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竜潭譚(りゅうたんだん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-23 11:00:47  点击:  切换到繁體中文



     五位鷺ごいさぎ

 眼のふち清々すがすがしく、涼しきかおりつよく薫ると心着こころづく、身はやわらかき蒲団ふとんの上に臥したり。やや枕をもたげて見る、竹縁ちくえん障子しようじあけはなして、庭つづきに向ひなる山懐やまふところに、緑の草の、ぬれ色青く生茂おいしげりつ。その半腹はんぷくにかかりある厳角いわかどこけのなめらかなるに、一挺いつちようはだかろうともしたる灯影ほかげすずしく、かけいの水むくむくときてたまちるあたりにたらいを据ゑて、うつくしくかみうたるひとの、身に一糸もかけで、むかうざまにひたりてゐたり。
 かけいの水はそのたらひに落ちて、あふれにあふれて、地のくぼみに流るる音しつ。
 ろうは吹くとなき山おろしにあかくなり、くらうなりて、ちらちらと眼に映ずる雪なすはだえ白かりき。
 わが寝返ねがえる音に、ふとこなたを見返り、それとうなずさまにて、片手をふちにかけつつ片足を立ててたらいのそとにいだせる時、と音して、からすよりは小さき鳥の真白ましろきがひらひらと舞ひおりて、うつくしき人のはぎのあたりをかすめつ。そのままおそれげもなう翼を休めたるに、ざぶりと水をあびせざま莞爾につことあでやかに笑うてたちぬ。手早くきぬもてその胸をばおおへり。鳥はおどろきてはたはたと飛去とびさりぬ。
 夜の色は極めてくらし、ろうを取りたるうつくしき人の姿さやかに、庭下駄にわげた重く引く音しつ。ゆるやかにえんの端に腰をおろすとともに、手をつきそらして捩向ねじむきざま、わがかほをば見つ。
「気分はなおつたかい、坊や。」
 といひてこうべを傾けぬ。ちかまさりせるおもてけだかく、眉あざやかに、ひとみすずしく、鼻やや高く、唇のくれないなる、ひたいつき頬のあたり※(「藹」の「言」に代えて「月」、第3水準1-91-26)ろうたけたり。こはかねてわがよしと思ひつめたるひなのおもかげによく似たればとうとき人ぞと見き。年は姉上よりたけたまへり。知人しりびとにはあらざれど、はじめて逢ひしかたとは思はず、さりや、たれにかあるらむとつくづくみまもりぬ。
 またほほゑみたまひて、
「お前あれは斑猫はんみようといつて大変な毒虫なの。もういね、まるでかはつたやうにうつくしくなつた、あれでは姉様ねえさんが見違へるのも無理はないのだもの。」
 われもさあらむと思はざりしにもあらざりき。いまはたしかにそれよと疑はずなりて、のたまふままにうなずきつ。あたりのめづらしければ起きむとする夜着よぎの肩、ながくやわらかにおさへたまへり。
「ぢつとしておいで、あんばいがわるいのだから、落着おちついて、ね、気をしづめるのだよ、いかい。」
 われはさからはで、ただをもて答へぬ。
「どれ。」といひて立つたる折、のしのしと道芝みちしばを踏む音して、つづれをまとうたる老夫おやじの、顔の色いと赤きがえんちこはいり来つ。
「はい、これはおさまがござらつせえたの、可愛かわいいお児じや、お前様もうれしかろ。ははは、どりや、またいつものを頂きましよか。」
 腰をななめにうつむきて、ひつたりとかのかけいに顔をあて、口をおしつけてごつごつごつとたてつづけにのみたるが、ふツといきを吹きて空をあおぎぬ。
「やれやれ甘いことかな。はい、参ります。」
 とくびすを返すを、こなたより呼びたまひぬ。
「ぢいや、御苦労だが。また来ておくれ、このを返さねばならぬから。」
「あいあい。」
 と答へて去る。山風やまかぜさつとおろして、の白き鳥またちおりつ。黒きたらいのふちに乗りてづくろひして静まりぬ。
「もう、風邪を引かないやうに寝させてあげよう、どれそんなら私も。」とてしずかに雨戸をひきたまひき。

     ここのこだま

 やがて添臥そいぶししたまひし、さきに水を浴びたまひしゆえにや、わがはだをりをり慄然りつぜんたりしが何の心もなうひしと取縋とりすがりまゐらせぬ。あとをあとをといふに、をさな物語ふたツ聞かせたまひつ。やがて、
ひとこだま、坊や、ふたこだまといへるかい。」
「二ツ谺。」
こだまこだまといつて御覧。」
「四ツ谺。」
いつこだま。そのあとは。」
こだま。」
「さうさうななこだま。」
こだま。」
ここのこだま――ここはね、ここのこだまといふところなの。さあもうおとなにして寝るんです。」
 背に手をかけ引寄ひきよせて、たまの如きその乳房ちぶさをふくませたまひぬ。あらわに白きえり、肩のあたりびんのおくれ毛はらはらとぞみだれたる、かかるさまは、わが姉上とはいたく違へり。ちちをのまむといふを姉上は許したまはず。
 ふところをかいさぐれば常にしかりたまふなり。母上みまかりたまひてよりこのかた三年みとせつ。の味は忘れざりしかど、いまふくめられたるはそれには似ざりき。垂玉すいぎよく乳房ちぶさただ淡雪あわゆきの如く含むと舌にきえて触るるものなく、すずしきつばのみぞあふれいでたる。
 軽くせなをさすられて、われうつつになる時、むね、天井の上とおぼし、すさまじき音してしばらくは鳴りもまず。ここにつむじ風吹くとはしら動く恐しさに、わななきとりつくをきしめつつ、
「あれ、お客があるんだから、もう今夜は堪忍かんにんしておくれよ、いけません。」
 とキとのたまへば、やがてぞ静まりける。
こわくはないよ。ねずみだもの。」
 とある、さりげなきも、われはなほそのひびきのうちにものの叫びたる声せしが耳に残りてふるへたり。
 うつくしき人はなかばのりいでたまひて、とある蒔絵まきえものの手箱のなかより、一口ひとふり守刀まもりがたな取出とりだしつつさやながらひきそばめ、雄々おおしき声にて、
「何が来てももう恐くはない。安心してお寝よ。」とのたまふ、たのもしきさまよと思ひてひたとその胸にわが顔をつけたるが、ふと眼をさましぬ。残燈ありあけ暗く床柱とこばしらの黒うつややかにひかるあたり薄き紫のいろめて、こうかおり残りたり。枕をはづして顔をあげつ。顔に顔をもたせてゆるくとじたまひたる睫毛まつげかぞふるばかり、すやすやと寝入りてゐたまひぬ。ものいはむとおもふ心おくれて、しばしみまもりしが、さびしさにたへねばひそかにその唇に指さきをふれて見ぬ。指はそれて唇には届かでなむ、あまりよくねむりたまへり。鼻をやつままむ眼をやおさむとまたつくづくとうちまもりぬ。ふとその鼻頭はなさきをねらひて手をふれしにくうひねりて、うつくしき人はひなの如く顔のすじひとつゆるみもせざりき。またその眼のふちをおしたれど水晶のなかなるものの形を取らむとするやう、わが顔はそのおくれげのはしに頬をなでらるるまで近々ちかぢかとありながら、いかにしても指さきはその顔に届かざるに、はては心いれて、の下におもてをふせて、強くひたいもてしたるに、顔にはただあたたかきかすみのまとふとばかり、のどかにふはふはとさはりしが、薄葉うすよう一重ひとえささふるなく着けたるひたいはつと下に落ち沈むを、心着こころづけば、うつくしき人の胸は、もとの如くかたわらにあをむきゐて、わが鼻は、いたづらにおのがはだにぬくまりたる、やわらか蒲団ふとんうもれて、をかし。

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