げにん)有助と申す者が、此の密書を奪(と)られてはと先頃按摩に姿を窶(やつ)し、当家へ入込(いりこ)み、一夜(あるよ)拙者の寝室(ねま)へ忍び込み、此の密書を盗まんと致しましたところを取押えて棒縛りになし翌朝(よくあさ)取調ぶる所存にて、物置へ打込んで置きましたら、いつか縄脱(なわぬ)けをして逃去りましたから、確(しか)と調べようもござらんが、常磐(ときわ)というのは全く松蔭の匿名(かくしな)で大藏の家来有助が頼まれて尾久在(おうござい)へ持ってまいるとまでは調べました、またそれに千早殿と認(したゝ)めてあるのは、頓と分りませんが、多分神原の事ではござらんかと拙者考えます、お屋敷の内に斯様な悪人があって御舎弟紋之丞様を亡(うしな)い、妾腹(めかけばら)の菊之助様を世に出そうという企(たく)みと知っては棄置(すてお)かれん事、是は拙者の考えで容易に他人(ひと)に話すべき事ではござらんが、御再考下さるよう……拙者は決して逃隠れはいたしませんが、お互に年来御高恩を蒙(こうむ)った主家(しゅか)の大事、証拠にもならんような事なれども、お国家老へ是からまいって相談をして見とう存じます、是は貴方一人でも拙者一人でもならんから、両人でまいり、御城代へお話をして御意見を伺おうと存じますが如何(いかゞ)でござる」
 と段々云われると、予(かね)て神原や松蔭はお妾腹附(めかけばらづき)で、どうも心懸(こゝろがけ)が善(よ)くない奴と、父も頻(しき)りに心配いたしていたが、成程然(そ)うかも知れぬ、それでは棄置かれんと、それから二人が手紙を志す方(かた)へ送りました。祖五郎は又信州上田在中の条にいる姉の許(もと)へも手紙を送る。一度お国表(くにおもて)へ行って来るとのみ認(したゝ)め、別段細かい事は書きません。さて両人は美作の国を指して発足(ほっそく)いたしました。此方(こちら)は入違(いりちが)って祖五郎の跡を追掛(おいか)けて、姉のお竹が忠平を連れてまいるという、行違(ゆきちが)いに相成り、お竹が大難(だいなん)に出合いまするお話に移ります。

上一页  [1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10]  ...  下一页 >>  尾页




打印本文 打印本文 关闭窗口 关闭窗口