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怨霊借用(おんりょうしゃくよう)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-22 12:21:38  点击:  切换到繁體中文



       四

「小一さん、小一さん。」
 たとえば夜の睫毛まつげのような、墨絵に似た松の枝の、白張しらはりの提灯は――こう呼んで、さしうつむいたお桂の前髪を濃く映した。
 婀娜あだにもの優しい姿は、コオトも着ないで、襟に深く、黒に紫の裏すいた襟巻をまいたまま、むくんだ小按摩の前に立って、そと差覗さしのぞきながら言ったのである。
 つまが幻のもみじする、小流こながれを横に、その一条ひとすじの水を隔てて、今夜は分けて線香の香のぷんと立つ、十三地蔵の塚の前には外套がいとうにくるまって、中折帽なかおれぼう目深まぶかく、欣七郎がステッキをついてたたずんだ。
(――実は、彼等が、ここに夜泣松の下を訪れたのは、今夜これで二度めなのであった――)
 はじめに。……話の一筋が歯にはさまったほどの事だけれど、でも、その不快について処置をしたさに、二人が揃って、祭のを見物かたがた、ここへ来た時は。……「何だ、あの謙斎か、按摩め。こくめいで律儀らしい癖に法螺ほらを吹いたな。」そこには松ばかり、地蔵ばかり、水ばかり、何の影も見えなかった。空の星も晃々きらきらとして、二人の顔も冴々さえざえと、古橋を渡りかけて、何心なく、薬研やげんの底のような、この横流よこながれの細滝に続く谷川の方を見ると、岸から映るのではなく、川瀬に提灯が一つ映った。
 土地を知った二人が、ふとこれに心を取られて、松のかたへ小戻りして、向合った崖縁に立って、谿河たにがわを深く透かすと、――ここは、いまの新石橋がかからない以前に、対岸から山伝いの近道するのに、樹の根、巌角いわかどを絶壁に刻んだこみちがあって、底へ下りると、激流の巌から巌へ、中洲の大巌で一度中絶えがして、板ばかりの橋が飛々とびとびに、一煽ひとあおり飜って落つる白波のすぐ下流は、たちまち、白昼も暗闇やみを包んだ釜ヶ淵なのである。
 そのほとんど狼の食いちらした白骨のごとき仮橋の上に、陰気な暗い提灯の一つに、ぼやりぼやりと小按摩がうごめいた。
 思いがけない事ではない。二人が顔を見合せながら、目を放さず、立つうちに、提灯はこちらに動いて、しばらくして一度、ふわりと消えた。それは、いわの根にかくれたので、やがて、縁日ものの竜燈のごとく、雑樹ぞうきこずえへかかった。それは崖へ上って街道へ出たのであった。
 ――その時は、お桂の方が、と地蔵の前へ身をかわすと、街道を横に、夜泣松の小按摩の寄る処を、
「や、御趣向だなあ。」と欣七郎が、のっけに快活に砕けて出て、
「疑いなしだ、一等賞。」
 小按摩は、何も聞かないふりをして、かわずが手を※(「てへん+爭」、第4水準2-13-24)もがくがごとく、指でさぐりながら、松の枝に提灯を釣すと、謙斎が饒舌しゃべった約束のごとく、そのまま、しょぼんと、根にかがんで、つくばいだちの膝の上へ、だらりと両手を下げたのであった。
「おい。一等賞君、おい一杯飲もう。一所に来たまえ。」
 その時だ。
「ぴい、ぷう。」
 笛をくわえて、唇を空ざまに吹上げた。
「分ったよ、一等賞だよ。」
「ぴい、ぷう。」
「さ、祝杯を上げようよ。」
「ぴい、ぷう。」
 空嘯そらうそぶいて、笛を鳴す。
 夫人が手招きをした。何が故に、そのうしろに竜女のほこらがないのであろう、塚の前に面影に立った。
「ちえッ」舌うちとともに欣七郎は、強情、我慢、且つ執拗しつような小按摩を見棄てて、招かれた手と肩を合せた、そうして低声こごえをかわしかわし、町の祭のともしびの中へ、並んでスッと立去った。
「ぴい、ぷう。……」

「小一さん。」
 しばらくして、引返して二人来た時は、さきにも言った、欣七郎が地蔵の前に控えて、夫人自ら小按摩に対したのである。
「ぴい、ぷう。」
「小一さん。」
「ぴい、ぷう。」
「大島屋の娘はね、幽霊になってしまったのよ。」
 と一歩ひとあしひきさま、暗い方に隠れて待った、あの射的店の幽霊を――片目で覗いていた方のである――竹棹たけざおゆわえたなり、ずるりと出すと、ぶらりと下って、青い女が、さばき髪とともに提灯をめた。その幽霊の顔とともに、夫人の黒髪、びんかきに、当代の名匠が本質きじへ、肉筆で葉を黒漆くろうるし一面に、の一輪椿のくしをさしたのが、したたるばかり色に立って、かえって打仰いだ按摩の化ものの真向まっこうに、一太刀、血を浴びせた趣があった。
「一所に、おいでなさいな、幽霊と。」
 水ぶくれの按摩のおもては、いちじくの実の腐れたように、口をえみわって、ニヤリとして、ひょろりと立った。
 お桂さんの考慮かんがえでは、そうした……この手段を選んで、小按摩を芸妓屋げいしゃや町の演芸館。……仮装会の中心点へ送込もうとしたのである。そうしてしまえば、ねだ下、天井裏のばけものまでもない……雨戸の外の葉裏にいても気味の悪い芋虫を、銀座の真中まんなか押放おっぱなしたも同然で、あとは、さばさばと寐覚ねざめい。
 ……思いつきで、幽霊は、射的店で借りた。――欣七郎は紳士だから、さすがにこれははばんだので、かけあいはお桂さんが自分でした。毛氈もうせんに片膝のせて、「私も仮装をするんですわ。」令夫人といえども、下町娘したまちッこだから、お祭り気は、頸脚えりあしかすかな、肌襦袢はだじゅばんほどはくれないはだのぞいた。……
 もう容易たやすい。……つくりものの幽霊を真中まんなかに、小按摩と連立って、お桂さんが白木の両ぐりを町に鳴すと、既に、まばらに、消えたのもあり、消えそうなのもある、軒提灯の蔭を、つかず離れず、欣七郎がまもってく。
 芸妓屋町へ渡る橋手前へ、あたかも巨寺おおでらの門前へ、向うから渡る地蔵のかま
「ぼうぼう、ぼうぼう。」
「ぐらッぐらッ、ぐらッぐらッ。」
「や、小按摩が来た……出掛けるには及ばぬわ、青牛よ。」
「もう。」
 と、える。
「ぴい、ぷう。」
「ぼうぼう、ぼうぼう。」
「ぐらッぐらッ、ぐらッぐらッ。」
 そこで、一行異形のものは、あひるの夢を踏んで、橋を渡った。
 鬼は、お桂のために心を配って来たらしい。
 演芸館の旗は、人の顔と、頭との中に、電飾に輝いた。……町の角から、館の前の広場へひしとつまって、露台にあふれたからである。この時は、軒提灯のあと始末と、火の用心だけに家々に残ったもののほか、町を挙げてここへ詰掛けたと言ってい。
 そのかわり、群集の一重ひとえうしろは、道を白く引いて寂然しんとしている。
「おう、お嬢さん……そいつを持ちます、俺の役だ。」
 赤鬼は、直ちに半助の地声であった。
 按摩の頭は、提灯とともに、人垣の群集の背後うしろについた。
「もう、要らないわ、此店ここへ返して、ね。」
 と言った。
「青牛よ。」
「もう。」
「生白い、いいさかなだ。釜で煮べい。」
「もう。」
 館の電飾が流るるように、町並の飾竹が、桜のつくり枝とともにさっと鳴った。更けて山颪やまおろしがしたのである。
 竹を掉抜ふるいぬきに、たとえば串からさかさに幽霊の女を釜の中へ入れようとした時である。砂礫すなつぶていて、地を一陣のき風がびゅうと、吹添うと、すっと抜けて、軒をななめに、大屋根の上へ、あれあれ、もの干を離れて、白帷子しろかたびらすそを空に、幽霊の姿は、煙筒えんとつの煙が懐手をしたように、はるかに虚空へ、遥に虚空へ――
 群集はもとより、立溢たちあふれて、石の点頭うなずくがごとく、かがみながらていた、人々は、羊のごとく立って、あッと言った。
 小一按摩の妄念も、人混ひとごみの中へ消えたのである。

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