您现在的位置: 贯通日本 >> 作家 >> 泉 鏡花 >> 正文

黒百合(くろゆり)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-22 13:13:48  点击:  切换到繁體中文



       四十七

貴方あなたの黒百合を採りたいって、とうとう石滝へ入ったそうです。」と、島野が引取って慎重にこれを伝える。
 勇美子はその瞳をきっと凝らしたが、道は聞くとひとしく、顔の色を変えた。
「お嬢様、どういたしましょう。」
「困ったね、少しお待ち、あの、お前だち誰も中の様子を知らないかい。」
「はい、ちっとも。」
「あの、少しも存じません。」
「それはもう誰も知ったものはござりますまい。」
 と車夫の一人。
「島野さん、義作さん、どうしたら可いでしょう。お嬢様が御褒美をお賭けなすったのを、旦那様がお聞遊ばすと、もっての外だ、間違いに怪我でもさせたらどうする、ほかの内の者とは違うぞ、早く留めろと有仰おっしゃるの。承わると実に御道理ごもっともな事だから、早速あの娘にそういおうと思って、昨日きのうのことなんです、またこないだからふッとお邸には来ないもんですから、昨日きのうその金子かねただでお遣わしになることになって、それを持って私があそこへ、あの湯の谷のうちくと居ないんです。荒物屋から婆さんが私の姿を見ると、駆けて出て、取次いで、その花のことについて相談をされたのは私ばかり、はじめは滅相なと思ったが、こころを察すると無理はないので、なきの涙で合点しました。今日あたりはもう参ったかも知れませぬ、することが天道様の思召おぼしめしかなったら無事で帰って参りましょう。内に居る書生さんの旦那にはごく内々だから黙っておいて、とこういうことです。実はと訳をいって、お金子かねは預けておこうとすると、それは本人へじかにといって承知しません。無理もないと引返して、夜も寝ないで今朝、起きがけに行くともう居ないんです。また婆さんが出て、昨夜ゆうべは帰りました、その事をいって聞かせると、なおのことそのおなさけあずかっては、きっと取って来て差上げずにはと、留めるのもかないで行ったといいます。
 ええ、何の知事様から下さるものを、家一つ戴いて何程どれほどの事があろう、痩我慢やせがまんな行過ぎだと、小腹が立って帰りましたが、それといって棄てておかれぬ、直ぐにといってお嬢様が、ちょうどまたお加減が悪い処、かれこれして遅くなりましたけれども、お体のおいといもなく遠方をお出懸けになったのに、まあ飛んだことをしちまったんでございますねえ。」
 と道は落着かず胡乱々々うろうろする。
 一同顔を見合せた。
 義作一名にやりにやり
うがす、何、大概大丈夫でしょう、心配はありますまいぜ。ことわざにも何でさ、案ずるより産むが易いっていまさ。」
「何だね、お前さん。」とそこどころではない、道はたしなめるがごとくにいった。
 義作あえてその(にやり)なるものをめず。
「いえ、女ってえものは、またこれがその柔よく剛を制すといった形でね。喧嘩にも傍杖そばづえをくいません、それが証拠にゃあ御覧ごろうじろ、人ごみの中でもそんなに足をふみつけられはしねえもんだ。」
「ちょいとお黙り。高慢なことをお言いでない、お嬢様がいらっしゃるよ。」
「ですからさ、そっちにお嬢様がいらっしゃりゃ、こっちにゃあまた滝公、へん、滝の野郎てえ豪傑がついてまさ。」
「あれだもの。」
「どうでえ阿魔、一言もあるめえ恐入ったか。」
「義作さんいい加減におしな。お嬢様は御心配を遊ばしていらっしゃるんですよ。」
「だから、その御心配には及びますめえッてこった。難かしいこたあない、あまさい無事なら可いんでしょう。そこは心得てまさ、義作が心得たといっちゃあ、馬に引摺ひきずられたからとあって御信仰が薄いでしょうが、滝大明神が心得てついてます。今も島野さんに承わりゃ、あとからついて入んなすったそうで、何、またあの豪傑が行きさえすりゃ、」といいかけて、額を押え、
「や、天狗がつぶてを打ちゃあがる。」
 雨三粒降って、雲間に響く滝の音が乱れた。風一陣!

       四十八

「女中さん、降って来そうでございます、姫様ひいさまにおっしゃって、まあ、お休みなさいましな」と米は程合ほどあいを見計らう。
「ああ、そういたしましょうねえ、お嬢様。」
 黙って敏活の気のあふれた目に、大空を見ておわした姫様は、これにうなずいて御入おんいりがあろうとする。道はもとより、馬丁べっとう義作続いて島野まで、長いものに巻かれた形で、一群ひとむれになって。米は鍵屋あって以来の上客を得た上に、当のあいての蔵屋の分二名まで取込んだ得意想うべく、わざと後をおさえて、周章あわてて胡乱々々うろうろする蔵屋のむすめに、上下うえした四人をこれ見よがし。
「お懸けなさいまし、」と高らかに謂った。
 蔵屋の倉はたまりかねて、めながら米を摺抜すりぬけて、島野に走り寄った。
「旦那様、若衆様わかいしさんとお二方は、どうぞわたくしどもへお帰りを願いとう存じます。」
「そうだ、忘れ物もあるし後で寄るよ。」
「はい、お忘物はこちらへ持って参りましてもよろしゅうございます。申兼ねますがどうぞいらっしゃって下さいまし、拝むんでございます、あの、後生になるのでございます。」
「可いじゃあないか、何ものちにだってよ。」
 義作が仔細しさいを心得て、
「競争をしてるんでさ、評判なんで。おい、姉さん、御主人様がこちらへおしとねすわるから、あきらめねえ、仕方がねえやな。いえさ、気の毒だ、わっしあ察するがね、まあ堪忍しなさい。」
「それでもどうぞ姫様にお願い遊ばして。」
「何をいうんですよ、馬鹿におしなさいねえ。」
 と米はかたわらから押隔てると、敵手あいてはこれなり、倉はせんを取られた上に、今のお懸けなさいましでかッとなっている処。
「止してくれ、人、身体からだに手なんぞ懸けるのは、けがれますよ。」
「何をかったいが。」
はりつけめ。」と角目立つのめだってあられもない、手先の突合つつきあいが腕の掴合つかみあいとなって、頬の引掻競ひっかきくら。やい、それと声を懸けるばかりで、車夫も、馬丁べっとうも、引張凧ひっぱりだこになった艶福家えんぷくか島野氏も、女だから手も着けられない。
「留めておやり。道や、」
「ちょいと、串戯じょうだんじゃあないよ、お前様方まえさんがたはどうしたもんです。これお放し、あれさ、お放しというに、両方とも恐しい力だ。こっちはお嬢様がそれどころじゃあないのだのに、お前さんまでがお気をませ申すんだよ。いい加減におし、あれさ、可いやね、そんなら私が素裸まッぱだかになって着物をつちに敷いて、その上へ貴女あなたを休ませ申すまでも、お前達の世話にゃあならない、どちらへも休みはしないからそう思っておくれ。」とすっきりいった。両人ふたりは左右に分れたが、そのまま左右から、道の袖をつかまえて、ひしとすがって泣出したのである。道は弱って手をつかねてぼんやりとするのを見て、勇美子は早やばらばらと音のする雨も構わず、手を両人ふたりせなにかけて、蔵屋と、鍵屋と、路傍みちばたに二軒ならんだのに目を配って、じっと見たまい、
「二人とも聞きな、可いことを教えてあげよう、しょッちゅうそんなことをしていては、どちらにもいことはないよ。こうおし、お前の処のお客は註文のあった食物をお前の処から持運ぶし、お前の処のお客はお前の店から持って行くことにして、そして一月がわりにするの。可いかい、うらみっこ無しに冥利みょうりの可い方が勝つんだよ。」
「おや、お嬢様、それでは客と食物を等分に、代り合っていたします。それでいてお茶代が別にあったり何かすると、どちらが何だか分らないで、うらみはいつの間にか忘れてしまいましょう。なるほどそのこったよ。さあ、二人とも、手をったり。」
「やあ、占めろ。」といって、義作は景気よく手を拍った。むすめ両人ふたり、晴やかな勇美子のおもてを拝んだ。
 折柄荒増あれまさる風に連れて、石滝の森から思いも懸けず、橋の上へ真黒まっくろになって、けつ、まろびつ、人礫ひとつぶてかとすさまじい、物の姿。

       四十九

 あれはと見る間に早や近々ちかぢかと人の形。橋の上を流るるごとく驀直まっしぐらに、蔵屋へ駆込むとひとしく、床几しょうぎの上へひびきを打たせて、どたりと倒れたのは多磨太である。白墨狂士は何とかしけむ、そのままどたどたと足を挙げて、苦痛に堪えざる身悶みもだえして、呻吟うめく声ゆるがごとし。
 鍵屋の一群ひとむれはこれを見て棄て置かれず、島野に義作がついて店前みせさきへ出向いて、と見ると、多磨太は半面べとり血になって、頬から咽喉のどへかけ、例の白薩摩しろさつまの襟を染めて韓紅からくれない
「君、どうしたんです。」と島野は驚いたが、薄気味の悪さうにそっと手をとって、眉をひそめた。
 鍵屋では及腰およびごしに向うを伺い、振返って道が、
「あれ、怪我をしておりますようです、どうしたんでございましょう。」
 勇美子も夜会結びのびんずらを吹かせ、雨に頬を打たせていとわず、掛茶屋の葦簀よしずから半ば姿をあらわして、
「石滝から来たのじゃあなくって。滝さんとお雪はどうしたろうね、」とこれは心も心ならない。道はずッと出て手招てまねぎをした。
「義作さん、おおい、ちょいとおいでよ、お出よ。」
「へッ、」と云って、威勢よく飛んで帰る。
「何だね、どうしたのさ、あれ大変呻吟うめくじゃあないか。」
「え、雀部さんの多磨太なんで、から仕様がえんです。何だそうで、全体心懸こころがけが悪うがすよ。ありゃね、しょッちゅう、あの花売を追懸おっかけ廻していたんで、今朝も、おめえ、後をけて石滝へ入ったんだと。え何、力になろうの、助けてやろうという贅沢ぜいたくなんじゃあねえんでさ。お道どん、お前のまいだけれどもう思い切ってるんだからね、人のへえらねえ処だし、お前、対手あいてはかよわいや。そこでもってからに、」といいかけて、ちょっと姫様ひいさまを見上げたので声をひそめた。
「だね、それ、狼って奴だ。おめえ、滝の処はやっぱり真暗まっくらだっさ。野郎とうとう、めんないちどりで、ふんづかめえて、口説こうと、ええ、そうさ、長い奴を一本引提ひっさげてへえったって。大刀だんびらを突着けの、物凄くなった背後うしろから、襟首を取ってぐいと手繰つけたものがあったっさ。天狗だと思って切ってかかったが、お前、暗試合やみじあい盲目めくらなぐりだ。その内、痛えという声がする、かすったようだけれども、手応てごたえがあったから、占めたと、えらくなる途端にお前。」
 義作は左の耳から頬へかけててのひらですぺりと撫でて、仕方を見せ、苦笑にがわらいをして、
「片耳ざくり、行って御覧ごろうじろ、鹿が角を折ったように片一方まるで形なしだ。呻吟うめくのはそのせいさ、そのせいであの通りだ。急所じゃがあせんッて、わっしもそう言ったんで、島野さんも、生命いのちにゃあ別条はないっていうけれどね、早く手当をしてくれ、破、破、破傷風になるって騒ぐんで、ずきりずきりと脈を打っちゃあ血がくのがきもにこたえるって※(「てへん+爭」、第4水準2-13-24)もがいてね、真蒼まっさおです。それでも見得があるから、お前、松明たいまつをつけて行って見ろ、天狗の片翼かたつばさを切って落とした、血みどろになったとびの羽のようなものが落ちてたら、それだと思えなんて、血迷ってまさ。大方滝太郎様にやられたんでしょう、可い気味だ、ざまあ! はははは。やあ、苦しがりやあがって、島野さんの首っ玉へかじりついた。あの人がまた、血を見ると癲癇てんかんを起すくらい臆病おくびょうだからね。や、慌ててら、慌ててら、それに一張羅だ、たまったもんじゃあねえ。躍ってやあがる、畜生、おもしれえ!」とばかりで雨をくぐって、此奴こいつ人の気も知らず剽軽ひょうきんなり。
「道、滝さんが怪我をなさりやしないのか。」
「さようでございますね、」と、顔と顔。

       五十

小主公わかだんなお久振でござりました、よくわたくしの声にお覚えがござりますな。へい、貴方あなたがお目の悪いことも、そのために此家ここむすめが黒百合を取りに参りましたことも、早いもので、二日前のことだそうですが、もう市中で評判をいたしております。もっともことのついでに貴方のお噂がござりませんと、三年ごし便たよりは遊ばさず、どこに隠れておいでなさりますか、分りませんのでござりました。目がお見えなさらないというだけは不吉じゃあござりましたが、東京の方だというし、お年のころなり御様子なり、てっきり貴方に違いないと、直ぐこちらへ飛んで参り、向うのあの荒物屋で聞いてお尋ね申しました。小主公わかだんな、何はきまして御機嫌よろしく。」
「慶造、何につけても、お前達にもう逢いたくはなかったよ。」
 と若山は花屋の奥に端近く端座して、憂苦にやつれ、愁然しゅうぜんとして肩身が狭い。慶造と呼ばれたのは、三十五六の屈竟くっきょうおのこ、火水にきたえ上げた鉄造くろがねづくりの体格で、見るからに頼もしいのが、沓脱くつぬぎの上へ脱いだ笠を仰向あおむけにして、両掛の旅荷物、小造こづくりなのを縁にせて、慇懃いんぎん斉眉かしずく風あり。拓の打侘うちわびたることばを聞いて、憂慮きづかわしげにその顔を見上げたが、勇気はおのおもてあふれつつ、
「御心中お察し申しますが、人間は四百四病の器、病疾やまいには誰だって勝たれませぬ、そんなに気を落しなさいますな。小主公わかだんないお音信たよりがござりますぜ、大旦那様もちょうどこの春、三月が満期で無事に御出獄でござりました。こちらでも新聞がござりますなら、くに御存じでござりましょう。」
 若山は色を動かして、
「そうか、私はまた何もも思切って、わざと新聞なぞは耳に入れないように勤めているから、そりゃちっとも知らずに居た、御無事に。……そうかい、けれども慶造、私はお目にかかられまい。」と額に手をかざして目をおおうたのである。
「なぜでございます、目をお損いになりましたせいでござりますか。」
「むむ、何それもあるけれども、私がかんがえで、家を売り、邸を売り、父様おとっさんがいらっしゃる処も失くなしたし。」
「それは御心配ござりません、貴下あなた放蕩ほうとうでというではなし、御望おのぞみがおあり遊ばしたとはいえ、大旦那様が迷惑をお懸け遊ばした方々の債主へ、少しずつお分けになったのでござりますもの、拓はよくしたとおっしゃったのを、わたくしじきに承わりましてござります。」
「そして今どこにいらっしゃるんだな。」
「へい、組合の方でお引取申しました。海でなり、陸でなり、一同旗上げをいたします迄はしばらくおかくれでござります。貴方もこういう処はお立退たちのきになって、それへ合体がよろしゅうござりましょう。ちょうどこの国へ参りがけに加州を通りまして、あすこであの白魚の姉御にも逢いました。」
「何、お兼に逢った、加賀といえばつい近所へ来ているのか。」
「さようでござります、この頃さかんに工事を起しました、倶利伽羅鉄道の工夫の中へまじり込んで、目星いのをまた二三人も引抜いて同志につけようッて働いておりますんで。一体富山でしばらく働いたそうでござりますに、貴方をお見着け申さなんだのは、姉御が一代の大脱落おおぬかりでござりましょう。その代り素ばらしいのを一名、こりゃ、華族で盗賊どろぼうだと申しますから、味方には誂向あつらえむき、いざとなりゃ、船の一そうぐらい土蔵を開けて出来るんでござります。金主がつけば竜に翼だ、小主公わかだんな、そろそろ時節到来でござりましょうよ。」と慶造が勇むに引代え、若山は打悄うちしおれて、ありしその人とは思われず。かれは非職海軍大佐某氏の息、理学士の学位あって、しかも父とともに社会の暗雲におおわれた、一座の兇星きょうせいであるものを!

       五十一

 慶造は言効いいがいなしとや、握拳にぎりこぶしを膝に置き、おもてを犯さんず、意気組見えたり。
小主公わかだんな貴方あなたはなぜそう弱くおなんなすったね、やめえなんざ気で勝つもんです。大方何でしょう、そんな引込思案をなさいますのは、目のためじゃあござりますまい。かえってその御病気のために、生命いのちらないという女のあるせいでしょう。うがす、何そりゃ好いたやつのためにゃあ世の中を打棄うっちゃるのも、時と場合にゃ男の意地でさ、品に寄っちゃあ城を一百一束いっそくひとからげにしててのひらに握るのと違わねえんでございましょうが、何ですぜ、野郎の方で、はあと溜息ためいきをついて女児あまッこの膝にすがるようじゃあ、大概たいげえの奴あそこで小首をかしげまさ。てめえのためならばな、かぶとしころなッちもらない、そらよ持って行きねえで、ぽんと身体からだを投出してくれてやる場合もあります代りにゃ、あま達引たてひく時なんざ、べらんめえ、これんばかしのはしたをどうする、手の内ア受けねえよ、かなんかで横ッつらへ叩きつけるくらいでなくッちゃあ、不可いけませんや。=苦労しもする、させもする=ていのはそりゃあ心意気でさ。」
 慶造は威勢よくぽんと一ツ胸を叩いた。
「ここにあるこッてす。顔へ済まねえをあらわして、さも嬉しそうに難有ありがてえ、苦労させるなんて弱いを出して御覧ごろうじろ、やっこさんたちまちなめッちまいますぜ。殊に貴方だ、誰だと思ってるんだ、おことばの一ツも懸けられりゃ勿体もってえねえと心得るが可い位の扱いで、結構でがす。もっとも、まあこうやって女の手一つで立過たてすごして、そんなおっかねえ処へ貴方のために参ったんだ、憎くはありません、心中者だ。ですが、そりゃわっしどもはじめ世間で感心する事で、当の対手あいては何のむすめッ子の生命いのちなんざ、幾つ貰ったって髢屋かもじやにも売れやしねえ、そんな手間で気の利いたこうの物でもこしらえろと、こういった工合ぐあいでなくッちゃ色男は勤まりませんよ。何でも不便ふびんだ、可愛いと思うほど、手荒く取扱って、癇癪かんしゃくを起してね、横頬よこッつらりのめしてやりさえすりゃ惚れた奴あ拝みまさ。貴方も江戸児えどッこじゃあがあせんか。いえさ、若山さんの小主公わかだんなでしょう。あま心中立しんじゅうだてを物珍らしそうに、世の中にゃあ出ねえの、おいらこれッきりだのと、だらしのねえ、もう、情婦いろを拵えるのと、坊主になるのとは同一おんなじものじゃあございませんぜ。しかしまあ盲目めくらにおなんなすったから、按摩あんまにゃあかけがえのねえ女だと、拝んでるんでしょう。でれでれとするのはお金子かねのある分だ、貴方のなんざ、あますがるんだからたまりませんや。え、もし、そんなこッちゃああまにだって愛想をつかされますぜ。貴方ほどの方がどういうもんです。いや、それとも按摩さんにゃあ相当か。」と、声を激ましていいながら、慶造は、目の見えぬ、やつれた若山の面を見守って、目には涙をたたえていた。
「慶造!」と一喝した、かれあおくなって、きっと唇を結んだ。
「ええ、」
「用意が出来たらいつでも来い、同志の者のむかいなら、冥途めいどからだって辞さないんだ。失敬なことをいう、盲人めくらがどうした、ものを見るのが私の役か、いざといって船出をする時、船を動かすのは父上おとっさんの役、いかりを抜くのは慶造貴様の職だ。みんなに食事をさせるのはお兼じゃあないか。水先案内もあるだろう、医者もあろう、船のく処は誰が知ってる、私だ、目が見えないでも勝手な処へ指揮さしずをしてやる、おい、星一ツない暗がりでも燈明台なんぞあてにするには及ばんから。」
 と説き得て、拓は片手を背後うしろへついて、悠然として天井を仰いだ。
難有ありがと[#ルビの「ありがと」は底本では「ありがた」]うござります。おお、小主公わかだんな。」と、慶造は思わず縁側に額をつけた。

 << 上一页  [11] [12] [13] [14] 下一页  尾页


 

作家录入:贯通日本语    责任编辑:贯通日本语 

  • 上一篇作家:

  • 下一篇作家:
  •  
     
     
    网友评论:(只显示最新10条。评论内容只代表网友观点,与本站立场无关!)
     

    没有任何图片作家

    广告

    广告