您现在的位置: 贯通日本 >> 作家 >> 泉 鏡花 >> 正文

木の子説法(きのこせっぽう)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-22 13:03:35  点击:  切换到繁體中文


 欠けた瀬戸火鉢は一つある。けれども、煮ようたって醤油しょうゆなんか思いもよらない。焼くのに、炭のもないんです。政治狂が便所わきの雨樋あまどいの朽ちた奴を……一雨ぐらいじゃ直ぐ乾く……握り壊して来る間に、お雪さんは、茸に敷いた山草を、あの小石の前へ挿しましたっけ。古新聞で火をつけて、金網をかけました。処で、火気は当るまいが、溢出はみでようが、皆引掴ひッつかんで頬張る気だから、二十ばかり初茸はつたけを一所に載せた。残らず、薄樺色うすかばいろの笠をさかさに、白い軸を立てて、真中まんなかごろのが、じいじい音を立てると、……青いさびが茸の声のように浮いて動く。
(塩はどうした。)
(ござんせん。)
魚断うおだち菜断さいだち穀断こくだちと、茶断ちゃだち塩断しおだち……こうなりゃ鯱立しゃっちょこだちだ。)
 と、主人あるじが、どたりと寝て、両脚を大の字に開くと、
(あああ、待ちたまえ、さかさになった方が、いくらか空腹ひだるさがしのげるかも知れんぞ。経験じゃ。)
 と政治狂が、柱へ、うんとからんで、尻を立てた。
(ぼくは、はや、この方が楽で、もう遣っとるが。)
 と、水浸しの丸太のような、脚気の足を、ふすまれ桟に、ぶくぶくと掛けている。
(幹もやれよ。)
 と主人あるじが、尻で尺蠖虫しゃくとりむしをして、足をまた突張つっぱって、
(成程、気がかわっていい、茸は焼けろ、こっちはやけだ。)
 その挙げた足を、どしんと、お雪さんの肩に乗せて、柔かな細頸ほそくびをしめた時です。
(ああ、ひもじいをさかさにすれば、おなかが、くちいんだわね。)
 と真俯向まうつむけに、頬を畳に、足が、空で一つに、ひたりとついて、白鳥が目を眠ったようです。
 ハッと思うと、私も、つい、脚を天井に向けました。――その目の前で、
(男は意気地がない、ぐるぐる廻らなくっちゃあ。)
 名工のひき刀が線を青く刻んだ、小さな雪の菩薩ぼさつが一体、くるくると二度、三度、六地蔵のように廻る……濃い睫毛まつげがチチと瞬いて、耳朶みみたぶと、咽喉のどに、薄紅梅の血がした。
(初茸と一所に焼けてしまえばいい。)
 脚気はあえいで、白い舌をめずり、政治狂は、目が黄色に光り、主人あるじはけらけらと笑った。皆逆立ちです。そして、お雪さんの言葉にはげまされたように、ぐたぐたと肩腰をゆすって、さかさまに、のたうちました。
 ひとりでに、頭のてっぺんへ流れる涙のうちに、網の初茸が、同じように、むくむくと、笠軸を動かすと、私はその下に、燃える火を思った。
 皆、咄嗟とっさの間、ですが、その、廻っている乳が、ふわふわと浮いて、滑らかに白く、一列に並んだように思う……
(心配しないでね。)
 と莞爾にっこりしていった、お雪さんのことばが、さかさだから、(おげ、あぶない。)と、いうように聞えて、その白い菩薩の列の、一番かまちへ近いのに――導かれるように、自分の頭と足がって出ると、我知らず声を立てて、わッと泣きながら遁出にげだしたんです。
 路地口の石壇を飛上り、雲の峰が立った空へ、桟橋のような、妻恋坂の土に突立った、この時ばかり、なぜか超然として――博徒なかまの小僧でない。――ひとり気があがると一所に、足をなぐように、腰をついて倒れました。」

 天地震動、かわら落ち、石崩れ、壁落つる、血煙のうちに、一樹が我に返った時は、もう屋根の中へ屋根がめり込んだ、目の下に、その物干がひしゃげた三徳のごとくになって――あの辺も火ははやかった――燃え上っていたそうである。
 これ――十二年九月一日の大地震であった。

「それがし、九識くしきの窓の前、妙乗の床のほとりに、瑜伽ゆがの法水をたたえ――」

 時に、舞台においては、シテなにがし。――山の草、朽樹くちきなどにこそ、あるべき茸が、人のすまう屋敷に、所嫌わず生出はえいづるを忌み悩み、ここに、法力のげんなる山伏に、祈祷きとうを頼もうと、橋がかりに向って呼掛けた。これに応じて、山伏が、まず揚幕のうちにて謡ったのである。が、鷺玄庵と聞いただけでも、思いも寄らない、若くつやのある、しかも取沈めた声であった。
 幕――揚る。――
「――三密の月を澄ます所に、案内あない申さんとは、そ。」
 すらすらと歩を移し、露を払った篠懸すずかけや、兜巾ときんよそおいは、弁慶よりも、判官ほうがんに、むしろ新中納言が山伏に出立いでたった凄味すごみがあって、且つ色白に美しい。一二の松も影をめて、はかまは霧に乗るように、三密の声は朗らかに且つ陰々として、月清く、風白し。化鳥けちょうの調のえがある。
「ああ、婦人だ。……鷺流さぎりゅうですか。」
 私がひそかに聞いたのに、
「さあ。」
 一言いったきり、一樹がじっ凝視みつめて、見る見る顔の色がかわるとともに、二度ばかり続け様に、胸をでて目をおさえた。
 先を急ぐ。……狂言はただあら筋を言おう。舞台には茸の数が十三出る。が、実はこの怪異を祈伏いのりふせようと、三山の法力を用い、秘密のいんを結んで、いら高の数珠をめば揉むほど、夥多おびただしく一面に生えて、次第に数を増すのである。
 茸は立衆たてしゅう、いずれも、見徳、嘯吹うそのふき上髭うわひげ、思い思いの面をかぶり、括袴くくりばかま脚絆きゃはん、腰帯、水衣みずぎぬに包まれ、揃って、笠を被る。塗笠、檜笠ひのきがさ、竹子笠、すげの笠。松茸、椎茸、とび茸、おぼろ編笠、名の知れぬ、きのこども。笠の形を、見物は、心のままになぞらえ候え。
「――あれあれ、」
 女山伏の、優しい声して、
「思いなしか、茸の軸に、目、鼻、手、足のようなものが見ゆる。」
 と言う。ことばにつれて、如法の茸どもの、目をき、舌を吐いてあざけるのが、憎く毒々しいまで、山伏はりんとしたうちにもかよわく見えた。
 いくち、しめじ、合羽かっぱ、坊主、熊茸、猪茸ししたけ虚無僧茸こむそうたけ、のんべろ茸、生える、える。蒸上り、抽出ぬきいでる。……地蔵が化けて月のむら雨に托鉢たくはつをめさるるごとく、影おぼろに、のほのほと並んだ時は、陰気が、毛氈もうせんの座を圧して、金銀のひらめく扇子おうぎの、秋草の、露も砂子も暗かった。
 女性の山伏は、いやが上に美しい。
 ああ、窓に稲妻がさす。胸がとどろく。
 たちまち、この時、鬼頭巾に武悪の面して、極めて毒悪にして、邪相なる大茸が、傘を半開きにかざし、みしとつらをかくしてあらわれた。しばらくして、この傘を大開きに開く、鼻をうそぶき、息吹いぶきを放ち、毒を嘯いて、「取てもう、取て噛もう。」と躍りかかる。取着き引着ひッつき、十三の茸は、アドを、なやまし、なぶり嬲り、山伏もともに追込むのがじょうであるのに。――
「あれへ、毒々しい半びらきのきのこが出た、あれが開いたらばさぞ夥多おびただしい事であろう。」
 山伏のことばにつれ、くだん毒茸どくたけが、二の松を押す時である。
 幕のすそから、ひょろりと出たものがある。切禿きりかむろで、白い袖を着た、色白の、丸顔の、あれは、いくつぐらいだろう、うのだから二つ三つと思う弱々しい女の子で、かさかさとものの膝ずれがする。きのこの領した山家やまがである。舞台は、山伏の気がこもって、しんとしている。ト、今まで、誰一人ほとんど跫音あしおとを立てなかった処へ、屋根は熱し、天井は蒸して、吹込む風もないのに、かさかさと聞こえるので、九十九折つづらおりの山路へ、一人、しの、熊笹を分けて、嬰子あかご這出はいだしたほど、思いも掛けねば無気味である。
 ああ、山伏を見て、口で、ニヤリと笑う。
 悚然ぞっとした。
「鷺流?」
 這う子は早い。谿河たにがわの水に枕なぞ流るるように、ちょろちょろと出て、山伏のもすそまつわると、あたかも毒茸が傘の轆轤ろくろはじいて、驚破す、取てもう、とあるべき処を、――
「焼き食おう!」
 と、山伏の、いうとひとしく、手のしないで、数珠をふるって、ぴしりと打って、不意に魂消たまげて、傘なりに、毒茸は膝をついた。
 返す手で、
「焼きくおう。焼きくおう。」
 鼻筋鋭く、頬は白澄しろずむ、黒髪は兜巾ときんに乱れて、生競はえきそった茸の、のほのほと並んだのに、打振うちふるうその数珠は、空に赤棟蛇やまかがしの飛ぶがごとくひらめいた。が、いきなり居すくまった茸の一つを、山伏は諸手もろてに掛けて、すとんと、笠を下に、さかさに立てた。二つ、三つ、四つ。――
 多くは子方だったらしい。恐れて、せられたのであろう。
 長上下なががみしもは、脇座にとぼんとして、ただ首の横ざまに傾きまさるのみである。
「一樹さん。」
 真蒼まっさおになって、身体からだのぶるぶると震う一樹の袖を取った、私の手を、その帷子かたびらが、落葉、いや、茸のような触感でいた。
 あの世話方の顔とかさなって、五六人、揚幕から。切戸口にも、楽屋のかしらのぞいたが、ただ目鼻のある茸になって、いかんともなし得ない。その二三秒時よ。稲妻の瞬く間よ。
 見物席の少年が二三人、足袋を空に、さかさになると、膝までのすそひるがえして仰向あおむけにされた少女がある。マッシュルームの類であろう。大人は、立構えをし、遁身にげみになって、声を詰めた。
 私も立とうとした。あの舞台の下は火になりはしないか。地震、と欄干につかまって、目を返す、森を隔てて、煉瓦れんがたてもの、教会らしい尖塔せんとうの雲端に、稲妻が蛇のように縦にはしる。
 静寂、深山に似たる時、這う子が火のつくように、山伏のすそを取って泣出した。
 トウン――と、足拍子を踏むと、膝を敷き、落した肩を左から片膚かたはだ脱いだ、淡紅の薄い肌襦袢はだじゅばんに膚が透く。眉をひらき、瞳を澄まして、向直って、
「幹次郎さん。」
「覚悟があります。」
 つれに対すると、客に会釈と、一度に、左右へことばを切って、一樹、幹次郎は、すっと出て、一尺ばかり舞台の端に、女のつまに片膝を乗掛けた。そうして、一度押戴おしいただくがごとくにして、ハタと両手をついた。
「かなしいな。……あれから、今もひもじいわ。」
 寂しく微笑ほほえむと、いはだけて、雪なす胸に、ほとんど玲瓏れいろうたる乳が玉をあざむく。
「御覧なさい――不義の子の罰で、五つになっても足腰が立ちません。」
「うむ、て。……お起ち、私が起たせる。」
 と、かッきと、腕にその泣く子を取って、一樹が腰を引立てたのを、添抱そえだきに胸へ抱いた。
「この豆府娘。」
 とあざけりながら、さもいとしさに堪えざるごとく言う下に、
「若いお父さんに骨をお貰い。母さんが血をあげる。」
 俯向うつむいて、我と我が口にその乳首を含むと、ぎんと白妙しろたえ生命いのちを絞った。ことこと、ひちゃひちゃ、骨なし子の血を吸う音が、舞台から響いた。が、子の口と、母の胸は、見る見る紅玉の柘榴ざくろがこぼれた。
 さっと色が薄く澄むと――横に倒れよう――とする、反らした指に――茸は残らず這込んで消えた――塗笠を拾ったが、
「お客さん――これは人間ではありません。――紅茸べにたけです。」
 といって、顔をかくして、倒れた。顔はかくれて、両手は十ウの爪紅つまべには、世に散るまんじの白い痙攣けいれんを起した、お雪は乳首を噛切かみきったのである。

 一昨年おととしの事である。この子は、母の乳が、肉と血を与えた。いま一樹の手に、ふっくりと、且つ健かに育っている。
 
 不思議に、一人だけ生命いのちを助かった女が、震災の、あの劫火ごうかに追われ追われ、縁あって、玄庵というのに助けられた。そのめかけであるか、娘分であるかはどうでもいい。老人だから、楽屋で急病が起って、踊の手練てだれが、見真似の舞台を勤めたというので、よくおわかりになろうと思う。何、何、なぜ、それほどの容色きりょうで、酒場へ出なかった。とおっしゃるか? それは困る、どうも弱ったな。一樹でも分るまい。なくなった、みどり屋のお雪さんに……お聞き下さい。

昭和五(一九三○)年九月




 



底本:「泉鏡花集成8」ちくま文庫、筑摩書房
   1996(平成8)年5月23日第1刷発行
底本の親本:「鏡花全集」岩波書店
   1942(昭和17)年7月刊行開始
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、「秋葉ヶ原」は小振りに、「安達あだちヶ原」「ヶ窪」は大振りにつくっています。
入力:門田裕志
校正:林 幸雄
2001年9月17日公開
2005年9月26日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。



●表記について
  • このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
  • 「くの字点」をのぞくJIS X 0213にある文字は、画像化して埋め込みました。

上一页  [1] [2] [3] [4]  尾页


 

作家录入:贯通日本语    责任编辑:贯通日本语 

  • 上一篇作家:

  • 下一篇作家:
  •  
     
     
    网友评论:(只显示最新10条。评论内容只代表网友观点,与本站立场无关!)
     

    没有任何图片作家

    广告

    广告