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赤外線男(せきがいせんおとこ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-25 5:51:43  点击:  切换到繁體中文

底本: 海野十三全集 第2巻 俘囚
出版社: 三一書房
初版発行日: 1991(平成3)年2月28日
入力に使用: 1991(平成3)年2月28日第1版第1刷

 

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 この奇怪きかいきわまる探偵事件に、主人公を勤める「赤外線男せきがいせんおとこ」なるものは、一体全体何者であるか? それはまたどうした風変りの人間なのであるか? 恐らくこの世において、いまだかつて認識されたことのなかった「赤外線男」という不思議な存在――それを説明する前に筆者は是非ぜひとも、ついこのあいだ東都とうとに起って、もう既に市民の記憶から消えようとしている一迷宮めいきゅう事件について述べなければならない。
 これは事件というには、実にあまりに単純すぎるために、もう忘れてしまった人が多いようであるが、しかし知る人ぞ知るで、っている人にとっては、これ又奇怪な事件であることに、この迷宮事件が後になって、例の摩訶不思議まかふしぎな「赤外線男」事件をく一つの重大なる鍵の役目を演じたことを思えば、尚更なおさらいっすることのできない話である。
 なんかと云って筆者わたくしは、話の最初に於て、安薬やすぐすり効能こうのうのような台辞せりふをあまりクドクドと述べたてている厚顔こうがんさに、自分自身でもくに気付いているのではあるが、しかしそれも「赤外線男」事件が本当に解決され、その主人公がマスクをかなぐり捨てたときのの大きなおどろきと奇妙な感激とを思えば、一見思わせたっぷりなこの言草いいぐさも、結局大した罪にならないと考えられる。――
 さてその日は四月六日で、月曜日だった。
 ところは大東京だいとうきょうで一番乗り降りの客の多いといわれる新宿駅の、品川方面ゆきの六番線プラットホームで、一つの事件が発生した。
 それは丁度ちょうど午前十時半ごろだった。この時刻には、流石さすがの新宿駅もヒッソリかんとして、プラットホームに立ち並ぶ人影もまばらであった。
 あの六番線のホームには、中央あたりに荷物げ用のエレヴェーターがあって、その周囲は厳重なかこいが仕切られて居り、その背面には、青いペンキを塗った大きな木の箱があって、これにはバケツだとかボロきれなどの雑品が入っているのだが、その箱の上を利用して新聞雑誌が一杯拡げられ、そばに青い帽子をかぶった駅の売子が、この間に合わせながら毎日規則正しく開かれる店の番をしている。
 このエレヴェーターとレールとの間のホームのはばは、やっと人がすれちがえるほどの狭さであるが、その通路にはエレヴェーターを背にして駅のいているうちは不思議にもきまって、必ず一人の若い婦人がもたれているのだ。その婦人は電車の発着に従って人は変るけれど、の美しさと、何となく物淋しそうな横顔については、どの女性についても共通なのであった。この神秘を知っている若いサラリーマン達の間には、このエレヴェーター附近を「佐用媛さよひめいわ」と呼び慣わしていた。かの松浦佐用媛まつうらさよひめが、帰りくる人の姿を海原うなばら遠くに求めて得ず、遂にいわに化したという故事こじから名付けたもので、その佐用媛に似た美しさと淋しさを持った若い婦人がいつも必ず一人は居るというのであった。
 その午前十時半にも確かに一人の佐用媛が巌ならぬエレヴェーターの蔭に立っていた。鶯色うぐいすいろのコートに、お定りのきつね襟巻えりまきをして、真赤まっかなハンドバッグをクリーム色の手袋のはまった優雅な両手でジッと押さえていた。コートの下には小紋こもんらしいむらさきがかった訪問着がしなやかに婦人の脚を包み、白足袋しろたびにはフェルト草履ぞうりのこれも鶯色のわせ鼻緒はなおがギュッとみついていた――それほど鮮かな佐用媛なのに、そのひとの顔の特徴を記憶している者が殆んど無いという全くおかしな話だった。もっともホームは至って閑散かんさんで、そんなことには超人的な記憶力をもっている若い男たちが、幸か不幸かその近所に居合わさなかったせいにもよるだろう。そこへ上りの品川しながわまわり東京行きの電車がサッと六番線ホームへ入って来た。運転台の硝子ガラス窓の中には、まだ昨夜の夢のめきらぬらしい、運転手の寝不足の顔があった。
ッ!!」
 運転手ははじかれたように、座席から立ちあがった。彼のおもてはサッと青ざめた。反射的にブレーキを掛けたが、もう駄目だった。
 ゴトリ。……ゴトリ。……
 車輪とレールとの間に、確かな手応てごたえがあった。あのたまらなくハッキリした轢音れきおんが……。佐用媛がいきなりホームからレール目懸めがけて飛びこんだのだ!
 それから後の騒ぎは、場所柄だけに、大変なものであった。
 現場の落花狼藉らっかろうぜきは、ここに記すに忍びない。その代り検視の係官が、電話口で本庁へ報告をしているのを、横から聴いていよう。
「……というような着衣ちゃくいの上等な点から云いましても、またハンドバッグの中に手の切れるような十円さつで九十円もの大金があるところから考えましても、相当な家庭の婦人だと思います。……ああ、年齢としですか。それがどうも明瞭めいりょうでありませぬ。なんしろ、顔面かお滅茶滅茶めちゃめちゃにやられてしまったものですからネ。しかし着物のがらや、四肢ししの発達ぶりから考えますと、まず二十五歳前後というところでしょうナ」
 係官は何を思い出したものか、ここでゴクリと唾をみこんだ。
 やがて鶯色のコートを着た轢死婦人れきしふじん屍体したいは、その最期さいごを遂げた砂利場じゃりばから動かされ、警察の屍体収容室に移された。いつもの例によれば、ここへ誰か遺族が顔色をかえて駈けこんでくるのが筋書すじがきだったが、どうしたものか何時いつまでっても引取人ひきとりにんが現れない。告知板こくちばん掲示けいじをしてあるほか、午後一時のラジオで「行路病者こうろびょうしゃ」の仲間に入れて放送もしたのであるが、さらに引取人の現れる模様がなかった。これだけの大した身なりの婦人で、引取人の無いのは不思議千万せんばんだと署員がうわさし合っているところへ、待ちに待った引取人が現れた。それは轢死後れきしご丁度ちょうど十四時間ほど経った其の日の真夜中だった。
 それは隅田乙吉すみだおときちと名乗る東京市中野区のぼう料理店主だった。彼はそんな商売に似合わぬインテリのように見うけた。警察の卓子テーブルの上にひろげられた数々の遺留品いりゅうひんを一つ一つ手にとりあげながら、彼はコンパクト一つにもかなり明瞭な説明をつけ加えた。轢死人は彼のすえの妹だったのだ。
「このコンパクトですがネ、梅子うめこ――これは死んだ妹の名前なのです、梅子はもう五年もこのコティのものを使っていましたよ。ごらんなさい。ふたをあけてみると、この乱暴な使い方はどうです。あいつの性格そのものですよ。妹は今年二十四になりますが、どっちかというと不良ふりょうの方でしてネ、それも梅子自身のせいというよりも私達同胞きょうだいもいけなかったんです。なにしろ兄や姉が、合わせて八人も居るのです。皆、相当楽に暮しているんです。梅子はすえッ子でした。兄や姉のところをズーッと廻ると、あっちでもこっちでも「梅ちゃん」「梅ちゃん」とチヤホヤされ、「ほら、お小遣こづかいヨ」と貰う金も、十七八の少女には余りに多すぎるかさでした。梅子は純真な子供心の向うままに、好きなことをやっているうちに、とうとう不良になっちまったんです。このごろでは流石さすがの同胞たちも、梅子から持ちこまれる尻拭しりぬぐいにえきれなくなって、何でもかんでも断ることにしていたのです。轢死をする前の晩も私のところへ来ましたが、また金の無心むしんです。これが最後だというので百円れてやったところ、素直に帰ってゆきました。そのときは、よもやこんなむごたらしいことになろうとは思いませんでした。……なんですって、警察へ来ようが大変遅かったって、それはこうですよ。ちょっと私は商売のことで午後から出て居りまして帰りが遅かったものですから……」
 顔面かおは判らぬが、髪かたちに、それから又身のまわりの品物などを一々肯定こうていしたので、轢死婦人は隅田乙吉の妹うめ子であると断定された。乙吉は幾度も係官の前に迷惑をかけたことをしゃし、屍体は持参じさん棺桶かんおけおさめ所持品は風呂敷ふろしきに包んで帰りかけた。
「オイ隅田君、ちょっと待ち給え」司法係しほうがかり熊岡くまおかという警官が席から立ち上って来た。
「はいッ」隅田乙吉は、手にしていた風呂敷包みを又卓子テーブルの上に置いて振りかえった。
「君はこんなものを知らんか」
 警官はの上に、ヨーヨーを横に寝かしたような紙函かみばこを載せて、乙吉の方にさしだした。
「これは……?」乙吉の受取ったのは、よく鉱物こうぶつ標本ひょうほんを入れるのに使う平べったい円形えんけいのボールばこで、上が硝子ガラスになっていた。硝子の窓から内部なかのぞいてみると、底にはふくよかな脱脂綿だっしめんしとねがあって、その上に茶っぽい硝子くずのようなものが散らばっている。
「判らんかネ」と警官は再びたずねた。「これはセルロイドの屑なんだ。そして燃え屑なんだがネ」
「どこに御座いましたのですか」
「これは、君が今引取ってゆこうという轢死婦人のハンドバッグのすみからゴミと一緒に拾い出したのだ」
「さあ、どうも見当けんとうがつきませんが……」
 どうやら隅田乙吉は、本当に心当りがないらしかった。で、熊岡警官はそれ以上追究ついきゅうしたり、また今とりつつある上官じょうかんの処置に異議いぎはさもうという風でもなく、事実その問答はそこで終ったのであった。
 隅田乙吉が屍体を守って中野の家へ帰ってゆくと、入れ違いに新聞社の一団が殺到さっとうして来た。
「とうとう、新宿の轢死美人れきしびじん身許みもとが判ったてじゃありませんか。誰だったんです」
「自殺の原因は何です」
「全然素人しろうとじゃないといううわさもありましたが……」
 当直とうちょくは、記者に囲まれたなり、ふかぶかと椅子の中に背を落とした。そして帽子を脱いで机の上に置くと、ボリボリと禿げ頭をいた。
「書きたてるほどの種じゃないよ。それに轢死美人でも顔が見えなくちゃなア」
 本気か冗談か判らぬようなことを云って、アーアと大欠伸おおあくびした。記者連きしゃれんもこんな真夜中に自動車を飛ばして駈けつけたことが、のっけからそもそものあやまりだったような気がして、一緒に欠伸をもよおしたほどだった。
 しかし、それから二十四時間後に、彼等は同じこの場所に、たがい血相けっそうをかえて「怪事件発生」をわめきあわねばならないなどとは、夢にも思っていなかったのである。

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