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琵琶伝(びわでん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-23 10:32:37  点击:  切换到繁體中文


「ええ、た、た、たまらねえたまらねえ、一か八かだ、逢わせてやれ。」
 とがたりと大戸引開けたる、トタンに犬あり、さっ退きつ。
 懸寄るお通を伝内は身をもて謙三郎にへだてつつ、謙三郎のよろめきながら内にらんとあせるを遮り、
「うんや、そう[#「そう」は底本では「さう」]やすやすとはれねえだ。旦那様のいいつけで三原伝内が番するうちは、敷居もまたがすこっちゃあねえ。たって入るならおれを殺せ。さあ、すっぱりとえぐらっしゃい。ええ、何を愚図ぐず々々、もうお前様方めえさまがたのように思いつめりゃ、これ、人一人殺されねえことあねえはずだ。吾、はあ、自分で腹あ突いちゃあ、旦那様に済まねえだ。済まねえだから、死なねえだ、死なねえうちは邪魔アするだ。この邪魔物を殺さっしゃい、七十になる老夫おやじだ。殺しおしくもねえでないか。さあ、やらっしゃい。ええ! らちのあかぬ。」
 と両手に襟を押開けて、仰様のけざま咽喉仏のどぼとけを示したるを、謙三郎はまたたきもせで、ややしばらくみつめたるが、銃剣一閃いっせんし、やみを切って、
「許せ!」
 という声もろとも、咽喉のんど白刃しらはを刺されしまま、伝内はハタとたおれぬ。
 同時に内に入らんとせし、謙三郎は敷居につまずき、土間に両手をつきざまに俯伏うつぶしになりて起きも上らず。お通はあたかも狂気のごとく、謙三郎に取縋とりすがりて、
「謙さん、謙さん、私ゃ、私ゃ、顔が見たかった。」
 と肩に手を懸け膝にいだける、折から靴音、剣摩のひびき。五六名どやどやと入来いりきたりて、正体もなき謙三郎をお通の手より奪い取りて、有無を謂わせず引立ひったつるに、※(「口+阿」、第4水準2-4-5)あなやとばかり跳起はねおきたるまま、茫然として立ちたるお通の、歯をくいしばり、瞳を据えて、よろよろとたおれかかれる、肩を支えて、腕をつかみて、
うぬ、どうするか、見ろ、太い奴だ。」
 これ婚姻の当夜以来、お通がいまだ一たびも聞かざりしうついかれる良人の声なり。

       四

 出征に際して脱営せしと、人を殺せし罪とをもて、勿論謙三郎は銃殺されたり。
 謙三郎の死したるのちも、清川の家における居馴れし八畳のかれが書斎は、依然として旧態をあらためざりき。
 秋の末にもなりたれば、籐筵とうむしろに代うるに秋野のにしき浮織うきおりにせる、花毛氈はなもうせんをもってして、いと華々しく敷詰めたり。
 床なる花瓶の花もしぼまず、西向の※(「木+靈」、第3水準1-86-29)れんじもとなりし机の上も片づきて、すずりふたちりもおかず、座蒲団ざぶとんを前に敷き、かたわらなる桐火桶きりひおけ烏金しゃくどう火箸ひばしを添えて、と見ればなかに炭火もけつ。
 たんのかくの茶盆の上には幾個の茶碗を俯伏うつぶせて、菓子をりたる皿をも置けり。
 机の上には一葉の、謙三郎の写真を祭り、あたりのふすまを閉切りたれば、さらでも秋の暮なるに、一室しんとほのあかるく四隅はようよう暗くなりて、ものの音さえ聞えざるに、火鉢に懸けたる鉄瓶の湯気のみ薄く立のぼりて、湯のたぎる音しずかなり。折から彼方かなたより襖を明けつ。一脈の風の襲入おそいいりて、立昇る湯気のなびくと同時に、陰々たるこの書斎をば真白き顔ののぞきしが、
「謙さん。」
 と呼び懸けつ。もすそすらすら入りざま、ぴたと襖を立籠たてこめて、へや中央なかばに進み寄り、愁然しゅうぜんとして四辺あたり※(「目+旬」、第3水準1-88-80)みまわし、坐りもやらず、おとがいを襟にうずみて悄然しょうぜんたる、お通のおもかげやつれたり。
 やがて桐火桶の前に坐して、亡き人の蒲団をけつつ、そのそば崩折くずおれぬ。
「謙さん。」
 とまた低声こごえに呼びて、もの驚きをしたらんごとく、肩をすぼめて首低うなだれつ。鉄瓶にそと手を触れて、
「おお、よく沸いてるね。」
 と茶盆に眼を着け、その蓋を取のけ、ひややかなる吸子きゅうすの中を差覗さしのぞき、打悄うちしおれたる風情にて、
貴下あなた、お茶でも入れましょうか。」
 と写真を、じっとみまもりしが、はらはらと涙をこぼして、その後はまたものいわず、深きおもいに沈みけむ、身動きだにもなさざりき。
 落葉さらりと障子を撫でて、夜はようやく迫りつつ、あるかなきかのお通の姿も黄昏たそがれの色におおわれつ。炭火のじょうの動く時、いかにしてか聞えつらむ。
「ツウチャン。」
 とお通を呼べり。
 再び、
「ツウチャン。」
 とお通を呼べり。お通は黙想の夢より覚めて、声するかたきっと仰ぎぬ。
「ツウチャン。」
 とまた繰返せり。お通はうかうかと立起たちあがりて、一歩を進め、二歩をき、椽側にで、庭に下り、開け忘れたりし裏の非常口よりふらふらと立出でて、いずこともなく歩み去りぬ。
 かくて幾分時のその間、足のままに※(「彳+淌のつくり」、第3水準1-84-33)※(「彳+羊」、第3水準1-84-32)さまよえりし、お通はふと心着きて、
「おや、どこへ来たんだろうね。」
 とその身みずからをあやしみたる、お通は見るより色を変えぬ。
 ここぞ陸軍の所轄に属する埋葬地のあたりなりける。
 銃殺されし謙三郎もまた葬られてここにあり。
 かのよさ、お通は機会を得て、一たび謙三郎と相抱き、互に顔をも見ざりしに、意中の人は捕縛されつ。
 その時既に精神的絶え果つべかりし玉の緒を、医療の手にて取留められ、くるともなく、死すにもあらで、やや二ヶ月を過ぎつるのち、一日重隆のお通を強いて、ともに近郊に散策しつ。
 小高き丘に上りしほどに、ふと足下あしもとに平地ありて広袤こうぼう一円十町余、その一端には新しき十字架ありて建てるを見たり。
 お通は見る眼も浅ましきに、良人はあらかじめ用意やしけむ、従卒に持って来させし、床几しょうぎをそこに押並べて、あえてお通を抑留して、見る目を避くるを許さざりき。
 武歩たちまち丘下きゅうかに起りて、一中隊の兵員あり。樺色かばいろの囚徒の服着たる一個の縄附をさしはさみて眼界近くなりけるにぞ、お通は心から見るともなしに、ふとその囚徒を見るや否や、座右ざうの良人を流眄ながしめに懸けつ。かつて「どうするか見ろ」と良人がいいし、それは、すなわちこれなりしよ。お通は十字架を一目見てしだに、なお且つ震いおののける先のさまには引変えて、見る見る囚徒が面縛めんばくされ、射手の第一、第二弾、第三射撃のひびきとともに、囚徒が固く食いしぼれる唇をもれる鮮血の、細く、長くその胸間に垂れたるまで、お通はまたたきもせずみまもりながら、手も動かさずなりも崩さず、石に化したるもののごとく、一筋二筋頬にかかれる、後毛おくれげだにも動かさざりし。
 銃殺全く執行されて、硝烟しょうえんの香のせたるまで、尉官は始終お通の挙動に細かく注目したりけるが、心地げにひげひねりて、
「勝手に節操を破ってみろ。」
 と片頬に微笑を含みてき。お通はその時あおくなりて、
「もう、破ろうにも破られません。しかし死、死ぬことは何時なんどきでも。」
 尉官はこれを聞きもあえず、
「馬鹿。」
 と激しくいいすくめつ。お通のうなじるるを見て、
「従卒、うちまで送ってやれ。」
 命ぜられたる従卒は、お通がみずから促したるまで、恐れてつことをだにせざりしなり。
 かくてその日の悲劇は終りつ。
 お通は家に帰りてより言行ほとんど平時つねのごとく、あるいは泣き、あるいは怨じて、尉官近藤の夫人たる、風采ふうさいと態度とを失うことをなさざりき。
 しかりしのち、いまだかつて許されざりし里帰さとがえりを許されて、お通は実家に帰りしが、母の膝下しっかきたるとともに、張詰めし気のゆるみけむ、かれはあどけなきものとなりて、泣くも笑うも嬰児あかごのごとく、ものぐるおしきていなるより、一日のばしにいいのばしつ。母はむすめを重隆のもとに返さずして、一月あまりを過してき。
 されば世に亡き謙三郎の、今も書斎にいますがごとく、且つ掃き、且つぬぐい、机を並べ、花を活け、茶をせんじ、菓子を挟むも、みなこれお通が堪えやらず忍びがたなき追慕の念の、その一端をもらせるなる。母はむすめの心を察して、その挙動のほとんど狂者のごときにもかかわらず、制し、且つ禁ずることを得ざりしなり。

       五

 お通は琵琶ぞと思いしなる、名を呼ぶ声にさまよい出でて、思わず謙三郎の墳墓なる埋葬地の間近に来り、心着けば土饅頭どまんじゅうのいまだ新らしく見ゆるにぞ、激しく往時を追懐して、無念、愛惜あいじゃく、絶望、悲惨、そのひとつだもなおよく人を殺すに足る、いろいろの感情に胸をうたれつ。就中なかんずく重隆が執念しゅうねき復讐のくわだてにて、意中の人の銃殺さるるを、目前我身に見せしめ、当時の無念禁ずるあたわず。婦人おんなの意地と、はりとのために、勉めて忍びし鬱憤うっぷんの、幾十倍のいきおいをもって今満身の血をあぶるにぞ、おもては蒼ざめくれないの唇白歯しらはにくいしばりて、ほとんどその身を忘るる折から、見遣る彼方かなた薄原すすきはらより丈高き人物あらわれたり。
 濶歩かっぽ埋葬地の間をよぎりて、ふと立停たちどまると見えけるが、つかつかと歩をうつして、謙三郎の墓にいたり、足をあげてハタと蹴り、カッパとつばをはきかけたる、傍若無人の振舞の手に取るごとく見ゆるにぞ、意気激昂げきこうして煙りも立たんず、お通はいかで堪うべき。
 駈寄る婦人おんな跫音あしおとに、かの人物は振返りぬ。これぞ近藤重隆なりける。
 かれは旅団の留守なりし、いま山狩の帰途かえるさなり。ハタと面を合せる時、相隔ること三十歩、お通がその時の形相はいかにすさまじきものなりしぞ尉官は思わず絶叫して、
「殺す! おれを、殺す※[#感嘆符三つ、214-10]
 というよりはやく、弾装たまごめしたる猟銃を、おののきながら差向けつ。
 矢や銃弾もあたらばこそ、轟然ごうぜん一射、銃声の、雲を破りて響くと同時に、尉官はあっと叫ぶと見えし、お通がまげを両手につかみて、両々動かざるもの十分時、ひとしく地上にかさなり伏せしが、一束の黒髪はそのまま遂にたざりし、尉官が両の手に残りて、ひょろひょろと立上れる、お通の口は喰破れる良人の咽喉のんどの血に染めり。渠はその血を拭わんともせで、一足、二足、三足ばかり、謙三郎の墓に居寄りつつ、裏がれたる声いと細く、
「謙さん。」
 といえるがまま、がッくり横にたおれたり。
 月青く、山黒く、白きものあり、空を飛びて、かたえの枝に羽音をとどめつ。葉を吹く風のにつれて、
「ツウチャン、ツウチャン、ツウチャン。」
 と二たび三たび、こだまを返して、琵琶はしきりに名を呼べり。琵琶はしきりに名を呼べり。

明治二十九(一八九六)年一月




 



底本:「泉鏡花集成2」ちくま文庫、筑摩書房
   1996(平成8)年4月24日第1刷発行
底本の親本:「鏡花全集 別卷」岩波書店
   1976(昭和51)年3月26日発行
初出:「国民之友」
   1896(明治29)年1月
入力:門田裕志
校正:土屋隆
2006年7月3日作成
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  • この作品には、JIS X 0213にない、以下の文字が用いられています。(数字は、底本中の出現「ページ-行」数。)これらの文字は本文内では「※[#…]」の形で示しました。

    感嘆符三つ    214-10

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