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琵琶伝(びわでん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-23 10:32:37  点击:  切换到繁體中文

底本: 泉鏡花集成2
出版社: ちくま文庫、筑摩書房
初版発行日: 1996(平成8)年4月24日
入力に使用: 1996(平成8)年4月24日第1刷 


底本の親本: 鏡花全集 別卷
出版社: 岩波書店
初版発行日: 1976(昭和51)年3月26日

 

      一

 新婦が、床杯とこさかずきをなさんとて、座敷より休息のに開きける時、介添の婦人おんなはふとその顔を見て驚きぬ。
 面貌めんぼうほとんど生色なく、今にもたおれんずばかりなるが、ものに激したるさまなるにぞ、介添は心許こころもとなげに、つい居て着換を捧げながら、
「もし、御気分でもお悪いのじゃございませんか。」
 と声をひそめてそと問いぬ。
 新婦は凄冷せいれいなる瞳を転じて、介添を顧みつ。
「何。」
 とばかり簡単に言捨てたるまま、身さえ眼をさえ動かさで、一心ただ思うことあるその一方を見詰めつつ、衣を換うるも、帯をむるも、衣紋えもんを直すも、つまを揃うるも、皆ひとの手に打任せつ。
 尋常ただならぬ新婦の気色をあやぶみたる介添の、何かは知らずおどおどしながら、
「こちらへ。」
 とうに任せ、かれは少しも躊躇ためらわで、静々と歩を廊下に運びて、やがて寝室に伴われぬ。
 床にはハヤ良人おっとありて、新婦のきたるを待ちおれり。渠は名を近藤重隆と謂う陸軍の尉官いかんなり。式は別に謂わざるべし、媒妁なこうどの妻退き、介添の婦人おんな罷出まかんでつ。
 ただ二人、ねやの上に相対し、新婦はきっ身体からだを固めて、端然として坐したるまま、まおもてに良人のおもてみまもりて、打解けたるさますこしもなく、はた恥らえる風情も無かりき。
 尉官は腕をこまぬきて、こもまたやわらぎたるていあらず、ほとんど五分時ばかりの間、互に眼と眼を見合せしが、遂に良人まずびたる声にて、
「お通。」
 とばかり呼懸けつ。
 新婦の名はお通ならむ。
 呼ばるるにこたえて、
「はい。」
 とのみ。渠は判然きっぱりとものいえり。
 尉官はいた苛立いらだつ胸を、強いて落着けたらんごとき、沈める、力ある音調もて、
おまえ、よくたな。」
 お通は少しも口籠くちごもらで、
「どうも仕方がございません。」
 尉官はしばらく黙しけるが、ややその声を高うせり。
「おい、謙三郎はどうした。」
「息災でります。」
「よく、おまえ、別れることが出来たな。」
詮方しかたがないからです。」
「なぜ、詮方がない。うむ。」
 お通はこれが答をせで、懐中ふところに手を差入れて一通の書を取出し、良人の前に繰広げて、両手を膝に正してき。尉官は右手めて差伸さしのばし、身近に行燈あんどんを引寄せつつ、まなこを定めて読みおろしぬ。
 文字もんじけだのごときものにてありし。

お通に申残し参らせ候、御身おんみと近藤重隆殿とは許婚いいなずけ有之これあり
しかるに御身は殊の外の人を忌嫌い候様子、拙者の眼に相見え候えば、むすめながらも其由そのよしのいい聞け難くて、臨終いまわの際まで黙し候
さ候えども、一旦親戚の儀を約束いたし候えば、義理堅かりし重隆殿の先人に対し面目なく、今さら変替へんがえ相成らず候あわれ犠牲いけにえとなりて拙者の名のために彼の人に身を任せ申さるべく、の遺言をしたため候時の拙者が心中の苦痛を以て、御身に謝罪いたし候

      月 日

清川通知みちとも

     お通殿
 二度三度繰返して、尉官はかたちあらためたり。
「通、おれは良人だぞ。」
 お通は聞きて両手をつかえぬ。
「はい、貴下あなたの妻でございます。」
 その時尉官は傲然ごうぜんとして俯向うつむけるお通を瞰下みおろしつつ、
「吾のいうことには、おまえ、きっと従うであろうな。」
 此方こなたこうべれたるまま、
「いえ、お従わせなさらなければ不可いけません。」
 尉官は眉を動かしぬ。
「ふむ。しかし通、吾を良人とした以上は、汝、妻たる節操は守ろうな。」
 お通はきっと面を上げつ、
「いいえ、出来さえすれば破ります。」
 尉官は怒気心頭をきて烈火のごとく、
「何だ!」
 とその言を再びせしめつ。お通はめず、おくする色なく、
「はい。私に、私に、節操を守らねばなりませんという、そんな、義理はございませんから、出来さえすれば破ります!」
 恐気おそれげもなく言放てる、片頬に微笑えみを含みたり。
 尉官は直ちにうなずきぬ。胸中あらかじめこの算ありけむ、熱の極は冷となりて、ものいいもいとしずかに、
「うむ、きっと節操を守らせるぞ。」
 渠は唇頭しんとう嘲笑ちょうしょうしたりき。

       二

 相本謙三郎はただ一人清川の書斎に在り。当所あてどもなくへやの一方を見詰めたるまま、黙然もくねんとして物思えり。かれが書斎の椽前えんさきには、一個数寄すきを尽したる鳥籠とりかごを懸けたる中に、一羽の純白なる鸚鵡おうむあり、ついばむにも飽きたりけむ、もの淋しげに謙三郎の後姿を見りつつ、かしらを左右に傾けおれり。一室じゃくたることしばしなりし、謙三郎はその清秀なるおもてに鸚鵡を見向きて、いたく物案ずるさまなりしが、憂うるごとく、あやぶむごとく、はた人にはばかることあるもののごとく、「琵琶びわ。」と一声、鸚鵡を呼べり。琵琶とはけだし鸚鵡の名ならむ。低く口笛をならすとひとしく、
「ツウチャン、ツウチャン。」
 と叫べる声、奥深きこの書斎をとおして、一種の音調打響くに、謙三郎は愁然しゅうぜんとして、思わず涙を催しぬ。
 琵琶は年久しく清川の家に養われつ。お通と渠が従兄なる謙三郎との間に処して、巧みにその情交を暖めたりき。他なし、お通がこの愛娘まなむすめとして、へやを隔てながら家を整したりし頃、いまだ近藤に嫁がざりし以前には、謙三郎の用ありて、お通にまみえんと欲することあるごとに、今しも渠がなしたるごとく、籠の中なる琵琶を呼びて、しかく口笛を鳴すとともに、琵琶が玲瓏れいろうたる声をもて、「ツウチャン、ツウチャン。」と伝令すべく、よくらされてありしかば、この時のごとく声を揚げて二たび三たび呼ぶとともに、帳内深き処しゅくとして物を縫う女、物差を棄て、針をきて、ただちに謙三郎にきたりつつ、笑顔を合すが例なりしなり。
 今やなし。あらぬを知りつつ謙三郎は、日に幾回、に幾回、果敢はかなきこの児戯を繰返すことを禁じ得ざりき。
 さてその頃は、征清せいしん出師すいしありし頃、折はあたかも予備後備に対する召集令の発表されし折なりし。
 謙三郎もまた我国わがくに徴兵の令に因りて、予備兵の籍にありしかば、一週日以前既に一度ひとたび聯隊に入営せしが、その月その日の翌日あくるひは、旅団戦地に発するとて、親戚しんせき父兄の心を察し、一日の出営を許されたるにぞ、渠は父母無き孤児みなしごの、他に繋累けいるいとてはあらざれども、として幼少より養育されて、母とも思う叔母に会して、永き離別わかれおしまんため、朝来ここにきたりおり、聞くこともはたうことも、永き夏の日に尽きざるに、帰営の時刻迫りたれば、謙三郎は、ひしひしと、戎衣じゅういを装い、まさに辞し去らんとして躊躇ちゅうちょしつ。
 書斎にものあり、衣兜かくしるるを忘れたりとて既に玄関まででたる身の、一人書斎に引返しつ。
 叔母とその奴婢どひやからは、皆玄関に立併たちならびて、いずれも面に愁色しゅうしょくあり。弾丸の中にく人の、今にもきたると待ちけるが、五分を過ぎ、十分を経て、なお書斎より来らざるにぞ、謙三郎はいかにせしと、心々に思える折から、寂として広き家の、はるか奥のかたよりおとずれきて、
「ツウチャン、ツウチャン。」
 と鸚鵡の声、聞き馴れたる叔母のこの時のみ何思いけん色をかえて、急がわしく書斎に到れり。
 謙三郎は琵琶に命じて、お通の名をば呼ばしめしが、きたるべき人のあらざるに、いつもの事とはいいながら、あすは戦地に赴く身の、再び見、再び聞き得べき声にあらねば、意を決したる首途かどでにも、渠はそぞろに涙ぐみぬ。
 時に椽側に跫音あしおとあり。女々しき風情を見られまじと、謙三郎の立ちたる時、叔母は早くも此方こなたに来りて、突然いきなり鳥籠のふたを開けつ。
 驚き見る間に羽ばたき高く、琵琶は籠中ろうちゅうを逸し去れり。
「おや! 何をなさいます。」
 と謙三郎はせわしく問いたり。叔母は此方こなたを見も返らで、琵琶の行方をみまもりつつ、椽側に立ちたるが、あわれ消残る樹間このまの雪か、緑翠りょくすい暗きあたり白き鸚鵡の見え隠れに、ひぐらし一声鳴きける時、手をもって涙をぬぐいつつしずかに謙三郎を顧みたり。
「いいえね、未練が出ちゃあ悪いから、もうあの声を聞くまいと思って。……」
 叔母は涙の声を飲みぬ。
 謙三郎はじたる色あり。これが答はなさずして、胸の間の釦鈕ボタンを懸けつ。
「さようなら参ります。」
 とつかつかと書斎をでぬ。叔母は引添うごとくにして、その左側に従いつつ、歩みながら口早に、
いかい、先刻さっき謂ったことは違えやしまいね。」
「何ですか。お通さんに逢ってけとおっしゃった、あのことですか。」
 謙三郎は立留たちどまりぬ。
「ああ、そのこととも、お前、いくさに行くという人にほかねがいがあるものかね。」
「それは困りましたな。あすこまでは五里あります。今朝だと腕車くるまけて行ったんですが、とても逢わせないといいますから行こうという気もありませんでした。今ッからじゃ、もう時間がございません。三十分間、兵営までさえ大急おおいそぎでございます。飛んだ長座をいたしました。」
 謂うことを聞きも果てず、叔母は少しくき込みて、
「そのことは聞いたけれど、むすめの身にもなって御覧、あんな田舎へ推込おしこまれて、一年ごし外出そとでも出来ず、折があったらお前に逢いたい一心で、細々命をつないでいるもの、顔も見せないで行かれちゃあ、それこそ彼女あのこは死んでしまうよ。お前もあんまり察しがない。」
 と戎衣じゅういとらえて放たざるに、謙三郎はこうじつつ、
「そうおっしゃるも無理ではございませんが、もう今から逢いますには、脱営しなければなりません。」
「は、脱営でも何でもおし。通が私ゃ可哀そうだから、よう、後生だから。」
 と片手に戎衣の袖を捉えて、片手に拝むに身もよもあらず、謙三郎はあおくなりて、
「何、私の身はどうなろうと、名誉も何も構いませんが、それでは、それではどうも国民たる義務が欠けますから。」
 と誠心まごころめたる強き声音こわねも、いかでか叔母の耳にるべき。ひたすらこうべ打掉うちふりて、
「何が欠けようとも構わないよ。何が何でも可いんだから、これたった一目、後生だ。頼む。逢って行ってやっておくれ。」
「でもそれだけは。」

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