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怨霊借用(おんりょうしゃくよう)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-22 12:21:38  点击:  切换到繁體中文



       三

「半助さん、半助さん。」
 すらすらと、井菊の広い帳場の障子へ、姿を見せたのはお桂さんである。
 あの奥の、花の座敷から来た途中は――このでの北国だという――雪の廊下を通った事は言うまでもない。
 カチリ……
 ハッと手を挙げて、珊瑚さんご六分珠ろくぶだまをおさえながら、思わずにかわについたように、足首からむずむずして、爪立ったなり小褄こづまを取って上げたのは、謙斎の話の舌とともに、蛞蝓なめくじのあとを踏んだからで、スリッパを脱ぎ放しに釘でつけて、身ぶるいをしてと抜いた。湯殿から蒸しかかる暖い霧も、そこで、さっと肩に消えて、池の欄干を伝う、緋鯉ひごいひれのこぼれかかる真白まっしろな足袋はだしは、素足よりなお冷い。で……霞へ渡る反橋そりばしれば、そこへ島田に結った初々しい魂が、我身を抜けて、うしろ向きに、気もそぞろに走る影がして、ソッと肩をすぼめたなりに、両袖を合せつつ呼んだのである。
「半助さん……」ここで踊屋台をた、昼の姿は、鯉を遊ばせたうすもみじのさざ波であった。いまは、その跡を慕って大鯰おおなまずが池からしずくをひたひたと引いて襲う気勢けはいがある。

 謙斎の話は、あれからなお続いて、小一の顕われた夜泣松だが、土地の名所の一つとして、絵葉書で売るのとは場所が違う。それは港街道の路傍みちばたの小山の上に枝ぶりの佳いのを見立てたので。――真の夜泣松は、汽車から来る客たちのこの町へ入る本道に、古い石橋の際に土をあわれにって、石地蔵が、苔蒸こけむし、且つ砕けて十三体。それぞれに、しきみ、線香を手向けたのがあって、十三塚と云う……一揆いっきの頭目でもなし、戦死をした勇士でもない。きいても気の滅入めいる事は、むかし大饑饉おおききんの年、近郷から、湯の煙を慕って、山谷さんこく這出はいでて来た老若男女ろうにゃくなんにょの、救われずに、菜色して餓死した骨を拾い集めて葬ったので、その塚に沿った松なればこそ、夜泣松と言うのである。――昼でも泣く。――仮装した小按摩の妄念は、その枝下、十三地蔵とは、間に水車の野川が横に流れて石橋の下へ落ちて、香都良川へ流込む水筋を、一つまたいだ処に、黄昏たそがれから、もう提灯をつるして、すそも濡れそうに、ぐしゃりとしゃがんでいる。
 今度出来た、谷川に架けた新石橋は、ちょうど地蔵の斜向すじむかい。でその橋向うの大旅館の庭から、仮装は約束のごとく勢揃をして、温泉の町へ入ったが、――そう云ってはいかがだけれど、饑饉どしの記念だから、行列が通るのに、四角な行燈あんどんも肩を円くして、地蔵前を半輪はんわによけつつ通った。……そのあとへ、人魂ひとだまが一つ離れたように、提灯の松の下、小按摩の妄念は、列の中へ加わらずに孤影※(「(火+火)/訊のつくり」、第4水準2-79-80)けいぜんとして残っている。……
 ぬしは分らない、仮装であるから。いずれ有志の一人と、仮装なかまで四五人も誘ったが、ちょっと手を引張ひっぱっても、いやその手を引くのが不気味なほど、しょうのものの身投げ按摩で、びくとも動かないでいる。……と言うのであった。
 ――これを云った謙斎は、しかし肝心な事を言いわすれた、あとで分ったが、誘うにも、同行を促すにも、なかまがこもごも声を掛けたのに、小按摩は、おくびほども口を利かない。「ぴい、ぷう。」舌のかわりに笛を。「ぴいぷう」とただ笛を吹いた。――

 半ば聞ずてにして、すっと袖の香とともに、花の座敷を抜けた夫人は、何よりも先にその真偽のほどを、――そんな事は遊びずきだし一番あかるい――半助に、あらためて聞こうとした。懸念に処する、これがお桂のこの場合の第一の手段であったが。……
 居ない。
「おや、居ないの。」
 一層袖口を引いて襟冷く、少しこごみ腰に障子の小間こまから覗くと、鉄の大火鉢ばかり、誰も見えぬ。
「まあ。」
 式台わきの横口にこう、ひょこりと出るなり、モオニングのひょろりとしたのが、とまずシルクハットを取って高慢に叩頭おじぎしたのは……
「あら。」
 附髯つけひげをした料理番。並んで出たのは、玄関下足番の好男子で、近頃夢中になっているから思いついた、頭から顔一面、厚紙を貼って、胡粉ごふんつぶした、不断女の子を悩ませる罪滅しに、真赤まっかに塗った顔なりに、すなわちハアトのワンである。真赤な中へ、おどけて、舌を出しておじぎをした。
可厭いやだ。……ちょいと、半助さんは。」
「あいつは、もう。」
 揃って二人ともまたおじぎをして、
「昼間っから行方知れずで。」
 と口々に云う処へ、チャンチキ、チャンチキ、どどどん、ヒューラが、直ぐそこへ。――女中の影がむらむらと帳場へく、客たちもぞろぞろ出て来る。……血の道らしい年増の女中が、裾長すそながにしょろしょろしつつ、トランプの顔を見て、目で嬌態しなをやって、眉をひそめながら肩でよれついたのと、入交いれまじって、門際へどっと駈出かけだす。
 夫人も、つい誘われてかどへ立った。
 高張たかはり弓張ゆみはりが門の左右へ、掛渡した酸漿提灯ほおずきぢょうちんも、ぱっと光が増したのである。
 桶屋おけやたこは、もううなって先へ飛んだろう。馬二頭が、鼻あらしを霜夜にふつふつと吹いてく囃子屋台を真中まんなかに、※(「石+角」、第3水準1-89-6)こうかくたる石ころみちを、坂なりに、大師みちのいろはの辻のあたりから、次第さがりに人なだれを打って来た。弁慶の長刀なぎなた山鉾やまぼこのように、見える、見える。御曹子おんぞうしは高足駄、おなじような桃太郎、義士の数が三人ばかり。五人男が七人居て、かりがねが三羽揃った。……チャンチキ、チャンチキ、ヒューラとはやして、がったり、がくり、列も、もう乱れがちで、昼の編笠をてこ舞に早がわりの芸妓げいしゃだちも、微酔ほろよいのいい機嫌。青いひげも、白い顔も、べにを塗ったのも、一斉にうたうのはどじょうすくいの安来節やすぎぶしである。中にぶッぶッぶッぶッと喇叭らっぱばかり鳴すのは、――これはどこかの新聞でも見た――自動車のつくりものを、腰にはめてくのである。
 時に、井菊屋はほとんど一方の町はずれにあるから、村方へこぼれた祝場いわいばを廻りすまして、行列は、これから川向かわむこうの演芸館へ繰込むのの、いまちょうど退汐時ひきしおどき。人は一倍群ったが、向側が崖沿がけぞいの石垣で、用水のながれが急激に走るから、されてふみはずすうれいがあるので、群集は残らず井菊屋の片側に人垣を築いたため、背後うしろの方の片袖の姿斜めな夫人の目には、山から星まじりに、祭屋台が、人の波に乗って、赤く、光って流れた。
 その影も、ともしびも、犬が三匹ばかり、まごまご殿しんがりしながらついて、川端の酸漿提灯の中へぞろぞろと黒くなって紛れたあとは、たたずんで見送る井菊屋の人たちばかり。早や内へ入るものがあって、急に寂しくなったと思うと、一足おくれて、暗い坂から、――異形いぎょうなものが下りて来た。
 疣々いぼいぼ打った鉄棒かなぼうをさしにないに、桶屋も籠屋かごやも手伝ったろう。張抜はりぬきらしい真黒まっくろ大釜おおがまを、ふたなしに担いだ、牛頭ごず馬頭めずの青鬼、赤鬼。青鬼が前へ、赤鬼が後棒あとぼうで、可恐おそろしい面をかぶった。縫いぐるみに相違ないが、あたりが暗くなるまで真に迫った。……大釜の底にはめらめらと真赤まっかな炎を彩ってもやしている。
 青鬼が、
「ぼうぼう、ぼうぼう、」
 赤鬼が、
「ぐらッぐらッ、ぐらッぐらッ。」
 と陰気な合言葉で、国境の連山を、黒雲に背負しょってあらわれた。
 青鬼が、
「ぼうぼう、ぼうぼう、」
 赤鬼が、
「ぐらッぐらッ、ぐらッぐらッ。」
 よくない洒落しゃれだ。――が、訳がある。……前に一度、この温泉町ゆのまちで、桜のさかりに、仮装会を催した事があった。その時、墓を出た骸骨がいこつを装って、出歯でっぱをむきながら、卒堵婆そとばを杖について、ひょろひょろ、ひょろひょろと行列のあとの暗がりを縫って歩行あるいて、女小児こどもおびえさせて、それが一等賞になったから。……
 地獄の釜も、按摩の怨念おんねんも、それから思着いたものだと思う。一国の美術家でさえ模倣をる、いわんや村の若衆わかしゅにおいてをや、よくない真似をしたのである。
「ぼうぼう、ぼうぼう。」
「ぐらッぐらッ、ぐらッぐらッ。」
「あら、半助だわ。」
 と、ひとりの若い女中が言った。
 石を、青と赤いかかとで踏んで抜けた二頭の鬼が、うしろから、前を引いて、ずしずしずしと小戻りして、人立ひとだちの薄さに、植込の常磐木ときわぎの影もあらわな、夫人の前へ寄って来た。
 赤鬼が最も著しい造声つくりごえで、
牛頭ごずよ、牛頭よ、青牛よ。」
「もうー、」
 と牛の声で応じたのである。
「やい、十三塚にけつかる、小按摩な。」
「もう。」
「これから行って、釜へ打込ぶちこめ。」
「もう。」
「そりゃ――あゆべい。」
「もう。」
「ああ、待って。」
 お桂さんは袖を投げて一歩ひとあしして、
「待って下さいな。」
 と釜のふちを白い手で留めたと思うと、
「お熱々つつ。」
 と退すさって耳をおさえた。わきあけも、襟も、乱るる姿は、電燭でんきの霜に、冬牡丹ふゆぼたんの葉ながらくずるるようであった。

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